第3話 嘘
────クラス全員への自己紹介と、学校からの色々な連絡と、教材を配られて学活は終わった。
ここで今日の学校は終わりみたいだ。
今はチャイムが鳴り響き、下校するところだった。
因みに、俺の自己紹介内容はこうだ。
『初めまして。綾崎 司です。趣味はゲームで、FFがお気に入りです。最近ハマってる漫画は進撃の魚人です。好きなことはサッカー観戦で、好きな選手はクライフです。よろしくお願いします』
さしあたって、普通である。
何故自己紹介内容を教えたのかというと、特に理由も無く、気になるかなって思ったから、一応。
「よし......じゃ帰るか」
(早く行かないと)
バックを背負い、教室を後にしようとすると「おい綾崎! 一緒に帰ろうぜ」と、相良 浩介が誘ってきやがった。
「......」
(めんどくさ......)
意を介さずに無視して行く。
しかし
「ちょい待ち! ほら、埃がついてたぞ」
「......は?」
「結構でかかったぞ。ほれ見てみろ」
どうやら背中に親指分もある埃があったみたいだ。
(うお......確かにでかいな。ということはずっと朝から付いてたってことか?)
兎にも角にも、それを取ってくれた相良には礼を言わなければならない。
「......ありがとうな」
「へぇ、お前礼ぐらい言えるんだな」
「おう」
「でさ、一緒に帰r───「じゃあな。相良」───っておい!」
(まぁ帰るんだけどね。というか一人で帰られないのかよ)
制止の言葉を振り切り、廊下、階段と順に昇降口まで歩みを進める。
後ろから何か汚い声が聴こえるが、多分気のせいだろう。
多分、そうなのだ。メイビーなのだ。
下駄箱に着くと、当然人で一杯だった。
迎いに来てる親と生徒でごっちゃになっている。
というか、入り口で親と話してる人が居るが、少し考えてから行動してほしい。
(そこ邪魔だろがい。外で話せ外で)
別に話すなとは言ってる訳じゃない。
いや、寧ろ話し合って行動してほしい。
───と、切実に思っていたとしても、声に発しない限り誰も動きやしない。
人間というのは面倒くさい。
人混みの中を何とか押しきって、自身の靴箱にたどり着いた瞬間に開けて、靴を取りだしさっさと昇降口から出ると、バスの時間が近づいているので走って学校から出て、近くのバス停まで向かった。
(今日は早めに行けるぞ。瑠奈)
相良には悪いが、今から行く場所はプライベートなのだ。
「お、来た」
────俺が乗るバスの行き先は、近くの市立病院だった。
▷ ▷ ▷ ▷ ▷ ▷
「───瑠奈ー? 居るかー?」
病院には、今年で14歳になった俺の妹が入院している。
真面目な性格で、俺とは違い、誰でも気さくに接するため、直ぐに学校では人気者になっていた。
成績はいつも五位以内を維持して、運動は苦手みたいだったが、それでも先生から頼られていた優等生だった。
そんな自慢の妹───瑠奈が入院する羽目になったのは、気管支喘息という病気にかかってしまったてたためだ。
四年前、10歳の時の持久走等の激しい運動が引き金となったらしい。
そこから一ヶ月治療して症状は治ったのだが、数ヵ月後にまた発作を起こして再発。
このように、入退院を四年間ずっと繰り返してきた。
「───司なんですか! どうぞ早く入ってきてください!」
ベットを周囲から隠している白い垂れ幕を少しだけ開けて、入ると微笑んで瑠奈が迎い入れてくれた。
「失礼、失礼っと......よ! どうだ? 治療の方は」
「順調ですよ。後数ヵ月で下半身の麻痺が取れて、動かせる見たいです」
「そうか! リハビリも頑張ってるんだな。もう問題なく話せるようになったじゃないか」
「はい! 先生が司が殆ど毎日会いに来てくれてるお蔭で、考えてる言葉を出すトレーニングになってると言ってました!」
「え? それ本当か?」
「はい。脳の離れかけてた細胞が、脳を使うことで活性化して、修復速度も早くなったそうです」
嬉しそうに話す瑠奈に対して、頬を緩ませる。
───いや、実は喘息は治りかけていた。
いたのだが、喘息から復帰できる一ヶ月前の日、つまり退院の日が残り一日となったとき、突然頭が痛いと言い出した。
急いで診察させると、脳出血とのことだった。
幸い出血したところは、余り害にはならないところだった。
症状としては、記憶の破損と、右半身の麻痺だ。
暫くの間は、集中治療室に運ばれ、一般病棟の時は面と向かって話せたのに、マスクを着用して表情をほぼ隠さないと話せない日々が二週間続いた。
いや、それでも話せなかった。
何故なら、一部の脳細胞が分裂してしまったらしく、記憶が曖昧になって、呂律も上手く回ってなかったからだ。
記憶が曖昧になってと言ったが、最初は俺の事自体も忘れていた。
いくら呼び掛けても返答が来なかった。
