Hello,World!
二度目の天井。
隣から寝息はしない。代わりにカチャカチャと小物をいじる音がする。
私は助かったのだろうか。それともこれから解剖される直前だろうか。
冗談はさておき。
起きた時点でふかふかの布団がかかっていたので、多分助かってる。拷問前とかじゃあないはずだ。
上半身を起こしてみよう。
……。
右腕が包帯グルグルである。グルグルだし動かない。ピクリとも、微動だにしない。
いつの怪我だろう。記憶が曖昧だ。
『ん~?』
誰かが近づいてくる。あの少女の声ではない、大人の女性の声。
『お、起きたかい、って間違えた。日本語か」
途中から日本語になった。
「お目覚めかい、少女」
カーテンを開けて現れた女性は、ベッドで身体を起こした私よりも目線が低い。
電動車椅子に乗っていた。
「
「陸那光k…ミキ・リクナ?です」
「あー漢字表記でいいよ」
「
「かっこいい名前だね」
名前の読み自体は「ミキ」なので可愛らしいのだが、漢字が「光輝」なので「こうき」とか「みつき」と呼ばれることは多々あった。面と向かってかっこいいと言われたのは今回が初めてである。
「字、これで合ってる?」
彼女が持っているスマホに『陸那 光輝』が表示されている。ちゃんと伝わっていた。那覇市分かるんだね。
「名前の確認、記憶問題なしっと」
いけない。知らない人に名前を教えてしまった。私らしからぬ油断。
車椅子で移動したのち、テーブルを装着して帰ってきた(サイドテーブル?)。オプションがつけられる高機能車椅子のようだ。
テーブルの上にはパソコンが乗っている。
「どうしよっかなー」
「………」
「何から説明したものか」
「……………」
「ん〜〜〜〜〜〜」
ペンを頭で叩きながらひとしきり唸ったあと、ミシェルさんは口を開いた。
「よし、こうしよう。今ミキ君が疑問に思ってる事、私が答えられる範囲で全部お答えしよう。どう?」
「疑問…」
どう?と問われても、寝起きでまだ頭が回っていない。
真っすぐな視線を向けられ、反射的にうつむいてしまう。しかし、お陰でこっちに来てからずっと疑問だったことを思い出せた。
「……この腕輪ってどうやって起動すればいいんですか?」
「あーそれ、腕輪の内側見てごらん」
腕輪の内側。
あった。丸いスイッチみたいなの。
いや、なんでこんなところにつけたの⁉わかりづらいにも程があるよ⁉
「その腕輪ね、大量生産して段ボールに突っ込まれる予定だったから、誤作動を起こさないように内側にボタンをつけたらしいんだけど…やっぱダメだよね」
「ダメだと思います」
「ちゃんと報告しておくね」
キーボードを叩くワイズさん。
「ついでに、入力しといてね。名前とか地球に住んでた頃の住所とか電話番号とか。登録しておくと、知り合いから連絡があるかもしれないよ」
どうやらこの腕輪は個人情報を扱うために必要だったようだ。即席の住民票みたいなものだろう。こいつで安否確認などのやり取りをしろ、という話か。
プライバシーの侵害とか、ストーカー問題とか、気にしている場合ではない。
「そうそう、そういえばコレ、返しておくね」
ポケットからスマホを取り出した。そのケースには見覚えがある。
紛れもない、私のスマホ。
「まず! ミキ君が地球で救助されたとき、ちっちゃい手鏡だったでしょ? あの手鏡の行き先が固定の病院だから、君のことは監視カメラですぐ見つかった。『6階5号室でいなくなった人のカルテください!』って頼んだら、このスマホも一緒についてきたのサ」
地球で落としたわけではなく、病院で預かっていたらしい。
充電77%。6時21分。6月29日。見慣れた背景壁紙。
例のメールの到着が6月28日16時17分。この大事件が起きてから、まだ24時間経っていないのか。
「ミキ君、起きてから腕輪の説明受けてなかったよね。本来、
「ごめんなさい」
ミシェルさんは少し厳しい表情で言う。確かに軽率な行動をとりすぎたと思っている。(いやでも3割くらいは腕輪の操作性のせいでは?)
「……叱っておきながら私からも謝罪させてください。本当にごめんなさい」
突然の謝罪に困惑する。まさか腕輪を作った張本人。なんてオチかな?
