第25話
なんだこの人数は。
帰還した勇者は港にたむろしているユーザーの数に驚く。全員が全員自分を笑いにきたなどとは思いしなかった。それ故か、いや、そうでなくともだろうが、勇者はオーギュスティーヌを見つけた瞬間、まったく性格の悪い言葉を送るのであった。
*いやぁすまないすまない! 渾身の記録を抜いてしまって! だがこれも実力の差よな! これに懲りたらちゃんと把握したほうがいいぞ! 自分の実力ってやつをな!
勇者は高笑いをしながらアウェーの中タイプし勝者の特権に酔いしれた。敗者を見下ろす瞬間こそが戦いの醍醐味ではあるが、もう少し空気を読むべきだったかもしれない。
*知らねーし。調子のんなカス。ギリだったじゃねーか
対してオーギュスティーヌが返すは暴言。敗者とは思えぬ強気な態度。これには勇者も苦笑いである。
「ま、いいがな!」
しかし勇者。これを許す。
余裕な態度を見せはしたが、勝敗はオーギュスティーヌのいう通りギリギリであった。死と隣り合わせの戦いと、オーギュスティーヌのテクに敬意を評した勇者の心は充足感に満ち、自ずと寛容となっていたのである。
戦いの後は心地がいい。相手が強敵であればあるほどな……
鼻を鳴らす勇者は満足したようだ。此度の戦いは既に脳内の過去フォルダに入れてしまっている。抱いていた怒りや苛立ちも、すっかりと忘れてしまっていたのだった。
だが、オーギュスティーヌはそうではないようである。
*ていうかお前ボコ確定だから。ギル戦受けろ。今から死刑すっから
なんだ。まだやる気かこいつ
オーギュスティーヌの引き際の悪さに勇者はやや呆れた表示を見せる。
次はギル戦かよ……こっち1人だぞ……それで本当に勝って嬉しいのか……
ギル戦とはギルド合戦の事であり、文字通りギルド間でのpvpなのだが、この時、オーギュスティーヌは集まった野次馬を懐柔し自らのギルドに引き入れていたのであった。その数40。つまりこの場においてギル戦を承諾すれば、そっくりそのまま40人が勇者の敵となる計算である。普通であれば勝てるわけがない。
が、無論それに気が付かぬ勇者ではなかった。数多に集う有象無象に同一のギルドアイコンが並んでいるのをしっかりと把握していた。
しかし、その逆境が! その四面楚歌が! ゲーマーである勇者の琴線に触れた!
面白い……っ!
圧倒的不利なこの状況に勇者は舌舐めずり! 気でも触れたかと思うがそうではない! 確かに勝機希薄な多勢に無勢! 如何に強者であっても多対単ではまず負ける! 勝てる見込みは万に一つ!
だがそれがいい!
だからこそ旨味がある!
負けて当然勝てば英雄! 美味しすぎるこの展開! 勝っても負けても被害者は自分であり失うものは何もない! ならばこれを逃すはではないではない! やるだけで儲けものである! もっとも!
*いいだろう。死にたい奴からかかってこい!
勇者は負ける気などさらさらなかったのだが!
*ぶっ殺してやる!
ギル戦開始! 始まる合戦! いや
とりあえずは位置取りだな
冷静なる勇者! 集団を切り抜けまず狙うは支援職! ここで追尾魔法や範囲攻撃をされたらそれだけで脅威である! ソロプレイ用に作られた万能キャラだがこの人数を相手にするのは想定外! 耐久値は長くは持たない!
ざっと見12……後衛が不人気でよかった……
このゲームの人気職は前衛である。めちゃカッコいいスキルでの爽快アクションが売りである為、スタイリッシュさのない後方支援役を選ぶユーザー少ない(プレイング次第で後衛もめちゃカッコいいスキルで爽快なバトルが可能だが中々の練度を要する)。
まずは一体!
放たれる斬撃! 敵を撃破!
次!
連撃! ターゲットのHPは0に!
三つ!
攻撃ヒット! エアリアルコンボでボーナスポイント!
高速スキルで移動し次々と後衛を倒していく勇者! この間被弾ゼロ! それを為すは防御スキルとカウンタースキルを駆使した絶技である! 息をするかの如く敵を薙ぎ払う様は
これでラストだ!
