第35話

 砂塵さじん舞う中、英雄ヒロ勇者ロトのダメージを確認するように制止している。勇者ロトの立ち回りを警戒しているのだろうか。圧倒的に優位にも関わらず、攻める気を見せない。

 一方。勇者は片腕を失い戦力は大幅減。勝つ見込みは著しく低下している。耐久ゲージもかなり減少しており万事休す。絶体絶命といってもいいだろう。


 だがある。


 勝利の可能性。


 とっておきの奥の手が。


 しかしその奥の手を決めるには相手の虚を突く必要がある。互いに睨み合い硬直したこの状況では回避される可能性が高い。テレフォンパンチもいいところである。普通に出しては英雄相手に通じるものではない。さりとて英雄に攻めに転じられたら回避に専念せざるを得ない。ほぼ打つ手ないこの状況は、勇者を死刑を待つ受刑者のような気持ちにさせた。


 一か八かで今使うか……いや、まだ待てる。相手が動くまで耐えろ……


 引き鉄を指にしている時の重圧と焦燥は偽りの勝機を錯覚させる。引けば勝てるという幻想は地獄から聞こえる悪魔の囁き。受け入れればほぼ負ける甘言。戦いの中でそれに従うわけにはいかない。なぜなら勇者はゲームオーバーとなるまで勝負せねばならぬのである。例えが望みが薄かろうと、最後まで戦うのが勇者の信念なのだ。


 勝負を捨てるなよ勇者おれ。ゲームから逃げ出したら、なんの価値もなくなるんだからな……


 勇者は胸に火を灯すべく自身にそう語りかけた。負けを意識すれば自然と身体はすくむ。そうなっては勝てるものも勝てない。


 勇者とて常勝無敗というわけではない。戦い続ければ必ず敗北はある。しかし、自ら負けにいくは愚の骨頂。勝つにせよ負けるにせよ、限界まで魂を燃やさなくてはゲームをする意味がない。徹底抗戦と完全燃焼こそが勇者の持つゲーム哲学なのである。


 なんにせよ間合いが遠い……あと二歩で届く距離だが……


 条件さえ整えば絶対に命中させる自信が勇者にはあった。勇者と英雄の間は約50m(ゲーム内表記)。40m以内ならば必中で叩き込む事が出来る距離と勇者は判断している。操作にしてレバー二押し。だが、そのたった二押しが果てしなく遠く、長い。おまけに、こちらが近付くまでに攻勢に出られたらもう駄目。英雄の腕をもってすれば攻撃モーションを継続して出だしを止める事くらいは容易だろう。勇者が狙っているのは、本来であればコンボの最後に組み込むような大技。豪鬼の瞬獄殺のようなものである。使い所を誤ればカウンターで即死確定。それだけはなんとしてでも避けなくてはならない。


「……悩んでいるようだね。勝つ算段は一応あるが、博打のような手段しかない。といったところかな?」


 英雄の通信に対し、勇者は舌打ちで返した。


 読まれたか……しまったな。集中が切れている。


 勇者は既に無転無至の状態から脱していた。ハイブレインである英雄に、全て見透かされてしまっているのだ。これでは行動全てが筒抜けである。一挙手一投足全てを予知できるわけではないにしろ、シナプスの動きさえ察知する擬似機械脳の前では四肢を縛られた猿に等しい。


「さっきまで読めなかった感情が手に取るように分かる。それではハイブレインに勝てんぞ」


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくじゃないか。攻撃してこないのは王者の余裕か? 慢心が過ぎるな……いかん。イライラしてきた。


 よく回る舌には愉悦が込められているように感じられる。少なくとも勇者にはそう思えた。もう勝った気でいるのだろう。だから見下しているのだろうと、英雄の思考を推測した。そうでなくとも勇者は憤怒している。上から目線の偉そうなご指導がまったくもって鼻に付き気に入らないのである。この感情が相手にも伝わっていると考えるとなおの事。感情の激流が理性を呑み込み怒りの獣神ライガー誕生である。煽り耐性の強い勇者であったがなぜか英雄の言葉は素直に聞き流す事ができない。ゲーマーとしてのプライドなのか、それとも……

 いずれにしろ勇者は筐体を出て英雄を殴り倒したい衝動にも駆られたが、相手が空手経験者である事と、ゲームの上で勝ちたいという一念により僅かに残った冷静さを維持していた。理性と情動のギリギリのラインであったが、目指すべきものを見失ってはいなかった。


