第6話 フラグ回収?
「かなり深くまで来ましたね…………」
第十迷宮区の門の前にして、俺は正直もう精神的に疲れまくっていた。
第五迷宮区までは、運良く魔物と出くわさずにこれたのだが、第六迷宮区からはそうはいかない。
どうやら五区ごとに難易度と出現する魔物が切り替わっているらしい。
それで、初の魔物との対峙がグレーターベアだ。
魔物への耐性がついていないのに、いきなりハードルが高すぎた。
まあロニゼフさんたちが難なく倒しちゃったけれども。
それでも、緊張で胃がキリキリと痛む。
「まあもう潜ってから五時間は経っているしな」
「えっ?そんなに経ってたんですか?」
せいぜい一時間ちょっとだと思っていた。
「ああ。迷宮層では時間感覚が鈍るから、わからないのも無理はないが」
そういうものなのか。
ちなみにこの世界にも一応時計はあり、商人ギルドの宿舎にも備え付けのものがあった。
しかし買うとなるとそれなりに値が張るため、俺は時計はまだ持っていない。
「じゃあ、行くぞ」
ロニゼフさんが第十迷宮区に続く門を開ける。
第十迷宮区の中に足を踏み入れると、なんだか少しひんやりした。
一応最前線の区だ。身を引き締めて歩き出す。
「うわぁ…………」
目に映ったその光景に、思わず感嘆の声を漏らす。
第十迷宮区はあまり暗くなかった。その理由の一つとして、壁に無数に埋まる結晶が輝いているからだ。
結晶はダイヤモンドのように輝き、神秘的な空間を作り出していた。
「第十迷宮区は、この前の攻略で基本的に魔獣は借り尽くされているため、そう危険はない。一応辺りは警戒しておくから、早速鉱物調査を始めてくれ」
「は、はい」
俺はランプを置き、魔法鞄から紙とペンを取り出した。
そして近くにあった結晶に触れ、『鑑定』を発動させる。
『光の魔石Lv:2
光属性を持つ魔石。浄化ポーションの原料になる』
表示された説明を素早く紙に書き写す。
なるほど、この通路にある結晶はすべて光の魔石のようだ。
確か昨日の買い取りにも、わずかだが持ち込まれていた。
光を生み出す、灯りのようなマジックアイテムを作ることができるのだと、商人ギルドの人に教えてもらった。
「この通路はもう光の魔石だけなので、次に行きましょうか」
門から直線の通路を右に曲がると、今度は黄緑色の結晶がゴツゴツと埋まっていた。
もしや風の魔石?と思うが、少し色が違う。
「これは、我々でも初めて見る魔石だな………」
ロニゼフさんが結晶に触れて呟く。
「じゃあ第十迷宮区の新しい魔石ってことですか?」
「かもしれないな」
おお、未発見の魔石か。ちょっとした冒険心が疼く。
俺は黄緑色の結晶に触れて『鑑定』を発動した。
『麻痺の魔石
衝撃を与えると麻痺毒を生み出す魔石。麻痺トラップの原料になる』
俺は説明を書き写しながら、麻痺の魔石について考える。
魔獣を麻痺させる、つまり動きを鈍くさせる。
じゃあその間に逃げることができる!
どうにかして加工できないだろうか?
「麻痺の魔石か……………これを使えば魔獣への攻撃がしやすくなるな」
ロニゼフさんが俺の紙をのぞき込む。
戦う前提なことに、俺は軽く尊敬の念を抱いた。
「あのロニゼフさん、これいくつか持って帰ってもいいですか?」
「大丈夫だ。元より鉱物調査に行く報酬の一つに、迷宮層の魔石を自由に持って帰ってもいいというのがあるからな。まあ売買は商人ギルドにしかできないが」
あの魔術師ギルドの職員、そんなこと一言も言ってなかったぞ。
………………やっぱり蹴ってから落とし穴に落とそう。
俺は慎重に魔石を取り出し、どんどん魔法鞄に入れていく。まあ他にも魔石はあるだろうし、とりあえず五キロだけにしておく。
魔法鞄の上限は二十キロだしな。
それから新しい魔石がたくさん発見された。
『睡魔の魔石
衝撃を与えると睡魔毒の煙を生み出す魔石。睡魔トラップの原料となる』
『異臭の魔石
衝撃を与えると異臭を生み出す魔石。魔獣に特に有効』
睡魔の魔石は良さそうだけど、異臭の魔石とか、自分の体に臭いが付きそうだな。
俺は睡魔の魔石を五キロだけ取って、異臭の魔石は放置した。
次の通路に入ると、なんと三つに道が分かれていた。
「第十迷宮区って、なんか迷路みたいですね……」
ロニゼフさんも苦い顔で頷く。
「ああ。攻略組は、これに相当苦労させられたようだ。真ん中と左端の先にはトラップがあったらしいから、こちらに行こう」
という事で、俺たちは右端の道を進む。
そこからは一転して、魔石がほとんど無くなった。
さっきまでの道は魔石で光っていたはずだが、少し異様だ。
「おかしいな…………この道で合ってるはずなんだが…………」
ロニゼフさんが、さらに不安させるようなことを言う。
ちょっそれ、最大のフラグ………!
