第5話 鉱物調査
結局あのまま街中を引きずり回され、連れてこられたのは迷宮層の入口だった。
重々しい門の前にいたのは、硬そうな鎧を身に付けた男が四人。
では私はこれで、とそそくさと走り去る魔術師ギルドの職員を見て呆気に取られていると、一番強そうな男がこちらに歩み寄った。
「俺はベルネア公国騎士団長のロニゼフだ。今日一日、君の護衛を勤めさせていただく。よろしくな」
「よろしくお願いします。あ、俺はレオといいまして、商人ギルドの職員をしております」
俺は礼儀正しく頭を下げた。初対面、しかも騎士団長だ。上の方を敬うのは、人として常識だ。
とは言いつつ、俺は密かに『分析』を発動した。
名前:ロニゼフ
種族:人間
年齢:28
ジョブ:聖騎士
Lv:52
おお、イリアナさんよりかなりレベル高いな。さすがは騎士団長。
「ほう。魔術師ギルドの者ではないのか?」
ロニゼフさんの不思議そうな顔を見て我に返る。
あ、彼はまだ魔術師ギルドの都合を知らないのか。
「あー………どうやら今日になって体調崩してしまったらしく、魔術師ギルドの方が『鑑定』のスキルを使える人を探し回っていたみたいです。俺も半ば無理矢理連れてこられて」
「ああ、なるほどな。さっき走り去ったのは魔術師ギルドの職員か」
俺が事情を説明すると、ロニゼフさんは色々察したように苦笑いした。
まあ騎士団長直々に護衛に赴くとあっては、それを延期したとなると魔術師ギルドのメンツが丸潰れだもんな。あの人が血相を変えるわけだ。
「それにしても、その若さで『鑑定』が使えるとはすごいな」
「そんなことないですよ」
素直に感心され、少しむず痒い。自分の努力で手に入れたスキルではないしなぁ。
「Lv:1なので、あまり期待はしないでください」
「安心してくれ、魔術師ギルドの者もLv:1だ。『鑑定』Lv:1は鉱物の名前と性質しか教えてくれないが、鉱物調査ならそれで十分だしな」
その後、他の三人も軽く紹介され、あらためて迷宮層の中に入った。
入口からはずっと真っ暗な階段が続いており、俺の前に二人、後ろに二人の厳重体制で慎重に下りていく。
護衛ありとはいえ、ちょっと怖いな。
「レオ殿、君は迷宮層は初めてか?」
俺の挙動不審を見かねてか、ロニゼフさんが声をかけてくれた。
「この国に来てからずっと商人ギルドで働いてましたので。あ、俺のことはレオでいいですよ」
「そうか?では私もロニゼフと呼んでくれ」
「それはちょっと恐れ多いので、ロニゼフさんで」
それからはひたすら真っ暗な階段を下り続け、数分後に一番下にたどり着いた。
「ここは第一迷宮区だ。もうほとんど魔物も湧かないし、鉱物も先の攻略組はすべて採り尽くしてしまった。よって素通りだ。あとすまないが、俺たちは緊急時に剣を抜かなければならない。マジックアイテムのランプは、君にもってもらいたい」
「はい、わかりました」
俺は騎士団の人からランプを受け取る。しかしランプの明かりも心細く、一メートル先は暗闇だ。
やっぱり冒険者になんてならなくてよかった…………。
こんなところに一人で取り残されたら、魔物が出なくとも死を覚悟してしまうところだ。
しかし本当に第一迷宮区は魔物が出てこず、とても安全な行軍だった。
イリアナさんの言っていた『大したことない』は、こういう意味か。
騎士団の人は道を完全に覚えているのか、迷路のような回廊をすいすいと進み、あっという間に第二迷宮区、そして第三迷宮区の門の前にたどり着いた。
ちょっと巻きで進み過ぎじゃないか?と不安になった俺は、恐る恐るロニゼフさんに聞いてみる。
「……………あのロニゼフさん、そういえば鉱物調査ってどこまで行くんですか?」
