第13話

 スバルの恋心を直感した翌日。勇者ロトの学生生活は拍車をかけて堕落していた。受ける授業は上の空。ノートを取らぬどころかテキストすら開かぬ不良ぶりである。


「サマル。昼食に行こうぜ」


「……あぁ」


 昼休みに邪鬼ジャッキーの誘いに乗るは乗るも、どうにも覇気を感じられない。まるで生ける屍である。それもそのはず。勇者は昨日から朝まで、ずっとゲームをしながらエンジュとスバルの恋路をどうするものかと考えていたのだ。


「サマルよ。パンを食べよう。パンを。昔のアニメなんかと違ってコンビニが近くにあるからいいよな。パンの取り合いとかまったく憧れない。馬鹿の所業よ。無駄な労力は使わないに限る。新世代の俺たちは、余った時間で有意義な昼休憩を過ごそう。さっさと食べて、ネオジオミニのメタルスラッグを交代でやろうサマル」


 勇者の異変にまったく気付かず邪鬼はいつもの調子である。いや、知っていたとしても、彼の場合は変わらないかもしれない。


「そこはkofとかあるだろ……」


「2D格ゲーはクソ。バーチャを見習えというは話だ」


 SNKといったら格ゲーだろ……


 そう呟きかけたが結局声にはです、勇者は邪鬼を無視する形でパンをむしった。勇者はだいたいいつもパンである。稀にであるゲーマーは彩り豊かな弁当などという摂取に時間を要するランチを良しとしない。たまには母親が作って寄越すが、だいたい作日の余り物処分である。片手にパン。片手にソシャゲ用のスマフォ。傍らにはパックジュース。これが基本形はのだ。ちなみに本日のメニューはショコラメロンデニッシュと冷やし飴。糖分と脂質の暴力は健康な身体を犠牲に脳からセロトニンを分泌させる合法ドーピング。基礎代謝の高いティーンエイジャーにしか許されぬ禁断の食法である。


「なぁ邪鬼」


 無視を決め込んでいた勇者は、ソシャゲの合間、おもむろに邪鬼を呼び捨てた。


「なんだ。俺は紅丸でルガールを倒さねばならないんだが」


 結局kofやってるんじゃないか……

 

 内心呆れながらもおかまいなしに、勇者は一方的に話をする事にした。


「恋って、なんだろうな」


「なんだ? 俺が昔からアルルナジャに抱いていた淡い恋の思い出話しでもするか? 話せば長いぞ? コンパイルさんからもらわれてきた若い女に年頃の俺は胸をときめかし……」


「MMOのフレンドがゲーム内で恋をしているらしいんだがこれを止めたいんだ。なんか策はないか?」


「聞けよ。俺とぷよぷよ通と幻の20連鎖の話を」


「そのフレンドは小学生なんだがな? 恋しているのはネカマなんだ。まぁ、リアルでも性別と身体が一致していないから、ネカマという表現はちと語弊があるんだが、ともかく、俺はフレンドの目を覚まさせたい。どうすればいいと思う?」


「そのフレンドに、相手は男だよ。と、伝えれば済む話しじゃないか」


「それができんからこうして聞いているのだ」


「だとしたらお前は愚かだ。恋情などという極めて低級で動物的な行動原理を端とする愚劣極まりない悶着に俺が明確なしるべを示す事などできるわけがなかろう」


「そうだな、お前童貞だもんな」


「それはお前もだろう!」


 邪鬼は勇者の心無い一言に激怒し、その後アルルとの一方通行な恋話をするだけして昼休みは終わった。その際、「アルルのブレインダムドで俺のリビドーはばよえ〜んなんだよ!」との名言が飛び出したり飛び出さなかったりしたが、ともかく勇者にとってはショコラメロンデニッシュと冷やし飴を摂取しソシャゲのスタミナをただ消費しただけの時間となった。


 そうして勇者はエンジュとスバルの問題を解決する糸口が見つからないまま帰宅し、すぐさま寝支度をするも床の上では鬱鬱と目が冴え、悶々とした感情の濁流に翻弄され慰めを求めた。暗鬱とした気分は返って男の象徴を昂めるのだ。快楽で憂鬱を上書きしようと脳が働くのだ。これはしかたがない。情念である。


 ……アテナかな。


 勇者は昼に邪鬼がプレイしていたkofに触発されていた。枕元に置いたスマフォを掴みChromeを開いてブックマーク一覧を表示。pixivを開き、さぁ検査。と、いうところで通知。Twitterである。おあずけを食らった勇者は憎々しく何があったかを確認(こういうところは律儀である)。相手は……





「スバル……スバル!? スバルからか!?」


 勇者! 起床! 陰鬱を吹き飛ばす一報! DM! すぐさまアプリを起動! 内容チェック! スバルは勇者に何を伝えたいのか!?


