第5話

 羽交い締めにされた勇者ロトはアイコンタクトを敢行! 届け想い邪鬼ジャッキーへ! 覚醒せよ! 友情の脳波通信テレパスよ!


(おい。警察を呼べ。それまでは、俺が何とか食い止める!)


(なに!? 俺が囮になるからお前は逃げろ! だって!? こいつ……なんたる男気!?)


(ファイナルファイトよろしく協力プレーだと? 馬鹿を言うな!見ての通りこいつは化物……二人掛かりであっても勝てる保証はないんだぞ!? 早く行け! そして呼べ! 公僕を!)


(友を思う気持ちがあればこそ……か……なるほど……分かった! お前の想いとセガ魂! しかと胸に響いたぜ!)


 伝わらぬ想い! 歪な以心伝心! 滑稽な程噛み合わぬ互いの気持ち! コミュニケーションブレイクダウン! 


(頼むぞ! 邪鬼!)


(了解だ! 勇者!)



 邪鬼! 逃走! 扉へ向かってエスケープ! 勇者は心中でガッツポーズ! 気持ち交わらざるとも知らず両者はやり遂げた表情を浮かべる!


「あら、あの子、何処かへ行っちゃったわね……寂しいわぁ……せっかく仲良できると思ったのに……」


 言葉とは裏腹にエンジュの頰は緩んでいた。「邪魔者がいなくなった」と言わんばかりの満開の笑顔である。


「でも、これで2人っきりね……」


 感情の高まりがオーラとして具現化し、身体中を纏っているように思えた。愛という名のフォースが、彼女(?)の様相を変化せしめた。それはかの巨匠。オスカー・ココシュカが書き上げたポスターのような、人ならざる魔力を発していた!


「か、帰る!」


 勇者! 恐れおののき無駄な足掻きを始める! 堅強なるカテナチオが如きエンジュの捕縛が解けぬと知りながらももがくのは、腰に当たる鋼が如き逸物が当たっていたのだから!


「嫌! おいてかないで!」


 

 ギチと肉がしなり食い込む音が聞こえる。脱出不可能なるサブミッションはパロスペシャルへと移行。高まるエンジュのマッスルパワー! 組まれたカードがキン肉マンとウォーズマンであるならまだ試合となるだろうが、エンジュと勇者はさしずめ悪魔将軍とブロッケンJr.。噛ませ犬は地獄の断頭台で超人墓場へ一直線である。


「し、死ぬ……」


 両腕が捥がれるような痛みに耐え続ける勇者! いや、というより、耐え続ける他道はないのである。圧倒的な筋圧と冴え渡る技術に加え、恋する乙女の超絶パワーを発揮し無敵となったエンジュのパロスペシャルは全盛期のジャンボ鶴田でさえ解除不能であろう。


「ねぇお願い。側にいて……私、引っ越してきたばかりで不安なの……周りに知る人もいない。行きつけのカッフェもバーも居酒屋もない……やることといえば、場末のゲームセンターでソニックブラストマンの筐体を殴り続ける事だけ……ハイスコアを叩き出し、ランキングを更新し続けても得られるものは虚無感だけ……だってそうでしょう? ソニックブラストマンは殴られるだけで私に愛を囁いてはくれないの……一方的な暴力は自慰行為となんら変わらない虚しい一人遊び……幽遊白書で仙水が言っていた台詞を実感するわぁ……だからロト! 私を置いていかないで! 夜までの間、私の側にいて! そして春に吹くそよ風のような甘い言葉で、私の心に夏の嵐を届けて頂戴! そう! あの夜のように!」



 エンジュのヒートゲージはもうMAX! ある事ない事ほざく毎にテンションが張り続ける! このままではヒートアクションが作動し勇者の腕が手羽先になってしまう! 


「あの。お客様。他の方のご迷惑となりますので、そうした性的倒錯行為プレイはちょっと……」


 救世主到来! 細腕はすんでのところで解放された勇者は、息を切らせ、脱力しながら心の中でこう叫んだ!


ありがとう! お店の人! でももうちょっと早くに来てくれ!


