第10話 意外と相良は鋭い
──食堂から教室へ向かう階段や廊下。
高校生活が始まって二週目に入った今、一年生達や、現在進行形で青春を謳歌している二、三年生達様々な多くの男女が、友好関係、或いは恋愛関係、事務関係にある者同士、楽しそうに談笑している。
階段の踊り場で通り抜けたカップルからは、主に何気ないこの頃の出来事や身内のやらかした面白い話等で調和を図り、教室前の廊下で話す女子数人で構成されたグループ達は、気になっている人や狙っている人等の恋話に花を咲かせ、男子数人で構成されたグループ達は顧問の愚痴や、下ネタを上手く入り交えた高レベル(?)な、どうでもいい話に、大袈裟な程大きな声量で笑い、場を盛り上げていた。
男子のグループの話なんか本当にどうでもいい話ばかりで、どこが笑いのツボなのかグループ様々なため、正直最新ゲームの情報以外は、他から聞いてて呆れる。
カップルは今すぐ爆発してほしいとして、問題は女子のグループの話が、正味怖いということ。
何が怖いかというと、陰で普通に、しかも本人が近くで聞こえているにも臆さずに、愚痴を吐かれた苦い経験、というよりトラウマがあるからだ。
あの時の怖さといったら尋常ではない。
何故かというと、その愚痴を吐いていた張本人は、クラスメイトとして、いや女友達とも言えるほど、気兼ねなく話せるぐらいの友好関係を築いていたような人だったからだ。
しかも、普段はふんわりとした口調で、多少あざとさはあったものの、それは当たり障りのない、周囲の男子達が可愛さに惚れるぐらい自然としていたものだったのだ。
しかし、愚痴を吐いていた時の声の低さと男口調で放たれた俺への数々の愚痴に、ショックを受けて、また恐怖に震え上がってしまった。
なので、それ以来は女子と話すときは(この人も裏では……)と、意味もない深読みをするようになったと同時に、極力怒らせないように、表情を幾度となく伺ってしまうようになってしまった。
何が言いたいかというと、現在その過去の出来事が原因で、軽い女性不信になった俺は、女子を前にするとキョドってしまうという話でした。
「……」
コホン。
まあ、話を戻すと、実は俺も早くそのような、相良みたいなのではなく、真っ当な男友達と、本当にどうでもいい話で笑いあって、高校生活の青春の一ページとして積み重ねたいと思っている。
(まあ、このままだと、それも夢物語で終わりそうだけどな……ハハ)
そう。思っているだけで、実行に移そうとはしていない。
要は話しかけられずにウジウジしているヘタレ男が今の俺だ。
(友達……まあ一応、友達擬きは隣で歩いてんだけどな)
そう思いながら横に目を向けると
「なあなあ綾崎~! 聞いてくれよ! なんかさ、この頃俺の彼女が他のクラスの奴と良く一緒に居るのを見かけるんだけどよぉ……浮気してるか心配でよぅ」
「……はーん、さいですか」
(やっぱ友達擬きでも何でもないわ。只の惚ろ気話マシーンだわ。非リアの敵だわ)
適当に返しながら、心のなかで密かに敵認定した。
「俺、なんかした覚えないんだけど! この頃喧嘩した覚えもないんだけど!」
「……そか。お疲れさん」
(俺、お前に何かした覚えがないんだけど。惚れ気話聞かされてダメージ受けさせられる覚えもないんだけど)
今すぐ殴りかかりたい気持ちを抑え、続きを聞けば
「あーホント恋って難しいわー……乙女心とか訳わからんし」
と、苦労自慢、いや恋苦労自慢をしてきたため、俺は遂に口火を切ってしまう。
「……お前は先に、散々リア充アピールされる非リアの男心の方を分かれよ。角刈りオタンコナス」
「は? 別にリア充アピールなんてしてねぇだろ。ただお前に彼女のことで相談があってこうして話してるだけだ」
