第9話 角刈りは有罪(ギルティ)

 陸上部、バスケ等の殆どの外部活の体験を終えた体験週間の三日目。


 久し振りに連日、体を激しく動かしてきたためか、体力的な面で少々キツい。


 腕や膝の関節の所と、特に腰が筋肉痛で痛く、今日のこれまでの授業中では背筋をピンと維持できなかった。


 後々のことを考えて、ここで先生達に真面目な生徒だと印象付けたい俺にとって、腰痛からなる不可抗力な態度の悪さでも、これは由々しき事態だ。


 現在は四時限目の終了間際。


 現代社会という、他教科と比べて幾分か気持ち的に楽だと思える授業だ。


 その理由は簡単、覚えれば問題なしな教科であること。


 そして、それはつまり、置いてかれる心配が全く無いということだ。


「──……恵ぃ…………くすぐってぇよ」


「……」


 相良のように寝言を漏らしながら寝ていなければの話だが。


(しっかし、たまげたなぁ。クラスメイト達が直ぐ周りで授業を受けてるって言うのに、平然と彼女とじゃれあってる寝言を漏らすとはな)


 しかも授業中で、比較的小さな声や音でも目立つぐらいの静かな空間となっている教室でだ。


 そんな状況での寝言は当然目立つし、既に皆の目線は爆睡している相良に注目しており、男子はニヤニヤ、女子はクスクスと噂しているのが分かる。


 流石相良。俺にどんどんお前をイジれるネタを自ら提供してくれる。


 そんな称賛と皮肉を織り混ぜた事を相良へ思っていると、社会の先生から


「全く……相良 浩介だな。えーっと隣の……綾崎。その授業中にも関わらず堂々と眠っていらっしゃる眠り姫を起こしてやってくれ」


「仰せのままに」


 というリクエストを頂いたので、俺は日頃からの惚け話を聞かされている分と、友達が出来ない分と、彼女が出来ない分と、何よりさっきから寝ている顔がムカついていたので、力を普段のツッコミを四割増しで、角刈り頭へと放り込むことにした。


「ふぅー……」


 息を整えて掌で


「おはようございまーすっ!!」


 いざ、参らん。


  


 ──バッチィーン! 


「いっッッッ!?!?」


 陽気な挨拶とは裏腹の、叩いた本人である俺でも痛そうだなと思える音が響くほどのツッコミは、どうやら効果は抜群のようだった。


「エッ? え? え? 何っ!? えッ?──」


 後頭部を押さえながら訳がわからないと言ったような顔で、首を高速で何回も振っている。


 その様は正に滑稽で、やりすぎたなどの罪悪感こそ多少はあるものの、九割がたは


(ザマああああああ!? 授業中に彼女とじゃれあってんじゃねえよ! 爆発しとけバカップルが! バーカ! バーカ!)


 という、如何にも頭が悪い悪口を心で叫んでしまうほど、とても清々しい気持ちだった。


 叩かれて、起きてみたら皆に生暖かい目で見られているため、「ヘッ……?」みたく、困惑することが一杯のようで、相良は精神的にも弱っているようにも見えるが、残念ながら手元にはあれを捕獲できる便利なボールが無い。


 折角、効果が抜群な攻撃をして弱らせたというのに残念だ。


「先生、これで良いでしょうか」


 背筋を伸ばし、ハキハキとした声で、ウィンクしながら先生に聞くと


「良いセンスだ」


 と、親指を立ててくれた。


 どうやら、先生も授業中に彼女とじゃれあっている夢の寝言を聞かされて結構イラッと来てたようだ。


「お前か! 叩いたのは! マジで洒落になんねぇ痛さだったんですけどっ! 起こされるのになんで叩かれるんだよッ! というか先生、何処が良いセンスですか!? 聞きましたよね! 俺が叩かれたときに思いきりバッチィーンって音がッ! そこを言うのはやりすぎじゃないか、とかでしょうがッ!」 


 いきなりの不条理に、相良は流石に怒ったみたいだ。当然と言えば当然か。


 しかし、先生はこの後、「そもそも皆がちゃんと授業を受けているときに爆睡するのは有り得ない」という正論を叩きつけ、直ぐに相良の意見を叩き切り、そして相良は結局、謝ったのだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 社会の授業から十数分後の今、相良と俺は食堂で昼食を摂っていた。


 今日はロースカツ定食。


 ソースを適量かけてから頂いたときは興奮した。


(マジで美味いな。昨日の鯖定食も素晴らしいが、この噛み締めたときの肉汁とボリューム感がなんともたまらん)


 久し振りにロースカツを食べたということもあるのだろうが、それでもこの美味しさは昨日の鯖定食を優に越える。


(というか、四時限目の時男子があんなにも何処か浮き足立っていたのはこのロースカツ定食が原因なのか?)


