第4話

 3日ぶりの学校は勇者ロトにとって退屈極まりないものであった。

 欠伸をかみ殺す事数回。教員に「休んでいたくせに眠いのか」などと労りの欠片もない言葉をかけられ憤慨しながらも50分×5の授業を絶え、ようやく帰宅できるのであった。体調は良好。異常なし。目指すは自宅。いざホームである。ヨーソロー。

 だが、人生とは往々にして上手くいかぬもの。順風満帆な時こそ突如として時化がやってくるものなのだ。


「おぉーいサマル! チャロンやろうぜー!?」


 ほらきた早速障害だ。

 中島よろしく勇者の行く手を阻んだのは友人の瀬戸内 蛇鬼ジャッキーである。彼は勇者と同じくキラキラネームを持つ者同士意気投合。セガ狂いの父親に「子供産まれたら最初はジャッキー」と訳のわからぬ事を言われ反抗期を迎えた過去を持つ悲しき子である。そんな蛇鬼も今では立派なセガ信者。なぜなら彼もまた特別な存在だからです。

 邪鬼は日夜セガの古いアーケード筐体を稼働させている酔狂なゲーセンに足繁く通う狂人であった。それ故に彼は、ニ代目セガタ三四郎と嘲笑われていたのだが、勇者だけは彼を認め、セガの歴史を認めた。例えドリームキャストが転け、銀行から融資を受けられなかったとしても、「セガだから」で通じ合う仲となったのだった。


「人をできそこないみたいに言うな。だいたいいま何年だと思ってるんだ。バーチャロンのローポリじゃ熱くなれねーよ」


 だが、それと帰宅とは話が別。勇者はとにかく帰りたい。

 こうした薄情な態度にはわけがある。勇者の日常は、今やオンラインゲームを中心に回っているのだ。アクセス数が集中する深夜にピークを持っていくには、帰宅後早々に睡眠に入る必要がある。19時から23時までの4時間が勇者が理想とするベットタイム。そうして起床後即座にPCを立ち上げ、4時までゲームをプレイし3時間の仮眠を取るのが最もベストなライフサイクルなのだ。入眠までの猶予は夕食と入浴時間を差し引き約60分。遊んでいる暇など、あるわけがない。


「OK! let's begin」


 だが邪鬼。知った事ではないと退ける。なぜなら彼も譲れぬ信念セガをもっているのだから!


「話しを聞け!」


「いいじゃん! 行こうぜ! せっかくバイパーⅡの新しいムーヴを完成させたんだよ!? 他に友達いないんだよ! お前以外誰もがセガの良さを分かってくれないんだよ! あれか!? チンか!? 鴆すれば一緒に来てくれるのか!? よーし分かった! やるぞ! 鴆を! であれば貴様は、我が鴆をしかと見届けるがいい!」


 邪鬼はそう叫ぶとおもむろに服を脱ぎ始めた。学ラン。ボンタン。ワイシャツと、あれよあれよあられもない姿へとなっていき、遂には封印されし聖域にまで指を伸ばしたのであった。「まさかそこまではしないだろう」と静観を決め込んでいた勇者もさすがに焦り止めに入る。


「馬鹿! 脱ぐな!」


「誠意を〜! 誠意を示さねばならんだろう〜! であればありのままで〜! 産まれたままの姿でなければ〜!この想いは伝わらぬ〜!」


「停学をくらいたのか!」



 勇者が必死にストリップを阻止するには理由があった。


 いかなる理由においても校内で全裸となる事なかれ。違反した場合、一週間の停学。及び反省文の提出を課す。


 これは30年前、教師の横暴に腹を立てた校内学童組織『ちんの会』が、抗議の意を表す為、全裸にて授業を受けた事に端を発する。全裸となった学生は述べ150名。一クラスに10名は動くダビデ象として反抗の裸・カンパネラを響かせたのである。その効果はというと参加した生徒は全員停学処分となり頭を刈られ鴆の会は解散に追いやられた。つまるところ無駄骨。完全敗北。学校の中で君臨する教師という暴君に刈り取られてしまったのであった。しかし、その狂気に満ちた覚悟は生徒たちの胸に黄金の意思を宿した! 鴆の会会員が停学となった翌日の事。生徒全てが制服をパージし授業を敢行。これにはさすがに教員も折れ、学徒委員の設立を認可。これ以後、教師や保護者。果ては教育員会にまで意見する事が許されるようになる。

