第4話 迷宮層の魔石

今日からは新しく覚えたスキル『疲労耐性』を使ってバリバリ働くぞ!と息巻いて、いつも通り一階へ下りると、珍しく人が疎らだった。


しかしイリアナさんはいつも通りいたため、俺はきょろきょろと辺りを見渡しながら話しかけた。


「あれ?まだみなさん来てないんですか?」


「ああ。今日は迷宮層の攻略組が帰還したという知らせが入ったから、この四日間ほどは小麦の買い付けはひとまずお預けだ」


迷宮層?攻略組?初耳単語の連発だった。


「あの、迷宮層ってなんですか?」


するとイリアナさんが、驚いたように目を丸くした。


「お前、ベルネア公国に住んでいて迷宮層を知らないのか?」


「商人登録した日にこの国へ来たので…………」


イリアナさんはため息をつき、「なるほどな………確かに知らないわけだ」と小さく呟く。


「迷宮層とは、ベルネア公国全土の地下に広がる未攻略の大迷宮を指す。大陸最高難度に位置していて、まだ謎が多く調査中なんだ。それに地下に危ない迷宮が広がっているなんて、国民からすれば不気味極まりないものだろう?だから各国から集まった冒険者で日々攻略しているんだ」


「でも、なんで小麦の買い付けをお預けなんです?」


「迷宮層で発見される魔石はベルネア公国の財政にもだいぶ関わっているから、商人ギルドが一括管理しているんだ。まあ攻略組帰還の旨を聞きつけて、各国から商人が買い付けに来るしな。その方がわかりやすいんだ」


もしかして、扱う物が変わるだけで忙しさは変わらないのだろうか………?


俺は密かに『疲労耐性』を発動した。


ちなみに俺は『未来予知』なるスキルは持っていないのだが、その嫌な予感は見事に的中。


「火の魔石を二十キロまとめて買うんで、ちょっとだけまけてくれない?」


「申し訳ございませんが、当ギルドでは値下げ交渉は行っておりませんので………」


「水の魔石が五キロと火の魔石が二キロですね。合計金額は金貨二枚でございます」


「はぁ!?そんだけかよ!こっちは命懸けだっての!」


商人ギルドの受付には、冒険者たちが長蛇の列を作っていた。平常時では受付は一つなのに、今日は三つに増やして対応しているのだが、一向に人が減る気配がない。


というのも、冒険者たちの値下げ値上げ交渉が苛烈を極め、一件に十五分以上の時間を取られされてしまっているからだ。


冒険者たちは命懸けで迷宮層に挑んで帰ってきたわけだし、彼らの言い分は分かるのだが、公国としての利益を考えると値下げも値上げも出来ないのだそう。


「てめえ!こっちはこの国の安全守ってやってんだぞ!」


「き、規則は規則ですので………値上げ交渉には応じかねます…………」


魔石の入った箱を倉庫に送り、一階に戻ってきた時ふと受付を見ると、フィリアさんが割と高そうな装備に身を包んだ獰猛な冒険者に値上げ交渉を迫られている姿が目に入った。


可哀想なくらいに怒鳴られているのに、フィリアさんは一切引かずに値上げを断り続けていた。


…………確かに冒険者たちが迷宮層を攻略してくれているおかげで安全に暮らせているわけだけど、だからってさすがに買取の値上げしろっていうのはまた別の話だよなぁ。


よし、ちょっとやってみるか。


俺は階段の踊り場に戻り、周りに誰もいないことを確認して『潜伏』を発動させた。


そして獰猛な冒険者に歩み寄り、思いっきり足を蹴った。すると。


「うおっ!?」


筋骨隆々のガタイがいい体がよろめき、そのまま体制を崩して尻餅をついた。


「えっ?えっ?」


フィリアさんが驚いたように席から立ち上がる。


他の冒険者たちも何が起こったかわからないのか、こちらを見てざわついている。


「誰だ!今俺の足を取った奴は!」


怒りの形相で辺りを見渡し、喚き散らす冒険者。


やっべ、やっぱ触ると感触はあるんだな。


バレると袋叩きにされそうなので、そそくさとその場を離れ、踊り場に戻り『潜伏』を解除して何食わぬ顔で階段を下りた。


小心者にしては大冒険をした気がする。正直心臓バクバクだ。


さっきのでどうなったかなぁと、もう一度受付を見ると、騒ぎを聞きつけたのか、イリアナさんが颯爽と現場に現れた。


「これは何の騒ぎだ?」


「ま、マスター!この方が値上げ交渉をされていて…………」


フィリアさんが慌てて状況を説明する。冒険者も尻餅をついていた状態から立ち上がり、イリアナさんに食って掛かる。


「そうだ!危険な迷宮層に潜って取ってきたのに金貨二枚なんてあり得ねえだろうが!」


「俺たちは何度も死ぬような体験して帰ってきたんだぞ!」


その冒険者の仲間もが負けじと吠える。


しかしイリアナさんは、彼らが持ってきた魔石を一瞥し鼻で笑った。


「死ぬような体験?馬鹿を言うな。この程度の魔石は第一迷宮区かせいぜい第二迷宮区で取れるものだ。正直大したものではない。むしろ金貨がもらえることを感謝するべきだな」


