第4話 もっと!てこいれメモリアル


 夕方のニュースで、アナウンサーがしかめ面で数字を読み上げている。


『本日午後十二時頃よりD県鷹見台市に出現した不明巨人と超装巨機兵マグナリオンによる戦闘で、新たに十五名の死者が発表されました。これで、当該戦闘による死傷者数は二〇〇名を超え、行方不明者は六二五名です。現在も救助作業は続いており……』


 あの中に、百倍山ひゃくばやま未子みこの名前もある。


 だが、彼女が死んだと知ってるのは自分だけだ。きっと葬式も出されない。


 落ち着いたら、遺品の整理のために未子の家を訪ねなければならない。


 何かあったときのために、お互いに鍵を託し合ってある。まさか、こんなに早く、しかもこんなことのために使う羽目になるとは思ってなかったが。


『また、戦闘中に突如現れた黒い巨人について、マグナ機関は記者会見を開き、不明巨人の別種であるとの見解を……』


 ニュースの話題がギャラクタンに移った。林太郎はテレビを消した。


 キッチンとリビングが一体化した、冷え冷えとしたワンルームに沈黙が戻ってくる。硬い座椅子に座っていた林太郎は、目の前のテーブルに伏して額をぶつけた。


 冷たい沈黙はすぐに、ガラクたんのキンキンした声で破られた。


「りんちゃ~ん。あのねあのね……勝手に暴走したのは責めないであげる。だって、りんちゃん、だったもんね」


 やたらともじもじ、くねくねしている。まるでイソギンチャクだ。


「だから、これからも末永くワガハイと世界をぶっ壊そうにゃん!」

「やらない」


 林太郎はテーブルに伏したまま答えた。


「……え? そんなのダメダメ!」


 ガラクたんは林太郎の回りをぴょんぴょん飛び回った。


「りんちゃんはウブだからわかんにゃいかもしんないけど、あんなに相性いい相手にゃんて二度と現れないよ! りんちゃんは、めっちゃ幸運な適合者シールズにゃんだから!」


「あんなことしてさ――」


 脳裏に描かれるのは、数時間前の戦闘。


 獣の腕で、エネルギー砲で、林太郎の意志によって、粉々にされていく超装巨機兵マグナリオン


 超装巨機兵マグナリオンだけではない。誰かの家や、職場もすべてを踏み潰し、どす黒い怒りのままに粉々にした。


 そして最後には、街に襲来した不明巨人をも倒した。その屍肉をんだ。


 でも――


「でも、あんなことして、みーこが喜ぶはずないんだ。ただの八つ当たりで街をぶっ壊して、誰かを傷つけた。きっとあいつは喜ばない。でも、俺を責めたりもしない。ただ、悲しそうな目で俺を見るだけなんだ……それが一番つらい」


「たかが思春期男子の、無軌道な欲望の発散にゃ! いいじゃんよ~」


「いいわけあるか。だいたいお前、なんなんだよ! 人間なのかよ!」


 林太郎が叫ぶと、ガラクたんは口に手を当ててむふー、とにやついた。


「しりたい?」


「……やっぱり嫌だ」


「しょうがにゃいなぁ~」


「やめろって。これ以上、お前と関わりたくない!」


むかーしむかしあるところにワンス・アポン・ア・タイム……」


 わー、と林太郎は耳を塞いだが無駄だった。


がありましたにゃ」


 真理? と思ったが、尋ね返さないようにした。


「真理はこの惑星を貫く文脈。きみら大地の民が不明巨人と呼ぶアレを生み出した母なる存在。不明巨人とは、真理の欠片、真理よりの使者たち。いわば神々だにゃ」


「……そんな頭よさそうには見えなかったぞ」


「あれはただの無名の下級神にゃ。マグナ保持者も、要は文脈の過充填された人間ってお理屈にゃ。本来人間には扱い得ない超自然能力を得てしまったのも、そういうわけにゃんだね~」


「お前の言ってることが本当だとして……結局、お前は何者なんだよ」


 半ばうんざりしながら林太郎が訊くと、ガラクたんはぞっとするほど満面の笑みを浮かべた。


「ワガハイ? それはね――」





「廃棄王?」


 目の前の焚木くべき硝子しょうこが振り返る。


 ボブカットの髪は鮮やかな血のような赤色で、一番に目を引く。その下のまぶたは、眠たげに半分閉じられたままだ。


「ああ」


 明日辺あすべ森一しんいちは、後輩にうなずいた。


 お互いに着ているのは、マグナ機関の白い制服。濃紺のラインが入り、胸元の金バッジが眩しい。


「それが、昨日、下級神と超装巨機兵マグナリオンを倒した奴の名前?」

「その名前を外で使うな。不明巨人だ」

「はいはい。うるさい人がいるもんね」


 明日辺は礼儀には厳しい方だと自認しているが、なぜか彼女のタメ口には腹が立たない。無遠慮なこの後輩には、どこかそれを許せる気安さがある。


「で、なんなのそれって。意味わかんない」


「この世には収集されなかった文脈、真理に拾い上げられなかった世界の文脈がある。だがそれらは消えたわけじゃない。たしかに存在していた廃文脈の集合体、それが廃棄王だ」


