第33話

 マシンハーツとは体感型ロボットアクションゲームである。

 コックピットを模したカプセル上の筐体に入りゲームをプレイする大型筐体で、操れる機体の数は12機とやや少ないが、5000種類のパーツに加え配色なども自由自在。感度やパターンモーションなどにおいても独自の設定が施せる為自由度は高い。いかに戦況に合わせたカスタマイズをするかが勝利の肝である。

 またもう一つ。このゲームには他に見られない特徴がる。それは脳波を検知して機体に連動させる機能で、手動操作の補助はもちろんの事。「しかも脳波コントロールできる!」がそのまま実行可能な超スーパースゲぇどすばいな優れものである。これをバイオリンクというのだが、このバイオリンク。単なるブレインマシンインターフェースだけには止まらず、なんと同期した脳が機械の反応速度に対応し人間の限界を超えられるのである。おまけに筐体を通じて対戦相手の感情や行動が直感できてしまうセンサー付きで、見るよりも早く対処する事ができるのだ。


 だが、誰しもがこのニュータイプよろしくな機能を体験できるわけではない。脳の擬似機械化と感応センサーを発動するにはマシンハーツの情報処理能力に耐えうる強靭な脳髄のうずいが必要なのだ。それを持つ者は、確認されただけで全世界に200人。彼らはハイブレイン呼ばれ、技術以上の絶対的な強さを誇っているのであった。


「そのハイブレインが、まさか英雄さんだったとはなぁ……」


 マシンハーツの関連サイトを見る勇者ロトの顔は軽口を叩きつつも引きつっていた。喫茶ムーライトパワーにて決闘の取り決めを行った3人は一時解散。勇者とエンジュは対策を立てるべく漫画喫茶にて作戦会議を行っていたのであるが、併設されたPCにて情報を集めた結果、英雄がハイブレインであり、しかも世界大会の優勝者だと知ったのである。


「自信満々に勝負を仕掛けてきたからおかしいとは思ったのよねぇ」


 やれやれといった様子でエンジュが皮肉な笑みを浮かべる。勝手に勝負を決めてきた人間がまるで他人事。私の手の上で踊りなさいと言わんばかりの態度である。


「……ともかく練習しかない。英雄さんの実力が今しがた見た対戦動画通りなら、生半可なプレイじゃまず勝てないからな。ちょっと触っただけの俺が勝つには、一週間みっちりやり込まないと……」


 英雄は猶予を一週間設けた。それは自信からなのか、それともフェアプレイの一環なのか……真相は定かではないが、勇者は与えられた一週間を無駄にするわけにはいかなかった。


「勝ってちょうだいねロト。そうじゃないと、あの馬鹿納得しないだろうから」


「……死にかけてなお追ってくるような人が、一度負けたくらいで諦めるかね」


「諦めなかったら、もう殺すしかないわね」


「……」



 色々な意味で負けられなくなった勇者は翌日からから学校をサボりマシンハーツに没頭したのであった。真昼間のゲーセンにて補導されたかけた事も何度かあったがエンジュが全て撃墜。警察官もお手上げとなり放置となった。そのおかげで24時間のうち20時間くらいは集中して腕を磨く事ができ、ゲーマーである勇者はメキメキとプレイングスキルを上達させていった。しかし。


「駄目だ……」


 5日経った頃。この日エンジュは所用の為おらず、止む無く一人でトレーニングに励む勇者であったが、幾度かプレイをした後、筐体に入り込んだまま途方に暮れていた。腕前は上がるものの、ハイブレインの素質がまるで開花しないのである。ゲームの中に吸い込まれる感覚をまるで感じないのだ。


 やはりフィジカルフィードバックを感じられない……


 フィジカルフィードバック。それはハイブレインが共通して持っている感覚の一つである。彼らはあたかもゲーム上の機体と一体となり、意識が電脳化したような状態となったと口にするのだが、勇者にはその兆候がまるで見られないのである。ハイブレインでないものには得ることのできない体感。それがない勇者はいってみればオールドタイプ。地球の引力に閉じ込められた古き地球人の一人なのであった。