「なんだと!?」


「お、おい、これ以上はやべえって。もう行くぞ」


冒険者が怒り狂う。しかし仲間はそろそろまずいと思ったのか、止めに入る。


「ああ、ちなみに迷宮層で取れた魔石をこの商人ギルドを介さずに売買するのは法律で禁じられているぞ」


仲間は図星だったのか、体を大きく震わせた。


その様子を見逃さなかったイリアナさんは、悪い笑みを浮かべる。


「商人ギルドへの出禁、もしくは犯罪奴隷になりたくなければ、金貨二枚を受け取ってさっさと失せるんだな」


それを聞いた仲間が、急に顔を青くする。


「お、おい、さすがに商人ギルドを敵に回すのはまずいだろ!金貨二枚で我慢しようぜ?な?」


「ちっ…………」


獰猛な冒険者は大きく舌打ちをし、イリアナさんを睨みつけた。


「覚えてろよ、クソ女」


「私は忘れるつもりだけどな」


獰猛な冒険者は、フィリアさんから金貨二枚をむしり取ると、仲間に連れられて商人ギルドを後にした。


な、なんか俺もしかして火に油を注いだだけだったのか?


勇気出しての行動でも、ろくなことにならないな。


やっぱり俺は、ちまちま荷物運んでいるのがお似合いだ。


しかしこの騒動が、後に俺の運命を大きく変えることになるとは。


「レオー!そんなところで見てないで魔石運ぶの手伝ってくれ!」


「あ、はい!」


今の俺は知る由もなかった。









「今日は大変でしたね、イリアナさん」


俺はポテトサラダとハンバーグを乗せたプレートを持って、いつも通りイリアナさんの正面に座った。


今日はエルシラさんが奮発してバイキング形式だ。冒険者もたくさん食べに来ている。


「そんなことはないさ。ある意味年中行事なんだ、あの手の揉め事は」


そう言ってイリアナさんは、バイキングでもブレずに激辛カレーを頬張る。


フリースペースの香辛料をちょろまかして半分以上使ってしまったのは、さすがというべきかなんというか。


というか、やっぱりエルシラさんの料理はなんでもおいしいな。ポテトサラダとか、生前のファミレスよりおいしそう。


俺が夢中でポテトサラダを食べ始めたら、ふとイリアナさんが口を開いた。


「しかし、あの男を転ばせたのはレオなのだろう?」


「えっ?」


図星を突かれ、俺は動揺してポテトサラダをスプーンから取りこぼす。


イリアナさんにはもしかして『潜伏』が効かないのか?


「いやなに、あの男の方をむっとしながら見てたと思えば、すごい勢いで踊り場に戻って行ったからな。その直後に男が転んだのだし、状況的にレオが何かしたと考えるべきだろう?まあ方法はわからなかったが」