「そうですか。鈍感主人公ですか。そうなんですね」
(鈍感主人公はお腹一杯なので今すぐ消滅して下さい)
「なんで鈍感ってことになってんだよ。俺これでも勘は鋭い方なんだぜ?」
「はあ……人にはそれぞれ価値観というものがあってだな。お前がリア充アピールしてないつもりでも、聞き手にはそう聞こえる場合があるんだぞ」
「…………なるほど」
「お前ホントに分かってんのかよ。バカな癖に意地はってんじゃねえぞ」
「う、うっさいやい!」
明らかに図星と見て取れる滑稽な反応。
正にこれが、相良クオリティー。
宣伝感覚で相良のことを貶していると、「次授業なんだっけか」と聞かれたので、本当は国語だは、「保健」と適当に返しておく。
「へえ、内容はどんなのだろ」
不思議とそこで、相良の気分が浮わついた気がしたので、そこで良いことを思い付いた。
「さあな。女子と一緒に性についての授業とかいってたか」
「えっ!? 嘘でしょっ!? マジ!」
女子と一緒に性についての授業ということで、所謂公然でセクハラ出来るシチュエーションでもあるためか、満更でもないように喜ぶエロ猿。
「え? 勿論嘘だけど? 何がっついてんの?」
物の見事に餌に掛かってくれたエロ猿に、現実という名の躾を、自分でも分かるぐらいゲスい顔でする。
「ねえねえ! まさか本当にそんなのあると思った? ねえ! ねえってば!」
「……っ!?」
恥ずかしいのか、顔を赤くする相良に畳み掛けていく俺(クズ)。
「今どんな気持ち? 期待させといて煽られながら落とされるってどんな気持ち? ねえ!」
「くっ……」
(あー自分でもこんな煽られ方されるとマジでウザったいの分かっちゃうわー)
「さっきからねえねえるっせえんだよお前! 非リアの癖によぉ!?」
「ああ! そんなこと言って良いんだ!? じゃあ彼女にクラスの女子に陰でセクハラ発言してたこと言っちゃおっと」
「は? いやマジでそれは勘弁してくれ! あいつ結構嫉妬深いから洒落にならねえんだってっ!」
「相良、リア充生活終了のお知らせ」
「如何にも語尾に大草原生やしそうな不吉なタイトル止めろ!」
顔面蒼白な相良を見て大爆笑する俺。
──この状況は結構、良い青春を送っているのではないだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
放課後になり、学校内の生徒達は皆、それぞれの部活へ足を運ぶなか、帰宅する者は帰宅するが、俺と相良は、まだ体験していない部活があるため、今日も体操服が入った袋を片手にグラウンドへ向かう。
「もう後外部活を体験してないのはハンドボール部と硬式野球部と軟式野球部とサッカー部ぐらいになったな」
グラウンドへの道中、ふと相良が聞いてきたので、俺は頷いた。
「そうだな」
「で、どうするよ。今日明日で体験期間は終わりだから、この場合一日に複数の部活に行くよりも、今日は一つの部活に絞ってやったほうが、その部活やスポーツのことが分かってきて、自ずと早く決まってくるんじゃねえか?」
「確かにな……」
相良が言っていることは、悔しいが正しいことだ。
一日に複数のスポーツを体験して、さあ選べと言われても、どれも時間の関係で途中抜け出してきたため中途半端にしただけで、迷ってしまう。
であれば、一日一つのスポーツに絞ったほうが、効率的な面でいえば劣るが、現実的且つ判断材料としても効果的なのだ。
今のところ、第一候補は陸上部。第二候補はテニス部。第三候補はバスケ部となっている。
「じゃあ今日は……」
事実、今日と明日入れて体験できるのは二つの部活のみだ。
(ハンドボールか……軟式野球、硬式野球か……──)
「──サッカー部か……」
(まあそれは除外するとして…………ん?)