「そもそも食糧庫には、職員用の腕輪を通さないといけない、そういう
予想は案の定外れていたが、私のような愚か者が他にもいたことに驚いた。好奇心というのは恐ろしいものだ。
「が、ミキ君の場合、問題はそこだけじゃなかった。転移先、食糧庫側では職員用限定の施錠が生きていた。だから帰って来れなかったんだろう?」
「はい、そうです」
ミシェルさんは私に何が起きたのか、大体把握しているようだ。
「そして極めつけは外壁の解錠と来た。アレも施錠されてたはずなんだけどねぇ…それに関しても、私の油断だし。外に出てくれたお陰で発見が早まったのは事実だけど、あんな目に遭ったとなっちゃそうも言ってられないよね」
「それ」とはどういう意味だろう。質問する前にミシェルさんは思い出したように続ける。
「あ、もう一つ謝らないと。うちの部下がミキ君無視して闘ったの、本当に申し訳ない。ちゃんと注意しておいたから安心して。ったく、ああいうところは直してもらわないと困るんだよなぁ」
最後の方の独り言もバッチリ聞こえた。私が外に出なければ怒られなかったのだと考えると、なんともやるせない。
「あの、その子は今どこに?」
「エルならまた見回りに戻ってるよ。トラブルだらけだから人手が足りなくてサ」
エル。
「エルさん」
思わず口に出してしまった。
「もしかしてエルは名乗らなかったのか」
逆にあの状況で名乗るのもおかしい気がするし仕方ないと思う。「俺はマサラタウンのサトシ! 助けに来たよ!」みたいな。
「エリュシオン・スカイノート。それがあの子の名前だよ。ほとんどの人はエルって呼んでるかな」
エリュシオンという単語はスマホのソーシャルゲームで見たことがある。スカイノートは…空のノートブック?
「質問していいですか」
「はいミキ君、どうぞ」
「どっちが苗字でどっちが名前ですか」
「前が名前で後ろが苗字。地球のアメリカ方式だね。たまに日本式のひともいるけど」
エリュシオンが名前。かっこよすぎる。
「ちなみに! 私のことはワイズでいいから。固いのはナシナシ」
「ワイズさん、続けて質問いいですか」
「はいどーぞ」
「私の右腕、どうしてこんなことになってるんですか?」
「んん、そうきたか」
それを説明するなら。
そろそろ本題に入らないとね。
覚悟はいいかい?
「魔法」
それは空想、想像、妄想。
きっと子供の頃なら、誰しもが一度は憧れたことがあるのではないだろうか。
その力に。
「この星――天球には魔法が存在している。そしてミキ君は
そこまで言われてようやく思い出す。
そうだ。私は殺されかけた。そして右腕が電球のように光り出したのだ。ジブリの大佐のように叫ぶ胃液女のことも、白い視界でうっすら見えた彼女――エルのことも。
全部思い出した。
「私の油断とはまさにこのことだ。倉庫から外壁に移動するには、開閉装置に魔力を流さないと扉は開かないんだよ。つまり! ミキ君はあの時点で既に魔法を使えたってことになる」
えっと。
倉庫にいた時点で魔法が使えた?なんだそれは。
いつそんな力を身につけたんだ?
他に魔法が使えそうな要因はあるか?
寝てる間に改造手術でもされたか。
タイミングが全く分からない。
「ものすごーーーーーく簡単に説明すると、
①天球の空気中には魔力がある
②天球人には魔力を取り込む器官がある(酸素を取り込む肺みたいなものだよ)
③地球人にはその器官がないはずだった
これが油断。蓋を開けてみたら普通に使えてたよね。まさかだったよね」
ワイズさん、苦笑いである。
「…魔力に当てられて受容体が発現したのか? それとも何か原因があるのか…?」
ぶつぶつと独り言を呟いている。
そんなワイズさんと対照的に、私の心臓は高鳴っていた。
魔法。
異世界で魔法が使えるようになった!今までの人生でこんなにもワクワクしたことがあっただろうか!いや、ない!あるわけない!
