第15話

 朝早く目覚めた今日は特にいい天気でもない。曇りだ。

 昨晩夢の世界へ逃避した勇者ロトは平素のように深夜のログインをする事なくぐっすんおよよであった。一晩眠り続けていた割に、目の下には漆黒のクマが居座っている。


「……なにもしたくない」


 助けを乞うように呟くも寂しく反響するだけのかすれ声。勇者のやる気はいちじるしく低い。極悪高校特性下剤入り弁当を食べさせられた矢部君のようである。


「休むか……」


 言うや否や、とりあえずのPC起動。立ち上がり良好。ゲーム展開。読み込み中にスマフォにて母親へずる休むと連絡。承諾。同時にログイン。暗く陰っていた表情は電子の世界に照らされより不健康に見えるが、勇者の血色はみるみると快調していった。


 盾殴り歌い手を完成させなくては。


 燃える使命感。消沈していた気力はみるみると回復。やはりゲームで生きている人間はゲームの世界へ没入せねば生気が失われていくのである。なんと業深い人種なのだろうか。奏でられる8bitのBGMがはまるでレクイエムのようである。彼は内心、スバルがいない時間が育成のチャンス。と、心に障る存在がいない朝から昼にかけてのプレイングを床の中で考えていた。つまりこのズル休みは計画的な自主休講なのだったのだ。学業も青春も全て切り捨て、バーチャルの中での自分を高めようとしているわけである。学校にも行かずゲームに取り込まれている勇者のリアルでの人生は、死に向かって一直線なのかもしれない。


 勇者は誰にも邪魔されず、集中してゲームさえできれば他になにもいらなかった。世界が許すのであれば、彼はきっと一生引きこもり続けゲームの中で生きていくだろう。だがそれは無理であり、勇者も重々承知している。だからこそ、限られた時間を全て自身が望むようなプレイングに捧げたいのであった。その時間が、その瞬間が勇者にとっての幸福なのである。そう。邪魔さえ入らなければ……


*ロト。珍しいねこんな時間に。学校は?


「しまった! 此奴エンジュがいたか!」


 慟哭に近い一叫。積み上げたプランが音を立てて崩れていく。しかしこれは完全に勇者の目論見が甘かった。スバルばかりに気を取られ、もう一人の天敵を忘れるとは迂闊以外のなにものでもない。


*体調不良だよ


*なら寝てなさいよ


 的確な突っ込み。そして。


*どうせズル休みでしょう


 看破。勇者の虚偽はいとも容易く見破られたのだった。


*いいんだよ。緩い学校なんだから。それにいつもはちゃんと通っている。


*その内クセになっちゃうわよ。引きこもりになんかなったら、スバルに軽蔑されちゃうんだから


 スバルか……それならそれでいいんだがな……


 良好となっていた勇者の血色が再び青みがかった。ストレスによる血行不良である。


*まぁいいけどね。私は、どうなっても、ロトの事、好きだからね♡


 タイプが遅れた勇者にエンジュが追い打ちをかけた。致命傷になりかねない必殺の一撃に勇者は吐き気を催しながらも何とか踏みとどまる。


*狩りに行こう。狩りに


 はぐらかし受け流す。兎にも角にもゲームの世界に没入したい勇者はしがらみを拒絶し、強引に話題を逸らした。


*そうね。行きましょ行きましょ!


 エンジュはこれを快諾。

 勇者はエンジュのこういうところは好いていた。この二人はゲームをする上で相性は最高。互いに噛み合う凸と凹。高度な技術と知識。そして意識が同じ水準の両者である。このレベルの者同士が、広いネットゲームの世界で巡り会うのは極めて稀。もし、エンジュの性別が心身共に合致していたとしたら良い友人になれていただろうと、勇者は非常に惜しく思っていた。


*よし。行くk


 タイプ途中。響く通知音。スカイプである。相手はもちろん……


「てめぇスバル! サボりか!?」


 勇者は激怒した。必ず、かの無遠慮無邪気なるJSに慎みを教えてやらねばならぬと覚悟した。


 スバルめ! どういうつもりか知らんが泣いても許さんからな!