しかしその不安が的中したようで、第十一迷宮区に続く門に出るはずが、いきなり開けた場所に出てしまった。
「なっ………こんなところこの前の攻略ではなかったぞ!」
騎士団の人も慌てて辺りを警戒する。
さすがの俺もやばいと思った矢先、地震が発生した。
「うおっ!?」
「うわっ!」
全員がよろめく中、日本人ということで辛うじて地震に慣れていた俺は、地震の原因をいち早く目撃する。
ああ………やっぱりこれはフラグ回収ルートというやつか…………。
「キシャアァァァ!」
明らかに大きすぎるサーペントを目の前にし、俺はそんなことを思った。
同時刻、ベルネア公国の王城にて。
ベルネア大公は、ヴィランツ王国の書状に目を通し、苦い表情で顔を上げた。
「…………なるほどな。ヴィランツ王国は何としてでも、防衛都市国家同盟の主導権を握りたいようだ」
「しかし、実際の行動に移す能力はないかと放置しておりましたが…………まさか『あれ』の存在を気取られるとは………」
宰相が深刻そうに俯く。
『あれ』はベルネア公国の切り札であり、火薬庫でもある。
『あれ』がいるだけで、戦力差を覆すことだって可能であり、事実上同程度の国力となっている防衛都市国家同盟を突出してしまう。
他国にその存在が知られることは、あってはならないのだ。
「…………百年前からの行方不明だ。疑われるのも無理はないだろう」
「しかし………」
「まて、お前の言いたいことはわかる。だがもし決定的な証拠を見られてしまえば、ヴィランツ王国どころかオルニエ王国も敵に回してしまう。防衛都市国家同盟が崩壊したとなれば、帝国のいい的になるだけだ」
大公とてそれは本望ではない。防衛都市国家同盟は、互いを信頼し協力し合うことで大国へ対抗してきた。
それを潰して元の小国に戻れば、帝国はしめたとばかりに連合国からこちらに標的を移すだろう。
単独の国で帝国に対抗することは自殺行為に等しい。
しかし帝国に屈服すれば、もう連合国との貿易は不可能。
ヴィランツ王国もベルネア公国も、どちらの道を選んだとしても大打撃を受けて共倒れになりかねない。
「ヴィランツ王国の貴族共め…………目先の利益に食いつく無能が」
宰相が忌々しげに呻く。
大国であるアヴェニール王国と太いパイプを持つベルネア公国が防衛都市国家同盟の主導をしているからこそ、今の均衡を作り出しているというのに。
ヴィランツ王国は何もわかっていないのだ。宰相には、憎しみにも似た感情が込み上げてきた。
それを静止したのは大公だった。
「やめろ。無能は無能で、存在しているだけの価値はあるのだ」
ヴィランツ王国という国が存在しているから防衛都市国家同盟は意味を成す。ただの数合わせに過ぎないかもしれないが…………。
たかが数合わせ、されど数合わせだ。
「…………申し訳ございません」
大公に諭され、宰相の怒りはたちまち鎮火していった。
「構わないさ。それだけお前が平和を望んでいるという証だしな。さて………」
大公はデスクから立ち上がり、窓の前に立つ。
眼下に広がるのは、彼が愛する国の首都ベルベット。
この国と国民を守ることが大公の務めだ。
「『白銀の魔女』か…………」
長年の遺恨に終止符を打とう。
大公はそう決意した。
「はぁぁぁっ!」
ロニゼフさんが剣でサーペントの尾を受け止める。
サーペントとは、いってみれば巨大なヘビだ。
しかしその鱗は、鉄のように硬い。
グレーターベアを軽々と切っていた剣でも、サーペントの鱗には全く効いていない。
「くそっ、前衛だけではどうにもならん!」
後ろの方で縮こまっている俺の前まで下がると、ロニゼフさんはマジックアイテムの粉を剣にふりかけた。
「あの、これは?」
「これを付けた剣で切ると、魔法攻撃のダメージとして与えられるんだ」
そう言ってまたロニゼフさんはサーペントに斬り掛かる。
俺にできることはないので邪魔にならないようにしているのだが、それが少し申し訳ない。
どうやら魔石を飲み込んだ特殊な固体のようで、騎士団でも難しい相手なようだ。
何かできることがあればいいんだが…………。
人目があるところでは俺の『潜伏』は発動できない。
