秋、金木犀は夢に散る。 1
なんだかとても、長い間夢を見ていたような気がする。
重い瞼と、痛みを訴えるからだがその証拠であるように、頭の中にはいまだに何か靄がかかったように思考の邪魔をしていた。
部屋の中を循環する少し甘い金木犀の香りと冷たい風。柔らかい日の光が昼頃だと告げていた。
季節は、9月も中盤。由良塚第一中学校内。太陽も真上に上がるころ、
さて、と寝ていたソファからだるく体を起こすと、部室にある唯一の回転椅子がきしんだ音を立てこちらに転がってきた。その椅子の上には一人、まだ秋だというのにマフラーにニットを着込み、黒い髪とどこか熟れた柘榴の実を思い浮かべるような、赤い瞳を細め少女がニンマリと笑いながら座っている。
「先輩、よーぉやくお目覚めですか??28分45秒という先輩ならではの微妙な起床時間に、東は感服しましたよ」
「嫌味か、なるほど」
少女―
「夢は見た方がいいんですよ、神戸先輩。まぁ見ていない方が熟睡していて体には良いそうですけど。個人的には、先輩が見る夢に興味があります」
「お前が俺に興味を抱くのか・・?そういう東は夢とか見るものか?」
「・・・東の場合は、そもそも眠ることは意識する前に起きてしまうので。先輩も知ってるくせにぃ!」
「・・悪い」
東曰く、彼女は極度の睡眠障害なのらしい。ただ、医者に診せても精密検査をしてもその原因は不明で、現代のどの睡眠障害にも当てはまりはしない、とか。その障害も、彼女が言うには神に愛されたから、とか。どうにも神戸にはよく分からない話だったことを覚えていた。
そんなことを思い出しながら、東の方向を見るともう興味がないのかニコニコと椅子を回転させて遊んでいた。しばらくして、その回転がぴたりと止まるとタンっと勢いよく、神戸の前に飛ぶ。
「さて、そんなことより。先輩覚えてますか??今日のゲーム大会!」
「あ・・・あぁ、」
「忘れていましたね?えぇ、えぇ別にいいですけれど。神戸先輩が忘れていようと引きずって連れて行くだけですから」
「楽しそうな話をしているね?」
「!須磨先生!!」
東がそういって振り向いた方向――扉の方を見ると、白衣を身にまとい髪はふわふわと右に流されてはいるが少し天然のカールがかかっていた。目つきは優しく、薄く細められており、首から下げたネームプレートが学生ではなく、教師であることを示していた。
「遅くまで遊んでばかりいてはだめだよ、特に神戸君。君は受験生だろう?」
「わかってますよ」
「先輩、志望校ぎりぎりでしたもんね?東ならあそこは余裕ですねぇ」
「由宇はあんまり神戸君を煽らない。頭だけよくなっちゃったんだから」
「好きでよくなったわけじゃないですよ?それに、どちらかといえば、先輩ぐらいの頭の良さが一番いいですって」
「喧嘩か?」
「いやいや~!かわいい後輩のお茶目な戯言ですよ!」
コラ、という須磨の声と同時に二人の頭に手が置かれる。ぐえっと変な声を出す東の隣でつい反射的に肩を窄めた。あんまり喧嘩しないように、と須磨が言うと二人して乾いた笑いをこぼし濁すような返事を返す。
「それで、ゲーム大会?に行くのかい?」
「え、えぇ。東が出てみたいらしくって。ゲームといっても神経衰弱らしいです」
「由宇が得意なやつだね。僕も出てみようかな」
「汐ちゃんが????めっちゃ弱いじゃないですか!!」
「確かに、須磨先生神経衰弱弱いですよね」
「君たちねぇ・・・」
「まぁ、汐ちゃんがどうしてもっていうなら連れて行ってあげますよ」
東は感謝しろとでも言わんばかりに胸を張る。それに苦笑いをこぼしながら、なら少し待っててと、須磨が部室を後にした。
東と神戸は顔を見合わせ、神戸はため息を東はふふんと鼻歌を歌い始めた。
暫くすると須磨は部室に戻り、何とも優しい顔で「車で行こうか、デパートの方だろう?車はどれかわかるね?先に乗っていてくれ」と言い残しまたどこかへ向かっていった。
