第42話
しばらくの待機。ラジオ会館前の賑わいに流されそうになる
20分経過か……ラヴェナめ。焦らしおる。
おめでたい勇者はブッチされる可能性など微塵も考慮する事なくモテる秘術第4章2節。女の相手をする時は常にエレガントであれ。の内容を思い出していた。曰く。女が粗相を働くのは常の然。少々の無礼失礼は笑って許すが男の度量。との事である。いささかバブル臭が漂う時代錯誤な言葉であるが、この手の話しに疎い勇者はそれを鵜呑みにしてしまい気持ちだけは昭和後期のトレンディとなっていた。黒歴史確定である。勇者の将来は暗い。
どれ。今の内に休憩所を探しておくか……
色に目が眩んでいる勇者はもう下の事しか頭になかった。 最寄りのワンナイト歓迎なホテルをスマートフォンにてオッケーグーグル。軍資金は10万をも用意し避妊具の装着方法も習得済みである。此度のオフ会の為の準備は万全。万事を尽し天命を待つといったところか。後はラヴェナを待つだけなのであるが、予定時刻はもう30分をオーバー。相変わらず人混みの中で突っ立っている勇者は通行人からパックンフラワー並みに邪険にされていたが他人の冷視線など気にも留めずただ待ち付けている。これが犬であればハチやタロウ&ジロウばりの美談にもなり得たかも知れぬのだが、制欲旺盛な冴えない
お、昼間フリータイム6000円か……場所も近い。ここは狙い目やなgff
「ひぃ……」
下劣な妄想を膨らませる勇者は明らかに危ない顔付きをしておりついには人が悲鳴を上げだした。このままではもしもしポリスメンである。意図しないところで命運が決まりかけている事態。勇者はこのまま補導されてしまうのか……
「……ロト?」
「……!?」
自らの名を呼ばれ髪が逆立つ程に過剰な反応を示す勇者! 誰だ!? いや一人しかいまいと声の方を向く! 注ぐ視線! 見れば女! 耳に入るは幾度となく聞いた麗しの姫君の声! それが誰であるから確認するまでもない! 眼に映るその人物の名は!
「どうも。ラヴェナです。ごめんね。待たせちゃった」
ラヴェナ! その人である!
「……」
押し黙る勇者。その心中は既に理外。
揺れる太陽の色をしたセミロング。
薄く淡い羽のようにはためくワンピース。
愛らしい笑顔が自分だけに向けられている気がした。
勇者の見たラヴェナの姿はまさしく天使であった。傍目からは単なる女Aといっても差し支えがないくらいの平均的な容姿であったが、童貞力+ゲームで知り合ったというフィルターが過剰にかかり、勇者にはラヴェナがクレオパトラに並ぶ美女に見えたのであった。
「あ、ど、ど、どうもです勇者ですよろしくです……」
どもる勇者はラヴェナの顔を直視できず下を向いてしまった。実に初々しい反応である。
「よろしくね。なんか硬いね。緊張してる?」
「あ、はい……まぁ……」
「そっかそっか。無理もないか。現実では初対面だもんね」
「あ、でも、会えて、嬉しい、です……」
「本当? よかった」
「……!」
ラヴェナの細い指が勇者の髪に触れた。これぞ噂に名高い頭ポンポンである。本来であれば勘違いした自称モテ男が精神的優位性を示す為に行うマウンティング行為なのだが此度は立場が逆転している。つまるところ勇者は劣っていると認識されたのだ。ラヴェナに「こちらが上。お前が下だ」と言われたに等しい。
しかし……
あ、あかん……これあかんやつや……
しかし……あぁしかし勇者は!
これは……これは惚れてまうやつや!
哀れな勇者はラヴェナの動物的な誇示を好意として解釈したのであった! 初めて知った女の手の柔らかさ! 指使いの繊細さ! 伝わる温もりエンジェルハート!