それが『潜伏』唯一の制約だ。
隠れるところが一つでもあれば発動できなくはないが、いきなり消えたら不自然だし…………。
そんなことを悶々と考えていると、サーペントが突然動きを止めた。
「!?」
警戒半分安堵半分で、ロニゼフさんは立ち止まる。
するとサーペントが、いきなりものすごい勢いで緑色の息を吐き出した。
それはさながら煙のようだった。
「うわ!」「なんだこれ!」
偶然サーペントの近くにいた騎士団の二人が巻き込まれ、悲鳴を上げる。
「ガジス!レネゲット!」
ロニゼフさんが緑色の煙に突進しそうになり、俺はぎりぎりで腕を掴む。
「そっちに行っちゃダメですって!」
「だが二人が!」
ロニゼフさんは仲間が危ないという直情のまま動こうとしているが、冷静に考えなくともあの煙は危ない。
ロニゼフさんもそれはよくわかっているようで、俺の静止を受け入れて止まった。
そうこうしているうちに煙が止む。
煙から現れた二人の無事に安堵するも…………そこで俺は少し目を見張る。
なんだか二人の様子がおかしい。
ふらふらしているし、目が血走っている。
ロニゼフさんもそう思ったのか、駆け寄らずに様子を見ていた。
「まさか…………状態異常『混乱』か!?」
巻き込まれなかったもう一人が、二人を見て叫ぶ。
確か『混乱』って、ゲーム知識が正しければ敵味方構わずに攻撃してくるっていう状態異常じゃ…………。
俺の嫌な予感が的中したのか、二人がこちらに突進してくる。
「くっ…………!」
ロニゼフさんともう一人がそれぞれの剣を受け止めるも、ロニゼフさんの力には迷いがある。
当然だ。彼らは元々仲間。
それが戦いへの戸惑いを生んでしまっている。
しかしだからといって、たとえ『混乱』状態になっていたとしても斬っていいわけではない。
幸いサーペントは、この技の代償なのか硬直したままだ。
俺は覚悟を決めて、魔法鞄から『睡魔の魔石』を取り出した。
「ロニゼフさん、クライオさん!こっちに下がってください」
「なに!?」
「いいから!お願いします!」
二人はまだ納得いっていないようだったが、渋々剣を弾いてその隙に俺の元に走り戻った。
俺はそれと入れ替わるように走り出す。
一応『睡魔耐性』を発動して、ふらふらしながら走る二人の間に『睡魔の魔石』を投げ込んだ。
高校時代はこれでも野球部だ。
魔石は綺麗な放物線を描いて、ちょうど狙ったところに落ちる。すると。
シュウァァァァッ
「うわっ!」
魔石から薄紫色の煙が吹き出し、二人とついでに俺も飲み込む。
「レオ!?」
驚いたロニゼフさんの声が遠くに聞こえる。
しかしさすがは『睡魔耐性』。睡魔毒の煙の中でも眠くならない。
しばらくして煙が止んで見てみると、二人は気絶していた。
「レオ、大丈夫か!?」
ロニゼフさんが慌てて駆け寄る。
「はい、一応。あ、この二人は『睡魔の魔石』で寝ているだけですよ」
「しかし君は、睡魔毒の煙を浴びてなんともないのか?」
「『睡魔耐性』のスキルをたまたま持っていたので」
二人は驚いたように目を丸くする。
も、もしかしてまたレアなスキルとかなんとかって…………いやいや、これはチートじゃなくて商人ギルドの激務で勝手に身につけたスキルだ。絶対に違うはず。
「『睡魔耐性』は、確か地獄のような修行を耐えねば手に入らないスキル…………レオのように若い者が手に入れているとは、素直にすごいな」
「えっ?」
地獄のような修行?
いやまあ商人ギルドの激務は確かに地獄みたいだったけど、社畜と謳われる日本人としては割と許容範囲だ。
でもこの世界基準だと、地獄のような修行に入ってたのか……………。
認識の違いに少しショックを受けていると、クライオさんが思い出したかのように叫んだ。
「それよりサーペントだ!どうする?」
ロニゼフさんは気絶している二人を一瞥すると、そちらに歩み寄り、ガジスさんを背負った。
「撤退しよう。サーペントが硬直しているうちに」
俺とクライオさんは賛同するように、大きく頷いた。
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