秋、金木犀は夢に散る。 2
ナズマルの自動ドアを抜けると9月にしてはよく冷えた空調の風が出迎えた。いくつかの店舗が並ぶ道に目を向けることはなく、三人は奥にあるエスカレーターへと向かう。店内に流れる軽やかな曲に合わせて、ナズマルの広告と今回のゲーム大会についての案内が流される。それを聞いて、東はニマニマとにやつき「どうしましょう先輩!すごくワクワクしてきました!!」と頬に手を当て隠そうとしている。それを見てこの先が思いやられるなぁ、と一つため息を零した。須磨はというと、ナズマルの広告を口ずさんでおり、より一層不安が募る。
「三階だったね、あのホールのようだよ」
「何人かすでにきているんですかね~!」
須磨が指した先、三階の大きく開けた場所の奥には扉があった。さらに目を凝らすと小さくではあるが看板が立てられており、そこに”神ケい衰じャくゲーむ大会”と記されその横には机らしきものが見えた。看板の文字は、まるで携帯で打つのを間違えたかのようにひらがな、カタカナ、漢字が入り混じっていた。そこに首をかしげたのは、俺だけではなく東も近くでまじまじと眺めている。うぅん?っと二人して首を傾げながら見ていると、後ろから須磨ではない誰か少年の声が聞こえた。
「ソレ、おかしいよなぁ。普通大会側の人間がこうやって間違えた看板だすわけねーし」
「わかりますよ、意図的だとしても看板から工作する意味が分かりませんし」
「そうだな・・・ってお前誰だよ」
「!あ、わりぃ。自己紹介まだだった」
そういって少年―学ランに身を包み、印象的な薄い青の目、真っ黒な髪は整えられその隙間からピアスなのだろう、赤と白の混じった長めの羽が見えていた――は、人懐っこい笑顔を見せると、先ほどの場所より一歩下がり東と神戸をしっかりと目に移した。
「オレは
「名乗ってもらったら名乗らねばいけませんね!東はですね、東 由宇です、由良塚第一中一年です、それでですね、先輩は・・」
「・・・神戸 秀、同じく三年だ」
「東ちゃんに秀先輩、了解した!で、そっちの方は?」
二兎が指した先にいたの、遅れて看板をまじまじと見つめていた須磨だった。東が「もう!汐ちゃん!!」っと少しむくれながら言うと須磨はピクリと反応して「ごめんごめん」っとこちらへと向き直った。そして、優しく細めた目で二兎を捉えると口を開いた。
「初めまして、二兎俊君。僕は由宇と神戸君の保護者的な位置だと思ってくれていいよ。須磨 汐です、よろしくね」
「汐ちゃん、これでも教師なんですよ?」
「須磨先生ってこと?」
「いぇす!」
「へぇー、優しそうな人だ!」
「ははうれしいな、それで二兎君もゲーム大会に?」
「そうっす、友人と来てたんすけど、オレ、トイレ行ってて。多分先に入ってるんだと思います」
そういって、二兎は扉の先を見透かすようにそちらに目をやった。つられて目を
向けてしまうが、特に何の変哲もない扉ではあった。二兎が言うには先ほどの変な看板の横に置いてある参加者リストに名前を記して中に入るらしい。中に入ると、校章のようなバッヂがもらえそれをつけることで、ゲームへの参加が認められるとか。笑いながら「まぁ、中のことについては友人からメールで聞いたんだけどな」と二兎はこぼした。とりあえず、言われた通り参加者リストに名前を記していく、そこには誰かが走り書きしたかのような文字で「名マえをお書きイただいたら、扉ニオ進みくだサい」と書かれており、神戸の背中をゾクリと震わせた。その様子に首を傾げた東が「先輩?」と声をかけたが神戸は、無視しそのまま扉の先へと向かう。
♢