「じゃあ、行こっか」
「……はい」
どこへ? という疑問すら浮かばなかった。勇者の思考は完全に停止してしまっているのだ。もはやなすがまま、言われるがままにラヴェナに従わざるを得なかったのである。手を引かれ市中を周り、雑踏を超え路地の裏。気が付けば人影乏しいテナントビルの前。ここに来て勇者はようやく思考が機能しだし危険信号が発せられたのだが時すでに遅し。強く握られたラヴェナの手が勇者の身体を離さない。
「あ、えっと、あの、ちょっと……」
「まぁまぁ」
なし崩し的にビルの一室に連れ込まれる勇者。周りはイルカや風景画が飾られている。
「ラヴェ……」
勇者がラヴェナの名を呼ぼうとした瞬間に扉が閉められ退路が消失。同時に奥からやって来る黒服の男。見れば高価と分かるスーツにギラつくシルバーのアクセサリー。腕に巻かれた異様に自己主張の激しい腕時計が威圧的である。男が身に付けている1つ1つのアイテムはそれぞれ上質なのだがその着こなしは最低であり、いってみれば下品な組み合わせなのだが、勇者がその姿を見て妙にしっくりくるなと思ったのは、男がどのような存在であるのか容易に理解できたからであった。
「いらっしゃいませ。ご契約ありがとうございます」
張り付いた笑顔に胡散臭い爽やかボイス。契約という不穏な二文字。そして訳の分からぬ絵が飾られた部屋……
あ、これはあれだな。
勇者の背には大量の脂汗が発生していた。自身の身に何が起こったのか、完全に把握できたのだ。
もうお分かりであろう。
つまり。勇者はハメるつもりがハメられたのだ!
これは……アカンやつや!
焦る勇者の苦悩。だがもう遅い。全ては蜘蛛の糸の上。がんじがらめ。
エウリアンの亜種だな……まさか自分が引っかかるとは……
エウリアンとは、秋葉原などに出没していた絵画商法を行う者の総称である。現在では対策が広まり街では見なくなったのだが、その生き残りが密かに活動の場をwebに移したとにわかに噂されていた。
掛けられている絵はラッセンにミッシェルバテュか……お約束だな。
イルカとリゾートの絵はエウリアンが売り付ける代名詞的な絵であるが、勇者はこれを知識として持っていた。
シルクスクリーンとかいうやつだな。本来であれば数千円の価値しかないらしいが……
冷静に分析する勇者。しかしこれは勝利に繋がるロジカクシンキングではない。食物連鎖の下層に位置する被食者が捕食される前に起こす超集中。生存欲求から生じる走馬灯手前の危険回避能力である。車に撥ねられた際になぜか受け身を決めて事なきを得たという話があるか、それはこの危機回避能力によるものだ。
だが、如何に集中したところでこの状態から自力で脱する事など不可能である。もちろん絵画商法はドの付く詐欺。しかも古臭い、こってこての手口である。如何に勉学に疎い勇者であっても、この違法性を指摘する事くらいは不可能ではない。しかし、斯様な手段を用いてくる相手であるが故に警戒しなければならない事がある。暴力と報復である。
逃げる事はできるかもしれないが……しかし……
確かに、上手くすればこの場を脱する事はできるかもしれない。だが、相手は恐らくヤクザの後ろ盾のないチンピラか半グレ組織。左様な人間が果たしてカモに逃げられそのままにしておくだろうか? いやしない。そうした輩は往々にして執念深く残忍である。一度メンツを汚されたとあらば、地の底まで追っていきケジメを入れなければ気が済まない人種なのだ。おまけに勇者は個人情報を握られている。下手に反抗すればどうなるか想像もつかない。家族揃って生きながらに地獄の大地へと接吻する事態にもなりかねないのである。
「この子、親御さんのカード持ってこれるらしいから、ローンの準備しておくね」
「はいはい。じゃ、こっちはこっちでゆっくり話そうか、僕。奥の部屋で……」
「……」
連れ去られていく勇者と、それを
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