第45話
目の前に広がる料理の数々はどれも文字通り食指が動くような見事なデキであった。
高級マンションの最上階。縦横の幅が広い窓のカーテンは開かれ池袋の街に灯る夜景が
「いっぱい食べなさいよロト。成長期なんだから」
「そうだぞロト君。男児たるもの身体が資本。食事と睡眠と鍛錬を欠かしてはいかん」
0時9時の方角よりの攻勢。包囲戦の形を取られ逃げ場なし。筋肉お化けの仲良し親子は今日も元気に大迷惑である。
ナンテコッタイどうしてこうなった。
思わず時代遅れなインターネッツスラングで苦悶する
下校時間。勇者は
諸々あってまともにプレイできていなかったゲームを今日こそはやってやろるという意気込みを胸にアスファルトロードの上を
クエストマラソン討伐マラソンなんでもこいだ!
徹夜は既に決定事項。2連休を利用した夜から夜までの廃プレイは勇者の得意技である。脳内では既に、道中にあるコンビニでエナジードリンクとサクサクサラダスナックを購入し、帰宅したらば即仮眠。3時間のお休みタイムを経て、ゲームへログインするまでのプロセスが完成していた。無駄な時間は1秒足りともない。計画通りに美しく事を進めんと勇者はただ歩くのみであった。
こんな気持ちは久しぶりだ。実に清々しい。
行く手には誰もいない静かな細道。信号にも捕まらずいい塩梅。自宅まで残り400メートル。5分も掛からず到着する距離。邪魔する障害がない快さに自然と鼻歌を奏でる勇者。後は表道に出て買い物を済ませるだけであったが……
……!
肩に掛かる重圧。強靭な五指に肉を囚われた感覚。触れられているだけでこれは引き剥がせないなと分かる圧倒的なパワーは、人ならざる者の掌だと瞬時に分かってしまう。勇者は刹那の中で幾万の恐怖を繰り返し、同時に自分がいったい何者に捕捉されたのかを理解した。
「待って。ロト」
臓腑にまで響くセクシーボイスはそのまま冥府まで誘われかねない魔性を秘めていた。神々な黄昏を告げるギャラルホルン。その魔笛の奏者を勇者は一人しかいない。その一人とは誰か。決まっていよう。エンジュである。
「え、エンジュさん! いやぁ! 奇遇奇遇! こんな場所で出会ってしまうだなんて!」
振り返りざまに白々しくそう言う勇者の声は壊れたオーディオから流れるつぎはぎのセリフのようであった。
「奇遇じゃないわ。待っていたんだもの」
「へ、へぇ!」
悪魔の一言! これにより勇者の連行は確定! ゲームに費やす予定が瓦解し地獄のサプライズに備えなければならなくなった! 可能であれば隙を見て逃走を図りたいところであるが、望みは薄い!
「じゃあ、行くわよ」
有無を言わせぬ強引な誘い文句。口調以外は男の鏡である。
「何処へ?」
当然の疑問を口にする勇者は嫌な予感に大量の発汗を催していた。気を抜くと意識を失いかねないストレスとの戦いは既に決闘めいた装いとなっている。エンジュは次に如何なる一手を打ってくるのか。不安と恐怖を胸に秘め、勇者は身構える。
「決まってるじゃない。私の部屋よ」
「すまん予定ができたから帰る」
拒絶の一択! 勇者は十中八九捕まると知りながらも背を見せ全力のダッシュをかました!
童貞すら卒業してないのに処女を散らしてたまるか!
エンジュのエンジェルルームで起こりうる禁断の遊びに思いを巡らせた勇者は肌を粒立てギアを上げた。フルスロットルでのエスケープは運動不足な肺と筋骨に多大な負担をかけ、5メートル進んだだけでも身体中が悲鳴をあげるほどであったが勇者は止まるわけにはいかなかった。
ダシュれば宅まで約1分! この60秒に命を賭ければ不可能はないはずだ!
腐れた魂を燃焼させる勇者! ジタバタと不恰好で異様な全力疾走で無事自宅まで辿り着けるのか!
