第4話 あの頃
瑠奈と病室で別れを告げて、病院から直ぐに近くのファミレスまで足を運んだ。
それは少し寝過ごしてしまったために、朝食を取れていなかったためだ。
あのまま瑠奈の言う通り、側に居てやりたかったが、度々ギュウギュウと鳴るお腹を黙らすためにも、流石に昼食まで抜きには出来ない。
昔から燃費が悪いこの体には、そろそろ本気を出して貰いたいものだ。
「────いらっしゃいませ~。お一人様ですか?」
「はい」
「ではこちらへどうぞー」
ファミレスに入り、早速案内された席に座り、手軽にスプーン一本で食べられるカレーライスを注文する。
「......」
(さてと......)
待ち時間の間何をすべきか考え、とりあえず今日入学した岬陽高校の情報が記載されたパンフレットをバックから取り出した。
受験前に散々見たが、それは面接の時に言っておけば一目置かれるだろう学校の長所だけを見つけていただけで、他の所は別段注視してなかったのだ。
ページを捲ると、先ずは学習カルキュラムが記されていた。
(ここら辺は読みまくったな......)
実際、面接の時にこのパンフレットから岬陽高校の学習カルキュラムについてコピーして読み上げたら、面接官に太鼓判を押された。なんにも、「ここの高校についてよく理解してる。というかよく覚えたね」なんだそうだ。
いや、そんなことよりも、面接対策で読んだページ達を飛ばし、各コースの予定について記されたページを発見する。
俺が入ったのは、普通科の総合コース。他に進学、特進コースなるものがあり、両方入ることは出来たのだが、土曜授業や、夏休み中に余程の理由がない限り強制的に参加させられる合宿があったために、瑠奈と会う時間を確保したい理由でそのような事がない総合コースを選んだ。勿論、めんどくさかったという他意もあったが。
しかし、文武両道を掲げている岬陽高校は、時間がある総合コースに通う生徒には、何か一つ部活に入部させなければならない校則があるため、面会時間に間に合わない可能性が高い。
その分、暇な土曜や日曜に会いに行けばいいのだが。
そういう時間を圧迫する校則があるのなら、何故他の高校にしなかったと思うかもしれないが、考えてもみてほしい。
家からバス15分で着く位置にある、しかも中々しっかりとした高校があったら誰でもそこへ入学したいという邪(よこしま)な心が出てきてしまうのではないだろうか。
俺はその邪(よこしま)な心に勝てなかったが、出来るだけ近い方が何かと得なのは事実だ。
先ず、ゆっくりと支度できる。それは何故か───近いからだ。
もし早めに出ていて、それで忘れ物があったときには、直ぐに家に取りに行ける。それは何故か───近いからだ。
早く我が家に帰還し、じっくりとネットサーフィンやら録画しておいた番組を見るやら自由な時間を過ごすことが出来る。それは何故か────近いからだ。
このように、近い方が色々と助かるのだ。
(何部入ろうかな......)
校則で総合コースに在学中の生徒は絶対入部が決まってるが、入るからには長くモチベーションが持続できる、かつ用品などを買わないで済む部活に入りたい。
親が居ない今、遠くで暮らしている、親代わりに学費や生活費の仕送りを送ってくれている親戚に、これ以上スポーツ用品などで経済面の負担をかけたくない。
(野球部、バレーボール部、テニス部の無難な部活の他に、弓道部とか新体操部とか中学校に無かったものが色々とあるな......流石岬陽高校、強豪な部活が多い上に私立校と同等以上の財力をお持ちという金持ち高校だな......ちょっと見学週間の時回ってみるか)
そう部活紹介のページを見ていると、不意にある部活に目が止まった。
「......」
(............サッカー部)
「......はぁ」
まただ。また心が沈んでいくのが良く分かる。
昔の記憶から、掘り返されるのは、楽しさの裏にあった無慈悲な現実。
サッカーは俺の人生ではなく、俺に関わる全ての人の人生を狂わせた。
(......全国大会出場。インターハイベスト8......サッカー部まで強豪なんだな)
「流石岬陽高校だな」
明らかに、サッカーと聞くだけで落ち込むのを鬱陶しく思いながら、「......じゃあ先ず最初は陸上行ってみるか」と、サッカー部を紹介していたページをゆっくりと捲りながら、陸上部のページに注目したのだった。
..................
............
......
ファミレスでカレーを食ったあと、早々に帰宅した。
短い間隔で再び病院に行くのもなと、気まずく思ったためだったが、割合的に本当は少し顔を合わせるのが怖くなったからだ。
「ふぅ......」
制服から私服に着替えて、ベットに倒れ込むと、今更後悔が沸き上がってくる。
(......なんて情けない男なんだろうな)
自分の都合で妹に顔を合わせられなかった事に対しての情けなさもある。
いつまでも過去に囚われている俺を知ったとき、瑠奈はどんな顔をするのだろうか。
普段から話をしていると、瑠奈が自分に多少なりとも憧れを持ってくれているのが薄々感じられる。
俺としてはそれは嬉しいことだし、そんな期待に応えたいといつも思っている。
しかし、瑠奈が憧れを持ち始めた時と、そして今でも憧れを抱いているのは、あの頃の俺だ。
今のようなウジウジとしている男ではなく、清々しい程に自分を貫いていて、自己中だった若かった男。
「......どうしてこうなっちまったんだろうな」
独りでに呟き、当然それに答えてくれる者は居ない。
(もう分かってることだな)
何故なら、その答えは既に自分のなかにあるのだから。
あの頃の情熱を。
あの頃の楽しさを。
あの頃の熱狂を。
全て知っているのは、自分なのだから。
そして、それを未だに忘れられない自分を知っているのだから。
「───......さてと。ゲームでもしよっかな」
そんな現実を振り払うように───いや、そんな現実から逃げるように、俺はその日、無性にゲームに没頭した。
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