第16話

 勇者ロトは殺戮マシンの如く敵を狩り続けた。日常で積み重なったストレスが人間の心を排斥し、ジェノサイドハートでNo futureなカーネイジを遂行させたのである。


*歌い手いいわね。私も作ろうかしら


 安置で回復中のエンジュからそんなチャットが流れてきた。筋肉マシマシチョモランマなバフ効果を付与する歌い手に心惹かれたようだ。メインである打撃職の武闘家・マスターの高範囲の稼動領域をカバーできるスキル範囲に有用さを見い出したのだろう。


*頭の悪い運用しか思いつかないからオススメしない


*確かにスキルブッパしてるだけだもんね


 あえて頭の悪い立ち回りをする勇者は自らの計画を明かさなかった。

 ステータスとスキルは攻略wikiに倣ったセオリー通りの育成。独創性のかけらもない全くなんの面白みのないプレイング。教科書をそのまま書き写したような凡夫の振る舞い……勇者は誰がやっても同じような立ち回りとなる単調な操作をしているよう、誰しもを欺いていたのである。そうして、レベルが規定ラインに達したら即座にステ振りスキル振り直しを行う算段を立てていたのだ。

 勇者はエンジュを始め、多くのユーザーにサプライズ演出として颯爽と壁殴り歌い手をご披露し喝采を浴びる予定であった。故に他の人間が同じ事を思いつく前に素早く計画を完遂しなければならなかった。一歩でも遅ければなにもかもおじゃん。よって、昨晩から今朝にかけてのロスは、勇者にとっては手痛い遅延であった。


 さっさと育てきりたいところだな


 しゃかりきである。勇者は焦燥と情熱の狭間で俄然やる気に満ちていた。まともな人間ならば他にする事がないのかと苦言を呈すのだろうが、残念ながら勇者の近くにまともな大人は存在しない。悦楽と愉悦に惹かれ堕落していく勇者。ガンダムの世界のように、大人はみんなろくでもないのである。勇者にとっては願ったり叶ったりであった。

 だが、そんな都合のいい世界は続かなかった。今日こんにちまで勇者をあえて止めるものは誰もいなかったのだが、ここにきてそれを意図せずき止めるトリックスターが現れたのだ。そいつはいつも、Skypeの着信音と共に現れるのであった。


*ちょい待ち


*また?


*すまそ


 勇者はエンジュに断りを入れ、本日二度目のSkype通話。相手はもちろん星羅せいらであった。先の通話からきっかり45分。ちょうど授業1時間分の時間である。


「もしもしロトさん? SkypeにINしてたみたいだからかけちゃいました」


「つい45分前にも同じようなセリフを吐いたぞ」と、勇者は言いかけたがぐっと飲み込み、努めて冷静に、JS相手に威圧的にならぬよう対応しようとした。


「困る! 辛いよ俺は!? 頼むからもうちょっと考えてくれ!」


 だが無理であった。ノリにノって無心となっていた狩りを中断されたのが大層堪えたのであった。勇者につくろう余裕は既にない。あるのは自尊心を捨てた形振なりふり構わなさだけである。勇者の形相は怒気と悲哀の狭間にゆれる怒哀のあしゅら男爵と化していた。


「え、ちょっとロトさん? 嫌なんですか?」


「嫌とかじゃないんだ! こまめに通話されると狩りの効率が……」


 勇者は口を滑らせた。学校をサボっている事をカミングアウトしてしまったのだ。


「え? 狩りの効率? え? ゲーム? ゲームしてるの? え? ゲームしてますよね? え? え? ゲーム? ゲームナンデ? ロトさん高校生でしたよね? 学校は?」


「いや、あの、ちょっと、ね?」


「ね? じゃないですよ! 駄目じゃないですか学校行かずにゲームなんかしてちゃ!」


「あ、あの、いや……はっはっは」


「あからさまなごまかし笑いはやめてください! そんなんじゃ働けないですよ! これからの時代買い手ばかり力がついていくんですから内申はしっかりしておかないと! 大人になったら誰も助けてくれないんですよ!?」


 親のような星羅の正論に勇者は耳を痛めた。まるで歳上女房である。

 星羅が口にした台詞は恐らく彼女の親からの受け売りだろう。並べ立てた言葉に星羅自身が意味を解しているのかは不明である。しかし実母にすら言われた事のないまともな批判は勇者の神経を削り切り、とうとう精神の均衡が崩れてしまった。今まで保っていた体裁や今日こんにちまで気付いてきた威厳などが頭の中から弾け飛び怒りの獣神サンダーライガーである。無理をして貼り付けてきたメッキがとうとうが剥がれる時がきたのであった。