「馬鹿ねぇ……逃がすわけないじゃない」
ミッションフェイルド! 作戦失敗! 知ってた! いとも容易く追い付かれ肉の檻に束縛される勇者! 身体全体で感じるエンジュの体温はさながら灼熱の鉄塊とでもいおうか! 身を焦がし焼くそのは巨体はまるで
「嫌ぁ! エッチな事は嫌ぁ! エロ同人みたいな事は本当にやめてぇ!」
勇者の慟哭は寂れたストリートに微風となって鳴り潜んだ。全速力の駆け足と肉の圧力により肺の機能が著しく低下しかすれ声しか出なくなっていたのである。
「何言ってんのよ。馬鹿ね。しないわよそんな事。高校生相手に」
「ぇ……ぃぁぅぉ? ぉnぉー?」
(え? しないの? ほんとー?)
肺に続き声帯もやられた勇者は擦り切れた喉でエンジュに真偽を問う。
「本当本当。いい食材が安くてつい買いすぎちゃったから、ロトも食べてほしいのよ。私の手作り料理を」
あ、なんだ。手料理イベントか。なーる。それくらいならまぁ……
一先ずの危機回避に安堵する勇者は料理くらいなら食べてやらんでもないという謎の傲慢ささえ醸し出しはじめた。すぐに調子に乗るのは勇者の悪い癖である。
「なるほど。そういう事ならいいだろう。ご馳走になろうではないか」
勇者は緊張と恐怖の反動からか若干おかしくなってはいるが前向きな返答をエンジュに贈る。尻穴にダイナマイトを突っ込まれる事はないと知るや否やすぐに快諾したは意図せずドアインザフェイスが発動した為である。
「じゃ、行きましょ。よっせいしょ……」
「え、ちょっと。何これ? 高い高い? いやいやいや。降ろして……降ろして!」
「騒がないでちょうだい。服が
掛け声と共に
勇者がそんな生き恥を重ねたどり着いたのはセレブリティな香りが匂うタワーマンションであった。オートロックを抜けた先には広いエントランスとラウンジ。そこから更に奥へと移動しエレベーターへ乗り込むエンジュ。階層は30階。最上階である。あまりにも異質な世界に勇者は吐きそうになるも、それをなんとか耐えているうちに乙女の部屋にご案内。玄関からして如何にも高級そうな作りである。
「おぉ! 来たかロト君! 待っていたぞ!」
そうしてまさかのエンカウント。出てきたのはエンジュの父。上々一郎。パパのお出迎えである。
「え!? ちょ、なんでぇ……」
肩に担がれたまま困惑する勇者。実際のところ、勇者はエンジュ以上に暴走気味な上々一郎を苦手としていた。
「やだパパったら。もう来てたの?」
「可愛い娘とその婿が食事に誘ってくれたのだ。気がはやって居ても立ってもおれんかったわい!」
あ、ふ〜ん。なるほど。そういう催しかぁ……
筋肉2体の大爆笑に置いていかれ気味の勇者は乾いた笑いしか浮かべる事ができなかった。
「あ、パパ。今日ロト泊まってくらしいから」
「は?」
「そいつはいい! が、そうなると私は邪魔じゃないかね?」
「いやいや。ちょっと」
「何言ってんのよ! 高校生にはさすがに手を出さないわよ!
「そういう問題ではなく……」
「変なところで真面目なやつめ。が、まぁいっか!」
「いや、え、はぁ? ちょっと待ってくれ。俺は帰……」
「泊まってくわよね? ロト」
「……はい」
一泊決定。勇者は大人の階段を半歩登ることと相成り、現在に至るわけである。
ナンテコッタイどうしてこうなった。
勇者はAAのフッジサーンがそのまま具現化したような、お手本のような頭の抱え方をしていた。
ちなみに、勇者は一抹の期待を抱いて親に連絡を取ったが、あっさり宿泊の許可が下りた。
勇者の心の叫びは、決して誰にも届かなかったのであった。
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