第5話 誘い

 翌日、俺はいつも通りのバス停でまだ眠い目を擦りながら待っていた。


(......やっべぇ......ゲームやり過ぎて寝不足だわ。てかボスの体力高すぎだろ。素材集めるのに時間めっちゃかかったな......)


「はぁあ......」


 欠伸しながら、昨日戦い、手こずらせたボスの愚痴を心の中でぼやいていると、丁度バスが来たみたいだった。


 因みに、今で欠伸は今日通算5回目である。


 7時半に起きて、8時に家を出て3分でここに来たのだが、まさか約30分でこれほどまで欠伸を連発するとは思わなかった。


 このせいで、何時でも目尻には欠伸の拍子に出てきてしまった涙が浮かんでいる。


 その為、若干視界が潤んでいるせいか、少し見にくい。


(まぁこれでドライアイの心配はないな......)


 この涙の原因である欠伸の、更にその欠伸の原因である寝不足を遠回し正当化する言い訳を心の中でしながら、バスへ乗り込む。


(おお、結構盛況だな)


 バスには数人の一般客の他は全員が岬陽高校の制服を着ていた。


 満杯に近い状態なため、何処も座るところなんてなく、バスのドア付近の棒につかまる。


 不幸かは知らないが、偶然俺の周りには女子が集まっており、多少の気を回さなければならない。


 直ぐ周りに居る女子の三人組を気になり見てみると、ぎゅうぎゅう詰めなのか動こうにも動けなそうに、少し窮屈な表情をそれぞれ浮かばせている。


(......あ、俺が入ったせいかな。狭そうにしてる)


 痴漢にはなりたくないので、片手で棒を掴みながら、もう片方もホールドアップして、出来るだけスペースを空けるように端に寄った。


 目の前で、四方からの人による圧で窮屈そうにしていた女子3人グループに、小声で「どうぞ」と、俺が申し訳程度にだが端に寄ったことによって作りあげたスペースに来るように目線で促すと、控えめに「あ、ありがとうございます」と応えてくれた。


 両手をホールドアップしている状態で言ったため、少々格好つかないが「いいえ」と言った後、直ぐに関係を断つように窓の方へ視線を向ける。


 恥ずかしかったのもあるが、これ以上話すのも気味嫌われると思った結果である。


「はぁ......」


 にしてもだ


(毎朝、この暑苦しいのを体験しなければならないのか)


 そんなこれからの高校生活を送る上で、今朝みたいな事がいつも起こるとなると、溜め息をせざるを得ない。


(......まぁいいけどさ。それでも金があるんならでかいスクールバスとか買えばいいのに)


 岬陽高校の短所を早速見つけ、不満に思いながら、俺はその岬陽高校に到着した。










 当然、バスが到着した時の皆の表情は、何だか疲れきった表情だった。


 校門を通ったときの安心感というか、やっと一息出来るという気持ちは凄い。


 桜が舞い散るなか、バスの人工密度で暑くなった体を涼ませるように、片手でネクタイを少し緩めませてから、俺は教室へと向かう。


 向かっている途中で、つくづく思ってしまうのは、やはり公立高校ながらのこの設備の整いようだった。


 階段の踊り場の壁に埋め込まれていた案内板を、先程チラリと横目で見たのだが、なんにもトレーニングルームなるものがあった。


 普通は無い筈である。


 しかし、あったのだ。しかも、よく見ると学校内に二つほど。


(ガチ勢だな......いや、冗談抜きで)


 今廊下を平然と歩いているのだが、実は見たときは本当にビックリして、人目もはばからず思いきり二度見してしまったのだ。


 横を通っていった男子の二人組は、怪訝そうに見てきたが、その男子たちにこう言ってあげたいのだ。


 だって公立高校だよ!?


 と、本当に言ってあげたいのだ。


(ここまでとはな。ガチ勢にも程がある)


 そう思っているうちに、自身の教室にたどり着く。


 ドアを開けると、皆は音に反応したのか多少の注目を浴びたが、瞬時にそれもなかったかのように視線たちは散っていった。


 自分の席にバックをかけて、友達も誰も居ない俺は、なにもすることがないため、突っ伏して寝始める。


 そんなことやってつまんないでしょと思う人は居るかもしれない。


 確かにつまんないが、ずっと皆が周りで話しているのを見て、劣等感や孤独感を味わうよりかは寝て楽しい夢を見た方がましだ。


(あーマジで寝るの楽しいー)


 こう思って寝ると、結構楽しめるものだ。うん。


 そんな風に寝ていると、「───よ! 綾崎!」と、話しかけてくる人が一人。


 横目で見てみると、そこには角刈りこと相良 浩介が居た。


 突っ伏していた上体を起こして、「おはよう」と返す。


「へぇ、今日はちゃんと話してくれるんだな」


「まぁな。でも、最初で最後だな」


「いやいや冗談言わないでくだせぇよ」


「そうか? 結構マジなんだけど。で、なんか用か?」


「マジになんなよ......まぁお誘いなんだけど、お前何部入るんだ?」


「いや、なんも決めてない。先ずは見学してから決めるつもり」


「じゃあ一緒に回ろうぜ! 俺はもう決めてるんだがよ、やっぱり他のスポーツとかにも興味あってな」


「......」


(こいつとかぁ......絶対集中できなさそう。でも一人で回りたいっていう一匹狼形のキャラになるつもり無いしな......)


「分かった、良いぞ」


「よし決まりだな! というか決めてないとか言っといてお前もあの部活目当てでここに来た口だろ?」


「は? あの部活?」


 本気で困惑する俺に、角刈りは「え? だってそうだろ?」と、当然のように答えてきた。


「───お前も栄光あるここ岬陽高校サッカー部に憧れてきたんだろ?」


「......い、いや意味わからないんだけど」


「は? だってお前サッカーめっちゃやってたんだろ? 俺の目に狂いはねぇぜ。だってお前、立ち姿でも雰囲気でやってたって大体わかるし、歩いてる時も体の軸が全くずれてなかったから、体幹とか鍛えてたことが良く分かるぜ?」


「い、いややってないってマジで......」


「嘘つくなよー。で、ポジションは何処だ? 俺FW! 良くDFって間違われるんだけどな! ははっ......お前はやっぱりMF辺りか?」


「............いや、だからサッカーなんてやったこと無いから。サッカー観戦ぐらいしかそのスポーツに関係持ってないぞ? というか何故にサッカーなんだよ」


「ん? マジで未経験?」


「......当たり前だ。というか何? そのあからさまな部員勧誘」


「いや、まぁ確かに勧誘っぽいことはしたけど、お前のその鍛え上げられた足を見ればサッカー辺りかなって思っただけだ」


「......」


(あぁなるほど......こいつ鋭いな角刈りの癖に)


 訝しげに相良を見てると、困惑された。


「ん? どしたその変な顔」


「いやお前にだけは言われたくねぇよ」


「!? う、うっせぇよ!」


「あ、気にしてたんだな。すまん」


(というか相良、サッカーやってたのか。これは面倒臭くなってきたな)


 そう思いながらも、「じゃあ来週の月曜日からだから、そん時は俺優先で動くこと。いいな相良?」と返す。


「おう。俺はもう何処に入るか決まってるから、決まってないお前を優先しろってことだろ?」


「お、良く分かってんじゃん。予定では、最初は陸上行くからそのつもりで居てくれ」


「りょーかい」


 そんな会話が終わったところでチャイムが鳴り響いた。


 ということで、俺は相良と来週、部活を回ることになった。

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