部屋の中は思っていたよりも、がらんとしており神経衰弱をやるためだけに用意されたのかと思うほどのもので、見渡す限りいくつかの机といすが並べられその椅子には、何人かが着席していた。一番目についたのは部屋の一番奥、そこに並べられた椅子に座る鶏のようなマスクをかぶり両端に双子なのだろう、少女を侍らせたものだった。しばらく見ていたが、須磨がバッヂをもって目の前にやってきたことによりそれは遮られることになった。
バッヂは月の形を模しており、その周りにはハナズオウとオジギソウであろう花が円形を描くように、月の周りをあしらったものだった。よくよく見ていると以前どこかで見たことのあるような形の気がした。きっと何かの間違えだとは思うのだが、やはり引っかかるような不思議な気持ちになった。
「そういえば、二兎は?」
「あー俊先輩なら、あっちの方で友人の方であろう人としゃべってますよー」
「よかったね、二兎君お友達と会えて」
「・・・そうですね」
「あ、先輩もしかしてアレですか?俊先輩のこと苦手ですか?」
「いや、というか、逆に何でお前はそんなに警戒してないんだ?」
「え?東だから?」
「由宇は昔からこんな感じだからね、神戸君も慣れた方がいいよ」
「なれたとは思うんですけどね・・」
そう苦笑いを零すと、東もつられたように笑っていた。暫くの時間、談笑のように集まった何人かで隣に座り話し合っていた。しかし、その談笑タイムも無機質な鐘の音が終了を告げる。数秒の後にその音はぴたりと止み、次に甲高い女の声が響き渡る。
『あーアーー?てすてーーーぇす聞こえてるぅ?まぁ、聞こえてないならそれでもいいけどぉひまりは困らないしぃ』
「・・なんだ?」
周りが一気に騒がしくなる。目の端で、二兎が驚いたように目を見開いている様子がうかがえ、そういえば、と先ほどの鶏のマスクの方を見ると、動じていないのか騒ぐ様子もなかった。ひまりと名乗るその声の主はそのまましゃべり続ける。
『えぇっとぉ、なんだっけぇ・・あーそうそう!お集りの皆様ぁ!お待たせいたしましたぁ!これより、素晴らしいゲーム大会をはじめましょう!そのために、まずはバッヂをちゃぁんとつけていただけてますかぁ?』
ゴクリと、喉が生唾を飲んだ。
何か嫌な予感がして、背筋が冷えていくのがわかる。同じように須磨も、顔が何やら険しい表情になっており、隣にいた東の手を大事そうに握っていた。
その、東の方。ただ無表情に、一点を見つめ何かをつぶすように口を動かしている。「東、」と声をかけようとしたとき、東の体がぐらりと揺れる。つないでいた須磨の手をするりと抜け、そのまま地面へと倒れていった。東は突っ伏した態勢のまま小声で、消えいるような声で「こんな、と、きに・・あず、まの体は・・」と恨み言を零している。急いで駆け寄ろうとしたとき、踏み出したはずの地面がぐにゃりと曲がるような感覚に襲われた。
『・・着けましたねぇ?それでは皆様、くれぐれも』
遠くの方で、あの甲高いひまりと名乗る女の声と、複数の何かが倒れる音が聞こえる。視界がだんだんとぼやけ、あぁ意識が飲まれていく。そう感じた。視界の先ではすでに東と須磨が倒れており、己自身も同じく倒れているのだと気づく。
どんどんとぼやける視界の中で、最後、見えたのは、ブレザーに身を包んだ紫の髪の少女だった。
「くれぐれも、命がけで生きてくださいませぇ・・・なぁんて聞こえないかぁ!」
ふふふと含み笑いの後に続けて、そのままアハハと大きく笑いだした。
会場内にいた数十名の参加者は地に伏せ、立っているのはただひとり、紫の髪の少女だけであった。
「さぁ、夢か現か幻か。素敵な素敵なゲームの開始よぉ!!」
そういってまた、少女は笑い出したのであった。
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