「んあぁしまった。どこまで話したっけ。ええと……思い出した、うん。そうそう、それでミキ君は自分の身を守るために
「……………えっと?」
今の文脈からどう怪我に繋がる?光魔法を使ったら怪我をした?魔法を使うたびに肉体の一部を怪我するとか、悪魔の取引じゃないか。
頻繁に使ったらあっという間に身体がおじゃんになる。それとも、私が魔法を使い慣れてないことで起こった事故?
「熱せられた金属が赤く光ってるの見たことある?」
「テレビとかでは、まぁ…」
「それと同じサ。ミキ君の右腕は発光するために超々々高温になった。大火傷だよ大火傷。エルが運んできたとき、右腕の肉が焼失して骨丸出しだったから流石の私もビックリしたよ。いやマジで冗談じゃないからね?回復魔法で無理やり肉だけ治してくっつけたけど、なんかの拍子にズルッと外れるかもしれないから、動かしちゃダメだよ」
冗談みたいな話だった。超強力な炎魔法を使った代償に火傷なら分かるが、ただ発光させただけで重症大火傷。そんなマヌケ聞いたことない。
まさかとは思うが……
私には魔法の才能すらないとか?ただ練習不足なだけだと思いたい。
「それに伴って注意。しばらくは魔法を使おうと考えないでくれ。火傷する上に、魔力切れで気絶するのは嫌だろう?」
「それは嫌ですね」
魔法の使い過ぎで気絶もよくある話ではある。初回から体験する羽目になるとは思っていなかったよ。
「さて、じゃあ次は―――」
電話の音が鳴る。ワイズさんのスマホでも、私のスマホでもなく、私の左腕。
さっき個人情報を入力したばかりの腕輪だった。
……聞きたいことが山ほど出てきた。天球のこととか、どうして日本語を話せるのとか、私を襲った三人組のこととか。
こんなタイミングで電話かけてくる頭の悪いやつは一体誰だ?そもそも私の番号を知ってる人、片手で足りるほどしかいないんだけど…
正面をちらりと見やる。
「出ていいよ。真ん中のボタンね」
許可を得たうえで私は腕輪に応答する。
ポチッとな。
「…………え、あ、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
うっっっっさい。
大声が部屋中に響き渡る。
「ちょっとミキ! 今まで何してたの! 心配してたんだからね! 連絡してよ!! あ、ママ! パパ! ミキやっと繋がった!!!」
『本当⁉ よかった…』
『ひとまず安心だな』
応答した瞬間、ホログラムディスプレイに映った頭の悪いやつ。
大変残念なことに私の唯一無二の親友だった。
この声を聞く限り、元気そうだ。望の両親も心配してくれていたらしい。
「あれ、聞こえてる⁉ 音声だけ繋がってないのかな! おーーーーーーーーーーーーい」
「聞こえてるから。静かに」
「喋った!」
「そりゃ喋るわ」
「ミキおしゃべりだもんねー」
そうでもないしそういう話じゃない。
「って、なんで連絡くれなかったの! まさかなんかあった⁉」
「…………いや別に」
「ぜっっっったいなんかあったときの反応じゃんそれ! もう! 気を付けてってワタシ言ったよね⁉ ねぇ!」
「言ってました」
「もーーーバカ!! どれだけ心配したと思ってるのさ! それで! 今どこいるの!」
「病院?かな」
「病院⁉ 怪我したの⁉」
「うんまぁ」
「どこの病院! 動けるの? 動けないなら見舞いに行くけど」
「多分動ける…かな?」
ワイズさんの方に目線を移す。
(平気だよ)
「動けそう。大丈夫」
「はーよかった。いつ頃戻ってこれそうなの?」
(すぐ戻れるよ)
「もう戻れるって」
「じゃあ今いるマンションの位置送っとくから、大丈夫になったらうちに顔出してね。ママもパパも安心すると思うから。タツは知らないけど」
マンション?