「世界に棄てられたんだ」


「そういうことだ」


 硝子は飲み込みが早くて助かる。


 実戦の成績も文句ない。昨日、硝子がいれば、超装巨機兵マグナリオンたちがむざむざと廃棄王にやられることもなかっただろう。


「その廃棄王っての、ヤバいの?」

まとまりストランドや質では及ばないが、文脈の膨大さは真理にも匹敵する。そう、膨大なんだ。不明巨人や、俺たちよりはるかに」

「だから、やられたって?」


 じっ、と硝子が責めるように明日辺を見つめる。


 そう、やられたのだ。


 そして、目の前の光景がある。



 破壊された鷹見台の街。どこを見回しても建物の残骸ばかりで、一面が不明巨人の血で真っ赤に染まっている。それを消防車が放水で落としながら、レスキュー隊と協力して怪我人の救助にあたっている。


 不明巨人一体ならば、こんな被害は出なかった。


 廃棄王……


 ギリ……、と明日辺は歯噛みする。


 アレが現れるとは思っていなかった。


 奴の存在を許しておくわけにはいかない。


「しっかりしてよね。私が訓練で勝つまで、明日辺が負けるなんて許さないから」


「わかってるよ……今、顎丸あぎとまるが廃棄王を追跡・調査してる。じきに正体も割れるだろう。あいつのマグナは隠密向きだ。見つかることはない」


「あのイタい忍者気取りね」


 硝子はため息をついた。


「すいませーん!」


 レスキュー隊員が二人に駆け寄ってきて、明日辺は姿勢を正す。


「あっちに生き埋めになってる人がいて……マグナでなんとかなりませんか?」


 即座に動きかけた硝子に「俺が行くよ」と言いおいて、明日辺は隊員の案内を受けた。


 現場は三階のビルだ。大通りに向かって倒壊したらしく、横倒しの建物が二車線の道路を塞いでいる。


 瓦礫と柱が折り重なったあたりを指差し、レスキュー隊員は、


「ここです。ここからかすかに声が……」

「退がっててください」


 明日辺はそう言うと、上腕に力を込めた。


 気合いを入れ、マグナを解放する。


「ううぅおおらぁっ!」


 そして殴った。


 拳が当たった瞬間、巨大な瓦礫は極小の立方体へと崩壊し、地面に降り注ぐ。


 何度も何度も殴って、マグナの力で瓦礫をサイコロの山へと変えていく。


 すぐにビルの残骸にぽっかりと穴が空いた。


 不明巨人の血がぽたぽたと雫を落とす。


 その紅い雫を、残骸の隙間に倒れている少女が白い頬で受けていた。


 明日辺はその制服に見覚えがあった。たしか鷹見台高校の……


 駆け寄ろうとした明日辺の脇をすり抜け、硝子が少女のもとにひざまずく。待っていろ、と言ったのに、心配で見に来たのだろう。そういう性根の優しさが、硝子を憎めない由縁だ。


