第3話 ブラック企業?

「この番号の小麦一箱、倉庫から持ってきてくれ!」


「は、はい!」


「おーい!そっち終わったら、ここにある箱の番号をメモしてマスターに渡してくれないか?」


「え!?あ、はい!」


「輸出用の箱混ぜたの誰だよ!おい、これを倉庫に戻してくれ!」


「じゃあついでにこの番号も持ってきてくれ!」


「はいぃ!」


俺は正直、商人なんて命の危険がない楽な仕事だと思っていた。いや、舐めていたのかもしれない。


しかし俺は今、商人のジョブを選んだこととイリアナさんの口車に乗せられたことを激しく後悔していた。


「ぶ、ブラック企業かよ………」


五キロの小麦が積められた箱を持ち走りながら、俺はそうぼやいていた。


時は遡ること朝九時。


サラリーマンとして、ちゃんと早起きだけは習慣化していた俺は、集合時間の十五分前に一階に下りたのだが、もうなんと職員の半数以上が集まっていた。


「遅いぞレオ。三十分前行動が商人の基本だ」


イリアナさんももちろん来ていて、開口一番そんなことを言った。


「す、すみません………」


「いいさ。あくまでも目安みたいな基本だからな」


だからまだ集まっていない者もいるだろう?とイリアナさんは苦笑いした。


それから数分で全員が集まり、軽く俺の紹介がされ、イリアナさんが話し始めた。


「さて、今年もクソ忙しい小麦の時期がやってきた。今年は収穫量が多いらしいから、さらに大変だぞ。各自の判断でいつも通り動いてくれ。あと、この新人はたくさんこき使って良し!以上だ」


