第30話

 それからというもの、英雄ヒロはやたらと勇者ロトにつきまとった。ある日は下校中。ある日はラーメン屋。ある日などは立ち寄った公園の公衆トイレで「やらないか?」と言わんばかりのウホッ! いい男……な程で現れ勇者を困惑させるのであった。それ故すっかり夜も眠れず。食うも食わずにゲームをするいつもの生活から更に食事が抜け落ちたのであった。




「サマル。お前最近痩せたな」


「やつれたんだよ……」


 校内にて邪鬼ジャッキーにそう返す勇者はかけられた言葉通り、不摂生がたたって随分と不健康的な面構えである。色は白く目の下は黒い。こけた頰と乾いた唇が貧乏臭く浮浪者のようだ。


「なんだ。あの世紀末覇者に接吻でもされたか?」


 ケラケラと軽く笑う邪鬼に勇者は本気の殺意を抱いた。だが、「イケメン細マッチョにストーカーされている」などと言って笑いのタネにされかねない。クラスの晒し者となっては末代までの恥である。おいそれと口するわけにはいかない。ここは茶を濁すのが正解と顎に手を当てる。


「ちょっとな……」


 勇者は含みを持たせた。自身には深く濃い漆黒の影がまとっている風を演じ格好をつけたのだ。


「そうか! なら今日はセガラリーやろうぜ!」


 だが邪鬼は一向に勇者の気持ちを汲み取らなかった。この男はこういう奴である。


 ほとほと薄情な奴め


 それを知る勇者は取り立てて怒りもせず一瞥いちべつして拒絶の意思を示す。気が乗らぬのもあるのだが本日はエンジュが帰国する日であり、喫茶ムーンライトパワーにて不本意ながら、本当に不本意ながら、仏からのご帰宅お疲れ様会なる謎の会合に招待されていたのである(参加者はエンジュと勇者の2人きり。仕事をする気のない満月ムーンも含めれば3人である)。当日不参加ブッチともなれば当然殺される可能性もある為、行かないわけにはいかなかったのだ。


「あぁ。そういえば、世紀末覇者といえば、この前会ったあの細マッチョイケメンいたろ? あいつが何やら声をかけてきてな。何かと思ったら、その世紀末覇者の写真を見せてきて、居場所をしらないか? なんて、やたらいい声で聞いてきたぞ」


 この報は勇者にとって然程驚くものではなかった。あの異常者が自分以外にエンジュの行方を聞いていない方が考え難い話だ。きっと誰彼構わず聞き込みを行なっているに違いないと、合点したのでる。

 だが、邪鬼の話は本題はここからであった。


「だから一週間前くらい前にお前と仲がいいって伝えといたぞ」


 邪鬼! フルスマイル! 欠片も悪気を感じないいい笑顔!


「馬っ鹿かお前!? え? え? いやいやいや!? いや馬鹿だろお前!?」


 ニッコリと顔を崩す邪鬼に勇者は唾を飛ばした。怒髪天を突く苛烈な憤りを発揮する勇者であったが、邪鬼は「汚ぇな」と飛沫しぶきを拭く顔もニヤケ面である。


「別に怒ることはあるまい? 見た目も話した感じも爽やかな好青年だったし悪人ではないだろう」


 事情も知らずこいつは……いや、知らずとも察するだろ色々! 


 勇者は邪鬼の考えの至らなさを嘆いた。平素より馬鹿丸出しではあったがここまで想像力が欠如しているとは思っていなかったのだ。


 人探しをている人間など大体裏があるに違いないのに(偏見である)仮にも友と呼ぶ者の名を出すか? 


 うなだれる勇者。そして、もう自分は関係ないと言わんばかりにネオジオミニに興じる邪鬼。この2人の間に本当に友情の花が咲いているのか疑問であるが、ともかくとして勇者は語ることを諦め退屈な授業を受けることにした。何も起きない平和な学校生活はとりあえず放課後まで守られ下校時刻。勇者は思案を巡らせ道を歩く。



 あの邪鬼アホが英雄さんに話を漏らしたのは一週間くらい前。丁度チンピラに絡まれた時くらいか……やはりあれは作為的なものだったのだろうか……しかしだとしたらなぜ無理やり拉致監禁しなかったんだ? 回りくどいにも程があるだろ……それに今日まで接触はしてきたものの俺をどうしようという気配は感じられなかった……あくまでエンジュの情報を聞き出すのが目的か? それにしてもまどろっこしいな! というかそもそもなぜあの人はエンジュを探しているんだ……


