第27話
本心をいえばさっさと帰宅しMMOの為に準備を整えたかったのだが、開放感と同時に希薄となっている人間関係にやや寂しさを覚え、リアルでの交流をせんと遊興に出てきたのである。
さて。何をしようか……お。メトロクロス入れたのか。店長グッジョブ!
レトロゲームコーナーにて筐体を物色する勇者。対戦ゲームや協力ゲームに重点を置かない辺りが交友能力の低さをうかがわせる。
「おい見ろよサマル。えらいイケメンがいるぞ」
「あ?」
そんな折の事。邪鬼は動物園で珍獣でも見つけたかのような様子でそう言った。不躾に指を差した先には、確かにやたらとイケている顔をした細マッチョがオレンジジュースを片手に立っている。
「あぁ……確かにいるな。イケてるメンズが……」
勇者は邪鬼に相槌を打ちながら、これまた不躾にマジマジとそのイケてるメンズを観察した。歳はそれなりだが、整った顔立ちと洒脱された衣装が素敵な美男である。しかしどこか妙。何か不自然。その男の存在は、だまし絵かシュールレアリスムのような印象を見る側に抱かせる。
……なんか妙だぞ。
その違和感を察知する勇者。
「……あの人、なんでディスプレイも見ないで突っ立ってんだ?」
勇者の指摘の通り、細マッチョイケメンは筐体の画面すら見ていなかった。だが、漫然とオレンジジュースを飲んでいるのではなく、何かを探しているかのような鋭い眼光で店内を見渡しているのだ。そう。まるで、誰かを探しているかのような……
「そもそも、なんでプリクラのシール切る所でスタンドバーみたいにオレンジジュース飲んでるんだよ。明らかに異常だろ」
「さぁ? なんでだろうな」
ボンバーガールに釘付けとなっていた邪鬼はもう細マッチョイケメンに興味がないようで投げやりな返事をした。やたらと露出度の高いキャラクターを吟味しているあたりプレイする気満々なのだろう。その薄情な態度に勇者は眉をひそめながら、まぁいいや。と、更に細マッチョイケメンの観察を継続。やはり格好がいい。随所に見える引き締まった筋肉が
なんか、妙な色気があるな……
勇者は同性愛者ではないが、なぜだか細マッチョに惹かれてしまっていた。ひけらかす為に作られたいわゆる見せ筋ではない、暴力を想定した肉体。それはエンジュのような怪物的な造形ではなく、鋭く研がれた
ヤバイ……っ!
無遠慮に注がれる視線に気付いたのか、細マッチョイケメンは勇者の方を向いた。必然、視線が繋がる。合致する目と目。その瞬間。勇者に走る鳥肌。
こいつはやばい……なにかある……っ!
勇者は不吉な気配を察知したのだが時すでに遅し。細マッチョイケメンはオレンジジュースをプリクラを切る台に置き、ゆっくりと勇者の元へ近付いてくるのであった。
「邪鬼……邪鬼……! 邪鬼っ!」
道連れ目的で薄情者を呼ぶ勇者。しかし隣にいたはずの友はいない。邪鬼はとうの昔にボンバーガールをプレイしていたからだ! 一度筐体に座ったゲーマーの集中力はあらゆるノイズをキャンセルする! 勇者の声が届くわけがない! それを知る勇者は殺意の波動を邪鬼に向けながら、接近しつつある事態をただ待ち受ける事しかできなかった。2人の距離はもはや互いの呼吸さえ感知できる程近くなっている。逃走不可能な状況ではあるが、勇者はいつでもトンズラを決められるよう両足のスタンスを広げ重心を爪先へと移動させた。はっきりいっておかしな格好である。
「やぁ」
そんな勇者の奇行も関係なしに細マッチョイケメンは爽やかな声を発した。いや。これは爽やかな過ぎる。なんとも透き通った艶のある美声だ。緑川光に似ている。
「あ、はい。なんでしょうか……」
勇者の重心は真っ直ぐとなり身体が正されていた。警戒が解かれたのである。この人と敵になりたくないと脳が判断したのだ。
これは理の及ばぬ真相の意識下での反応であった。勇者は情動的に、細マッチョイケメンに心を許してしまったのである。そして細マッチョイケメンの方はそれを察知したのか、柔らかい笑みを見せながら勇者に向かって話しを続けた。
「君、ここにはよく来るのかな」
「え? えぇ……まぁ……」
「そうか。なら、尋ねたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はぁ、なんでしょうか」
「人を探しているんだが、知らないかい? この人なんだけど」
スマフォを見せる細マッチョイケメン。勇者はどれどれとそれを眺める。もし、自分がその人物を知っていれば素直に教えてやろうとこの時考えていた。が、画面を見た瞬間。見てはいけない類の
「知らないマッチョですね」
勇者は秒で助力する意思を撤回! 誠実さに唾を吐き虚言に舌を回す!
「そうか。この辺にいる事は確かなんだが……まぁ、見かければ分かるだろうから、もしいたら連絡をくれないか?」
「分かりました」
勇者は虚偽がバレぬよう即答した。かつて聞いたことがない程のよく通った声である。その清々しいまでの下衆さ加減は感嘆する程で、勇者自身も、名演なり。と、自画自賛するものであった。
「それじゃあ、連絡先を交換しよう。俺の名はヒロ。ユイ ヒロ。唯一の唯に英雄でヒロ。
随分と様になる名前である。イケメンは生まれからして違うというわけだ。
「俺はロト。勇者と書いて、
「変わった名前だな……」
どうやら英雄はドラクエを知らないようだった。しかし。
「だが、いい名前だ」
さりげないフォロー。イケメンはやはりイケメンである。
「じゃあ、俺は行くよ。他の場所も探したいからね」
「あの、つかぬ事をお聞きしますが……」
「? なんだい?」
「写真の人と英雄さんは、いったいどういう……」
勇者の問いに英雄はしばし考え、こう答えた。
「……恋人」
「は、え、ま?」
うろたえる勇者。言葉が出ず間抜けな音を発する。
「冗談だよ」
「あ、は、ははぁ。冗談」
「そう。冗談だ。それじゃあ、今度こそ行くから、見かけたら連絡、よろしく頼むよ」
「あ、はい……」
英雄は爽やかな笑顔を見せて、置いてきたオレンジジュースを回収し立ち去った。勇者はそれを見送ると、ヘナと腰から崩れディグダグの筐体前の椅子に座り込んだ。
バレたらマズイだろうなぁ……
良心の
俺は悪人にはなれんな……
息絶え絶えに椅子に座る勇者は少し離れた場所でボンバーガールに興じる邪鬼を見て溜息をついた。人の気も知らず。と心中で愚痴を吐くも本人に文句を言う気力すらなく打ちひしがれていた。
勇者は疲労の中、ディグダグにコインを投入し機械的にプレイをする事しかできなかった。
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