何か喋ったとしても、呂律が回ってないために、聞き取れない。
俺はそこで何か喪失した気がした。
今まで陥ったことがない妹の状態に、もしかしたらこのままずっとなるのではないかと思ってしまった。
一番応援しなければいけないのは俺なのに、回復を祈る方がそんな悪循環に嵌まってしまうことが度々一人でいるときにあった。
だが俺は根気強く、瑠奈の回復を祈って、時間の関係上毎日一時間という短い時間だったとしっても、せめてもの思いで、ずっと側でその手を握り続けた。
その甲斐があったのか知らないが、二週間前にいつものように側で手をずっと握り締めていると、瑠奈は相変わらず天井に向かって顔も固定し、遠い目で見ていたのだが、不意に”ごめんなさい”と言ってきた。
思わず聞き返したが、その後も、何度も何度も、涙目になりながら、大粒の涙を流しながら、掠れた声になりながらも俺に謝ってきた。
そう────この時初めて、俺の事を思い出してくれたのだ。
正直、かける言葉が見つからなかったのだ。
だから手を握り続けたのだ。
でもそれだけで、瑠奈は俺のことを思い出してくれたのだ。
俺もその時、貰い泣きというよりは、安心感が涙を誘ったのだろうか────
────だらしなく、瑠奈の体を抱き寄せながら泣いてしまっていた。
”おかえり”と笑い、”ただいま”と笑い返してくれたあの何気無い挨拶が、今や特別な感情が入ってしまう言葉になっている。
だから
「───瑠奈、忘れてた。......ただいま」
「..................はいっ、おかえりなさい。司」
今日も言うのだ。
瑠奈の笑顔に笑い返し、次には思案顔を浮かべる。
「......そうか。俺と話して脳細胞が活性化か......嬉しいよ。俺.....実際会うだけで、何もしてやれないと思ってたからさ」
「そんなことないですよ......最初から私を支えてくれた人は、司ただ一人だけでした。リハビリも手術が終わってからずっとで、本当に辛かったんですけど......司がほぼ毎日来て応援してくれるので......そのっ......が、頑張れたんですよ!」
「お、おう......」
「だからその......ありがとうございました!」
「............な、なんか身内から礼を言われると恥ずかしくなってくるな。普段そんなに言われることないからかな」
「......そうですね。久し振りに言った気がします。司に」
「......」
───手術は無事成功し、一般病棟には約一週間前に移された。
手術の翌日からまだまだ欠損してる記憶の修復するリハビリや、麻痺していた右半身を不自由無く動かせるようにするリハビリを早くも開始していた。
リハビリして二週間経つが、本人がいうには、言葉はスムーズに会話できる程度に回復したが、文字が難航しているとのこと。
麻痺した右半身のリハビリは順調で、三日前は病院内のリハビリを行う部屋で、二本の手すりを使いながら歩行するというリハビリ方法だったが、手すりなしにチャレンジし続けて、一人で多少は歩けるようになったらしく、今は病院の敷地内を歩いてリハビリをしているらしい。
補助は必要なものの、無事不自由無く今まで通りに歩ける日が近いと主治医とリハビリの担当が口を揃えて言ったのだとか。
今は昼前。瑠奈に聞けば後二時間後にリハビリが始まるらしい。
そんなリハビリの話とか、病院内で出来た友達の話を聞かせてくれた。
気付いたら一時間も経っていて、自分が体験していない出来事を聞かされてたのだが、案外瑠奈から聞かされた話が面白かったからかもしれない。
「───もうすぐ病院食が配られるから、今日はもう少ししたら帰るよ。邪魔になると悪いからな」
「え? ......居てくれないんですか?」
「......え? だって邪魔だろ? 色々な準備もあるみたいだし」
「じゃ、邪魔じゃないです! 寧ろ居てください!」
「そう......なのか?」
「そうです! 司は今からここで、私が病院食を食べる姿を見なければいけません!」
「い、いや、その......俺もさ? 腹を空かしてるんだ。でな? もしずっとここでお前の食べてる姿を見ていると俺がどうなると思う?」
「それはですね......」
「うん」
細い顎に指を当てて、「ズバリ......」と言い当てる。
「そ、そのっ......興、奮? ......するのでは......?」
と、自分の言ってることなのに、恥ずかしがって顔を一挙に赤くする瑠奈に
「いやどんな趣味だよ」
そんな一斬り。
「......!!」
答えを外してしまったことに更なる恥じらいを感じて、成熟した林檎のように顔を一層赤く染める瑠奈。
「てか恥ずかしいなら無理せずに言わなくても良いんだぞー?」
(ま、それも健康って証拠だから良いんだけど......)