「そ、そうですね………」


俺は内心ドキドキしながらそう返事した。よかった、『潜伏』はバレていないらしい。


俺は『鑑定』と『分析』、その他社畜スキルは特に隠すべきだとは思っていないが、『潜伏』は別だ。


あれは俺に授けられた、いや選んだ唯一のチートだ。


完全に姿を消せるのだから、やろうと思えば人殺しさえ容易い。


もちろん人殺しどころか風呂覗きすらやる度胸はないが、面倒事に巻き込まれないためにも隠すべきだ。


となるとやはり『情報遮断』のスキルを身に付けたいな。


イリアナさん曰く『分析』は相当レアなスキルらしいが、もし持っている者と出くわしたら、Lv:3でスキルまで覗けてしまうらしいしな。


今度エルシラさんに聞いてみよう。


「………………まあ誰にでも秘密はあるからな。わざわざ晒す必要はないさ」


俺の表情から色々察したのか、イリアナさんはそう言って微笑む。


「ありがとうございます」


謙虚なイリアナさんに、俺は素直にお礼を言った。


「あの、レオさんが助けてくださったのですか?」


突然後ろから声がかかり、驚いて振り返ると、そこには受付業務が終わったフィリアさんがいた。


「あ、すみません、マスターとの会話が聞こえてしまいまして。でもありがとうございました、助けていただいて」


「いえいえ、俺は結局火に油を注いじゃっただけですし!」


慌てて否定する俺を見て、イリアナさんは苦笑する。


「いや、むしろ騒ぎを大きくしたからこそ私が出てこれたんだ。完全に正しいとは言えないが、悪いことではないぞ。私も少しすっきりしたしな」


「実は、私も少し」


昼間の冒険者を思い出したのか、くすくすと笑い出すイリアナさんとフィリアさん。


そんな姿を見て、俺はしみじみ思う。


みんな優しいなぁ。やっぱり商人になって大正解だ。


まあ昼間みたいなのは極端すぎる例かもしれないが、冒険者みたく守ってやっていることを盾に威張り散らすのは、あまり性にあわない。


俺は小心者らしく、ゆる〜くちまちま生きていけばいいや。


昼間のことは思考の隅に追いやって、俺はちょっと冷め気味のハンバーグを頬張った。











翌朝。一階へ下りると、何やら少し騒がしかった。


どうやらイリアナさんと誰かが話しているようだった。


「いきなりそんなことを言われても困る。こちらは今魔石の買い取りで忙しいのだ。一日も空けることはできない」


「そこをなんとか…………今冒険者ギルドでも鉱物調査をできる者は遠征の依頼を受けられていて、ちょうどいないのです」


「しかし、今私がここを空けるわけにはいかないのだ。悪いが、お引き取り願おう」


「お待ちください!もう騎士団にも要請をしてしまったので、今日でなくては困るのです」


「だから…………」


なんか揉めてるな。イリアナさんと話しているのは誰だろう?制服を着てるし、冒険者ではないみたいだ。


「あの………何かあったんですか?」


そう声をかけると、イリアナさんが振り返った。


「ああレオか。魔術師ギルドの職員が迷宮層の鉱物調査をする予定だったのが、朝いきなり体調を崩してしまったらしくてな。代わりに鉱物調査ができる人物を探しているらしいんだ」


「誰でもは出来ないんですか?」


「『鑑定』のスキルを持っていないと、鉱物調査は行えない。私だってまだLv:1だ」


「『鑑定』を持っているだけで十分です!Lv:2以上など、王国か帝国みたいな大国にしかおりませんよ!」


魔術師ギルドの職員が、ここぞとばかりに必死の形相で食らいつく。


しかしその横で、俺は動揺しまくっていた。


え?『鑑定』?それって俺持ってるよな………?


「あの、すみません。俺『鑑定』のスキル持ってますよ?」


すると二人は同じように目を丸くして、こちらに振りかぶった。


「き、君!『鑑定』が使えるのかい!?」


魔術師ギルドの職員が、血走った目で俺の肩を掴んだ。


「えっ!あ、はい。まあLv:1ですけど…………」


つか怖いし痛いから離してくれないかな…………?


「レオ…………君は一体何者だ?『鑑定』は相当レアなスキルだぞ。私も覚えたのはつい最近だし、王国や帝国などの大国でも使える者は百人もいないだろう」


「え、そうなんですか?」


イリアナさんが信じられないものを見る目で俺を見る。得体の知れないものを畏怖する感情が伝わってくる。


やばいな、警戒されたか。


スキルを明かしたことを少し後悔していると、魔術師ギルドの職員がひょろ腕ではあり得ないような力で俺の腕を引っ張る。


「そんなことはどうでもいいんですギルドマスター!この方を一日お借りしますよ!ちゃんと報酬はお支払い致しますので!では!」


「ええ!?」


俺はまだ引き受けるなんて言ってませんけど!?


しかし必死の形相と力に逆らえず、されるがままに引きずられていく。


「お、おい!」


イリアナさんが焦ったように叫ぶが、俺は『大丈夫です』のジェスチャーを送った。


まあ困っているなら、俺のできることをするさ。


職員に引きずられて商人ギルドの外に出ると、やけに太陽が眩しくて目を細めた。


あ、そういえば俺、この一週間とちょっと、商人ギルドの中から一歩も出てないんだった………。


服は倉庫にあった古着を何着かもらってたし、食事はエルシラさんが作ってくれてたし、寝床は三階だし。


………………………………。


「…………………なんか俺、引きこもりみたいですよね」


「は?何か言いましたか?そんなことはどうでもいいんです。さあ鉱物調査に行きますよ!」


「あはは……………」


魔術師ギルドの職員が話の通じない類の人間だと理解して、俺は軽くうなだれた。


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