第7話 体験入部
月曜日になった。
今日の放課後、相良と一緒に自分が入部する部活を見て回る約束をしている。
「……♪」
待ち合わせ場所は昇降口前で、来てから五分ほど鞄を片手に柱に寄りかかり、立ちっぱである。
だから、ほら。立ちっぱもあれなので、最近ハマっているアニメのオープニングを、広い空間に居ながらも一人では寂しいため、気を紛らすように鼻歌で流してるのだ。
一人鼻歌を響かせている時点で察するように、相変わらず今日も友達が出来なかったですよ。
流石俺ともいうべきか、プロのボッチにでもなれるのではないかと思い始めている今日この頃だ。
(なんか、一人の方が気楽でいい気がしてきた)
開き直りなのか、そんな考えというか、理論が浮かび上がってきたのだが、よくよく考えるとそれは言い訳だと、良心が叫ぶ。
確かに言い訳だが、そういう生き方もあるんだぞと良心に訴えるも、それでもやはり友人関係はこれから生きていく上で不可欠なものだと、また良心から正論を返される。
(はぁ……)
一人、何やってるんだろうか。
脳内で良心対汚れた心の議論を展開させて、何になるというのだ───
「───あ、段々と惨めになるだけですね分かります」
数秒考えれば、分かることだった。
(……)
確かに、独り言を言っている時点で、心が惨めになっていく。
「……てかアイツ遅ぇんだよ。一人昇降口で立って待っているように見えて誰も来ない哀れな人になっちまうだろうが! 早く来ないと自慢のその角刈り剃り上げてやるからな!」
八つ当たりか、中々来ない相良の愚痴を吐いてると、不意に
───コツン
と、足に何かが当たる。
「ん?」
視線を落とすと、そこにはサッカーボールが転がっていた。
「───すみません。取ってくれませんかー!」
と、足元に転がる薄汚れた、何処か懐かしい感触がする5号のサッカーボールを指してるのだろうか。グランドの方から一人の赤いユニフォームと、右膝に19という番号がある黒いハーフパンツを着たサッカー部員が、そう叫んでくる。
「…………」
少し、体が硬直したような気がした。
何かの呪縛にかかったような、そう、それはまるで、金縛りにあったような、気持ち悪い感覚。
やはり、この特徴的で、黒い五角形の模様が無数にある球体は、何時までも、逃げる俺を追ってくる。
何をしたというのだ。
俺が、『お前』に何をした。
───いや、違う。
俺はしたんだ。
してしまったんだ。
一瞬、蹴ろうとしたが、様々な思いが体の隅々まで駆け抜け、ゆっくりとそのサッカーボールを拾い上げ、サッカー部員の方に力一杯投げると───俺は心から安堵していた。
先程までの焦燥感が嘘のように、近くにあったサッカーボールを投げて離れさせたことで、落ち着いたのだ。
(まさかこれほどまでにサッカーのことを……)
蹴れなかった。
足を、動かせなかった。
「……っ」
サッカーは好きだ。
今も良く、Jリーグの試合や、海外サッカーにも嗜んでいる。
好きな選手もポジションごとに居て、自分だけのイレブンだって即座に言えるほどに。
だが───
「……」
いつの間にか、避けてしまっていた『サッカーをすること』が嫌いになってしまったのかもしれない。
「───おーい。綾崎ぃ!」
「……?」
思い耽っていると、後ろから誰かに呼ばれた。
「……あぁ。遅いぞ。お前。角刈り目立ってんぞ」
振り返ると、やはり最初に特徴的な角刈りに目が行ってしまったが、顔を再びみて相良だと分かり、初っぱな愚痴を溢していく。
「すまんすまん! ちっと授業中に彼女とLINEしてたのバレて掃除やらされてた」
「いや、先ずお前に彼女が居たことに驚きなんだけどそれは置いといて……授業中にそんな事やってたのかよ。全然気付かなかったぞ」
(ま、その時俺はノートを写す振りをして寝てたから、気づかないのも当たり前か)
「まあな。バレないようにバックに手突っ込んでいじってたからな!」
誇るように胸を張ってくる相良に、俺は嘆息する。
「別に誇れることじゃなくて、恥ずべき行為なんだけどな。というか、結局バレてんじゃねえか。誰かにチクられたのか?」
「……そうらしい。ま、誰かは分からんが見当は付いてるぜ」
「ほーん。……因みに、相良目線から見てチクったのは誰だと思ってる?」
「目線て……お前人狼ゲームかよ。……そうだな。俺の席から二席後ろの今坂(いまさか)っていう学級委員か、俺の両隣の浅井(あさい)か、藤山(とうやま)かな」
「ん……? 誰? ───あっ……いや、そうじゃなくて。何で真後ろの奴とか、斜め後ろの奴とかはないんだ?」
(っぶねぇ! 危うく普段から周りとコミュニケーション取らないから学級委員の名前さえも覚えてない奴の言動をしかけた!)
