過去話 とあるスカウトの日記
──韓国の首都ソウル内のとあるスタジアムにて、試合が行われていた。
そのスタジアムの全て熱気が、一つのサッカーコートに集中している。
コート内の芝生が、激しい競り合いやスライディング等の結果なのか、所々抉れているところから、これまで激しいプレーをしていたのが見てとれるだろう。
世界で最も人口が多く、最も人気が高く、そして、これからも最も注目されるだろう、サッカーというイギリス生まれの球技スポーツは、何時なんどきでも、世界中の老若男女を熱狂させ、常に子供達に夢を与えてきた。
その子供達の中から特に選抜され、そして特にサッカーに熱中し、技術、経験、自信を身に付けてきたコートに立つ、選ばれし22人の青年達が、自国の尊厳、栄誉、責任様々なものを、与えられた背番号と共に背負い、一つのボールに集中し、時折何か考えるように周囲を見渡すのを繰り返している。
片方は蒼のユニフォームを揺らし、片方は赤のユニフォームを揺らしていた。
──そう。この試合、U−17日本代表対U−17韓国代表の激しい戦いは、最高潮にまで達していた。
アジアでも特に因縁がある国同士の試合ともあって、ヨーロッパの方からも観客が訪れている。
普段のユース同士の試合は、A代表戦に比べ、圧倒的に観客が入らず、また注目を浴びない。
しかし、今試合はどちらとも歴史上、将来が大いに期待出来る世代同士の戦いというのもあって、コアなサッカーファンや、連日その世代をニュースで取り上げられているためか、サッカーに余りかじってない人たちでさえ、観客としてこのスタジアムに大勢入っていた。
後、他に理由があるとすれば、過去から現在まで日本代表とアジア一位を争い、凌ぎを削ってきたライバル的な存在ということもあるのだろう、凄い熱狂振りである。
オーストラリアも何度も凌ぎを削ってきた、謂わば日本代表にとってライバルなのだが、韓国とのライバル関係はもっと深いものだ。
そういうことでも、結構な注目はあるのだが、将来国を背負って立つのが確実視されている世代ということもあってか、態々各国からスカウトが訪れ、目を光らせているぐらいの注目も浴びている、そんなアジアNo.1を決める試合には、両チームとも将来が有望視されている青年達がプレーしている。
韓国には3人の若き有望株がいた。
一人目は十七才のチェ・シスンというRWF(右ウイング)のポジションで182㎝の長身ながら、ドリブルが細かく、特にトップスピードでのボールを高速で両足で跨ぐフェイント、即ち高速シザースには目を見張るものがある選手。
そのプレースタイルは、さながらイングランドリーグの名門チームで7番を背負って活躍しているアジアNo.1プレーヤー、リ・スンミンを彷彿とさせる。
二人目は十七才のキム・ドンフンというLM(左ミッド)のポジションで、小柄な特徴活かした、スピードが速い、且つドリブルが非常に細かいのを武器としていて、相手に取られない間合いをその歳で理解しているような選手。
これまでのプレーを見ると、チェ・シスンの次にこのキム・ドンフンは、日本代表のディフェンス陣を、特にその俊敏さを生かした切り返しを武器に、混乱を誘い、掻き回してきた。
そして三人目。名前はキム・ヒジュンという長身CB(センターバッグ)。フィジカルと体力、危機察知能力が非常に優れている選手で、特に危機察知能力を活かしたパスカットが上手い。
この選手も他の二人と同じように、この試合でやはり活躍していて、パスサッカーを中心とした日本側の攻撃から幾度となく、危険な賭けではあるがバイタルエリアに向かい、そこでパスカットをして、ゴールの危機を救ってきた。
一対一のデュエルも気迫溢れるディフェンスで、日本側のFWからボールを奪取していた。
当然、日本にも有望株の選手が四人居る。
一人目は涌井(わくい) 和人(かずと)という、CF(センターフォワード)のポジションを任されている選手。身長は185㎝という長身で、決して速くはないが、動き出し、得点力、そしてなんといってもその優れたフィジカルを活かしたキープ力だろう。
試合では、何回もロングフィードを納めて、二人の選手を背に味方が上がってくるのを待ち、絶妙なタイミングでスルーパスをして、俗にいうポストプレーで、攻撃時では一人の起点となっていた。
二人目は川岸(かわぎし) 敦彦(あつひこ)という、LWF(左ウイング)を任されている選手。身長はやや低く、それでいてフィジカルが物足りない気がするものの、それらを補うだけのスピード、そしてクロス精度があった。
特に、一気にボールを持ち運び、敵ペナルティエリア内に何度となく放っていた、美しい弧を描くアーリークロスには脱帽ものだった。
三人目は谷岡(たにおか) 雄平(ゆうへい)という、GK(ゴールキーパー)を任されている選手。191㎝の長身で、類い稀な身体能力と判断力、そしてゴールキーピング能力は海外からきたスカウトも熱視線を送るほどのものだった。
韓国側のオフェンス陣からのシュートを冷静且つ大胆な飛び出しなどで、ことごとく全てをセーブしていた。
そして四人目。
ここへ訪れた多くのスカウト陣の目的とも言って良いだろう、そして私も狙っている一線を越した存在が居る。
──綾崎 司。OMF(トップ下)という、重要な役割を持つポジションを任されている十四歳の選手。
一見すれば、身長は174㎝という、世界からみれば平凡な身長な選手だが、スカウトの目から見ても、何もかもが他の選手とは違ってみえた。
フィジカルが劣っているとは思わせないような相手のタックルをものともしない手の使い方といい、瞬間的にトップスピードに達し相手を置き去りにするバネと瞬発力といい、どんなボールでもその右足に吸い込むような、柔らかくそれでいて繊細で高度なトラップといい、何度も韓国側のゴールポストを掠めて脅かしてきたコントロールシュートといい、正確にスペースへ蹴り込めるボールコントロールといい──とにかく、次元が違うのだ。
二つ下のカテゴリーでプレイしているはずの年齢の選手が、二つ上のカテゴリーで、しかもこのコート上で一緒にプレーしているどの選手でも敵わないプロ顔負けのプレーを連発させ、何度も湧井と共に綾崎は日本の攻撃の起点の一人となっている。
会場も、ベンチでも、コート内で戦っている選手達でさえ、一人の少年が織り成す鮮やかなプレーに、見とれていた。
その少年が背負っている20という背番号が、エースが背負うはずの背番号10に錯覚してきてしまうほどの、人々を魅了させるプレーをしているのだ。
試合も終盤ということもあり、これまで試合を見てきた多くの人々の目と心には、既に少年のプレーが焼き付いていることだろう。
だから、彼にボールが回ったとき、観戦している大勢の観客達が、彼の鮮やかで人を興奮させるプレーに期待するように、歓声が沸き上がるのだろう。
さながら、ブラジルの、いや世界のファンタジスタとも謳われる、サッカー王国ブラジルを代表して栄光ある背番号10を背負い、世界中をそのプレーで魅了させ続けていた、ロナウジーニョ選手のようだ。
日本のメディアはピッチの王様という称号をつけているが、彼には似合わないだろう。
それこそ、十四才という若さで、あのロナウジーニョ選手のように、ボールを持った瞬間、人々をワクワクさせるような、そしてそのプレーで人々を魅了させるような選手なのだ。
付けるとしたら、『リトル・ファンタジスタ』だろう。
彼は、きっと近い将来、日本のサッカーだけでなく、世界中のサッカーを沸かせることになるだろう。
やがて、その鮮やかで洗練されたプレーの数々が語り継がれ、レジェンドに成り上がるだろう。
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