「大丈夫?」


 う……、と少女の口元からうめき声が漏れる。


「意識があるぞ。名前は言えるか!」


 いつのまにか硝子はポケットを探っていたらしい、血で汚れた手帳を手に持っている。その血が不明巨人のものなのか、意識の混濁している彼女のものなのかはわからない。


「生徒手帳あったよー。えっと名前は……なんて読むのこれ。ひゃくばいさん?」





「廃棄王……? なんだ、ゴミの怨念みたいなもん?」


「そう思ってくれてオッケーにゃ。ワガハイの背中には、世界に棄てられちゃったものの期待と責任がのしかかってるにゃ」


 うー重い、とガラクたんはわざとらしく顔をしかめた。


「棄てられた……か」


 林太郎はうつむき、考え込んだ。


 あれは小学四年生のことだっただろうか。


 林太郎は上級生に殴りかかった。教師に羽交い締めにされても、暴れるのをやめなかった。


 理由は単純だった。笑われたのだ。自分とみーこが。


『お前ら、参観日に来る意味ねーだろ』


 許せなかった。それは二人にとって、言ってはならないことだ。


 あのとき、自分が上級生を殴ったのは、図星だったからだ。


 棄てられた。みーこはわからないが、少なくとも、自分はそう思っている。


 でも、いつからか……怒るのをやめた。戦うだけ損だと気がついた。


 どうせ相手は軽い気持ちで言っている。自分が本気になるだけ無駄だと、へらへら受け流して、その場を立ち去る。


 傷を持った者の痛みは、同じ傷を負った者にしかわからない。


 林太郎はガラクたんに言っていた。


「いても……いいよ」


「え?」


「この家にいてもいい」


「えっ、うわ~、やったにゃ!」


 ガラクたんはひとしきりはしゃぐと、どこにあったのかくす玉の糸を引いた。『祝・同居!』という思い込みのひどい垂れ幕がばらんと降りる。


「言っとくけどな! あのギャラクタンとかいうのには二度とならないからな!」

「やったにゃ~! 素晴らしい日々よもう一度にゃ~!」

「聞いてんのかよおい!」


 なんとかなだめようとする林太郎は、今のところ廃棄王に気に入られただけの、ふつうの人間だった。


 だから、部屋の隅で二人を注視する一対の瞳に気づくことはない。





 顎丸あぎとまるは、アパートを抜け出て、宵闇の住宅街を疾走する。


 廃棄王をなんとか追跡し、二人のやりとりを部屋の中で監視していた。


 そして、察した。


 察した瞬時に部屋を出て、走り出していた。


 あれは危険だ。一刻も早く機関に報告しなければならない。


 不明巨人の襲撃を受けた晩、住宅街は戦時下のようにひっそりと静まり返っている。


 機関の本部へと急ぐ顎丸は、行く手になにか人影を見つけた。


 廃棄王……ガラクたんと言っていたあの女だ。


 顎丸は思わず立ち止まる。


 相手との距離は三メートルほど。


 猫耳をつけたふざけた女は、ぼうっと顎丸の背後を見ている。


 大丈夫だ……動揺しかけた自分に言い聞かせる。


 奴に、拙者の姿が見えているはずがない。一体どうして外出したのかはわからないが、マグナを発動した拙者を感知できるわけない。


 顎丸は再び走り出し、ガラクたんの脇を駆け抜ける。


 いや、駆け抜けようとした。


「どこ行くにゃん?」


 がくん、と首根っこを掴まれる。


 なにが起こったのか理解する時間もなかった。


 顎丸は冷たいカーテンを通って正位相に引きずり出され、道路に投げ倒された。


 叩きつけられた身体が痛い。冷たい夜の空気が鼻を刺す。指先にはコンクリートのちくちくとした感触。


 馬鹿な。別位相にいる自分を観測し、干渉したというのか。


 考える暇はない。


 顎丸は即座に両腕を突き出し、拳をガラクたんに打ちつけようとする。


 が、すでに女の姿は消えている。


 うなじに死神の和毛にこげの触れる薄い感触。


 頚椎をねじ切られる……!


 顎丸はとっさに宙で身をひねり、首にかかった力を受け流した。


「なかなか素晴らしい体捌きにゃんねぇ~」


 いつのまにか背後に回り込んでいたガラクたんが、けらけらと笑う。


 こいつは……


 だめだ。逃げ切れない。


 今ここで殺す……!


 顎丸はマグナを解放した。


 指先を人形遣いのように操り、ガラクたんの両脇の空間を指定し、二ポイントで位相を断裂させる。


蛩止アシッド!」


 ざん、と空間が袈裟懸けに切断された。


 と、背後のブロック塀、電柱までもが同時に斜めに斬り落とされた。まるで背景をカッターナイフで裂いたように。


 コンクリートが崩れ落ち、白煙が巻き上がる。


「やったか……?」


 煙が晴れる。


 そこにガラクたんはいなかった。


「『やったか……?』はやってないフラグでしょうにゃ~。仮にも文脈タダ乗りしてるんだから、それくらいの文脈知ってにゃいと」


 マズい。距離をとらねば……


 地を蹴ろうとしたが、脚が動かない。


 その理由に気づき、愕然とした。自分の脚が位相反転させられている。


 マグナを弾き返されたのだ。


「お主……廃棄王などではないな……ありえぬ……お主はまさか……」


 真実に思い至り、驚愕した顎丸は口走る。


 この真実を持ち帰らねば、機関は……いや世界は……


 だが、顎丸のその使命感が叶うことはない。


 きゅ、とガラクたんの口が開いた。


 その中で、黒紫の光球が生まれ、膨れ上がる。


 顎丸が生涯最後に見た光景は、その光球が爆ぜる瞬間だった。


「ぐっにゃい。投棄砲ガラクタマイザー


 ずん、と地響きのような音が住宅街に響いた。


 おおおおおうぅ………ん。


 残響のあと、地面に残されたのは自動車大ほどのクレーター。


 顎丸の肉体は影も形もなく蒸発していた。


「ギャラクタンにはならない? ダメダメ。りんちゃんはもうこの文脈から逃げられにゃいんだよ。ぶっといぶっといテコ入れがりんちゃんの運命を狂わせちゃったんにゃから。あ~ん、そんなおっきいテコ入らにゃ~い!」


 にゃはははははは。


 嬌声を上げながらガラクたんは夜の街に消えた。

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