二人は身支度を済ませると、並んで部室を後にしたのである。
♢
某国、由良塚町。それなりに発展しており、田舎以上都市未満というのがベストな表現だと思う。
また秋になると町内全域で金木犀が甘い香りを漂わせ、この辺りでは金木犀の町としても有名であった。そんな由良塚のシンボルともいえるのが、町に一つだけそびえるデパート――ナズナマルチデパート、町の人たちからは親しみを込めてナズマルと呼ばれている。そのナズマルにて、今回ゲーム大会が行われるという。賞金は出ないが代わりに景品として、どこかのテーマパークのチケットがもらえるらしい。
この話を見つけたのは、東。それを適当に相槌を打っていたのが仇となったともいえるが、今思うともっとよく調べて慎重に動くべきだったと思う。
「おまたせ、ってもう先に車に乗ってるじゃないか」
「汐ちゃん、鍵はちゃんと閉めるべきっすね~」
「そうだな、須磨先生。こうやって誰かに乗られてしまいますよ」
「多分乗るのは君たちくらいだと思うけど・・・?由宇はたまにここでサボってるの知ってるし・・」
「あーー!!そうやって東に話を逸らそうとしてますね??」
ピコっと鍵の閉る音がした後に続けて、エンジンのかかる音が響いた。その後ハンドルを回す須磨の手つきと同化して車は動き出す。時折何かに突っかかったようにゴトンっと車体が唸る。そのたびに須磨はハハっと笑いながら「人をあまり乗せないからなぁ」っとこぼす。東はというと椅子の背にもたれればいいものを、なぜかこちらへと体を流す。
「それで、ナズマルでいいのかな?僕勝手にあそこだと思っていたけど」
「あ、はい。あってます」
「汐ちゃんにしては頭働かしましたねぇ」
「働かすほどのものじゃないでしょ?由宇、神戸君にもたれないそこらへんに抱き枕乗ってるでしょ、使いなさい」
「・・・・大の大人が何で車に抱き枕のせてるんですか・・・」
「神戸君、独り身というのはね。時に判断をミスるんだよ」
そういった須磨の顔はミラー越しではあったがなんだかさみしい顔をしていて、この話は忘れようと頭を振った。東を横目に見ると須磨に指定された抱き枕を探しており、足元あたりからそれらしい熊の形を模したぬいぐるみを見つけそれにもたれ始めた。
「神戸せーんぱーい。先輩は優勝狙いますか?」
唐突の東の質問に少し驚いてしまった。
東は一切こちらを見ずに、ぬいぐるみにもたれながら窓の景色を仰いでいた。
「・・お前がいるから、優勝は無理だな」
「あきらめ早くないっすかぁ・・・?もしもって考えたことあります?」
「もしも、なんてあんのかよ。東に」
「ありますよ、」
いつの間にかこちらを見ていた東の、赤い瞳が自分を捉えている。その瞳から目を離すことが許されていないかのようについ、ほかに視線を変えることができない。
「もし、東よりもこのゲームに有利なやつがいたら。もし、東がこのゲームの途中眠ってしまったら。もし、このゲームのルールが知らないものだったら」
「・・・・はぁ」
「ね?考えようとすればいくつも出てきますよ?先輩、だから少しくらい優勝すること考えてみてくださいよ」
「東、俺に優勝してほしいのか?」
そういうときょとんとした顔でこちらを見た東は、にんまり笑いながら、こう答えた。
「東は、ただ決勝戦で先輩を叩きのめしたいだけですよ」
「成程、いじめだな?」
そういってやるとたははっと笑い東は再びぽすりと、ぬいぐるみに体を預けた。
運転をしていた須磨が「お二人さん、もうすぐ着くよほら」と声をかける。開けた車体の窓からのぞくと、目前には大きく立ちそびえたデパートが控えていた
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