第40話
*最近あんまりINしてないね
勇者はエンジュの追求に心臓を握られたような思いであった。回線越しなのにも関わらず、大型肉食獣に唸られているような重圧を感じるのである。
ラヴェナとディスコードを始めてからしばらく。勇者は頻繁に通話をするようになり、ゲームをする時間が明らかに少なくなっていた。そのハマり具合は大したもので、家族構成や生い立ちまでも話してしまっている程である。勇者がそれまで見せていたゲーマーとしての
*忙しいんだよ。色々
*ゲームしかしてないのに? まさか女? 女ができたの!?
*違う
いちいちうるさいな!
食い下がるエンジュに勇者は
*色々あるんだよ高校生には!
*ふぅん。ゲームに命賭けるって言ってたくせにねぇ
*このゲーム以外もやってるんだよ
*なに? なんてゲーム?
*色々だよ。サガフロで妖魔縛りクリアしたりとか
*このご時世にサガフロ? 今更? サガのブラウザゲーやソシャゲや新作も出たのに? どうして今?
*レトロゲーが好きなんだよ俺は
*ならロマサガなり魔界塔士でもやりなさいよ! PSなんて全然レトロじゃないんだからね!
*うるせぇ! 今時あんなやり込み前提のゲームやってられるか! メガテンだって年々ライト向けになってるだろ!
*ペルソナはいいでしょペルソナは! 鳴海はカッコいいわよ!?
*ライドウじゃねーか! デビサマは全部名作だよ!
話は逸れたがこれはこれで面倒な話題となった。硬直する2人の間には、得体の知れない靄がかかっている。このままでは聖なる4文字や偽典の扱いなどについても話題が及ぶかもしれない危険な状態である。
*あの、お二人とも
ここで、蚊帳の外であったスバルが始めてチャットを流す。
*なんだスバル
*私にはさっきから何の話をしているのか分からないのですが……喧嘩していらっしゃるんですよね? 多分
……
…………
*それとも、ゲームの話ですか? 私、全然分からなくって。止めた方がいいんですか?
…………
……
スバルの一言により勇者は我に返った。レスポンスが止まった事から、恐らくエンジュも冷静になったのだろう。
*悪い
*いえ。こっちこそごめんなさい
白熱する口論は若い世代の無知により収束した。年齢でいえば勇者もスバル寄りのはずなのだが、両親から叩き込まれた、PS2までがゲーム黄金期論によって旧作至上主義となっているのであった。故に、スバルのライト思想がこの論争についての是非を自問させ、無益であると自答させたのである(両親が勇者を凝り固まった偏見の塊に育ててしまったその責をいかにして負うのか定かではない)。
*まぁ、落ち着き次第ログインするようにするよ
*納得はしてないけど、分かった。でも、あまり乙女を放ってちゃ駄目よ
*分かった
破壊力抜群の限定的な免罪符を得た勇者は控え目に承諾しその日はいつものメンバーでクエストを行なった。女の疑惑についてもこの場限りでは落着と相成ったわけだが、そもそもエンジュと勇者は交際しているわけでもないのだから、勇者が他の女と何をしようがエンジュに咎める筋合いはないのである。だが、人が人である以上、理屈だけで生きていく事なできない。人は感情によって天使や悪魔になり得るのだ。故に勇者な必要以上に争うことを避けたのである。クエスト途中にラヴェナがINし冷や汗のスコールが降り注いだが、連絡もなしに即OUTした為に事なきを得た。
何だったんだ。
瑣末な疑問を抱きつつクエストは無事終了。そのままグダグダと狩りなどを行い、20時にはスバルが抜け、日を跨ぎ朝方前にはエンジュもログアウト。そのまま解散となった。
いい時間だな……
2連休の1日目が終わり、30時間にも及ぶプレイ時間に一旦の終止符を打った勇者は手慰みにイケナイインターネッツの閲覧を開始。
なんだ。まるでゲームを終えたのを見越したようなタイミングだな……
怪しみながら受信。しかし悪い気はしていない。内心に湧く女の声への渇望と、もしかしたらこいつ俺の事好きなんじゃないか? という勘違いが先行し勇者のテンションは張っていた。
「もしもし。ごめんね。遅い時間に」
「あ、いえ。僕もさっきまでゲームしてたので……」
相変わらずしどろもどろな勇者。何度か話しているが、このなよとした態度が変わることはなかった。いかに慣れたとはいえ根底にある女への苦手意識が消えたわけではなく、やはり手も繋いだことがない生粋の童貞は相応の反応しかできないのである。
「相変わらずゲームばっかりしてるねぇ。たまには外に出た方がいいよ?」
「あ、まぁ……はい……」
「ちゃんと他所行き用の服とかある? 外に出る服がないなんて言わないよね?」
「あ、はは」
図星である。勇者には学ランとエンジュと出会った際に着飾ったラルフローレンの一張羅しかまともな服を持っていない。せいぜい応募者サービスやイベントで売られている記念パーカーやシャツくらいである。年頃の勇者はようやくその異常に気付き、恥じた。
まずい。ここでクソダサ野郎と思われてはここまでの努力が水の泡だ! よし!
秒速で悩む勇者。そして決断。果たして話題を変えるために導き出した答えは……
「そ、そういえば今日! 一瞬ログインしましたよね!」
強引! 力技! 無理やりトークの行く先を変える勇者! 痛いところが見え見え! ここまで分かりやすいトークチェンジは自らの首を締めるだけの自爆行為! だが!
「まぁ。ちょっとね」
歯切れの悪い回答。ラヴェナらしからぬ間の悪さ。これは何か隠している。勇者は直感的に、そう理解した。
「……何かあるの?」
思わずそう聞いてしまう勇者。追求しているようにも見えるが、その胸の中にあるものは純粋である。つまるところラヴェナの皆を案じているのだ。ゲーム以外何もできない勇者であったが、ラヴェナに厄介ごとが起きているなら力になりたい。助けたいという、純然たる善意による衝動であった。
元来勇者はお人好しなきらいがある。エンジュやスバルとの出会いにしてみても、いずれも勇者のお節介ともいえる行動からの縁。勇者に言わせれば、「ゲームは楽しむものだからそれに反する行為は捨てて置けない」と、カッコいい台詞を吐くのだが、これは偽善とも取られかねない人の良さに対する照れ隠しである。勇者が今までプレイしてきたゲームの主人公の多くは、決して弱者を見捨てたりはしない。本人は無自覚であるが、そうしたキャラクターやストーリーが勇者の人格に多大な影響を及ぼしているのであった。
だが、煩悩に支配されている今の勇者がそんな人間社会的においての美点を貫けるわけがなかった。勇者は現実において勇者たりえず、主人公とはなり得なかった。ラヴェナへの心配りは、次の一言により即座に破棄される事となる。
「ねぇ、ロト」
「あ、はい」
「来週。一緒に会わない?」
「……あぁ。いいですよ。どこのチャンネルで待ち合わせますか?」
「ゲームじゃなくて、現実で」
「……あ、はぁ……え?」
「オフ会しようよ。2人で」
「……マジで?」
「マジで」
……
一間を置く勇者。深呼吸をし、状況を整理する。
「あの、ラヴェナさん」
「なに?」
「いいんですか?」
「なにが?」
「いや、僕なんかと、会ってくれるって……」
「もちろん。私、ロトの事、好きだよ?」
「……」
これはもう……
さよなら童貞といっても過言じゃないだろう!
無言で叫ぶ勇者。哀れなる童貞が放つ魂の咆哮が、朝に鳴く鳩の声と共鳴した。
勇者! 第二次オフ会開催決定である!
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