そういえば最初の病院の窓から、それっぽい建物がたくさん見えた記憶がある。
望は声のトーンを落とした。
「どうせ両親とも連絡とってないんでしょ」
「…………うん」
とれなかったというのが適切だが、とる気がないのも事実だった。
「だと思った。ちゃんと布団あるから、うち来ていいよ」
「……うん」
本当の本当の本当に、私はいろいろな人に支えられている。
「じゃ、とりあえずまたあとで! 言っとくけど何があったのか聞くからな! 覚悟しとけよ!」
「上等。私の冒険譚を聞かせてやろう。楽しみにしとけ」
「楽しみだよ全く! んじゃ!」
「はいよ」
ディスプレイを閉じた。
「随分と快活な友人がいるじゃないか」
「うるさくてすみません」
「いやいや、彼女は大切にした方がいい。今は早朝だし、恐らくこっちに来てからずっとミキ君に連絡し続けてたんじゃないかな」
通話の口ぶりからしても、数十回以上は連絡していたのかもしれない。感謝しなくては。
「それでその、私、友人の家に行かないとならなくなりました」
「うん、だろうね」
「この右腕のまま外行っても平気ですか?」
「平気平気。さっきは脅したけど、もうズルッと外れるようなことはないから、安心して。医者としてそこは断言しよう」
初対面で医者として断言されても、やや不安が残る気持ちはぬぐえない。
「ただまあ、一応経過は気になるから、今日中にもう一回見せに来てくれると有りがたいかな」
「わかりました」
「……というのが表の理由、実はミキ君にお願いがある」
表があるなら裏。少し身構える。
「身体検査に付き合ってほしいんだ」
身体検査?
「怪我人の様子を診る検査じゃなく、単純に地球人の身体を調べたいんだよ。現在肉体に起きてることが分かった方が、ミキ君も安心するでしょ?」
確かに、魔法が暴発する可能性があったりしたら困る。目が覚めたら焼死体になってたなんて考えたくない。
「ま、言い訳がましい事言ってるけど、単純に私が地球人の身体調べたいだけなんだよね、うん。血液検査とかするし、それでもよければ調べさせてもらえないかな? もちろん、断っても腕の診察はしっかりやるから大丈夫」
助けてもらった身としては、協力したい。だが、血液の提供とか、私のDNAが登録されて悪用されたり…
(ちなみに、協力してくれたら少しだけどお金出すよ)
(マジですか)
(マジだよ)
(やります)
ちょろ過ぎるだろ私。それでいいのか。
(お金使えるようになるまで、時間かかるとは思うけど)
ワイズさんは最後にそう付け加えた。
私が靴を履き、身体を伸ばしていると、ワイズさんは再び私に話しかけた。
「ミキ君は」
「はい」
「私たちのことを恨んでいるかい?」
「恨む?」
「そのうち詳しい説明はあるだろうから、今は少しだけ。天球のとある組織、我々
「……それは――」
言いかけて、口をつぐむ。
敵対組織と戦うことを諦めた。そのせいで地球は失われた。それが天球人を恨む理由になるかどうかと問われれば、間違いなくなるだろう。
でも。
「――それでも恨んでなんていません」
他人のことは分からない。現状が分からない人々は、説明を求めて憤っているかもしれない。
でも。
「私は2回もあなたたちに助けられました。だから感謝こそすれど、恨むことはないです」
これは結果論だ。だって地球が崩壊しなければ、私が死にかけることもなかったんだから。
でも。
「それに、全部諦めたわけじゃないんでしょう? ただ一度、地球を失うという大敗を喫しただけです。完全敗北じゃあない。だから――」
私は見た。
エリュシオン・スカイノート。
彼女が戦う様を。
大人3人を圧倒する力を持った彼女を。
あの後ろ姿は、決して敗者などではない。
この戦いはまだ、続いているのだ。
「戦ってください。
ワイズさんは目を見開いていたが、やがて安堵したように微笑んだ。
「あ、いや、偉そうなこと言ってすみません」
「いいや、ありがとう。優しいねミキ君は。それに強い。私なんかよりもだ」
「ただの中学3年生ですよ、私は」
「ミキ君がただの中学生だったら、今ここで私と会話することもなかったぜ?」
「まさか、人生で魔法使いになるなんて思いもしませんでしたよ。実は今めっちゃワクワクしてます」
意地の悪そうなニヤリ顔につられ、私も笑う。
「てっきりもう一度謝るつもりでいたんだが、やめておこう。もっといい言葉を贈るべきだ。そうだな…」
顎に手を当て10秒ほど悩んでいたが、やがて私を真っすぐ見上げるように、口を開く。
「陸那光輝さん、我々、魔法政府及び天球人はあなたを歓迎しよう」
「
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