第34話

 決闘当日。

 ゲーセンにてマシンハーツの筐体前で対峙するは勇者ロト英雄ヒロの2人……両名とも互いの目を捉え視線は重なる。ド平日の真昼間から学生と社会人がゲーセンで見つめ合う姿は日本の将来を憂いたくなる光景であるが本人達はいたって大真面目である。


「勇者君。ゲンちゃんは俺がもらう」


 是非にそうしてくれ。


 そう口にしたかったがそれを言ってしまうと戦いの動機が曖昧になってしまうので勇者は遺憾ながら本音を飲み込んだ。ホモの取り合いなどノンケからしたらまったくモチベーションの上がらぬ動機であったが、ゲームでの戦いになった以上は明確な意義を確立すべきである。真剣勝負を履行したいのであれば、共に求めるべきものが必要だ。金銭を賭けない麻雀が今ひとつ燃えないのと同じである(賭博行為は犯罪である。絶対にやってはならない)。勇者はゲームに限り強者の哲学を有しているのだ。


「理由はどうでもいいけどゲームなら負けませんよ」


 勇者はそう大口を叩いたがまんざらハッタリでもない。謎の人物から無転無至むてんむしなる極意を学び、相手がハイブレインであっても互角以上に渡り合う事ができるようになっていたのだ。その実力は既に世界クラス。いわば競技者レベルにまで達していた。


「……面白い。では、始めようか」


 英雄の不敵な笑みを背に勇者は筐体へと入った。扉が閉まると同時にディスプレイが起動し、全周囲モニタを再現した筐体の壁面が徐々に視界が良好となっていく。表示されるメニューウィンドウをタッチし、ドッグ内の映像に包まれながらセッティングを開始。あらかじめ英雄の対戦動画を見ていた勇者はメタを張れる状況にあったがあえてそうせず、カートリッジに差し込んだ保存用デバイスに記憶されているカスタム機体を選び、微調整を済ませて準備を完了とした。



 ……


 敵機接近。カウントダウンを開始します。出撃してください。


 筐体に流れるアナウンスは英雄の準備が完了した事を意味する。勇者は息を呑み、ただ待つ。


 5


 4


 3


 カウントダウンが始まる。機械音声の音と駆動音を再現したSEが響く。操作レバーを握る勇者の手に力が入る。戦い前の緊張感。熱がこもらぬわけがない。


 2


 1





 ……いくぞ!



 0と同時にゲームスタート! 勇者は戦地に出撃!  山岳ステージに現れた鉄の塊! それが勇者が操る機体! アサルトコマンドである!


 アサルトコマンドはUSMCに配備されている人型機動兵器という設定で高い操作性と操作性を誇る。「あらゆる環境であらゆる動作」のコンセプトの通り、柔軟な対応が可能でありどのような状況下でも一定の性能を維持できる事から安定性は最高クラス。そしてその癖のなさからカスタマイズの自由度は作中随一であり人気は高い。当機がマシンハーツの基本にして究極とうたわれているのはその為である。アサルトコマンドはズブの素人から玄人まで幅広く使える名機中の名機なのだ。

 勇者はそのアサルトコマンドの基礎性能を底上げし、足回りと装甲を優先して上昇させていた。出力こそ平均値より低いものの、無駄のない管制システによる取り回しの良さと要所に絞って厚く施された装甲板により高い継戦能力を実現。地味でむさ苦しいが、渋い通好みの仕上がりとなっている。



 さて、英雄さんは何を使ってくるかな……動画で見た時は80-80《アッハツィヒアッハツィヒ》だったが……


 80-80

 火力最重視の厨機体。紙装甲で、素人が使用しては蚊トンボのように撃墜される光景がよく見られる。それ故に使用者はしばしば嘲笑の的となるのだが、熟練者が使うとまた話が違ってくる。特にハイブレインの場合はそれが顕著で、アウトレンジから高火力の砲撃を無駄なく叩き込んでくるモンスターと化すのだ。勇者が動画で見た英雄の80-80のフルオートアタックは、まさしく地獄の釜をひっくり返したような惨状であった。


 だが、今回も英雄が80-80を使ってくるとは限らない。


 対戦ゲームにおいて達人クラスがプレイスタイルを複数使い分けるのは至極当然。常識である。しかも英雄は世界ランカー。基本的には全ての機体を使いこなせると思って間違いない。そうでなければ、頂点など取れはしないのだ。勇者がメタを張らなかったのはそうした考慮の末なのである。

 英雄がweb上に残っている動画と同じく80-80で来るのであればそれでよし。異なる機体で未知の戦法を使ってこようとも、自らがカスタマイズしたアサルトコマンドならば対処できると確信しているのだ。


 ……来た!


