第9話
日曜。13時。駅。
緊張した面持ちの
だがそれでも勇者は会わねばなるまい。虎穴に入らずんば虎子を得ず。エンジュという化物を自ら退治はできないが、御すことのできる人物に希望を託す事は可能かもしれないのだ。で、あれば勇者の願う所は一つ。親の力でサヨナラバイバイ。さらばエンジュよ永遠に。である。話が分かる相手ならばよし。さもなくば、全力で逃走し後日謝罪の言葉をエンジュに伝えてもらおうという魂胆であった。
しかしそのエンジュが音信不通となっている点は不気味。不穏。あの異常者が、ジャイアントロボの屈強さとレクター博士の異常さとペニーワイズの執念深さを足して割ったようなあのエンジュが、実の父親とはいえ他人に好き勝手を許し手をこまねいているとは考え難い。となると、推測されるのは手が出せぬよう束縛されている状況だが、これもまた想像できない。いったいなにがどうなっているのか皆目見当が付かぬ勇者であったが、ともあれ自称父親と会えば分かるだろうと開き直り、往来の中案山子のように待ち続けた。約定の時は刻一刻と迫る。胸の鼓動は加速し、身体は
なんだ?
勇者。異変に気付く。周りの人間が、こぞって自分から離れていく異常事態に。
途端に鳴り響くドラクエ5のボス戦BGM(着信音)。周囲が気になりつつも受信。相手は勿論エンジュのパッパである(連絡先は既にツイッターを介し交換していた)。
「もしもし」
「おぉ。やはり君がロト君か。中々いい立ち姿をしている」
勇者に聞こえた声は二方。スマートフォンの送話口と背面。そして気がつく。自身の影が、何か別の巨大な物体によって塗りつぶされているのを。何が起こっているのかはもはや理解しないわけにはいかなかった。そして同時に受け入れなければならなかった。自身が待ち合わせている人間が、エンジュと同様に化物であるという事を……っ!
恐る恐る振り返る。明らかになっていく全貌。アナコンダのような椀部。丸太のような脚部。城壁の様な胸部。そして……
「はじめまして! 悪いねぇ! わざわざ!」
戸愚呂弟を彷彿させる角刈りとサングラスに張り付いた百点満点の全力スマイル。全長2m以上はあろうかという異常丈。脂肪が入り込む余地のない
「エ、エンジュさんのお父様で……」
恐る恐る。おっかなびっくり。エイリアンと指を合わせるエリオットのように慎重に、勇者は震えながら目の前に佇む人間だかデイダラボッチだか分からぬ確認済未確認生命体に声をかけた。
「そうとも! 私は! エンジュこと
圧倒的大声量! 元気があって大変よろしい!
などと戯れている場合ではない。上々一郎の第一声は駅の隅々まで響き渡り、行き交う人々や工事作業中の業者が一斉に身を竦ませたのであった。災害となりかねない逸脱行為。人間をやめているとはいっても公序良俗に反するはマナー違反。下手をすれば犯罪者となりかねない。目の前に立つ勇者はもはやこの人物のお知り合い。他人でないならば過ぎた覇気を諌める責務がある。良き隣人として、これは一言申さねばなるまい。震える勇者は、この迷惑千万なゴリアテ相手にどのような石を投げるのか。
「す、凄まじい声量ですね……」
日和った! 勇者は圧と恥に屈し締めるべきところを緩やかなるままとした! これは情けない! 男児失格の
「おっと失礼。なに分人里へ降りるのは久方ぶりでね。人間相手の挨拶の仕方を失念していたよ。許してくれるね?」
「は、はい……」
人間以外に挨拶をする相手がいるのかという疑問はさておき、勇者のチキンアクションは上々一郎の謝意により帳消しとなった。どうやらこの上々一郎。エンジュよりは話が通じそうである。
「それで、ご用件というのは……」
そうと分かれば早速本題と勇者は焦った。会話ができるとはいえ相手は熊のようなものである。油断はできない。
「ふむ。実は色々と込み入った話し故、腰を掛けて話したいのだが、君、どこかいい店を知らないだろうか」
込み入らなくていいよ……
勇者は口には出せぬ愚痴を呑み込み、努めて明るく「分かりました」と言って喫茶ムーンライトパワーへと上々一郎を案内した。
勇者がなぜ、エンジュと同じように彼女(?)の父をムーンライトパワーへと案内したかといえば他に案を絞るのが面倒だったという理由以外にないのだが、店の主である
「これは趣のある店。さすがロト君。通だねぇ」
一面桃色の店内にて意気を興す上々一郎。親子揃ってどうにかしている感性である。体躯が常軌を逸していると、美的感覚にまで異常をきたすのだろうか。
「なに飲むの?」
水もおしぼりも出さず満月は形式上の接客を行う。カウンター越しでなければ口も聞きたくないといった様子だ。満月のこの態度は些か度が過ぎていたが、勇者も上々一郎も、こんなものだろう。と気にする素振りも見せず、コーヒーとムーンコズミックパワーデラックスパフェを頼んだ。
「いやしかし。よくよくいい男だな君は。身体は細いが、意志の強さを感じる。数多の修羅場を潜り抜けてきた、男の面構えをしている」
「はぁ……」
当たってはいる。ゲームを始めて幾星霜。勇者が救った世界は数知れず。時にはセーブ禁止。死亡キャラ使用禁止。回復アイテム使用禁止。48時間以内にクリアしなければソフト破壊という極限縛りの中見事ゾーマを打ち倒すという偉業を成し遂げた事もあった。実にならぬ経験ではあるが、鬼気迫るプレイングは修羅を彷彿とさせる迫力を見せていた。この時ばかりはさしもの勇者もしばらくゲームから離れたくらいである。
「いやいやまったく。本当にいい男だ。男というのは身体ではない。
分かるようでまるで分からない理念に唖然呆然である。勇者は運ばれてきた不自然に苦いコーヒーに眉を
「で。お話というのは」
馬鹿笑いを続ける上々一郎を遮るように勇者は問うた。この時点で既に勇者は
「おうそうだ。大事な話だ。ロト君。心して聞いてくれ」
「はぁ……何でしょうか」
「玄一郎との婚約。早々に決めてくれぬか」
「……は?」
「婚約だよ。婚約。君、あれと付き合っとるんだろう? 聞くところによるとまだ学生だってね。だから籍も式もまだいい。ただ、あんな奴故な。歳も38だし、もう先がない。どうか、この老いぼれを安心させると思って、婚約だけはしていただきたい」
深々と頭を下げる上々一郎と、ムーンコズミックパワーデラックスパフェを持って固まる満月。時は止まり、一画の静寂がセピア色の写真を思わせる構図となった。
一方勇者は白銀の世界に踏み込んだ雌鹿のような気分となった。さながらロンダルキアの洞窟を抜けた後にブリザードと出会ったローレシア様御一行のような面持ちである。
「頼む! 後生だロト君!」
大巨漢と特大パフェ! そしてババァ! 勇者を取り巻く地獄の
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