第19話
漫画を読みくだしていた
やめてくれよまったく……
辟易しながら漫画を閉じ勇者はベッドから降りた。突如乱入してきた豪鬼のような輩を無視して蚊帳の外で眺めるは不可能だと判断したのである。絶対に自分にも飛び火するという予感が、勇者を再びPCの前へ座らせたのだった。
「パソコンで何してるの!? またゲームですか!?
「違う……違います! お友達とお話しを……」
「お話し!? お友達と!? まぁ!? あんな下品で低俗な言葉を交わすようなお友達なら縁を切ってしまいなさい!」
容赦のない一言が勇者とエンジュを襲う!
事実、先までの会話は低俗極まりない下卑た内容。しかも2人とも星羅より歳は上。エンジュに至ってはおじさんと形容しても差し支えない年齢である。返す言葉などあるはずがない。そしてそれは星羅もそうであろう。自らの醜態ともいえる下劣な会話を聞かれてしまったのだ。弁明など不可避である。すみませんの一言さえ
「と、友達の事を悪く言うのはやめてください!」
星羅は声を張り、実の母に異を通した。可哀想に声は震えている。怯えているのだろう。叱責された際、敬語交じりに話す辺り普段は厳しく躾けられているに違いない。にも関わらず
しかしここで疑問が生じる。左様な教育を施す親が、勇者のような落第筆頭を快く思うだろうか。以前、星羅は「お母さんに話したら、その人なら大丈夫だろう。と、言ってくれました」と、発言している。だが、そんな物分りが良すぎる母親が、「下品な話をするような友人との縁は切れ」などと侮蔑しかない言葉を本人の前で発するであろうか。いやしない。あまつさえ、ゲームしか取り柄のない勇者との交際を認めるとは到底思えぬ人格である。という事は……
これはもしや。
勇者の閃きは、鋭く光り星羅へと向けて射られた。
「星羅。お前、親の承認は得ているなどとのたまっていたが、謀ったな?」
「え、そ、そんな事、ありませんことよ? わ、わ、私、潔白でございますことよ? う、嘘だなんて!? そんなそんな私……」
あ、こいつやっぱり……
「承認!? いったい何の話ですか星羅!? あと今言った貴方はだれですか!? うちの子を軽々しく呼び捨てにするのはやめてください!」
しどろもどろな白鳥麗子口調。そして母親の反応。これは怪しい。というより真っ黒である。この反応に勇者の疑惑は確信へと変わった。星羅は嘘をついたのだ。
で、あればやむなし。
溜息を一つ吐き、勇者はPCの前にいるであろう星羅の母に対し口を開いた。これ以上のわだかまりを防ぐためには、事実の共有をしなければならないと考えたのである。
「あの、失礼ですが、星羅さんのお母さん。実は僕、お母さんが、ゲームで知り合った方とお付き合いなさるのをお認めになったと、星羅さんから伺ったのですが……」
「馬鹿な事を言わないでください! そんなもの認められるわけないじゃないですか! そんな何処の馬の骨かも分からない人間との交際なんて断固反対! 絶対許せません!」
「……」
ああ、やはりか。
勇者はマイクに入らぬように乾いた笑いを浮かべた。親が許可しただのというのはやはり虚言だったのだ。東京の中学に入るかどうかは知らぬが、交際についてはまったくの無認可。独断での宣言であった。小学生らしいくだらなさ。詰めの甘さである。
「星羅! 貴女、なんでそんな事を言ったの!? 相手は誰!?」
「……」
「黙ってないで言いなさい! ほら! 早く!」
母親の叱責と同時にすすり泣く声がする。居た堪れない雰囲気。これは実に気まずい。勇者はなんとかせねばと、星羅へ助け船を出そうとした。
「あの、お母さん。僕がこう言うのもなんなのですが、娘さんとじっくり話し合われた方がよろしいかと。その、恋愛の話もそうなのですが、もっと相互理解を深められた方が……」
「はぁ?」
「え、あの……その……」
ミステイク! 勇者は判断を誤った! バッドコミュニケーション!