 前方、距離800。銀色に光る機体が一機。大型のスラスターとヒロイックなヘッドがいかにも主人公機然として映えるスマートなデザイン。Zガンダムとグリフォンを足して割ったようなフォルムは見てくれ通り高い基本性能を持つ。その名は……


「ナーブライトか……」


 白銀の装甲を纏う幻影。ナーブライト。

 ピーキー過ぎる反応速度と殺人的な加速により扱える人間はいないと公式で明言されているバグのような機体であり、ハイブレインですら100%の能力を発揮する事は不可能だとされている。英雄がそんな欠陥品を持ち出してきたのは世界ランカーの慢心か、それとも……


 っ!? まじか!?


 接敵! 強襲! 英雄の駆るナーブライトは驚異的なスピードで勇者との間合いを詰めた! 


「悪いが勇者君。手心を加えるつもりはない。全力て潰させてもらう」


 展開するナーブライトの合金短刃! 怒涛の連撃は残像さえ生じる光速の斬撃! 先手を取られた勇者は回避行動が追いつかずいなしきれない!


 やばい! こいつマジで使いこなしてやがる!


 まともな操作が不可能とされている機体を軽々と使いこなす英雄に勇者は驚愕し畏怖したが操作にミスはない。絶え間ない攻勢を持ち堪えるのはさすがというべきか。並みの手合いならば初撃の時点で詰みである。


 いかん。焦るな。集中だ。あの謎の男から伝授された技を思い出せ……!


 深呼吸。精神統一。勇者は体得した無転無至の境地に突入。降り注ぐ斬撃の間にある0.1フレームを見切り脱出。ダメージは軽微!


「やるな! さすがゲンちゃんのお気に入りだけの事はある!」


「好きで気に入られたわけじゃないですよ!」


 開きっぱなしの回線にて会話を行う二人の様はまるでガンダムのワンシーンのようではなかろうか。どちらがアムロでどちらがシャアかは分からぬが、実に薄汚れたドラマチックとロマンチックを奏でる展開である。


 距離を詰められたら負ける……!


 迫り来るは白刃の影! 機動力は英雄が上である! ナーブライトのフルブーストから逃れられる機体はない! 


 回避は不可能! ならばっ!


「……っ!?」


 勇者接近! 懐に飛び込む! この行動は英雄にとっては予想外だったようで若干の隙が生じた!


「ご自慢の高出力高機動もこう近付かれたら足枷あしかせですね!」


 勇者のアサルトコマンドの利点は小回りの良さ! 先の先さえものにすればイニシアティブをとる事は容易い! 序盤の展開がそのまま逆となり今度は勇者の乱舞が始まる!


「……やるっ!」


 感嘆する英雄! 声に混じる焦りが勇者に聞こえた!


 これで決める!


 寸の静が生じた! その千載一遇の好機を逃す勇者ではない! 手にしたナイフを振り上げ英雄に斬りかかる! 留めの一撃となるか!!


「だが甘い!」


「な、ま!」


 衝撃と共に響く爆音! 閃光! 奇怪な事にナーブライトの装甲が弾け辺り一面を吹き飛ばした!


「爆発反応装甲!? いやフレアか!?」


「両方だ」


 しまった!


 クリティカル! 一瞬の油断が命取り! 舞い上がる粉塵から姿を現したナーブライトがアサルトコマンドの左腕を切断! 戦況は一気に英雄有利となった!


「……やられた」


 勇者は呟き笑った。だが、それが意味するところは濃厚とかった敗色の自覚である。ブラフスマイル。それは虚勢以外のなにものでもない。大きなダメージを負った勇者に勝機はあるのだろうか。


 

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