 これでは勝てん……


 勇者の腕は確かに上がった。単純なプレイヤースキルであれば都内でも五本の指に入るだろう。実際対戦でも連勝を続けてアーケードを湧かせている。だが、相手がハイブレインとなると話は別。圧倒的な反射速度と精密な射撃に苦戦を強いられる。対戦者の腕がズブであってもハイブレインというだけで手こずるのだ。上位プレイヤーとなるとまず勝てない。それだけ差が出る。持つ者と持たざる者では……



「せめて相手の動きを潰せればな……」


 筐体の中で呟く勇者は焦燥と不安に取り憑かれていた。しかし止まっていても駄目だと連コイン。CPU戦で得るものは少なかったが、何もしないよりはマシだとひたむきにプレイを続ける。平日のゲーセンは人が少なく連続プレイはマナー違反とはならない。連なる勝ち抜きモードの連勝記録。だが、どれだけ戦っても勇者は英雄に勝てるヴィジョンが浮かばなかった。それどころか、やればやるほど負ける姿が明確に想像されてしまう。如何にテクニックを磨こうにも、小手先の技が通じぬ事は英雄のプレイ動画を見れば分かる。勇者には、もっと根本的な部分で勝率を上げる必要があった。


「どうしたものか……む?」


 敵影!



 筐体のモニタに表示される二文字。それは対面の筐体にプレイヤーが入った事を意味する。つまり乱入。勇者のプレイに割って入ってきた者がいるという事である。


 誰だか知らんが丁度いい。CPU相手では反復練習にしかならんからな……


 どのようなゲームにもいえる事だが腕を上げるには対人戦が手っ取り早い。特に経験の浅い勇者には効果的な方法である。これは好機と意気揚々と操作レバーを握った矢先、勇者の筐体に通信が入った(マシンハーツは回線を開いておくと対戦相手と会話をする事ができる)。


「それではハイブレインに勝てんぞ」


 なんだいきなり失礼な奴だな。


 開口一番で発するべき言葉ではない。いかに番外戦術に強い勇者とていきなり噛みつかれれば苛立ちもする。一瞬言い返してやりたい気持ちに駆られたがそこはゲーマーである。すぐに感情を切り離し、通信を切ろうとした。だが、その瞬間にまた対戦相手からの声が聞こえてきた。


「感情を抑えるのは上手いようだが、それだけでは駄目だ。ハイブレインは心の乱れに敏感だ。誰しもが皆、そこを突いてくるぞ」


 相手はマスクか何かしているようで声がくぐもっているが、いい声である事は理解できる。そのせいか、勇者の心が少しだけ、相手に耳を傾けようと動いたのであった。


「なんだあんた。誰だ」


「動揺するな。迷いは勝利への道を曇らす。勝ちたければ無心で動け。心を抑えるのではなく揺れぬ心を持つんだ。君が目指すべくは、一点の曇りない静寂の水面みなも。即ち、明鏡止水の境地」


「……」


「呼吸を意識しろ。長く吐いて長く吸う。リズムを正して間を整えろ」


「……」


 シュバルツブルーダーめいた助言に戸惑いを隠せなかったが何か感じ入るものがあった勇者は目を閉じ瞑想を始めた。すると、雑音やBGMが頭の中をすり抜けていく感覚を味わった。身体はじんわりと熱くなり、神経が研ぎ澄まされていくのが分かる。自身の身体が大気と混じり合ったように平穏安らかとなっていく。脈拍も鼓動も落ち着いている。だが、戦う意志だけはずっと明確となり、礎のように精神に強く刻まれていくのだった。


 不思議な感覚だ……


 意識の濃度が高くなっていく。かつてない体験だが勇者は動揺しなかった。


「それが揺らぎない心。無転無至むてんむし。ハイブレインに勝つには心の波を起こさぬ事が必須。忘れるなよ」


「無転無至……あ、ちょ、待っ!」


 通信が切れたと同時に敵機撤退の表示。謎の人物が筐体から出たのだ。勇者はそれが何者であったか確認すべくゲームを中断し外に出て見回した。だが。


 いない……


 辺りに人影はなく、周りからはゲームのBGMが聞こえるだけであった。


 なんだったんだ……


 勇者は首を傾げながら筐体戻った。狐につままれたような思いだったが、今までにない感覚を持った事は事実であった。英雄との決闘まで残り2日。果たして、新たな能力を手に入れた勇者は彼を打倒できるのであろうか。

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