第12話

*戻った


 勇者ロトの帰還に呼応し、一所懸命に敵を叩いていたスバルは安置に移動すると、モーションにて挨拶を行った。直立不動にて頭を90度下げる【モーレツ:謝罪】という珍妙なモーションである(モーレツシリーズは他にも【モーレツ:土下座】【モーレツ:傘ゴルフ】【モーレツ:出社ダッシュ】【モーレツ:とりあえず生】などがある)。


*お帰りです


 あどけないスバルの挨拶は何とも可愛らしく感じられる。

 素直で礼節も知る、品行方正のおぼっちゃまといったところか。他人への態度も基本的には温厚で不快感を与えるような人間ではない。親の躾が良い証拠だろう。なぜMMOをやっているのか不思議なくらいである。


*それで、何だ。誰に恋したんだ。クラスの女子か? 6年生にもなると、みんな大人びてくるからな。そういう感情を抱くのは無理もない


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくに上から目線でタイプをするが勇者の顔面は蒼白。不健康な色白がより病的になっていた。恋の話などまったくの門外漢。できることなら有耶無耶にしてしまいたいが、そういうわけにもいかない。


*いえ。実は、このゲームの中で知り合った人です


「やめとけ!」


 自室にて絶叫! 勇者の良識が火を噴いた!


*誰? いや、聞くまい。しかし、やめておいた方がいいぞ。ネット上では得られる相手の情報が限られている。どれだけ魅力的(←みりょくてき ね)に見えても、だいたいロクでもない奴ばかりだ。しかもオンゲなら尚更(←なおさら)。お前はまだ若いんだから、リアルでいい相手を見つけた方がいい。もう少しで中学生になるし、きっといい相手見つかるから。だから冷静になれ。悪い事はいわないから。お父さんやお母さんが心配するぞ。ゲーム内に好きな人がいるなんていったら卒倒してしまいかねない。


 セコム発動。怒涛のタイプ。勇者は、女と信じてエンジュと会った事を棚に上げ、マジのガチでスバルを止めに入った。いや、むしろそんな経験があるからこそ、後陣に同じ轍を踏ませぬよう必死になっているのかも知れない。


 MMOをやっている女なんて駄目だ駄目だ駄目だ! だいたいかショタコンかメンタル拗らせた奴に決まっている! そんな輩にスバルを任せるわけにはいかん! スバルはこれからのゲーム業界を背負って立つ存在となるのだから!


 偏見と差別に彩られた勇者の思考は暴走。他を否定し、果ては過剰な期待をいきなりスバルに押し付けた。一種のパラノイアに陥り偏執的な庇護欲に支配されているのだ。危険な兆候である。


*大丈夫です。お母さんに話したら、その人なら大丈夫だろうって、言ってくれました


 親ぁ! 馬鹿かぁ! MMOやってる奴なんてのは人間のクズばかりだぞぉ! ネットの深淵を浅く見過ぎだぁ!


 自己否定とも取れる意見であるがそれが返って説得力を増している。しかし、先にスバルはゲーム業界を背負って立つ存在となる。と、豪語していた癖に、ゲームプレイヤーを否定するとは支離滅裂ではないか。


*一回冷静になれ、上手くいかないって。会った事もないんだろう?


*よく考えた結果なんです。それに、駄目なら駄目で、それまでじゃないですか


 スバルは聞く耳を持たない。恋の悩みというのは当人の中で答えは決まっている。浮き足立って、誰かに話したくてしょうがないだけなのだが、童貞の勇者はそれを知らない。不純交際はいかんと断じ、何とかしてスバルの気を、名も知らぬ人間から引き剥がそうと必死なのである。


 しかしだn


 反論をタイプしようとする勇者の目に、マップに映るもう一つの紫色のアイコンが見え、キーボードの上にある手が止まった。そのアイコンは猛然とこちらに向かって進んできている。明らかに速い。いや速すぎる。チートでも使っているかのようなその速度はFF3の飛空挺のようだ。


「この動き……やつか!?」


 これだけの動きができる人間を勇者は一人しか知らない。高火力と高機動に加え、剣系統の武器全てを同時に装備でき、その分の攻撃と付与効果が上乗せされる近接系上位職。ソードマスター。そのソードマスターの反動動作デメリットが発生するスキルを利用した変態機動を使いこなす人物。それは……


*ロト! お待たせ!


