第21話

 ゲーム内にて勇者ロトは珍しく一人であった。

 平素であればエンジュか星羅せいら。あるいは両方と狩りやクエストを行なっているところであるが、たまたま都合が重なりロンリーウルフとなっていたのだった。


 久々にワールドを歩き廻ってみるかな……


 久方ぶりのソロプレイ。勇者は満喫する気満々である。嫁が実家に帰省しているかのような心境。自分。縛られていた勇者は今、蒼天に舞う鳥の羽のように風まかせであった。


 勇者になぜ、斯様かようなお一人ご無礼が許されたのだろうか……それは昨日にさかのぼる。



「ロト。私、明日から旅行バカンスだから浮気しちゃ駄目よ」


 夕食に誘われたラーメン屋 烈風麺 での事。勇者はエンジュにそう告げられた(ちなみに烈風麺のオススメは鳥と魚介。二つ出汁だしを用いた黄金白湯こがねぱいたんのダブル烈風麺である)。


「やったぁ!」


「はぁ? やったぁ!?」


 失言! 勇者! うっかり本音を漏らす!


「あ、や、やられたなぁ! このタイミングでかぁ〜」


 無理なつくろい! 白々しい言い訳! 日本男児の風上にも置けぬ軟弱なんじゃくな所業! 世が江戸なれば、市中引き回しの後打ち首獄門も免れぬ大チョンボである!


「……まぁいいけど。お土産も買ってくるから、いい子にしてなさいよ」


 そんな勇者を咎めぬエンジュはまさにエンジェルめいた寛容ではなかろうか。プライベートに口出しする筋合いの有無についてはともかくとしてだが。


「どこへ行くんだ? 熱海? 箱根? 違う? あ、さては草津だな? 湯治には草津の湯だ。ありがとう頼朝よりとも。いい硫黄です」(草津温泉は源頼朝が草を刈ったら湧いたという眉唾な伝承がある)


「そんなジジくさいとこじゃないわよ。パリよパリ。パッリ。おフランスよ。買い付けも兼ねてのみの市に行くのよ。クリニャンクールへね。メジャーな市だから期待できないけど、まぁ、半分以上は趣味ね」


「あぁ、そういえばアンティークも扱ってる言ってたな。しかしフランスは排他的と聞くが大丈夫なのか?」


「知ってる? なんだかんだいって、人間は暴力には抗えないの」


「……なるほど」


「じゃあ、そんなわけで二週間程留守にするから。ゲームの方はログインすると思うけど多分いつもより時間取れないから、よろしくね」


「分かった。まぁ、楽しんでこいよ」


 素っ気ない返事をする主人公。だが、その心中はリオのサンバでカーニバルであった。


 鬼が居ぬまになんとやらだ!


 勇者はこの少し前に星羅せいらからも連絡を受けていた。曰く、「勉強合宿に参加する事になりました(;ω;)しばらく連絡取れません。゚(゚´Д`゚)゚。」との事である。つまりは確約……約束された孤独の時間!

 計らずして舞い込んだフリーダム! 邪魔者がいないボーナスステージ! 束の間のオンリータイム! これは勇者にとっての僥倖ぎょうこう! 完璧なる棚から牡丹餅であった!


「ゲームばっかしてないでたまには勉強しなさいよ?」


 水を差すような一言。母親にも言われた事のない小言にスープを飲む手が止まり、丼を卓に置く。


「……いいんだよ。俺はゲームの中で生きていくんだから」


「あらそう。なら、私養うわよ? ゲームじゃお金儲けできないですもんねぇ」


「……生活できるくらいのお金は稼ぎたいと思います」


「いけず」


 エンジュは吐いて捨てると、3本目の大瓶をラッパで一気し伝票をさらってレジへ向かった。


「あ、今日は俺が……」


「自分で稼ぐようになったご馳走になるわ。生活できるくらいの金額を、ね」


 二人分のラーメン代を支払い先に外に出るエンジュとそれを追いかける勇者。いつもとは逆の構図。親密さと、どこか距離を感じさせる立ち位置。


 パリか……


 外に出た勇者は、もしかしたら、このままエンジュが帰ってこないのではないか。と、意味もなく考えた。夜の風がそうさせたのか、はたまた、もっと別の、高次元的な感情が働いたのか……それは勇者本人にすら分からなかったが、すぐに気の迷いだと一蹴し、エンジュがタクシーに乗るのを見送って帰路に着いた。