 ……待てよ? そうか。感情か……


 その戦いを諦めぬ姿勢が勇者に閃きを与えた。激情の中でか細く垂れる勝利への糸に指先が触れたのだ。


 上手くいけば勝てるな……主義には反するが、負けるよりはいいか。


 勇者は英雄打倒の手段が浮かぶと途端に頭が冴えわたり勝ち筋の算段を立て始めるが、ハイブレインである英雄がそれに気付かぬわけはなく、勇者の怒りのボルテージが下がっていくのを知り危機感を覚えたように臨戦態勢を取ったのであった。


「……この状況で何か策があるのか?」


 合金短刃を展開し英雄は勇者に問う。だが勇者は答えない。片腕を失ったアサルトコマンドの操作レバーを握り、英雄の出方を伺う。


「……分かった。では、答えはその身体に聞くとしよう!」


 英雄がそう言い放ちナーブライトのブースターを点火したその時! 勇者は口を開いた!


「英雄さんはなぜあいつを好きになったんですか!?」


「……っ!? なに?」


 勇者の一言が英雄の動きを止めた! 


「負けたから……自分を打ちのめした相手だからですか!? なら、自分より強い相手だったら誰でもよかったんですか!? 相手があいつである必要はあるんですか!?」


 畳み掛ける勇者! そしてどさくさに紛れて一歩距離を踏み込む!


「それは……」


「答えられないんですか!? それで本当に愛していると言えるんですか!?」


「だ、だが……ゲンちゃん以外、俺を倒せないのは事実だ……なら、ゲンちゃん以外に俺が好きになる相手は……」


 力なく話す英雄! 自信が喪失しているのか発言が言い訳じみている! それは勇者の思う壺であった!


「じゃあ今あいつが英雄さんより弱くなっていたらどうするんですか!? 冷めるんですか恋心!? どうなんですかそのところ!? 聞かせてくださいユアハート!?」


「……それは…………」


 まくし立てるは勇者のボイス! 響くライムにアンサー皆無! 英雄の動きは完全に停止! これぞ勇者が死地の淵より拾った勝つための最終手段! 早い話が煽り! ささやき戦術である!


 効いてる効いてる。


 内心ほくそ笑みながら勇者は英雄の挙動を観察した! どうやら動揺の為か読心が封じられているのが分かる! 

 この技が有効であるという保証はなかった! だが勇者は過去に一度だけ英雄が取り乱すところを見ていた! そう! それはエンジュとの再開の時! 英雄が我を忘れ暴走していたのを思い出した勇者は主義に反する番外戦術を使うと決意したのである!! そしてその効果は絶大! この機に乗じ勇者は一挙に前進! 二歩どころか4歩5歩と距離を縮め! そして!


「いくぞぉ!」


 アサルトコマンドの装甲がパージ! 開くバーニアフルスロットル! 敵機目がけて猪突猛進! ナイフ片手に突撃敢行! その速さ稲妻の如し! 勇者は管制に回していた回路と出力を全て閉じて全エネルギーをブーストに回す事によりバランス型の機体を自爆覚悟の特攻仕様へと変えたのだ! これぞ用意していた最初で最後の奥の手! VMAX! 摩擦熱とオーバーヒートで赤光しゃっこうに融けるアサルトコマンドは一筋の流星となりて敵を貫く弾丸となった!


「想いが固まってもいないのに! 人を好きだのなんだの!」


 アサルトコマンドの体当たりは着弾! 手にしたナイフがナーブライトの装甲に食い込む! 肉薄する両機の間に! 勇者の叫びがこだまする!


「あんたの都合ばっか言ってんじゃないよぉ!」


「っ!」


 回避の遅れた英雄は突き刺さったアサルトコマンドを掴むことしかできない! 手を離せば機体の四散は明白! 徐々に削られる耐久ゲージ! このままではジリ貧! 削られる前に打開せねば敗北確定! ここにきて、初めて英雄の顔に焦りが見えた!


「ならば……お前は本当にゲンちゃんを好きと言えるのか!? 相手は男だぞ!!」


 その英雄の口から出たのは勇者への懐疑であった! これに対し勇者は!


「知るかそんなもん!」


 押し切る! 無茶を! あやふやな気持ちを力に変えて! そのまま一気に全速前進! 機体温度上昇により轟くアラートを気にも止めずに限界突破! もはや声は発せられていなかったが勇者はひたすら雄叫びを上げ続けた! そして!


 作戦終了



 ゲームの終わりを告げる表示がディスプレイに映し出された! 決着の行方は果たして!

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