 少し、券売機の方へ目を向けてみれば、二年生だろうか。順番のことで少々の揉め事が起きていた。


「やっぱりな」


 自分の名推理に内心ドヤ顔をして視線を戻した時、不意に隣から「はあ……」とため息が聞こえた。


(おや、あの食い意地の強さでも有名な相良がロースカツ定食を前にため息がとは……珍しいものがあるもんだな)


 先生から授業終了間際の三分間、皆の目の前でみっちりと叱られた相良は、やはり気分的に落ち込んでいる様子だ。


 ここは俺が慰めてあげないといかないな。


 そう思い立ち、早速実行する。


「相良。どうしたそんな浮かない顔して」


「……」


「ま……四時間目は色々あったけどさ、そう気に病む──「おい」」


「ん? どした?」


「どした? じゃないよね? 何お前他人事のように話してんの? 大方お前のせいだからね?」


「……へ?」


「態とらしく首かしげてんじゃねえよ。男がやったって可愛くもなんともねえし需要がねぇんだよ」

 

「テヘペロ?」


「吐いていいか?」


「いやいやいくらなんでもそれは酷くない? というかほんとに吐きそうな顔してらっしゃいますけど堪えて? ほんとにマジで」


「うるせえよ鬼。てめえのせいで後頭部がジンジンしてんだよ」


「俺は悪くない。悪いのはそうさせた、この社会さ……」


「確かに先生から起こすように言われたらしいけど叩き起こせとは言われてないよな? 完全にお前の独断だよな?」


「多分聞き間違えちゃったんだよ。叩かせてくれ──ゲフンゲフン。叩いて、本当にありが──ゲフンゲフン。本当にごめんな」


「よし。表出ろ」


 そんな調子で、口喧嘩(話)続けていると


「なんで寝てたんだよ。てかそれが一番悪いんだよ」


「……苦手だからだ。昔から点数取れないし」


「は? それマジで言ってる?」


「マジだよ。社会はどうも苦手なんだよ」


「ええ……? うっそだろお前」


 突然ながら、俺的理論をここで展開しておくと、「社会苦手だわー。マジ卍」とか言っている奴はとにかく、一分一秒も覚えようと努力してない典型的な怠け者だと思う。

 先程も言った通り、社会は覚えれば良いのだ。

 英語のように正しい文法を書き入れるなんてないし、数学のように計算なんて無いから計算ミスなんてそもそも無いし、化学のように周期表やら何々反応やら化学反応式なんて問題もあるわけがない。

 年号や人物、憲法、出来事に関連する単語を一つ二つ覚えておけば、大体の社会のテストでは、語群から選択する問題が多いため、詳しくは分からなくとも結構な点数を取れる筈だ。


 つまりは、単語を覚えればいいだけ。 


 それも殆どが母国語である日本語。


 なので、こんなボーナスしかしない教科を苦手教科として割り切ってる人は今すぐ迅速にそんな考えを切り捨てて、勉強することをお勧めする。


 でないと、後々大学や専門学校に行くときに困ることになるだろう。


「──というわけで、お前は馬鹿で怠け者で角刈りということになるな」


「お前……よくもまあそんなクドクドと長い理論を噛まずに話せたな。後、馬鹿と怠け者は分かるが角刈りは一切関係無いだろ!」


「はあ……お前は分かってないな」


「は? 何がだよ」


「いいか? たとえ話のなかに角刈り要素が入ってなくともな──」


「先ず、角刈り要素って何?」


 相良からの疑問が出たが、構わず言葉を続ける。


「お前がこの話に参加してる時点で、その話の終着点に角刈り要素があるのは決定事項なんだよ!」


「…………お、おう」


「理解できたか?」


 そう聞かれ、相良は数秒考えたが


「ごめん、無理」


 と、諦めてしまった。


「はあああ……そうか」


 思わず、肩を下ろしてしまった。


(これは由々しき事態だな……)


「えーっと……」


「あ?」


「……とりあえず、もうこの話は終わりで良いか?」


「何でだよ」


「角刈りについて語ってもなんも意味もないだろ……?」


「……」


「それに、俺、角刈りに罪はないと思うんだ……」


「……ふむ」


 目をつむり、腕を組んで黙考し出す俺に、相良は苦笑すると畳み掛けるようにこう言い放つ。


「彼女は居るけど」


「──はいギルティッ!!」


 そんなこんなで、俺と相良は昼食を食べ終わり、教室へ向かった。

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