 そう! エンジュである!


*食事は終わったのか?


*うん。でもちょっと飲み過ぎちゃった


 ビールサーバの樽を軽く空けるエンジュが「飲み過ぎた」と言う量がどれほどのものか想像もできぬが、確かにほろ酔い気分なのは明らかのようで、無駄にモーションを繰り返したり不気味な挙動をしていた。まったく青少年の教育上よろしくない醜態である。


*スバルはまだ小学生だっけ。あなたといいロトといい、揃いも揃って、お酒が飲めないなんて不幸よね。二十歳になったら交わしなさいよ。私との盃。


*考えておきます


*駄目よ。約束。絶対だからね


*できかねます


*まぁ! 酷い!


 エンジュはクルクルと回りながらスバルにチャットを送り続け、死の舞踏のようなおどろおどろしい光景をゲーム内で繰り広げるのだった。


「うざいなぁ……」


 酔った勢いで絡み出すエンジュは最悪の一言に尽きる。いや。これがゲームのキャラと性別が合致していたならば、性的な邪心が興奮を促し楽しく時を過ごす事もできるだろう。しかし勇者にしてみれば、オネエ言葉の巨漢が酒に酔って未成年に管を巻いている図として映るわけである。サマンオサ王に化けていたボストロールよりもおぞましい存在に対し、勇者が非難の言葉を呟いてしまうのは無理からぬ事であろう。


 止めよう。スバルの教育に悪い。


 父親然とした思考であったがこの場においては勇者が正しいように思える。酔っ払って頭が軽くなっている大人など害悪以外の何者でもないのだ。子供にみせていいものではない。


*エンジュ


 取り敢えず一旦呼びかける勇者。続けるタイプは*今日は寝ろ。である。だが、キーボードを打つ前に、スバルのチャットが打たれ、ログが流れた。


*やめてくださいエンジュさん


 顔も見えず声も聞こえないのだが、スバルの言葉が真剣であると勇者は察した。長くMMOを続けている勇者が、チャット越しに相手の真意や機微を汲む能力を会得していないはずがなかった。ゲームを通して観る世界に触発された人間は、比較的容易にそのニュータイプ的な能力を身に付ける事ができる。経験にもよるが、年がら年中ログインしている人間の大半はこの能力を持っていると言っても過言ではない。


*ごめんなさい。羽目を外し過ぎちゃった


 したがって当然エンジュもその心得はある。彼女(?)の場合、平素の自分を隠しているから余計に過敏に相手の心理に反応してしまうだろう。言い訳もせず即謝罪に移るのはその証拠である。


*女の人がそんな風にしちゃ駄目ですよ


 ……


*気をつけます


 エンジュめ。今一瞬喜んだな。


 一間の呼吸で勇者は察した。これもまた、ニュータイプ能力による感応である。


*スバルはしっかりしてるね。いいお婿さんになれるよ


*そんな事ないです!


 エンジュの揶揄からかいに即答するスバル。一見何気無いやり取りであるが、この時、勇者の胸には小さな棘が刺さった。


 妙だな。


 一抹の違和感。何やら様子が変だと訝しみ、二人のやり取りを静観する。


*エンジュさんは、少し乱暴な気がします


*そうかしら


*そうですよ! せっかく綺麗なのに、もったいないです


*あらありがとう。でも、性格ばっかりはねぇ


*大丈夫ですよ! エンジュさんならなれます! 熟女に!?


*淑女(しゅくじょ)の間違いかしら


*あ! そうですすみません!


「……」


 ……


 直感! 勇者の脳裏に走る予感! それは最低最悪のシナリオ! 仕組まれた悪魔の台本!


 スバル……貴様!


 勇者が描いた無慈悲なる予想図! それは!


「相手はエンジュかぁ! スバルぅ!」



 怒気に満ち満ちた勇者の咆哮が響いた。

 近隣住民からの苦情は避けられないだろうか、それでも勇者は叫ばざるを得なかった。


 スバルを悪魔の贄にするわけにはいかない。


 勇者の決意がこだまする集合団地の一区画。独断のお邪魔虫に誘われるスバルの恋路は、果たして何処へ向かうのか!?

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