第14話
一旦落ち着け冷静になれ。女? JS? スバルが? 馬鹿な! あり得ぬ。これは何かの間違いだ。
必死で現実から目をそらす
「もしもし。ロトさん? 聞こえてますか?
それを許さぬスバル。いや星羅の声。ヘッドフォン越しに聞こえる麗らかなる
「あ、うん。聞こえる聞こえる。いやぁしかし、スバル。女みたいな声をしているんだなぁ。びっくりだよ」
苦し紛れのとぼけぶり。無駄なあがきである。
「女ですよ。私」
「……ですよね」
小学生に軽くいなされる18歳。ゲーム内では偉そうにしているくせに現実では随分と弱気である。しかし勇者は童貞なのだ。いかに児童といえど、女との会話は勇者にとって最大難度のクエストの一つ。精神にデバフがかかるのもしかたがない。
「……」
「……」
沈黙。押し黙る二人。
何を話せばいいのか分からぬといった様子。少なくとも勇者に女子供とキャッキャウフフと語らえるようなネタはない。ステータスはサイレンス。詠唱不可の面倒な状態異常。
何か。何か話さなければならない。
勇者は焦り、考えを
どうしたものか。
勇者は知恵を絞った。所有数の上限まで集めたアイテムを整理するように、リアルJ Sと噛み合う会話を消去法で選別しあれではないこれではないと悩むのであった。
そうして勇者の中で出したベストな結論は次のようなものである。
「学校の方は楽しいかスバル」
アンビリーバブル! 勇者が選んだトークはまさかのスクールライフのエブリデイ! 広い主語と主体性のないチョイスはされてウザい質問上位の定番! 父親にこの台詞を吐かれた子供は高確率で反抗ゲージが上昇しアライメントがカオス寄りとなるある意味子供の自己の成長を促す言葉である!
「はぁ。楽しいですけど」
「そうか」
「……」
「……」
終了! 学校の話題はこれにて終幕! そして再び二人の間には沈黙の沼! 話題は当然バニシング!
「あのですね」
「あ、は、はい!」
そして訪れたスバルのターン! 語気を強め相手のメンタルへダイレクトアタック! クリティカル! 勇者はこのターンの間はタメ口を封じられた!
「ロトさん。私が男だと思ってたんですよね?」
「あ、はい」
「……やった」
やった? 何が?
勇者の疑問に浮かぶ疑問は当然。いったい何が「やった」なのか。混乱するばかりである。
「何が、やった。なんですか?」
「だって、ロトさんが私を男だって思っているって事は、エンジュさんも、そうだって事ですよね?」
「? うん。まぁ……そうですね」
「なら、アドバンテージ取れてるって事じゃないですか」
「アドバンテージ?」
ここまで言われて、勇者は未だに分からないまま。完璧なる朴念仁。まさか自分が。というような態度である。軟弱。逃げ腰。男の風上にも置けぬ痴態。しかしそれでも、星羅は爛漫なる声でロトに事実を告げるのであった。
「はい。エンジュさんは、ロトさんを巡る
「……え?」
「分かりませんか? 私、好きなんですよ。ロトさんが」
恋敵。エンジュが。俺を巡って。
好き? スバルが? 俺を?
……
…………
いやいや。
おいおい。
いやいやいや。
おいおいおい。
なぁ勇者よ。そんな馬鹿な事があるかい? スバルが実は女の子で、しかも俺を好きだって。
馬鹿を言っちゃいけない!
そんなギャルゲーみたいな話があるか!? いや! このご時世ギャルゲーですらこんな展開ありえないわ! そもそもアウツ! 小学生は! 条例違反! 完璧な違反行為! 下手すれば児ポ案件! 人生終了のお知らせ!
勇者は錯乱した。このままでは豚箱で臭い飯を食う羽目になりかねないと
「スバル。冷静になれ。いいか? 好きとか嫌いとかは……」
星羅のターンは一旦終了。勇者。さっそく諭す方向へ舵を切る。だが童貞の勇者は分かっていない。恋をした若い女が、どれだけ危険で御し難いかという事を。
「
「ひぃいえぇ! は、はい!」
勇者は敬語へ逆戻り。小学生相手に終始やられっぱなしである。
「ロトさん。私。本気です。本気でロトさんの事。好きなんです」
告白! 勇者! 初めての経験! しかし悲しいかな相手は小学生! 手が出せぬ歳頃!
「せ、星羅さん。あまり自分の感情を信じすぎない方がいい。人生まだ先は長い。きっといい人は見つかる」
「長い人生なら、一度くらいこんな出会いが、恋があってもいいんじゃないですか?」
「い、いや。それは……」
不甲斐のない勇者に刺さるぐうの音も出ない論調。星羅は強気一辺倒。
「親の事とか、距離の事とか……そう! 距離! 住まい! これが問題! 星羅は確か三重県出身だったよね! そして俺は東京! 遠距離は、ちと難しいんじゃないかな!」
「東京の私立を受験するつもりです。模試ではA判定もらいました。名門ですから先生も薦めてくれています。もちろん。両親にも承諾済みです」
「そ、そうか……」
3年前は「かんじよめない」とチャットに残していたような星羅が成長したものである。これも
「ロトさん。さっきから否定ばっかり」
星羅の声色が変わった。愛らしい妖精の羽音から、悲哀に満ちた悲劇のヒロインのような、やもすれば演技がかったものへと変化した。
「あ、え、そ、そうかな……」
「そうです。ちょっと、辛いです」
「いや、えっと……」
「ロトさんは、私がロトさんを好きになったら、迷惑ですか?」
「え、えぇ!? そ、そんな事言われても……」
「言われても。なんですか? 私、はっきり言ってくれないて分からないです」
「いやぁ。まぁ、嫌なわけじゃないけど、ちょっと……」
「ちょっと? ちょっとなんですか?」
「あ、まぁ、その……」
イニチアティブは完全に星羅にあった。勇者はタジタジ。押される一方である。
「どうなんですか!?」
「ひぃ……」
「嫌なんですか!? ロトさんは私の事嫌いなんですか!? どうなんですか!? はぐらかさないでちゃんと答えてください!」
恫喝! 威喝! 一喝! 星羅! なよとした勇者にとにかく喝!
「そ、そんな事ないです! 実に名誉です。はい!」
折れた! 屈した! 負けてしまった!
女子小学生の怒号に敗北を喫し勇者は自らの自由意志と権利を放棄してしまったのだ! これは目も当てられない!
「ならよかったです。これでまた、エンジュさんよりリードでき……」
「星羅。梨を切ったから食べにいらっしゃい」
星羅が言いかけた瞬間。ヘッドフォンの向こうから異なる女の声が聞こえた。
「星羅ー。起きてるー?」
「あ、はい! 待ってお母さん! 今行く!」
声の主は星羅の母親のようであった。歳の頃は測れぬが、これもまた良い響きをしていた。
「すみませんロトさん! ちょっと切ります! またお話ししてくださいね! それじゃあ!」
「あ。はい……」
……
通話終了。
勇者はハプニングにより窮地を脱した。
しかし、すっかりと憔悴しきった姿は敗残兵のそれと同じで、えもいえぬ哀愁が漂っていた。
「寝よう」
敗北感と恐怖は、勇者を疲弊させ、脳が身体に睡眠を促した。
勇者は開いていたpixivのページを閉じ、すぐさま床へ潜った。劣情は既に失せ、あるのは睡眠による逃避欲求のみであった。
「……」
秒で寝入る勇者は現実から目を背け、赤子のように身体を丸めている。彼に今できることは、死んだように眠ることだけであった。
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