瞬く間に残りも撃墜! 支援職全滅! かかった時間は2分足らず! コンスコンもびっくりなタイムである! しかし本番はここから! 前衛はビギナー相手でもワンチャンキルチャンスのあるクソ仕様な職がナーフもされず残っている上、上級者は混乱を嫌い虎視眈々と隙を伺っているに違いないのである! 後衛はいわば捨て駒! 勇者の育成方針を推理する為の
アサシンがうざいな……
早速動き出す前衛組! 勇者を搦めとらんと攻撃を仕掛ける!
アサシン職は対人戦において
しかも此度は多数を相手にしている為対策を立てるのは不可能。チマとしたいやらしい攻撃が勇者を襲い、じわじわとHPと精神力を削っていく。
回復が押してる……なんとかせねば……
ギル戦においては回復アイテムやスキルのオート使用が解除される。無論勇者はショッートカットキーに回復アイテムを置いておりワンアクションで回復できるようなってはいるが、僅かな判断ミスが生き死にを決める現状においてはそのワンアクションが大きなディスアドバンテージとなっていた。次第に立ち回りが厳しくなってくる勇者。撃破数は23体。孤軍奮闘した方であり負けてもいいかと始めた戦いであったが、いざ敗北の影が見えてくると奥歯を噛み締めた険しい顔を見せた。当然だ。負けていい戦いではあったが、簡単に負けを受け入れるのはまた話が異なる。如何なる条件であろうと勝負は勝負。勝負であれば勝ちたいのが人の性。そしてゲームにおいて勇者のその欲望は常軌を逸する程の貪欲さを持っていた。
勝ちたい。
ゲームをする時、勇者は必ずそう思う。
楽しくプレイするのは前提条件であり、対人ゲームにおいては必ず負ける日が来る事も理解はしている。だが、それでも勇者の胸の中には勝ちへの拘りが! 勝利への探求が! 精神的支柱として根ざしているのだ!
勇者がゲーマーとして確かな実力を持ち得たのはこの為である。並々ならぬ負けず嫌いが、勇者の腕を磨かせたのだ。だが、それ故敗北は尾を引きずる。一つの負けが心に傷を付け、しばらく食事も摂れないメンタリティへと突き落とすのだ。
負ける……いや、まだだ……まだ……いや、しかし……
先までの勢いが萎んでいく。動作も精彩さを欠いてきた。勇者は明らかに負けを意識し始めている。実際場面は厳しい。アサシンの撹乱と近接職の攻撃に翻弄され始め、ダメージも蓄積している。このままでは一週間で5kg痩せるような強制絶食ダイエットが開始されてしまうだろう。成長期の子供ににとってそれは余りに酷ではないか。勇者はこのまま、烏合の衆に
このままでは………………ん? なんだ?
半ば諦めていた勇者は気付いた。ミニマップにて、高速で接近してくるギルドメンバーのアイコンに。
……これは……このスピードは……まさか……!?
勇者が思い描いた人物は一人しかいなかった。
それはゲーム内で最も信頼しており、最も関わりたくない人間であり、また、勇者が認める、数少ないゲーマーの一人であった。
それは傾国美人なバーチャルと怪力無双なリアルの姿。乖離した二つの世界に二つの顔を持つ女(?)。
それは勿論!
「エンジュ!」
そう! エンジュである!
お約束の変態機動で港に登場! 直後に3kill! 残り20! 敵陣に切り込んできた戦人は一騎当千の武士として十分なオーラを纏っている!
「きた! 勝てる! 勝てるぞ!」
歓喜の声を響かせる勇者! 名を見るだけで平素は悲鳴をあげるくせにゲンキンなやつである!
だがそれも無理はない! なぜなら勇者にとって! これほど頼りになると人間は他にいないのだから!
「いくぞエンジュ! 攻勢だ!」
勇者のこの台詞は当然エンジュには届いていない! だが! モニタに映し出される2人の動きはまさに凸と凹を合わせたような以心伝心のコンビネーション! 足らぬを満たし過ぎるを除く最高の
*ちょ、まじふざけんなよ
オーギュスティーヌがそうタイプしたのは、彼女のギルドが彼女1人となった時であった。
*リーダーだけ攻撃外してたみたいだから残しといたけど、どうする?
さすがエンジュ。勇者の意思を完全に汲んでいた。
*そうだな……
勝利は目前。緊張が解けた勇者は、じりとオーギュスティーヌに向かい、まじとキャラクターを見た。その姿はどこか悲しく、哀れなように思えた。
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