「え? 今綾崎……」
あ、やばい。
そう思ったと同時に、冷や汗をかき始める。
「サッカー部って言ったよな!」
「……え? なんのこと?」
「おいおい水臭えな綾崎! 早くそう言ってくれればサッカー部のセレクション、俺の推薦で受けさせてやるってのによ!」
「おい! 待て!」
これは非常に不味い。
確かに、友達になったやつがサッカーやりたいと冗談でも言ってくれたら、ずっとサッカーやってきた身として凄く嬉しいのはよく分かる。
だが、俺は冗談でもなく、只の言い間違え、心の声が漏れてしまっただけだ。
「ほら、良いから行くぞ。あ、てか丁度直ぐ目の前じゃん。サッカーコート」
「ちょっと、相良さん? 落ち着きましょう? あれは言葉のあやというか、口に出てしまったって言うか……とにかく、間違いなんだって!」
「大丈夫だって! お前の人並み外れた身体能力良さ、特に足の速さが監督の目に留まれば、絶対サイドバックかウイング辺りで大事に育ててくれるぜ!」
「──いやいや! 足の速さだけじゃそれらのポジションは務まらねえから! というか足の速さだけじゃねえか」
そう思わず返した言葉。
それに、相良は一旦立ち止まり、怪訝なそうに聞いてきた。
「……? お前……少し前にはサッカー未経験とか言ってなかったか? どうして足の速さだけでそのポジションが務まらないって言えんだ?」
「……っ!」
(しまったっ……)
今日はなんて最悪な日なんだ。
どんどん墓穴を掘っていく自身のこの口を、今すぐ消し去ってしまいたい。
依然として、相良は怪訝な表情を浮かべながら、更に怪しむように、その目を細める。
「……お前。やっぱりサッカーやってたんじゃねえのか?」
「……やってねえよ」
「いつもの減らず口はどうしたんだよ。お前らしくない」
「はは……いや、本当にサッカーなんてやってないから」
無理にひきつった笑みをしながら返答した途端に、相良の雰囲気がピリっと変わった。
「サッカーなんて……だと?」
「……っ」
(またなんで余計なことを……!)
本心では思っていなくとも出てきてしまった、その人が夢中になっていることを侮辱するような言葉。
「へえ、そうかよ」
流石に、あの相良も、サッカーのことを侮辱されたと受け取ってしまい、怒りを沸々とさせていた。
「ごめん。今のは本当に言い間違えた」
「パチこけ。普段から俺がサッカーの話をする度に、お前はいつも内心では嘲笑ってたんだな」
「違う! お前のことならいざ知らず、お前が夢中になっているサッカーのことを侮辱するなんてこと、お前に会ってから……いや、これまで生きてきて、一度も無え!」
「謝る気があるなら、神聖なサッカーコートの目の前で嘘つくんじゃねえよ。お前、サッカーやってたんだろ?」
「そ、それは……」
「言えねえのか? どうして頑張ってきたものを、夢中になってきたものを隠そうとするんだ。どうして嘘ついてまで隠そうとするんだよ」
「……」
「……お前がサッカーやってたことなんて、もう分かってんだよ。どこのポジションで、どんなプレースタイルで、どんな選手だったのかは知らねえ。でもこの前、俺とお前が昇降口前で待ち合わせしたとき、一回お前の元にボールが転がってきた時があっただろ。実は丁度、下駄箱の陰から見てたんだよ」
「……それが?」
(確かにあったけど、ボールは一切蹴らずに、態々持ち上げて投げ返した筈だぞ……)
もし、その一部始終を見ているのだとしても、何処にも俺がサッカーをしていた証拠なんて見当たらない筈なのだ。
「お前はその転がってきたボールを蹴らずに投げ返した。だけどその前に、お前は無意識かどうか知らないが、転がってきたといってもショートパスめな少し速かったボールを、ノールックで、迫ってくるボールを感覚で感じとり、アウトサイドで柔らかく、ピタリと足元でトラップしたんだ」