*こんばんわです。今、大丈夫ですか?


 ジャブ! 牽制! まずは対応可能か伺いを立てるスバル! 大人の対応!


*かまわないさ。ちょうど暇をしていたところだ。


 虚偽! 嘘八百! 完全なる不実! しかし致し方なし! 男には時に、親しき中にも欺きが必要となるのだ!


*なら良かったです。突然すみません。実は、お願いしたい事があって、ご連絡したのですが、聞いてもらえますか?


 馬鹿丁寧な対応に勇者は少しばかり気を引き締めた。もしかしてエンジュ絡みのことだろうか? と、勘繰ったのだ。いや。そうに違いない。なぜなら、このタイミングでスバルからの連絡など、他にあるはずがないのだから!


*でも、本当にちょっと、いいにくい事なので、無理なら無理で大丈夫です。


 おのれスバル。焦らしよる。


 勇者はドギマギしながら、かまわない。と返信した。まるで女を相手にしているように胸が高鳴っているのは勇者が変態なのではなく、彼の直感が「何かある」と語りかけているのである。ニュータイプ能力が発動したのだ。今か今かと返事を待つ勇者は、そんな予感を抱きながらスマフォを見つめるも中々DMが届けられない。この手持ち無沙汰。勇者は思案し、再びpixivを覗いた。隙があれば致す腹積もりである。


 はてさて。時間はあるかな? まぁDMなんだ。すぐに対応せずとも問題あるまい。


 勇者の思案を邪が占める。鞘に収めた王者の剣はギガブレイク寸前。理性は失われつつあった。しかし。


 ……


 ……! スバルめ! 空気を読め!



 返事は忘れた頃にやってくる。訪れるマーフィーの法則。トーストはバターを塗った面が下に落ちるのだ。つまりは、人生はそうそう上手くいかないのである。


 しかしバターの面が落ちるのは偶然に過ぎない。連続してトーストが落ちる悲劇が起きた場合、バターが上になるか下になるかの確率は次第に収束していく。

 だが現実に起こる事象は偶然ばかりではない。時には必然によって事は運ぶ。クソッタレの運命さえ振り切る巨大な蓋然がいぜんは、時に運命さえも捻じ曲げるのだ。


*あのですね。Skypeしたいんですけど、大丈夫すか?


 ……Skype?


 異な内容。突然のSkypeの誘い。いったいなぜなのか。スバルの奇行に、勇者は頭を抱える。


*急にどうしたんだ。DMじゃ駄目なのか?


 勇者はSkypeを入れていない。MMOにおいては半ば必須のツールであるが、勇者はそうは考えていなかった。


 ゆっくり落ち着いて対人ゲームをできるのがオンラインの長所ではないか。


 と、いうのが勇者の持論である。故に、Skypeを用いたプレイなど邪道として排していたのだ。そして、過度な馴れ合いもまた、勇者は嫌悪していたのである(これはエンジュとの関係を棚に上げている)。だが。


*お話ししたいんです。この前、相談した事について。


 うむぅ……


 弟分であるスバルの頼み。

 エンジュとの関係。


 これは折れなければならない事案。妥協せねばならぬ事態。過去のこだわりをどれだけ捨てられるかで男の価値が決まるとはクロコダインの言葉である。勇者はダイの大冒険にて、フレイザードの次にクロコダインを気に入っていた。


*分かった。落とすからしばし待て


*分かりました。ありがとうございます。


 勇者はChromeを閉じ、アプリストアからSkypeをダウンロード。設定を完了し、送られてきたIDを登録してスバルとの友達登録を完了した。そして違和感。明らかにおかしな点に気付く。スバルのアイコン。そして、表示された名。その二つが、妙なのである。


 ……


 着信。相手はスバルである。


 出るしかあるまい。



 意を決した勇者は通話ボタンを押した。その瞬間である。



「馬鹿な……」



 

 人間の意思の力とは、覚悟とは、如何にトーストを落とそうとも朽ちることのない不屈の精神である。その精神はなるべくして世界を作り、なるべくして結果を残すのだ。


 分かち合わぬはずだった宿命を、起き得なかった定めを! スバルはその時を待っていた。勇者と話せる日をずっと待ちわびていた! それが! スバルが! 彼女が! 長く焦がれていた瞬間だったのである!


「こんにちは。ロトさん」



 あどけない表情の少女のアイコンには星羅と書かれていた! それこそ!☆七星 スバル☆の正体なのであった!

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