と。



「あら。ごめんなさい。ちょっと、羽目を外し過ぎちゃったみたい。分かったわ。気をつけます」


 その言葉に苦笑いを返す店員と、危うく関節を外されかけた手前ちっとも笑えぬ勇者であった。

 思うところは一つであり、また、抱く感情も同じであったのだが、それをエンジュの前で口に出してしまえば待っているのは死か、あるいは死よりも恐ろしい何かであり、で、あるならば沈黙こそが正解と一様に口を噤んだのであった。命の保持を第一に考るのは生物の性。藪をつついてモンゴリアンデスワームを出すのは愚行。二人は心を重ねながらそれを確かめ合うことはなかったのは、極めて真っ当かつ賢明な判断だった。


「では、どうぞお静かに。あまりに酷いようなら出禁も……」


「分かった。と、言ったはずよね?」



 刹那。冷気が流れる。


 迂闊な店員は、下手に出たエンジュに口を滑らせた。


「ぅうっ!?」


 エンジュの空裂眼刺驚スペースリパースティンギーアイズが店員を襲う! 何たる眼光! 何たるドスの効いた声! 時が止まるような感覚が勇者にも波及した! この場はまさに、エンジュの世界となった!


「二度、同じ事を言わせないで。同じ事を言わなくっちゃいけないのは、とっても無駄な事なの。貴方、それが分かる?」


「……っ!」


 身長195cm。体重82kgのエンジュに凄まれた人間がまともでいられるはずがなかった。店員は口を開け、涎を垂らし、あわや失禁までしそうな程にエンジュを恐れている! これはトラウマ確定! 彼の人生において、一生消えない傷跡が残ってしまった! 


「黙ってちゃ分かんないじゃない! どうなの!? 無駄だって分かったの!? 分からなかったの!! ドゥーユーアンダスタンンンンドゥ!?」


「い、イエスイエス! イエスアンダースタンド! イッツオールオッケー!」


「便所の周りに集るハエみたいな声でふざけた事言ってんじゃない! ちっともオッケーじゃないでしょ! あんたそれでもタマついてんの!? まずは起立! そしてお辞儀と謝罪を元気よく! さぁやりなさい! 今すぐやりなさい! しみったれた顔してないで申し訳ありませんって態度で正しいお詫びをしてみなさいよ! このスカタン!」


 もはや滅茶苦茶である。斯様な些細な事でぶちギレ金剛かませるエンジュに勇者はドン引き。湧き上がる忌避の念は眠気を引き起こす程の心的ストレスとなって現れた。これはまずい。帰宅せねば突然永眠ご愁傷となりかねん。幸いにして今、エンジュのターゲットは自分から外れている。入り口までの距離は約10m。全力疾走ならば2秒で到達できる距離。つまりは、千載一遇の好機! 


 限界突破リミッターオフ……必殺竜鳥飛び!


 勇者、心中で叫び再び逃走を図る! その姿はまるでミサイルを避け飛翔する戦闘機ファイターのように素早く軽やかであった! 普段鍛錬していない人間にあるまじき機動力である! 


「よし! 届く!」


 入り口まで残り数cm! 指先一つでさよなうなら! 大疾走から描いた線は、栄光への架け橋に……


「どこ行く気?」


 ならず!


 先まで店員を恫喝していたエンジュは異変に気付き、神速の領域へと到り逃亡者を捕獲したのだった!


「に、が、さ、な、い……っ!」


「ひゃぁ!」


 無念! 勇者の挑戦はここで終わってしまった。 対価は絶望! 支払いは魂! 賭けの代償は安くはなかった!


「さぁ、お茶に行きましょう。オススメのカッフェへ招待してちょうだい。大丈夫。お金ならあるから」


 心配事はではなく菊の花であったが、担がれるようにして連行される勇者にはもはや、エンジュに人並みの倫理と道徳が備わっている事を願うしかなかった。そして、いつまで経っても警察が到着しなかった事から邪鬼の裏切りを悟り、この恨みはらさでおくべきかと、怒りと憎しみを逃走した友人に向けるのであった。

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