 足らぬ情報。まとまらぬ推理。繋がらぬ点と点。勇者の頭の中は疑問と謎の大渋滞。英雄が取っている行動が何一つ理解できぬ状況。これは精神衛生上非常によくない。せめて英雄の正体だけでも掴めればまだプロファイリングの余地もあるのだが……


 聞くしかないか……エンジュに……


 それ以外に答えは見つからなかった。当初は関係ないと回避した選択であったが、もはやそうもいっておれぬ。この危機的状況の打開。1人では到底無理であるとようやく判断したところで、勇者は喫茶ムーンライトパワーへと到着したのであった。

 

 するといる。


 既に。


 エンジュが!


「ロト〜! 必死ぶり〜! 元気だったぁ!? 私はねぇ!? げ、ん、き! 満々よぉ!?」


 扉の前で両手を上げて歓迎するエンジュはまるで範馬勇次郎の構えているようであった。その佇まい、一言で表すなら破滅である。


「……店の中で待ってろよ」


「いや! 冷たい! ずっと待ってたのにどうしてそんな事言うの!?」


 けたたましく発声されるエンジュの口からはアルコールの香りがエゲツなかった。酒臭だけで酒気を帯びるのではないかと勇者は怪訝な表情をみせるが、当のエンジュは素知らぬ顔である。


「ともかく入ろう。立ち話も疲れるからな(主に俺が)」


 さっさと腰を落ち着けたい勇者はエンジュを促しムーンライトパワーへの扉に手をかけた。安い木製と安い金属を合成した安い扉であり、いつもなら羽毛のように軽くギシと軋みを上げていとも容易くOpenとなるのだが、なぜだか今日は幾ら押しても重く閉じたままである。何事かと思えばエンジュが扉上部を圧しているではないか。これでは開くはずもない。


「……なんだよ」


 それに気づいた勇者は抗議の意味も込めてエンジュを睨む。だが、エンジュは勇者の視線など気にも止めずに遠くを見つめていた。


「うそ……」


 そう呟いたのはエンジュである。信じられないものを見たように硬直し顔面は蒼白。はなんぞと勇者が戸惑うほどに、いつもの豪快豪傑っぷりからは想像もできない怯え方をしていた。怪力無双。大胆不敵。不撓不屈を体現しているあのエンジュが恐怖するその理由とは……彼女が見つめる、視線の先にあるものとは……っ!


「ゲンちゃん! あぁゲンちゃん! 会いたかった……っ! 会いたかったぞぉ!」


 唯 英雄!現れたのはその人である!


「ゲンちゃん! おぉゲンちゃん! 今行くぞぉ!」


 一方直進! 爆進加速! 猪突猛進に向かってくる英雄! その速度は狩猟豹しゅりょうひょう(チーターの和名である)にも匹敵するのではと錯覚する程に初速からマッハスペシャルである! チェーンジゲッター2! スイッチオン!


「いや! 来ないで! その名で呼ばないで!」


 対するエンジュは及び腰! まぶたに浮かぶは悲しき雫! それは涙! なんとエンジュは泣いているのだ! 酒の席以外では見たことのない水晶である(飲酒はしているようだが)! しかし取るは迎撃体制! 破邪の構えである! 迎え撃つ気満々! 覚悟完了といったところか!


 なんだか知らんがこれは危険だ……


 後ずさる勇者! チキンハートが離脱を促す! 逃走に要する時間はないが、なんとか被害を抑えようとすり足にて距離をとった! 


「ゲンちゃん! もうちょっとだからね! さぁ! 一つになろう! 俺とお前が揃えば! それだけで最強だ!」


「……ふっざけんじゃないわよっ!」


 衝突! 打ち込まれるは因果的反動直突き! エンジュの放った右拳はカウンターとなり見事に英雄の脇腹に刺さってそのまま吹き飛んだ! 圧倒的な速度を持った圧倒的肉塊が圧倒的なる肉壁から放たれる圧倒的衝撃により圧倒的に飛翔! その行方は一直線に勇者へ向かって圧倒的にフライアウェイ!


「ぐぇー」


 直撃した勇者はそのままノックダウン! 意識が途切れる間に「もう嫌!」と叫び走る音を聞いてオネンネと相成った! その声の主が誰であるのかは語るまでもない!

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