「サボりだよサボり! サボタージュ! 学校行かずにゲームしてるんですよ僕は!」


 開き直りである。勇者は自らの堕落を白日の下に晒し小学生に醜態を見せた。また星羅も星羅でこれまで勇者が学び舎にいて真面目に座学に興じていたと勘違いしていたようだ。勇者が通学しておれば授業時間の関係上、星羅の通話に出られるわけがないのだが。小学校と高等学校の差に気が回らぬところは小学生らしい視野の狭さといえる。


「学校! 学校行ってください! ちゃんと! 将来どうするんですか!?」


「いいんだよ! 細けぇ事は!」


「細かくないでしょ!? 人生設計もキャラクター育成くらいちゃんとプラン立ててくださいよ!」


「あー無理です! 無理難題です! 私はゲームの化身ですから!? 真っ当な人生なんて今更無理無理カタツムリですぅ!?」


「子供みたいな事言わないでくださいよ! ともかく、今からちゃんと行ってくださいね学校! あ、あと! さっきも言いましたけどちゃんとSkypeをスマフォに入れとおいてくださいね! また後でかけますから、学校で出てください! 音質で分かりすから騙そうなんて思っちゃだめですよ! じゃあそういう事で! また後ほど!」


「ちょっと待て! 俺は学校なんぞには行かんぞ!? 勝手に話を進めるな……あ、切れてやがる! ガッデム!」



 くそ! あいつ将来の話なんかしやがった!


 通話時間は僅か5分。たった360秒の間に勇者の息は切れ、やる気も何もかも削がれてしまった。考えまいとしていた未来の話をされ酷く鬱となったのだ。目の前のモニタでソロ狩りをするエンジュのメインである武闘家・マスターが敵を薙ぎ払う姿を見ても湧かないのだ。闘志が!


 (ちなみに、武闘家は下位から上位まで職業は変化しない。代わりに段位が変動するシステムとなっており、6級から6段まではレベルによって上がるのだが、7段。8段。までは特定アイテムと敵の打倒数。最高ランクであるマスターとなるにはGMの承認が必要という無駄に凝った作りとなっている。

 ゲーム内でマスタークラスとなっているプレイヤーは全部で6人。

 

 孤鷲こしゅうのシーン

 水鳥すいちょうのレン

 紅鶴こうかくのウダ

 白鷺はくろのスウ

 鳳凰ほうおうのサザン

 雷鳥らいちょうのエンジュ

 


 彼らは六聖拳と呼ばれ多くのユーザーに畏怖されているが、エンジュ以外の5人は今後この物語に登場する予定はない)



*ただ


 勇者の帰還。しかし、タイプからでも伝わる消沈っぷり。


*おか


*すまん


*おk


*ちょっと狩りする気になれなくなた。こっちから誘っといて申し訳ない


*それはいいんだけど、大丈夫? 何かあったの?


 勇者は一瞬迷った。スバルの事を、エンジュに話してしまおうかと悩んだのだ。だがそれはスバルへの裏切りとなるし、何より自分が小学生に翻弄されている事を知られたくはなかった。勇者とて、男としての安いプライドがあるのだ。


*いや、まぁ、大丈夫だ


*ならいいんだけど、ちゃんとご飯食べなきゃ駄目よ? 若いんだから。あ、ご飯といえば、美味しいスッパゲッティ屋さんを見つけたんだけど! ロト暇なら今日行かない? 行きたいでしょ? 行きたいわよねぇ!? 行きましょ行きましょ! 今日の13時から予約入れとくね! 待ち合わせは駅でいいかしら!?


 決定事項なのか……


 勇者は呆れつつ、そして諦めつつ、任せる。とタイプした。狩りをする気力はなく、かといって星羅に従い学校へ行くのも違う気がして、どうしていいのか分からず五里霧中だった中でのエンジュの誘いは嬉しくあったのだ。ただ、勇者自身はその感情を素直に受け止め切れず、「気晴らしだ」と、言って軽んじ、深く考えぬよう努めた。


 PCの電源を切り、身支度をした勇者は白昼堂々と街へ繰り出した。身体も心も重く、生きる事すら苦痛に感じていた勇者であったが、若干の空腹に珍しく食べっ気を出し、久方ぶりの昼食然とした昼食に旨を踊らせ駅へと向かうのであった。手にしたスマートフォンには、律儀にもSkypeかダウンロードされていた。

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