 こうして勇者は一人ゲームへ没入する事ができたのである。エンジュとラーメン屋に行く前に邪鬼ジャッキーをゲーセンに誘ったのだが、「今日はゴッホちゃんがセンターの日だから! と断られややケチが付いていた(ゴッホちゃんとは地下アイドル 印象派 のメンバーである。ゴッホちゃん。ゴーギャンさん。ルドンたんの3名からなるユニットで、日の出。がプチブレイクし、現在はそこそこの知名度と人気を誇っている)。しかしゲームにログインさえしてしまえばどこ吹く風。やりたい事は山ほどあったがまずは気ままな一人歩き。ゲーマーとは孤独を愛する旅人である。交流を否定するわけではないが、無駄に徒党を組むプレイヤーを勇者は嫌っていた。


 ゲームの本質は孤独と静寂。


 勇者はしたり顔でそんな言葉を頭の中で繰り返した。何やら格言めいた格好の良さであるがどういう意味が含まれているのかは不明である。一人の時というのは、往々にしてこうした哲学的思考けんじゃタイムに陥りがちであるが本人に自覚はない。ただ悪戯いたずらに、俺って賢いんじゃね? という錯覚に酔いしれているだけである。


 人生とは所詮しょせん孤独な一人旅……誰しもが真の意味での幸福など……うお! まじか!?


 ナルシシズムに浸りながらワールド探索をする事リアル時間で15分! 勇者は思わぬ敵を目撃し驚嘆した!


 獲得経験値数500万! 


 遭遇確率各サーバで0.02%! 


 逃走確率90%! 


 防御力と回避のあたいは驚異の250! 


 10時間毎にどこかのチャンネルのどこかのマップに湧いては5分で自然消滅! 撃破すれば運営チャットで通知される幻のモンスター! 奴の名はチャッキーマウス! どぶネズミながら赤のツナギと血濡ちぬれれた剃刀カミソリ洒落乙しゃれおつなグッドデザインモンスターである! 


「我が世の春が来たぁ!」


 まさかのレアモンとの遭遇にドーパミン大量分泌! 突貫の後に発動させる連続攻撃スキル! 今勇者が使用するキャラクターの職業は料理人コックの攻撃型最上位であるスティーブン! 死角はない!


「絶好調である!」


 雄叫びを上げ勇者はキーボードを連打! 精神的なテンションは既にMAX! ここで仕損じる柔なプレイヤーではない!


「純粋に戦いを楽しむ者こそが勝者となり得るのだぁ!」


 クリティカル! チャッキーマウスに4桁越えのダメージ! 撃破! チャッキーマウスは露と消え霧散! 経験値獲得! レベルアップレベルアップレベルアップ!


「やったぞぉ! 凄いぞぉ! かっこいいぞぉ!」


 寂寞せきばくとした団地にこだまする奇声! お隣さんは迷惑千万である! 勇者とてそんな事は百も承知だが抑える事のできないエモーション! 得難い達成感に今! 勇者は猛烈に感動している!


*おい! ふざけんな!


 そんな勇者のキャラクターがいるマップで流れるチャット。なんだ喧嘩か? と、当初思っていた勇者だったが、チャットを飛ばした相手が自分の目の前で止まぬている事からその暴言が勇者自身に向けられたものだと知る。


*なんだ? 


 突如、ふざけんな。と、いわれて立腹しない者はいない。勇者は先までの嬉々を忘れいきどおった。


*なんだじゃねぇよ。今お前が倒したチャッキーマウスは俺達が追ってたんだよ! 横(狩りの獲物を奪う事)してんじゃねぇ!


 いちゃもん! 勇者は妙な人間に絡まれてしまった!


*はぁ? チャッキーならダメージ入れば一発じゃねぇか。防御貫通できないなら育性不足。むざむざ逃したのならテメェのスキル不足が問題だろハゲ。死ね


 勇者は本来こうした手合いは無視を決め込む。だが、せっかくのレアモンスターを撃破した余韻をぶち壊されたとあってはスルーでは気が済まなかった。こうなったらもう戦争。どちらかのメンタルが折れるまでの泥沼に挑むと決めたのである。


*ばっかお前そんな理屈知るか! 謝れ! あと詫び入れろ! 装備全部よこせ!


 ……なんだこいつ。


 滅茶苦茶な要求である。道理もクソもない。やる気満々だった勇者の闘争心はみるみるとしぼんでいった。話の通じぬ者との口論ほど無益な者はない。


*知るか死ね


 勇者はそうタイプしてその場を後にしようとした。その時である。


*待ちなさいよ


 先とは違うプレイヤーが勇者を止める。正直面倒であったが、やり場のない怒りに任せて移動を止め、勇者はそのチャットの主と対峙してしまった。


*あんたが私の獲物を盗ったんだって? 許せない



 先の男と同じ戯言を吐く女なアバターは、エンジュに引けを取らぬ程に金がかかっていた。表示されるユーザーネームはオーギュスティーヌ。その仰々しさに目眩を覚えた勇者は溜息を吐き、立ち止まった事をやや後悔したのであった。

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