「……」
(……そうか。だからか)
「あれはいくら運動神経が高くたって、未経験の素人なら出来ないやつだ。基礎のインサイドならともかく、アウトサイドだったらもう話は違ってくる。一目で分かったよ。お前は上手いってな」
「……なるほどな」
「ああ。大体上手い選手ほど、一回ボールに触れただけで俺の方が下手って痛感するんだ。上手いお前なら分かるだろ? トラップは次のプレーにも繋がる重要なもの。だからこそ、それが上手いやつほど、プレーの質も高いってな」
「──……はあ」
(相良は……本当にサッカーが好きなんだな)
ここまで言われると、抵抗するのが野暮に思えてくる。
相良の考察は、大体的を射ている。
あの時、無意識にトラップしてたのは知らなかったが、サッカーをやってた身として、たったの一回のタッチで相手の上手さ、経験量が実感できるのは、夢中になっている者達だけの特権でもあり、自らこれまでの練習から培ってきた経験と、何より自信に裏付けされたものでもある。
普段から海外のサッカーでも見ているのだとしたら、目も肥えてくるのだろう。
相良の方が一枚上手だった。そう思いながら嘆息した後、思わず苦笑する。
「参った参った。降参だ。俺の敗けだ」
「じゃあお前……」
「やってたよ。サッカー」
「ほらな。俺の考察は正しかったわけだ」
「……そうだな。途中から真剣ながら得意気に語るお前のウザったい顔にブローをぶちこもうかと思ったが、言ってることは正しかったからやめておいた」
「言ってること正しくなくてもしちゃいけないものでしょうよ……」
「まあまあ。だって相良な訳だし、しょうがないことだろ」
「理不尽すぎて逆にもういっそ開き直れるな。その理由」
「じゃあ試しに開き直ってみるか」
「おう。その代わりお前は停学になるけどな。とりあえず、誤解を受ける前にその物騒に振り上げた拳を下ろして、力を抜こうか」
「お前社会を味方に回すとか男じゃねえな」
「ヤンキーが言いそうな言葉だな。……で? どうすんだよ。サッカー部、行くのか、行かねえのか」
そう聞かれた時、心は少し揺らいだものの、首を横に振った。
「…………行かない」
「そうかよし行くんだな!」
しかし、その瞬間、俺の腕がっちりホルードして、突如サッカーコートへ強引に連れていこうとする相良に対し、こちらも負けじと逆方向に体重をかけて、全力で応戦する。
「ちょっと待てッ……誰が行くって言ったんだよ? 話聞けよ! 難聴? 難聴なんですか? 補聴器を今すぐ着けてくることをおすすめするッ! ……というか、離せ! は、離せえええ!」
「ほらっ……男なら覚悟を決めろ! お前上手いんだろ? だったら上手いなりにチームに入って層を厚くさせて、俺の練習にも付き合えよ。サッカーやるとモテるぞ! だから……早く来いいいいいいい!」
「彼女持ちのお前にモテるぞって言われても嫌味にしか聞こえないんだよおおおおお!」
「うっせんだよ! とにかく諦めてセレクション受けろおおおおお!」
「断る!」
「それも断る!」
「却下!」
「それも却下!」
「爆死しろリア充ッ!」
「悔しいならさっさと彼女作れヘタレぇッ!」
「作れねえんだよッ!」
「だからって俺にあたるんじゃねえよッ!」
「──あの……何やってるんですか?」
「「あぁんッ!?」」
「ひぃっ……!?」
突然、口論中に入ってきた声主に、勢いそのまま振り返りながら聞き返してしまった。
「あ……」
「んだよ! 無視すんなよ綾崎! あ……」
思わず、強く聞き返してしまった方向に居たのは、尻餅を着き、こちらを怯えた表情で見上げるジャージに身を包んだ、如何にもか弱そうな、可憐な女子だった。
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