第26話

*何がそんなに気に入らなかったんだ? あの状況下で、俺がお前の獲物を取ったわけじゃないって事は分かるだろ


 勇者ロトはオーギュスティーヌに向かってそう聞いた。マラソンクエストで見せた腕前に敬意を表し、相手の言い分を聞かねばならぬと思ったからだ。


*単純に悔しかった。あいつさえ倒せば、ゲームの中で有名になれると思った。


 長い時間をかけてオーギュスティーヌはそうタイプした。少年犯罪が報道された際に流れる犯人の供述のような子供じみた理由であったが、取繕とりつくろわぬ言葉が返って真実味を増し、オーギュスティーヌの心象を表しているようであった。


 まぁ分からんでもない。


 勇者はオーギュスティーヌに一定の理解を示した。かくいう勇者も中学時代。別のゲームにて、目立ちたいが為にむやみやたらと自身のプレイングを誇り煙たがられていた記憶がある。自己顕示欲と承認欲求は明確に満たされたと実感できない分、抑制がされにくいものなのだ。


*マラソンクエストであれだけのタイムが出せるのであれば、十分目立てたんじゃないのか?


 これは勇者の本音である。もしオーギュスティーヌが半端なタイムであったなら勇者は奮起せず敗北していたかもしれない。皮肉なことだが、オーギュスティーヌの敗北は、彼女自身のテクニックよるところでもあった。あれほどの腕前であれば、そう躍起にならなくとも自然と一目置かれるのではないかというのが勇者の弁である。だが、オーギュスティーヌはそうは思わぬようであった。


*いつもそういうんだよな。才能あるやつは


 即座の反応。淀んだ雰囲気。勇者はニュータイプ能力によりオーギュスティーヌの心に射している影の部分を検知した。


*お前はないのか? 才能


*あるわけないじゃん!


 即レスポンス。「早いなおい」と呟いた勇者は部屋に常備してある菓子サツマイモスナック多糖炭酸飲料めっちゃあまいのみものを近くに引き寄せた。ニュータイプ能力によりオーギュスティーヌが自分語りを始めると予知し、見物を決め込もうとしたのだ。


 感情的になった女と子供ガキは隙あらば自分語りを始めるからな……


 童貞。女を語る。

 勇者は菓子をかじりながらモニタを眺める。しばしの無言。タイプ中かなと頬杖をつくとスマフォに着信。エンジュである。あまり出たくないが居留守が通じるわけもなく、また礼も述べねばならぬ故、勇者はイヤフォンを外し渋々と着信に応じた。


「bonjour ロト。ご機嫌いかが?」


「何がボンジュールだ。まだ日本だろう」


「冷たいわぁ……相変わらず冷たいぁ……そんな事より、何があったの? 旅支度の息抜きにログインしたらいきなりギル戦始まっててビックリしたわよ」


「あぁ、実は……あ、待て。オーギュスティーヌサンがチャットを投稿なされたぞ。流れは三行で後で送るから、今はこいつの言葉に注視しよう」


 勇者はエンジュを制しモニタを凝視した。流れるチャットは予見通り長く切実なるオーギュスティーヌ身の上話。スマフォにて、エンジュ宛にスカイプチャットで事の発端をフリックしながら、昼ドラでも観るように勇者はそれを眺めた。