そう言った瞬間、まだ赤い頬を膨らませてくる。
「......じゃ、じゃあ答えは何ですか?」
もうこれ以上答えて恥をかきたくないのか、ここでギブアップのようだ。
「それはな。俺がめっちゃ腹を空かせる......だな」
「へ?」
「瑠奈、考えて見ろよ? もし、瑠奈が一日食べてない状態で目の前で俺がずっと美味しそうな料理を食べているのを見てるとどう思う?」
「は、はぁ......まぁ、それは羨ましいと思いますね」
「だろ? だからあんまりお腹空いてる状態でずっとお前が食べてる姿を見たくない訳。瑠奈って本当に美味しそうに食べるからさ、お腹空いている俺からしたら拷問なんだよなぁ」
肩をすくませながら、軽く冗談を言う風に放ったそんな言葉は、瑠奈の口を綻ばせた。
「ふふっ......拷問ですかっ......────」
一頻り小さな唇を手で抑えてクスクスと笑った後、瑠奈ははにかんだ。
「仕方ないですね......今日だけは途中退室を許してあげます!」
「......」
───やっぱりこの明るい笑顔が瑠奈らしい
無垢に笑う瑠奈を微笑ましく思いながら、「出来れば今日『だけ』じゃなくて、毎日にしてほしいな......ちったぁ俺のプライベートを尊重してくだせぇや、姉貴ぃ......」と変な言い回しで返した。
「むぅ......私はそんなに重い女ですか......?」
「いやぁ......軽くも、重くもない女の子。つまり男子からしたら、理想な女性だと思うぜ。実際、一緒に小学校に行ってたときなんかは凄いコクられてたからなお前......これは予想なんだが、病院内でお前はアイドル的な存在なんじゃないか?」
「いっ......いえ......そんなことはあるはずが......あ、いやですが......妙におじさんやおばさん方から話しかけられる回数が多いような気が......」
「やっぱりな。変な男に出会ったりしないか心配だけど、楽しくやってるみたいでよかったよ」
「大丈夫です。私には司が居ますから」
「俺、喧嘩弱いんだが......」
「その時は気合ですよ!」
「お、おう。というか、お前でも気合って言うんだな......」
「そのぐらいは今の世代の女の子だと誰でも言いますよ?」
「いや、皆は言わないだろ。もし言ってたら、絶対どっかの頭に鉢巻き巻いてるおっさんの気合だ気合だ気合だぁ! が原因で流行らせてるだろ。......女子レスリング界の人口が一気に増えることになるぞ......こりゃ───というか、俺もう行くわ。ちゃんと病院食、好き嫌いとかせずに食べろよ?」
「た、食べますよ! 子供扱いしないでください! ......司こそ、今日はちゃんと友達作れたんですか?」
「え? 出来たぞ? 金魚の糞みたいにしつこい奴なら。相良っていう角刈りなんだけど、マジでしつこくてさ......」
「......はぁ。友達作りましょうよ司。───あ、司。友達を作る方法として、サッカーはどうでしょうか? 昔から司が一度ボールに触れれば、皆が拍手までして寄ってきて、直ぐに友達が出来てたじゃないですか。というより、サッカーの方は順調でしょうか? 私忘れられないんですよね! 五ヶ月前のテレビで放送されたあの試合で、司のフリーキックがゴールして、それが決勝点になって試合に勝利した場面のことを! ......そういえばここ最近、司のジャージ姿を見てませんけど......どうk───「いや、別に何でもないよ。たまたまこの頃は私服とかが多いだけだよ。今日も......ほら、入学式だったし、たまたま制服ってだけだからさ......サッカーの方は......順調だよ」───あ、そうだったのですね!」
「............」
それまで合わせていた目線を俺から逸らしながら、少しぎこちなく言った言葉に
「───ではもう一度、テレビで司のサッカーが見れるんですね!」
瑠奈はそう笑って応えた。
「......!?」
その言葉に、思わず瞠目させて、同時に心が沈み込む。
「......司?」
そんな俺に、瑠奈は小首を傾げて、心配そうな目で見つめてきた。
後ろめたい気持ちで一杯になる。
どうしてだろうか。さっきまで面と向かって話せたのに、今は瑠奈の顔が見れない。
顔を上げられない。
胸が少し苦しくなりながらも、俺は無理に顔を上げて微笑んだ。
「────あぁ......また見れるかもな」
───俺は妹にこのときばかりは、嘘をついてしまった。
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