相良には、俺には友達が居るという誤情報を埋め込んでおかないとプライドがアレなのだ。
「可能性はあるけどあの女子達、面倒ごとに突っ込みたくなさそうなタイプっぽいんだよな。大人しい感じ的な?」
「へえ……話したことあんの?」
「いや、無ぇけど……しょっちゅう授業終わると、窓際の方にいってこそこそと他の女子と話してるからな。そもそも俺の事なんて眼中に無いと見てるわ。……確かお前、窓際だったよな?」
「……ああ! なんか休み時間に後ろからこそこそ話が聞こえてくるのはそいつらが原因なんだな」
「因みに内容は知ってるのか?」
「ん? いや? 全く聞き取れてなかったけど?」
(だけど視線はそいつらからかは知らねぇが、後ろからちょくちょく感じるんだがな……)
思い返していると、相良はそんな俺の腑抜けた態度に、何処か心から呆れたような表情を浮かばせた。
「はぁ……お前鈍感なんだな。試しにな? ……その女子の溜まり場にさりげなく行ったというか、通り過ぎたんだが、内容は驚いたことにお前についての内容だったぞ」
「……は? 俺? ……なんかやらかしたのか?」
一度も話した覚えがないその女子グループ達にマークされていると思うと、何だかゾッとするようだ。
「いんや。やらかしたわけじゃない。簡単な話、お前が格好良い……だそうだ」
「……?」
(へっ……? は? え? えぇ……?)
相良からの言葉に、茫然自失してしまった。
「なんだその疑いの目は。いっておくけど……本当の事だからな?」
「え? 意味が分からないんだが。俺、何も偉業果たしてないんだが……寧ろするとしても、社会に出て三年後か、大学の期間を入れても七年後なんだが……」
「おいおい。ちげえよ。そいつらは、お前のルックスとか、普段の振る舞いとかが格好良いって話してんだよ」
「…………ああ。う、うん?」
「女子からの相場は、『頭が良く、口数が少ないクールな男子』だってよ」
「……口数少ないのは単に話す人が居ないだけだぞ?」
「まぁ過大評価されてる訳だな。お前」
「全くその通りだ。頭の良さは確かにそこらには負けないと自負してるけど」
「クールな男子がまさか今の発言のように周りを見下してるような奴だって知ったら、女子達は一体何を思うんだろうかねえ……あ、今思ったんだけど、もしかしてお前……話す人が居ないから勉強に没頭してた系男子か?」
「中々的を得てるが、違う。勉強が忙しくて、逆に交流が疎かになってしまっていた系男子だ」
「……見事に自分の都合が良いように言い換えたな」
「ま、このチクられ騒動の結論としては『授業中に悠々と彼女とLINEしてるリア充はさっさと爆発四散してしまえ』でいいな?」
「……いやいや全然良くねーよ。あ、いやでも……今回は俺がそもそも悪い訳だし」
「よし。クリスマスの夜まで、その言葉ちゃんと覚えてろよ? ……んじゃ、話終わったところで行くか。こんな糞みたいな会話してるぐらいだったら、早く家帰ってゲームしたいしな」
「ちょいちょいこえーよお前。てか糞みたいな会話だったか? 結構盛り上がってたじゃん。まぁ良いけどさ」
立ち話が終わったところで、俺と相良の二人は、校内の様々な部活へ回りに行くのだった。
▣ ▣ ▣ ▣ ▣ ▣
「さて、今日の体験は何人かな?」
「11人です。部長」
「じゃあ先ず最初は、素振りからかな?」
「そうですね。では体験しに来た人は、そこに貸し出し用のラケットがあるので、先ずは手にとって見てください」
「「「「「「「「「「「はい」」」」」」」」」」」
と、早速命令されたので、ラケットを手にとってみた。
今居るのはグラウンドの隅にある、四面のテニスコート───即ち、テニス部に来ている。
当然、学校指定ジャージに着替え、ローファーも運動靴に履き替えている。
どうやら、先ずはラケットの持ち方を教えてくれるらしく、男女関係なく部員が誠心誠意教えはじめていた。