 が、ちゃんと読んでいたのは最初だけ。長々と続く取り留めのない愚痴や不満に、自分で聞いておいてうんざりとしたのである。


*あんたをギルドに入れようとしたのも売名の為


*ランカー入れれば話題になるし、イベントやギル戦で有利になるって聞いたから


*自分1人じゃ何一つできやしない


*私は何をやってもダメ


*努力しても報われない


*でも周りはチヤホヤしてくる


*そうした人間の相手をするのが辛い


*でも笑顔でいなくちゃいけない


*私は何もない空っぽな存在


*お前達とは違う



 五月雨式に流れるオーギュスティーヌのチャットの要点はまぁこんなものであった。


「聞くんじゃなかった……」


 スマフォ越しにいるエンジュに言ったのか、それとも単なる独り言なのか……辟易へきえきした勇者の吐露は弱々しく、「やはりさっさと倒せばよかった」という後悔の念が含まれていた。弱音風の愚痴や愚痴風の手前勝手など面倒な事この上ない。まったく女というのはそういうのが大好きな生き物だから、覚悟もなしに「話を聞く」などと下手を言ってはいけないのである。共感力の低い男が迂闊な事を聞くとこうなるのだ。この場合は十中八九、軽い気持ちで相手役を買って出た勇者に非がある。話しを聞き理解してやれるのはできる男とモテる男。そして女の性質を持つ者だけである。勇者はいずれの条件も満たしていない。


「分かるわぁ……」


 エンジュは深く同意したように声を発する。


「そうだろそうだろう」


 うなずく勇者はエンジュが自身に賛同したものだと合点した。しかし。


「本当にこの子の気持ち凄い分かる! 自分が認められないって、凄く悲しい事よねぇ……きっと、凄い頑張ってるんだと思うわぁこの子……凄く分かる……分かっちゃう……私……凄い……」


「は?」


 勇者! ミスリード! エンジュの思惑を読み間違える! 


「人間何をしても上手くいかない事ってあるわよねぇ……辛いわよねぇ……でもそんな悲しみを超えて強くなっていくのよねぇ……」


 オーギュスティーヌに共感するエンジュ! 乙女のハートにシンパシィ! 妙な面倒臭さはご愛嬌である!


*元気を出してオーギュスティーヌ。私は、そんな真剣な貴女が好きよ


*は?


*私も昔、色々あったわ……(相手が)血反吐を吐くような練習もしたし、(相手が)何度か死にかけた事もあった……でも、その度に! 私は頑張ってきた! 立ち上がってきた! 努力は誰のものでもない! 自分だけのものだからよ! だから貴女も負けないで! 夢はいつか叶うから! 誰かが裏切っても、貴女だけは貴女を裏切らないで!


 受話口から聞こえる嗚咽とすすられる水鼻みずっぱな! そして喉を通る液体の音! これは間違いない! 今宵のエンジュは泣き上戸! 酒の肴は青春の悩み! これはダル絡み必至である!


「貴女の代わりなんて誰もいないのよ! それを忘れないで! これから先、何があっても貴女は大切な貴女なんだから!」


*貴女の代わりなんて誰もいないのよ! それを忘れないで! これから先、何があっても貴女は大切な貴女なんだから!


 叫びと同時に打たれるキーボード! 一字一句違わずチャットに表示される台詞が暑苦しい!


*え、なんか、ありがとう


 例を述べるオーギュスティーヌ。そして始まる女子トーク。勇者は1人蚊帳の外。予想外の展開に開けた菓子も忘れてしばしほうける。


*やっぱり周りにレベルの高い人がいると、ちょっと気後れしちゃって


*大丈夫よ。技術と体力は精神力で補えるから


*でも私、弱虫だし


*貴女は卑下しすぎ。もっと自信をもって。太陽が曇ってたら、誰も照らせないんだから


*そうかなぁ


*そうよ。貴女は素敵よ


*そうかな……そうかも……


*ほら! 大丈夫よ! 元気をだして!


*……うん! 分かった! 私、もっと頑張ってみる!


*そう! その意気! 人生なんてハッタリとクソ度胸でなんとかなる事もあるんだから!