「そうだな…………先の攻略で進んだ区だから………第十迷宮区での調査だ」
「えっ?」
ちょっと聞いてないんですけど!先の攻略で進んだ区って、ほぼ最前線じゃないか。
深く行けば行くほど難易度と魔物の危険度が上がるのは俺だってわかる。ラスボスは一番奥にいるものだからな。
なんでそんな危険な場所に、小心者の商人が行かねばならないのか。
ちょっと泣きたくなってきた。
「おいおい、聞いてなかったのか」
俺の動揺を見て、ロニゼフさんが苦笑する。
あの魔術師ギルドの職員…………あとで必ず『潜伏』で蹴り入れてやる。
「あの、今更ですけど俺、剣も魔法も全く使えませんよ…………?」
「むしろ商人でそんなもの使える奴の方が驚きだ。安心しろ、俺は一応公国のトップを走っているからな。その辺の魔物には負けないさ」
そう自信満々に胸を叩くロニゼフさん。
確かに心強いんだけどさ、この世界の人は女神様からすべからくフラグってものを知らないのだろうか。
いやフラグになられたら困るから言わないけど。
俺は一抹の不安を抱えながら、第三迷宮区の門を押し開けた。
控えめなノックが執務室に響き、イリアナは書類から顔を上げる。
「入っていいぞ」
イリアナが許可すると扉が開き、入ってきたのはエルシラだった。
「書類仕事大変でしょ?間食を持ってきましたよ」
エルシラが手荷物給仕用のトレーの上には、サンドウィッチ二切れと、ティーセットが置いてあった。
サンドウィッチには野菜の他に、赤い何かがたっぷりと塗ってある。
「悪いな。いただこう」
イリアナは一旦書類を置き、応接用のソファーに座った。エルシラも向かい側に座り、トレーをローテーブルに置く。
「そういえば今日、レオ君を見かけないわねぇ」
「レオは今日、魔術師ギルドの者に引っ張られて迷宮層の鉱物調査に向かった。丸一日は帰ってこないだろうな」
「あらあら、それは大変ね」
魔術師ギルドの頭のおかしさは、二人はよく知っている。
魔術師ギルド、というより魔術師自体が相当な変人なのである。
今日体調を崩したという者も大方、魔術実験で変なものを作り出してしまったのだろう。
別にイリアナも鉱物調査に行けなくはなかった。
今日は昨日ほど冒険者が来るわけではなく、どちらかというと買い付けに来る国外の商人が多い。
だがイリアナは、ただ単純に行きたくなかっただけだ。
「レオも気の毒だな。まあ護衛には騎士団が出るから、心配は要らないだろうが」
「そうねぇ」
エルシラはティーカップに紅茶を注いだ。
その紅茶を受け取り、イリアナはサンドウィッチにかぶりついた。
そしてふと、思い出したかのように口を開いた。
「レオといえば…………あいつは不思議な奴だな」
「ふふ、やっぱりイリアナもそう思う?」
エルシラは目を細める。口元は笑っているのに、不思議な顔だ。
「ああ。『分析』だけではなく『鑑定』まで使えるんだ。どちらも使い手が少ないレアスキルだと言うのに…………。それに、私がわからないような方法で冒険者を転ばせたりしていたしな。得体が知れない」
イリアナはティーカップをテーブルに置くと、腕を組んだ。
長年の付き合いであるエルシラだからこそわかるが、あれは疑いと信頼の両方に揺れて、迷っている証拠だ。
「でも、レオ君とってもいい子よねぇ」
こればっかりは永遠に答えが出ない問題だ。だからエルシラは、率直な自分の意見を述べた。
イリアナも深く頷く。
「激しく同意だな。あいつはいい奴だ。礼儀正しいし、言われた仕事はきちんとこなすし、あれだけこき使われても折れない忍耐力がある。商人としてだけではなく、人としても尊敬に値する」