最後の方聞き捨てならないことを言われた気がするのだが…………。


しかし職員たちは続々と動き出し、残っているのは俺とイリアナさんだけだった。


「で、俺は何をすればいいんです?」


「とにかく最初は言われたことをこなしてもらおう。まずは三階の倉庫からこの数字が書かれた箱をすべて持ってきてくれ」


「わかりました」


俺はイリアナさんからメモを受け取り、確認する。


A-235、などの数字がざっと十個ほど。


わかりやすいな。これなら俺でも出来そうだ。


俺は三階に上り、宿舎の廊下の手前で左に曲がって倉庫に入った。


そこには、箱が部屋いっぱいに敷き詰められ、天井高く積み上がっていた。


「…………もしかして、この中から探すのか?」


近くを見た感じ、置かれている箱に数字の規則性はない。A-106の上にC-27が積まれている始末だ。


……………仕方ない、これも仕事だ。


俺はまず近くの箱から調べていくことにした。


そして現在。


朝昼のご飯を抜いていたことも忘れかけ、先程から五キロの箱を持って走り続ける。


なぜもっと筋力値を上げなかったのかと、昨日の自分を一発殴りたい気持ちでいっぱいになる。


「A-72、持ってきました!」


指定された箱を持ってくると、一人の商人が手を振る。


「こっちに置いてくれ!」


五キロの箱を置いて一息つくと、また別の方向から声がかかる。


「レオ、終わったならこっち手伝ってくれ!」


「あ、はい!わかりました!」


紙を受け取り、積まれている積荷の番号を片っ端から記入していく。


えっと、これをイリアナさんに渡すんだったな。


「イリアナさん、これを渡して欲しいと…………」


「ああ、そこに置いておいてくれ!」


俺よりさらに忙しく動いているイリアナさんは、紙を三つ持って職員に指示を出していた。


俺はイリアナの後ろにある積荷の上に紙を置き、戻すように指示された箱を持って三階に上る。


もう何往復しているかわからない。数えたくもないが。


箱を倉庫の隅に戻し、俺はもらったメモで番号を確認する。今度はさらに酷い。二十個だ。


持っていく重さは一個が限界だし、とにかく探すのに時間かかるため一つ見つけたらその都度持っていかないと間に合わない。


「よし、あった!」


番号の一つを見つけ、箱を抱えて一階にとんぼ返り。それの繰り返しだった。


この雑用運搬は、晩ご飯時になるまで続いた。


「……………疲れた」


俺は激務の疲れに耐えきれず、食堂のテーブルに突っ伏した。


「おい、だらしないぞレオ」


イリアナさんは平然とテーブルに座った。


なんて体力だ………化け物級じゃないか。


「イリアナさんは疲れないんですか?」


「これくらいは、な。それに私は指示を出しているだけだし、運搬のほとんどを任されていた新人よりは疲れていないさ」


知らん顔で、イリアナさんは優雅に紅茶を飲む。


ぐぬぬ…………これは一種の新人いびりか。


「あのレオさん、大丈夫ですか?」


メグさんは心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。


こんな美女が近くにいるにも関わらず、俺は顔をあげる気力が出なかった。


「ほら、飯が来たぞ。食べ始めよう」


「は、はい……………」


メグさんが持ってきた肉の特盛プレートの美味しそうな匂いに、朝昼を抜いた俺の胃が逆らえるわけもなく、俺は顔を上げて食べ始めた。


「レオは肉が好きなのか?」


「うーん、言われてみればよく食べますね」


むしろこの世界のメニュー表示で一番わかりやすかったのが肉、というだけだったのだが。


特盛プレートという名の通り相当量の肉が積まれていが、俺はぺろりと平らげた。


イリアナさんも、昨日と同じ激辛カレーの大盛りを倍速スピードで食べ終わっていた。


「明日も朝九時集合だ。おやすみ」


「おやすみ……なさい…………」


俺はふらふらになりながら階段を上る。


これだと生前と全く変わらないじゃないか………。


上りなれてしまった三階の俺の部屋を開け、ベッドに倒れ込む。


一応この部屋にはシャワーとトイレがついているため、シャワーを浴びて寝なくては明日に間に合わない。


変なところで文明発達しているな、と感心する余裕は俺にはない。


とりあえず俺は眠気覚ましに、スキルウィンドウを開いた。


「あれ?」


そこで俺は、スキルウィンドウに変化があることに気がついた。



名前:レオ


種族:人間


年齢:17


ジョブ:商人


Lv:1


HP:45000


MP:500


STR:10 INT:1 VIT:45 AGI:20 DEX:15 LUK:38


SP:0


〘スキル〙


『潜伏』 Lv:MAX 『鑑定』Lv:1 『分析』 Lv:1



〘称号〙


《転生者の烙印》


・魂の消費


・記憶の継承


・SP:100贈呈


《女神メルトナの祝福》


・HP、MPの自然回復速度の増加


・スキルを無条件に三つ選択し、その中の一つをLvMAXにする


・言語の翻訳




「筋力値が、9も上がってる?」


ステータスポイントを全く振らず、今日後悔しまくっていた筋力値が、ステータスポイント無しにちょっとだけ上がったのだ。


それ以外にも敏捷値も5上がってる。階段を駆け上がったからかな?