 ……なんだこの茶番は。



 呆れ果てた勇者が食べかけの菓子に気付いた頃にギル戦はタイムアップ。判定で勇者のギルドが勝利し、プレイヤーが続々とリスポーンしいく(ギル戦で倒されたプレイヤーはギル戦終了までリスポーンできない)。そんな中、エンジュとオーギュスティーヌのキャラクターは見つめ合い、電子の中で絆を交わしているように見えた。



 ……



*みんな。今日は付き合ってくれてありがとう。


 そうしていつの間にやら全員集合。お開きの挨拶である。


*いや、楽しかったよ


*ロトのクソに負けたのは腹立たしいが、中々いいおもむきだった

 

*また誘ってくれよ


 野次馬達はオーギュスティーヌに例を述べ散り散りとなっていった。残ったのは勇者とエンジュとオーギュスティーヌとその取り巻き。4人は何を語るべくもなく黙って肩を並べ、仮想世界の景色となっていた。


*そろそろ行くね


 話を切り出したのはオーギュスティーヌだった。彼女は少しソワと動き、若干バツが悪そうにしながら、全体チャットに投稿をした。


*エンジュさん。ロトさん。今日はごめんなさい。私、もう少し頑張ってみるね


 驚く程の素直である。最初からこうであれば無駄な争いはなかっただろうと勇者はため息をつきながらも当たり前の事に疑問を持った。いったい何を頑張るんだよ。と。


*うん! 頑張りなさいよ!


 エンジュは相変わらず嗚咽しながらタイプを打つ。その間絶え間無く喉の鳴る音がしているのは絶対に飲酒をしているからだろうが、これは秘密にしておいた方がいいだろう。


*じゃあ、行くわよトゥルネソル(取り巻きのネーム)!


*はい! オーギュスティーヌ様!



 こうしてオーギュスティーヌは去っていった。残ったのはいつもの2人。いい話のようだが、結局何が何だか分からぬまま勇者の戦いは終わったのであった。


「いったい何だったんだ。なぁ、エンジュ、あいつは……」


 勇者はかけた言葉を途中で呑み込んだ。エンジュの寝息が聞こえてきたからである。


 まぁ、なんにせよ。


「ありがとな」


 勇者は礼を述べ通話を切りゲームからログアウトした。


 やっぱり、ゲームの中なら上手くいくんだけどなぁ……


 エンジュに対して抱いた勇者のその気持は複雑な色彩で描かれていた。信頼。友情。愛情。忌避。拒絶……エンジュに対する様々な思い。どうすればいいのか、何をしたらいいのか……皆目検討がつかぬまま、なし崩し的に続いている関係……

 しかし、彼にとってはこのままの距離感が一番過ごしやすいのかもしれない。失うものも得るものもない現状が、勇者にとっては最も楽であろう。だが、そうなるとエンジュの気持ちはどうなる。半端なままの関係が続く事に、彼女(?)は納得できるのだろうか。


 できるわけがない。


 勇者。即座に否定。だが、ならばどうする。これから先、エンジュとの付き合いを、いったいどうすればいい。せめぎ合う苦渋。迷う決断。勇者の心は、未だに難破船のように、感情の波に漂うだけであった。


 ……寝よう。



 結局先送り。勇者は電気を消し床に入ったた。曖昧なままがいつまで続くか、いつまでこのままでいられるのか。いつかは決めなければならぬ日があると自覚しながらも、そんな日がこなければいいのにと、勇者は心の中で思い、祈るように目を閉じ、眠るのであった……




 それから少しした後、地下アイドルグループ 印象派 のメジャーデビューが決まった。

 メディアによると、メンバーの1人であるゴッホちゃんが、ある日を境にして随分輝いて見えるようになり各事務所が契約を取りに走ったのだという話である。


 そんなゴッホちゃんのインタビューが流れたのは勇者が夕食を摂っている時であった。「休日の過ごし方」だとか「好きな食べ物」だとか、ありがちな質問が続く中、ある問いに対するゴッホちゃんの答えに勇者は驚き、箸で摘んでいた唐揚げを味噌汁に落としてしまったのだった。


「ステージに立つ時は緊張する?」


「します。でも、ある人の言葉が支えになるんです。貴女は太陽。曇っていては誰も照らせない。ハッタリとクソ度胸でなんとでもなる。って」


 その言葉は間違い無く、エンジュがオーギュスティーヌに贈った言葉であった。


 ゴッホちゃん……お前だったのか……


 勇者は落下した唐揚げをすくいながら、世界は狭いなとしみじみ思うのであった。

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