「……」
(あの人、女子の先輩に握り方教えるからしょうがなく手を触られているにも拘らずに鼻の下伸ばしてやがる……)
相良によれば、今年のテニス部には美男美女の先輩が多く居るそうで、手取り足取り教えてくれるため、『それ』目的で来る輩が多いのだとか。
今、目の前で、ポニーテールが良く似合っている可愛い系の女子の先輩に、手取り足取り教えてもらってこれでもかと鼻の下を伸ばしている男子を見てれば、分かる。
明らかに『それ』目的で来てる輩の一人だ。
(あの女子に至ってはイケメンの部長らしき先輩に握り方を教えてもらっているにも拘わらず、顔を赤く染めながらじっとその顔を見つめてるしな……)
何ですかここ。どこかの大学のチャラけたテニスサークルですか? と、問いただしたくなるような光景が広がっている。
しかし、誰もが邪な気持ちで体験しに来た輩な訳ではなく、中には真面目に教えを受けている人も数人居る。
因みに、自分でいうのもなんだが俺もその数人の中の一人だ。
いや、正確には、誰一人とて教えてくれる先輩が、人数の関係で目の前に居ないため、一人で周りのを見ながら見よう見まねで実践している最中だったりする。
後、もう自分でサッカー部に決まっている相良は体験してなく、コートの外のベンチで俺のことを見ている。
「……なるほど」
(イースタングリップとか、コンチネンタルグリップとか、セミウエスタングリップとか、ウエスタングリップとか……良く分からんがとにかく四種類の握り方があるらしい。で、今俺達初心者に教えられるのはウエスタングリップなる、基本的な握り方……で良いんだよな?)
周りの先輩がやっているのは、先ずはラケット置いて、そのまま握って持ち上げることにより、ウエスタングリップが自然と出来るようになるという、とても簡単なことだった。
「よっと……」
実践してみると、それらしい握り方にはなった気がした。
と、そんな時
「おお、早いね君。もしかして経験者かい?」
女子を教えていたイケメンの部長らしき先輩に、そう話しかけられる。
「……いえ、経験者じゃないですよ。教えてくれる先輩が誰も来なかったので、周りのを参考に見よう見まねでやってみただけです」
「あ、ごめん。人数の関係でね。その内君にも教えるつもりだったんだよ」
「そうでしたか」
「じゃあそうだな……握り方に問題はないし、君だけスイングの練習をしておこうか」
「いいんですか? 俺だけそんな早く」
そう聞くと、イケメン先輩は輝く爽やかなスマイルで肯定する。
「うん。見たところ、君は運動神経が高そうだし、飲み込みが早いからね」
「いえいえ、俺はそんな……」
「別に謙遜することはないよ。服の上からでも、地上から空へ真っ直ぐに伸びている背筋と、全身のその引き締まった筋肉を見れば、君は何か長時間走る競技をやっていたんじゃないかな」
「え、ええ。まあ確かにやってましたけど」
(ここでスポーツやっていたことに否定すると逆にあれだからな)
「やっぱりね。因みに……何やってたのかな?」
「あ、えーと。そのー」
(どうする。言葉を濁して、嘘っぱちついてみるか……?)
ここのサッカー部は全国区でも有名らしいなので、元はサッカーやっていたことを知られると、『なんでサッカー部に入らないの?』的な面倒な事を言われかねないため、知られたくない。
「まぁ、陸上をやってました……」
なので、取り敢えず長時間走る関係で、陸上をやっていたことにする。
イケメン部長は当然、嘘だと気付かないので、「へえ。じゃあフットーワークとかは俊敏そうだし体力もあるから、上手くなれば良い線行けるかもしれないよ」と、返してくれた。
俺はそれに礼を言った後、テニスの基礎を軽く学んで、その日の体験は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます