白-①
天井がある。
白い天井。
知らない天井。(言ってみたかった)
目が覚めた私は、ベッドに寝かされていた。ふかふか。
ここは病院だろうか?カーテンで仕切られているが、両隣からは寝息が聞こえる。
入院したことがないので、個人的には保健室にいるイメージが先行する。
………。
ベタにほっぺをつねってみる。痛い。夢ではない。つまり。
私は無事、異世界に到着した。はず?
はずだ。
ポケットに探りをいれてみるもスマホはなく、枕元にも置かれていない。
取り上げられたのか、はたまたどこかで落としたのか。どちらにせよ、時間は確認できなかった。
上半身を起こすと、ベッド下に揃えられているスリッパを発見した。
それを履いてカーテンを開ける。両隣だけではなく、通路を挟んだ向かいにもカーテンの個室がズラリと並んでいた。
病院で間違いなさそうだ。
扉から部屋の外へ出る。本来ならば目が覚めた時点でナースコール押すのだろうが、このときの私はそこまで頭が回っていなかった。
無論、ナースコールを押さなかっただけで死にかけるハメになんて、知る由もない。
外――廊下に人はいないものの、声はする。その声は日本語ではなく、韓国語っぽい。
窓から空が見えた。奈落から仰いだ青空とは、違う空。快晴とはいかずとも、十分に青空と呼べる。
同時に、あのときのことを思い出した。
私を助けた彼女は無事に脱出できたのだろうか?あの口ぶりからして、多分地球人ではないだろう。なら大丈夫かな。空飛んでたし。
そこまで思考して、私はようやく気づいた。
足の怪我が治っている。頭にあった傷も塞がっている。それはまるで魔法のように。
まるで、ではなく本当に魔法かもしれない。いや、科学技術が地球以上に発達している可能性もある。
十分に発達した科学は魔法と見分けがつかないとかなんとか、だ。
ぴょんぴょん跳ねても頭を振っても異常はない。異世界クオリティすごい。
元気になった足で歩きながら、おもむろに窓に近づいた。
人。人。人。人。人。人。人。人。
とにかく人。人だらけ。
近くにある建物から2階以上であることは分かっていたが、この階は少なくとも4階より上だ。学校の4階よりも地面が高い。というかそんなことよりも。
病院の外は人だらけなのだ。
その光景はニュースで見る被災地域の避難所を
尚、今回に限って言えば私も被災者である。
地球人総避難。
これだけの人間を見ると、いよいよ
ここはもう地球じゃない。
何気ない会話も、街並みも、毎日も。
当たり前は、失われた。
一人の女性がこちらに走ってきた。白いナース服の若い女性。
「あの」
すれ違いざまに思い切って話しかけてみる。
「◎△$♪×¥●&%#?!」
女性は私の左腕を指さし、走り去ってしまった。あの、何言ってるか分からなかったんですが…
私の左腕。
実は、起きたときから左腕に腕輪がついていた。あえて触れずにいた。
――腕輪の説明受けてね!
説明を受けるまでは触らないようにしていたのに、指さされたということはこれを使わなければならないらしい。
腕輪にはボタンが5つ付いている。上下右左真ん中。
カチッ。まずは真ん中を押してみる。反応なし。
カチッ。右。反応なし。
カチッ。左。反応なし。
カチッ。上。反応なし。
カチッ。下。反応なし。
えぇ…ダメじゃん…
同時押しや長押し、いろいろ試してみたがうんともすんとも言わない。
このデザインなら真ん中押したら起動するでしょ普通。壊れてるのか?不良品?
たった今、ナースが走ってきた方向へ足を進める。
階段を下る途中で二人のナースとすれ違ったが、どちらも忙しそうにしていたため話しかけるのは
私の病室は6階だったらしい。1階とおぼしき階層に着いたことでそれは判明した。
廊下にいる人々は徐々に増えていき、受付周りには怪我をした人がたむろしている。対応に追われるナースたちは忙しそうだ。
患者はほとんどがアジア系の人だった。人種をまとめておけば、揉め事が少なくて済むからだろうか。日本人…らしき人も見かけたが、老人ばかりではっきりとした人種は分からない。
話しかけづらい。どうしよう。
「腕輪をいじってるけど使い方がよく分からない」表情をして受付前を通ってみた。
当然のようにスルー。そりゃそうだよね!みんな忙しそうだもん!
受付には戻らずそのまままっすぐ進んだ。何故か無性に恥ずかしくなって、Uターンできなかっただけである。
病院の出入り口に到着するも、外は人で溢れている。このまま外に出ても迷子になりそう。そもそも外に出ちゃいけない気がするし…
――そんな私の目に謎の物体が飛び込んできた。カーテンのついていない試着室のような、開きっぱなしのエレベーターのような個室が5つ、横に並んでいる。
その場を眺めていると、東南アジア系の男たち4人たちがやってきた。彼らが腕輪のボタンを操作すると、腕輪から小さなホログラムディスプレイが現れた。
ソレなんかの映画で見たことあるやつ!すごい!未来!(相も変わらず私の腕輪は無言のままだった)
驚くべきはそこからである。一人が個室に入り、すぐにこちらへ向き直る。そして個室左側にある機械(私からは見えない)を操作したのち、先ほど操作していた腕輪を機械にかざすと――消えた。
男は一瞬にして消えた。
私を含め
………ワープ装置?
マジか。
ワクワクが止まらない。乗りたい。
私は好奇心に負け、目を光らせながら個室に入る。ワープ装置なら出かけてもすぐに戻ってこれるという甘い考えで、個室左側のモニター付き機械を起動する。
モニターに表示されたのは映像。『腕輪を操作してモニターにかざすと任意の場所にワープできますよ!』といった内容だった。
じゃあもしかして私使えないのでは?そんな考えがよぎったが、再びモニターに触れると映像の画面が遷移した。
『English』『中文』『हिन्दी』『Español』…etc
言語選択画面だ。
日本のような
『日本語』を選択すると次に『日本区域へ移動する はい/いいえ』が表示された。避難区域は国ごとに分けられているようだ。
『はい』
次は5桁の空白と英数字のキーボードが現れた。日本の中での区域分けだろうか。
『R973K』
『本当にこちらでよろしいですか はい/いいえ』
『はい』
『それでは移動します。その場で動かないでください。5,4,3,2,1…0』
初めて体感する浮遊感とともに、視界が真っ白になった。
ワープは成功したらしい。眼前は病院ではなくなっていた。
それ以前に、人がいなかった。
「倉庫?」
薄暗いが缶詰や飲料水が確認できる。保存食の類が置かれている倉庫に飛んでしまったようだ。
ワープは体験できた。帰ろう。
その妙な薄暗さと無人の空間が私の恐怖心を煽ったためか、早々に病院に戻りたくなった。
が、ここで重大なミスに気付く。病院の番号が分からない。テンションが上がっていて、確認を怠った私の過失である。これでは帰れない。
とりあえず人のいるところへ移動しよう、うん。そこで病院の場所を聞けばいい。
個室のモニターはまたも操作方法を示す映像が流れている。これを触って、と。
………。
何度触っても画面は遷移しない。映像が延々と繰り返される。
変な汗をかき始める。一方通行なんて聞いてないぞ。
しばらくいじってみたが、モニターは(腕輪も)私が求めている反応を返すことはなかった。こっちにきても私は天に見放されているのか。
肩を落としながら個室の外へ出てみた。倉庫内にある保存食は日本語で書かれているものばかり、ではなく日本語で書かれているものしかない。
ここは日本用の倉庫らしい。
中には「焼酎」と書かれた瓶もあった。焼酎って賞味期限ないんだっけ?
他にも砂糖や塩、ガム、巨大な冷凍庫にはアイスクリームも入っていた。準備がよいことで。
倉庫内をうろついていると、謎の機械を発見した。これは映画で見たことがある、『手を置くと扉が開く』ヤツでは?またもワクワクする物だ。
しかし機械は壁際にあるものの、扉らしきものは見当たらない。ではこれは一体何に使うのだろう。倉庫内の照明が付くとかか?
ゴクリ。
生唾をのみ、恐る恐る機械に手を置いてみる。
これで扉が開けば倉庫から出られるし、何かの異常が起きれば警備員さんとかがここにやってきてくれるかもしれない。
こういうのって事前に個人情報を登録してないと弾かれたりしそうだが、不正アクセスを繰り返せばセキュリティが発動してくれる可能性もある。
いずれにしても倉庫から出られる。やってみない手はない!
「…ん?」
今一瞬だけ目の前の壁がブレたような?気のせい?
私は異変の起きた壁へと手を伸ばす。
ブォン。
私の手は壁をすり抜けた。どうやら機械に手を置くことで壁がホログラム化するようだ。かっこいいけど分かりづらくない?
ともかくこれで倉庫から出られる。下手に騒ぎを起こさないで脱出できるならそれに越したことない。
さぁ、人のいる場所へ戻ろう。
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