 通話準備はOK。ワンクリックでお話しできる状態。勇者は、ちょい待ち。と、エンジュに送り、いざスバルにとの通話に挑んだ。


「もしもし? ロトさん? おはようございます。スカイプがINしていたので通話しちゃいました」


 通話直後に耳に入る愛らしい声。普通ならばこれだけでだらしなく心を許してしまいそうだが勇者は違った。


 通話しちゃいました。ではない。殺すぞ。


 ナメタ言葉に勇者の怒りは有頂天。この怒りはしばらく収まる事をしらない。キングベヒンもスすらソロ討伐しそうな勢いである。


「学校はどうした。こんな時間にかけてこられても困るんだがな」


 突き放す勇者。昨日とは違い強気である。狩りの邪魔をした事が勇者の怒りに触れたのだ。勇者にとってはゲームこそが人生。ゲームこそが命なのだ。このところログインできない日も多々あり本当にガチの廃プレイヤーなのか疑問の浮かぶところであるが、それでも勇者はゲームの中でしか輝けない人種なのである。その輝きを奪わんとする星羅せいらは勇者にとって害以外の何者でもない。毅然とした態度で、拒絶の意思を示さねばならぬと腹を据えたのであった。しかし。


「休み時間中なんですけど、迷惑でしたか?」



 申し訳なさそうな星羅の声に勇者は罪悪感を覚えた。考えてみれば小学生である。それを相手に、ゲームの邪魔をするな。とはいくらなんでも大人気なく狭量。小心者の勇者にははばかられる横暴。良心の痛みは回避できない。


「いや、迷惑ではないんだが、そうマメに通話をされると……」


「迷惑じゃなかったんですね!? ならよかった!」


 裏目! 勇者の配慮! 思いやり! 完全に逆効果! そして星羅の極まる身勝手! 都合のいい言葉だけ切り取り独尊を貫く星羅の姿勢は唯我の一言! 圧倒的なる独善体制である!


「いや、あの……」


「あ、そろそろ授業はじまるので、切りますね。あと、スマフォにもスカイプをダウンロードしといてくださいね。毎日かけますから」


「いや、あの、星羅さん……」


「それじゃ、また!」


「ちょ、おい。もしもし? もしもーし!」


 通話終了。一方的なお喋りは一方的な終焉を迎えた。またしても勇者の完全敗北。言いたいことも言えないポイズンな結果となった。


 ……ゲームしよ。


 

 切り替え。エンジュの待つ第二の世界へ帰還。すがる場所は他になし。勇者は消沈とし、自らの住むべき場所へ敗走してきたのだった。


*お待たせ。何かあったの?


 心配するエンジュに対し、なんでもない。と返す勇者。なんでもないわけないのだが僅かばかりの自尊心が、小学生でしてやられている。と、真実を述べるのを拒絶した結果、虚勢を張るしかなかった。


*ならいいけど


*うむ。いいのだ。それより早く行こう。狩りこそ我が目標への近道だ。さっさと歌い手の壁殴りスタイルを完成させねばならんからな


*OK。なら、冥府めいふね。効率重視でいきましょう。


*ハー様道場か。確かにこの時間なら1人もいなさそうだし、時間で3回は回せそうだな



 ハー様道場とは冥府の王であるハーデウスが余興と称してモンスターをけしかけてくるイベントである。最終的にはハーデウスとの戦闘になるのだが、ここでわざと戦闘不能となって再び最初からやり直すことによりペナルティなしで高い経験値が稼げるという効率厨大歓喜なイベントである。運営はこれを、仕様です。とアナウンスしているが、近いうちに変更されると専らの噂となっている。



*そういう事。じゃ、行きましょ


*あぁ


 目的地が決まると、勇者はゲートを出してエンジュと共にクエストのマラソンへと向かった。意気揚々とキーボードを操作する表情は先までとは違い10代の少年そのものであった。

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