もしかしてステータスポイントを振らずにも、それに見合う訓練をすると、ステータスが上がる仕組みになっているのかもしれない。


これで明日は、少しは積荷が楽に運べるかな。


俺は気合を入れてベッドから起き上がり、シャワーを浴びた。


手持ちではなく、よくプールにあるような取り付けてあるシャワーだが、日本人としては何かとありがたい。


女神様は地球の神様?と仲良いみたいな話していたような気がするし、そういう共通点が出てくるのだろうか。


髪の毛をタオルで大雑把に拭き、再度ベッドに突っ伏す。


事実眠気がもう限界だ。


俺はそのまま意識を手放した。









「ダメだ…………ちっとも慣れない……………」


毎度の如く食堂のテーブルに倒れ込む。


ここ一週間、毎日小麦の在庫出しと確認作業をやらされていた。


今日も激しかった…………筋力値が上がって走らなければ箱を二つ持てるようになったにも関わらず、全然楽にはならなかった。


「大丈夫だ、いつかは慣れるさ。むしろあれほどこき使われて逃げ出さないお前の根性に私は感心しているぞ?」


「あ、ありがとうございます…………」


イリアナさんはいつも通り、平然と激辛カレーを頬張った。


「あらあら、大変ね」


エルシラさんがプレートを持って俺の隣に座る。


食堂はもう閉め時に差し掛かっていて、エルシラさんたち店員がご飯を食べる時間のようだ。


「う…………いただきます」


せっかくエルシラさんが作ってくれたチキン南蛮プレートだ。残すわけにはいかない。


「そういえばレオ、ずっと気になっていたんだがその手袋はなんだ?潔癖症か何かか?」


イリアナさんに手袋を指摘され、心臓が大きく跳ねた。


「あ、これはですね…………えっと、む、昔左手の甲に酷い火傷を負いまして…………見苦しい傷跡なのでこうして隠しているんですよ」


「ほう…………それは気の毒だな」


口から出任せの嘘だが、あながち悪い言い訳でも無さそうだ。


するとエルシラさんが、口を開いた。


「それなら教会で治してもらったらどう?」


「教会、ですか?」


「そうそう。ちょっとお布施の値が張るけど、火傷の傷跡くらいなら治せないこともないわよ?」


そ、そうなの!?初耳だ。


「で、でもそんなにお金がないので…………また今度にします」


危なかった………危うく墓穴を掘る羽目になったかもしれない。


「まあ銀貨三枚と銅貨七枚では確かに厳しいな」


イリアナさんが何気なく銀貨を指で弾く。


一瞬俺は目をぱちくりさせ、弾かれたように魔法鞄の中を確認して驚愕する。


「えっ?あ!俺のお金!」


イリアナさんはバレたか、と茶目っ気たっぷりに舌を出した。


「盗賊専用スキル『強奪』だ。LvMAXにしているから、魔法鞄の中でも目的の物を探り当てて盗むことができる」


ほとんど無敵じゃないか、それ。


「イリアナはこれでも若い頃義賊をしていたのよ。それから色々あって商人になって、今は商人ギルドのマスターだもの。人生、何があるかわからないわね」


そう言って、うふふと笑うエルシラさん。


確かイリアナさんは二十六歳だったけど、エルシラさんはもしかしてそれよりもっと年上だったりして…………?


見た目は二人とも同じくらいなんだけど。


俺は好奇心にかられて、『分析』を発動した。しかし。


「あれっ?」


確かに発動しているのに、ホログラムが表示されない。どうしたんだろう。


首を捻っていると、イリアナさんが苦笑した。


「レオ、やめておけ。エルシラは『情報遮断』のスキルを持っているから『分析』は無効化されてしまうんだ。それに私が十五の頃から奴の見た目はほとんど変わってないし、エルシラの年齢はベルベット支部七不思議の一つなんだ」


何それ怖い。


「そんな言い方やめてよ、イリアナ。まるで私が若作りしているおばあちゃんみたいじゃないの」


エルシラさん、一応笑っているけど目が全然笑ってない。


なるほど、触れてはいけない話なんだな。


俺は空気を読んで、エルシラさんの年齢の話は二度としないと心に誓った。


そのあとエルシラさんに頼まれて明日の仕込みの手伝いなどをして、なんだかんだでベッドに入る頃にはもう深夜一時を過ぎていた。


「一週間、時間が無くて確認出来なかったけど、一応ステータス確認してみようかな」


ベッドに仰向けになりながら俺はスキルウィンドウを開いた。





名前:レオ


種族:人間


年齢:17


ジョブ:商人


Lv:1


HP:50000


MP:500


STR:25 INT:1 VIT:50 AGI:30 DEX:15 LUK:38


SP:0


〘スキル〙


『潜伏』 Lv:MAX 『鑑定』Lv:1 『分析』 Lv:1


『疲労耐性』 Lv:1 『睡魔耐性』 Lv:1


『精神防御』Lv:1


〘称号〙


《転生者の烙印》


・魂の消費


・記憶の継承


・SP:100贈呈


《女神メルトナの祝福》


・HP、MPの自然回復速度の増加


・スキルを無条件に三つ選択し、その中の一つをLvMAXにする


・言語の翻訳




この一週間で、筋力値、耐久値、敏捷値がわずかだが上昇している。


そして驚くことに、新しいスキルを覚えてたらしい。


でも『疲労耐性』と『睡魔耐性』と『精神防御』って。


そんな社畜まっしぐらなスキル嫌なんだけど。


まあ『疲労耐性』は明日から使ってみるけどさ。


というか商人ギルドの職員は休みとかないのだろうか。


これはガチのブラック企業か…………。


生前の会社は、残業が重なることはあれどブラック企業ではなかった。


が、商人ギルドは休みがない上に体を使うから前よりもきつい。


これ本当に転生した意味あるんだろうか…………。


ちょっとだけ悲しい気分になりつつ、俺は意識を手放した。


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