こき使っている自覚はあったのか、とエルシラは少し驚く。
一概にイリアナのせいとは言い難いが、激務に耐えきれず商人ギルドの新人職員が何人辞めていったか、エルシラは知っている。
レオほど適応した者は、他にいなかった。
まあ商人ギルドの職員になるような者は、みな社畜の素質があるのだが。
「一応一ヶ月という期限を付けたが、あの気概ならこのまま商人ギルドで働いてもらいたいな。私はこの忙しい時期が過ぎれば、また他国へ赴くつもりだしな」
「あら。またフィリアに怒られちゃうわよ?」
明らかにドキッとしたイリアナ。叱られた子供のような、小さな声で呟く。
「こ、今度は一ヶ月で帰って来る」
「そう言って三年も音沙汰無かったのは、一体どこのどなたなのかしらねぇ?」
不思議そうな演技で、首を傾げるエルシラ。
「それは嫌味だぞ、エルシラ………」
イリアナは少し顔を赤くして、バツが悪そうに目をそらした。
「うふふ、ごめんなさいね。でも他国に赴く気なら、ヴィランツ王国はやめておいたほうがいいわ。ちょっと不穏な動きが目立つから」
いつも笑顔を絶やさないエルシラが、ふと真顔になる。
昔のイリアナはそれに戦慄したものの、今はもう慣れたものだ。
イリアナはソファーにもたれかかり、目を伏せた。
「………………わかっている、あそこの貴族は何かとうるさいからな。安心しろ、オルニエ王国の方に用があるだけだ」
「もしかして、防衛都市国家同盟のギルドマスター会議?」
「ああ。一応同盟の言い出しっぺだから、会議の場所は用意するようだ」
防衛都市国家同盟とは、周りを大国に囲まれた三つの都市国家、ヴィランツ王国、オルニエ王国、ベルネア公国が組んでいる軍事同盟だ。
特に征服意欲が高い帝国から狙われないよう、互いに連携を取り合っている。
「会議内容は、やっぱり帝国と連合国の戦争について、かしらね」
「おそらくな。それにしても、私からすればお前も相当得体が知れないぞ、エルシラ。普通の街娘はそこまで頭は良くないはずなんだがな?」
エルシラはあまり過去を語りたがらない。
いや、この商人ギルドにいる者で、エルシラのことを詳しく知る者は誰もいないだろう。
商人ギルドの地下酒場の料理長になる前はどこで何をしていたのか。本当は一体何歳なのか。何者なのか。
聞きたいことは山ほどあるけれど、イリアナはすべてを飲み込む。
聞いてしまったら最後、エルシラは誰にも何も告げず、どこかに消えてしまうのではないか。
そういう不安から、イリアナはエルシラを追及することを放棄していた。
「………………ありがとう、イリアナ」
エルシラもイリアナの言いたいことを察したのか、静かに笑う。
エルシラとしても、今はもう商人ギルドの地下酒場で働く料理長だ。
謎が多い自分をそう扱ってくれるイリアナには、ずっと感謝している。
なんだかしょっぱい雰囲気になってしまった休憩に終止符を打つように、イリアナは手を叩いた。
「さてと、こんな話は終わりにしよう。私は十分に休息が取れたしな。お前もいつまでも酒場をメグに預けるわけにいかないだろう?」
イリアナはぐっと伸びをする。
エルシラは微笑み、ティーセットを片付けてトレーに乗せ立ち上がった。
「書類仕事、がんばってね」
「ああ」
エルシラは一度も振り返らず、執務室を後にした。
残されたイリアナはデスクに座り、椅子にもたれかかった。
「ありがとう、か。私はそんなことを言われて良い人間じゃない……………」
イリアナの言葉を聞く者はおらず、執務室は無慈悲な静寂を保つのだった。
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