 この事件は後に鴆の一鳴事件として校史に残る事となったのだが、以来、校内において抗議や陳情する際は、己の覚悟を示す為に全裸にて行う奇習が受け継がれたのであった。人それを、鴆の羽ばたきと呼ぶ。




「お頼み申す〜! 何卒、何卒、それがしとチャロンを〜! かしこみ、かしこみ〜!」


「わ、わかった! かしこまった! だから指をその魔界村よろしくなトランクスから離せ!」


「本当かぁ〜! 本当に本当かぁ〜! 嘘はつかんだろうなぁ〜!」


「本当だから! だから服を着ろ! 鴆脱ぎ(鴆の羽ばたきの蔑称)などされたら、こちらも引くに引けん!」


「おぉ〜! ありがきかな〜! 友よ〜 よしなに〜! よしなに〜!」



 鴆の羽ばたきは不退転の決意が込められている。男であれば、それを無碍にはできない。結局、勇者は邪鬼の背水の熱意きょうはくに屈し寂れたゲーセンへとやってきたのであった。そこは未だにソニックのBGMが流れるクレーンゲームや子育てクイズマイエンジェルが稼働する穴場で、この辺りのゲーマーはだいたい利用しているメッカである。




「どれ。チャロンがやりたいんだったな。お前が紙飛行機バイパーⅡなら、俺はトンファーを使わせてもらおう」


 来たからには全力が勇者の流儀。気分はすっかりバーチャロンである。



「鬼畜か」


「天敵相手に勝ってこそだろう。嫌ならやめても……と、なんだ?」


 勇者は異様なものを見た。いつもなら「たすけて〜」とデモプレイの音が流れるだけのソニックブラストマンに黒山の人だかりができているのだ。これはおかしい。不自然。通常、ソニックブラストマンでギャラリーが付くことなどあり得ない。平素とは違う異常事態にメイウェザーでも来ているのかとその渦中を見た勇者。そこには……





「滅殺!」



 機械の警告音の後に響く打音と歓声。やや色が抜けたモニターに映される960tの文字。これは全てのステージを一撃必殺できる驚異的な数値である。握力×体重×スピード=破壊力なフォームで放たれた拳は巨大な弾丸であった。


「おい……なんかウイグル獄長みたいな奴がいるぞ!」


 異変に気付き視線を移した邪鬼は花山薫のような右ストレートを打つ怪物をそう例えた。それは冗談半分であったが、勇者は本気で身体を震わせ、恐怖した。


「奴だ……奴が来たんだ!」


 ソニックブラストマンを破壊せん勢いで殴りつける哀・戦士が如き巨人……その世紀末めいたジャケットを纏い雄叫びを上げる者を勇者は知っていた。その鋼のような厚く熱い筋肉を持つ人間を知っていた! そう! 彼女(?)こそは! 勇者の精神へダイレクトアタックしマインドクラッシュ寸前まで追いやったあの恐ろしき幻想女体ネカマ! エンジュであった!


「か、帰るぞ!」


 コマンド にげる! 打つは逃げの一手! 勇者! 見つかる前にトンズラ決め込む腹づもりである! 


「ちょ、チャロンは!? やらないの!? なら鴆は!? 俺の鴆は!? チンは出し損!?」


 しかし(味方に)まわりこまれてしまった!


 バーチャロン欠乏症となった邪鬼が虚ろな目をして勇者の行く手を遮る!


「チンチンチンチンうるさいな! いいから! 早くしないと奴が……」


「あらロト。奇遇じゃない」


 哀れ! 勇者は容易にロックオン! 敵機! 背後より接近! 激しいアラート! 鳴り響く脳内緊急警報! 背後を取られるのは色々な意味でまずい! 


「……さらばだ!」


 強引に遁走を仕掛ける勇者! だが!


「まぁ待ちなさいよ。せっかく会えたんですもの。お茶でも飲みながらお話ししまょうそうしましょう!」


 丸太のような四肢により勇者捕縛!

 知っていた! 魔王からは逃げられない! 




 場末のゲーセンにて再開してしまった2人。勇者は「やはり帰ればよかった」と無意味なたらればを呟き涙を流した。それを見る邪鬼は完全に蚊帳の外であったが、その硬直した頰から、「標的が自分ではなくてよかった」と、安堵しているのが読み取れた。

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