勇者が発した内容は正論といえば正論であるが、その、まるで教員のような言い草が逆に母親の逆鱗に触れたのだ! 目上の人間には
「なぜ貴方のような訳の分からない人にそんな事を言われなくてはいけないんですか!? 何様!? 自分の娘の事は自分でちゃんとします! 星羅には母親である私がちゃんとした人生を歩ませます! 赤の他人の貴方が口を出すのは筋違いですよ! ふざけないでください!」
「お母さん……」
「黙ってなさい星羅」
「……」
容赦のない言われよう。しかし当然といえば当然。どこの誰だか分からない子供が家庭に対して一方的に諭してこようものならそれは腹も立つ。これは感情の問題ではあるが、杓子定規な一般論などよりは余程納得のいく思考ではないか。故に、この母親の弁の後、思わず「確かに」と、合点してしまった勇者を責める事はできまい。
だが、ここにきて沈黙を破る者がいた。母親の登場からダンマリを決め込み今まで口を閉ざしていたその人間は、それまでの鬱憤を晴らすが如く、強く、大きく、
「ちょっと! あんたこそ何様なの!? さっきから聞いていれば偉そうに! 子供は親の道具じゃないって分からないの!?」
エンジュ! 吼える! 星羅に対しまさかの擁護! これは意外! 恋敵の肩を持つ不可解な暴挙!
「はぁ!? なんですか貴方!」
「なんですかじゃないわよ! 子供の考えも意見も無視して話を進めるなって言ってんの! たかが母親の分際で子供の自由を奪うなんて許せないわ!」
エンジュのありきたりな論は月並みの台詞であるが、これもまた事実である。子は親の所有物ではない。いかなる理由があろうと、子の人生は子のものである。それを無視して「ちゃんとした人生を歩ませる」とは、理屈が通らぬ。個人の尊厳を排斥した教育など、単なる支配に他ならないからだ。
だが親もまた親なのだ。親であるが故に、子を思うが故に、時に厳しく、時に理にかなわぬ事を言う。そしてそれは強制力を伴い、場合によっては独裁者の為政を以ってして子を屈服させる場合もある。それが今の、星羅の家庭のあり方であった。察するに星羅の母親は随分と星羅の事を気にかけており、教育にも熱心なのだろう。星羅の真面目で素直な性格はその功績であるに違いない。堕落と好奇心が先行しがちなこの年代の子供にしっかりとした節度を持たせられたのは、そうした家庭環境の賜物ともいえる。それを崩されたとあっては、親としては堪ったものではないだろう。
その為、悪影響だと思われる外部からの刺激はまさしく邪魔である。星羅の母は、エンジュの言葉を拾い、唾棄するように、侮蔑を込めて吐き捨てたのであった。
「話にならない! 星羅! 早くPCを切りなさい。それで、もう二度とこんな人間と話したら駄目です。貴女まで馬鹿になってしまいますからね」
「なんだと!?」
母親の辛辣な一言にエンジュは素の声が出たようだ。低くい獣の呻きは、関係のない勇者さえ肌を粒出させた。
そして勇者は同時に考える。本当にこれでいいのかと。ゲームの中で二度と星羅に会えなくなってもいいのかと。
確かに勇者にとって星羅は疎ましく、避けたい存在であった。スバルの正体がまさか女で、こうも面倒事を引っ張ってくるとは思いもよらなかった。しかし、それでも彼女と過ごしてきた時間は存在し、胸の奥に
否。
いいわけがない。なぜなら、スバルは供に堕落した青春の光を追い掛けた仲間なのだから!
「ま、待ってください!」
勇者の一声! マイク越しに訴えかける言葉! それは、仲間であるスバルへ向ける心中の誠であった!
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