第2話 商人ギルド2

驚いて振り向くと、ものすごいスタイルの赤髪美人が腰に手を当ててこちらを見ていた。


「えっと、はい、そうです………?」


誰だろう、と内心首を捻りながらそう答えると、フィリアさんが目を丸くして驚いた。


「ま、マスター!?」


フィリアさんの声がギルド全体に響き、何人かこちらに目を向けた。


「こら、そんなに叫ぶな」


「も、申し訳ございません。おかえりなさいませ、マスター」


二人のやり取りを静かに見ていた俺だったが、内心激しく混乱していた。


マスターっていうと、いわゆる社長みたいなものだよな!?


そんな偉い人がなんでこんなところをうろうろしているんだろうか。


「それで君、新米だったな」


「え、あ、はい!」


突然マスターに話を振られ、戸惑いながら返事をする。


「今は小麦の仕入れ時で人手不足なんだ。どうだ、一ヶ月間商人ギルドの職員として働いてみないか?」


「ええ!?」


ちょっとこの運チート過ぎないか!?まさかこんなに早く仕事が見つかるとは。


「マスター、よろしいのですか?」


「ああ。今はとにかく人手が足りないからな。新米の手も借りたい気分なんだ」


苦笑いするマスターさんを見て、フィリアさんはため息をついた。


「元はと言えば、マスターが三年も帰ってこなかったのが原因の一つなんですけど………」


あ、さっきの最高無帰還記録はマスターさんだったのか。


「私ももう少し早く帰ってくるつもりだったのだが、帝国と連合国の戦争がいささか膠着状態で、しばらくは国境を抜けられなくなってしまってな」


帝国?連合国?わからない言葉が多かったが、どうやら遠出していたら、戦争に巻き込まれたということらしい。


「…………まあそれはいいんだ。とりあえず君………えーと、まだ名前を聞いてなかったな」


「あ、失礼しました、俺はレオです。先程の話、是非お願いします!」


そう言って頭を下げると、上から嬉しそうな声が飛んできた。


「そうか!それは嬉しいな。私は商人ギルド、ベルベット支部のマスターをしているイリアナだ。よろしくな」


そう言って微笑むイリアナさんに、不覚にもドキッとした。


クール美人の微笑みはプライスレスだなぁ。


「フィリア、レオの商人登録をしてくれ。時間がもったいないから、商人証ができる間で職員についての説明を行おう」


「わかりました。レオさん、この書類に必要なことを記入してください」


フィリアさんがカウンターの下から紙を取り出し、羽ペンと共に俺に差し出す。


記入するのは名前と種族だけだが、日本語で書かれているように見えるので、なんだか履歴書を書いている気分だった。


「はい、ありがとうございます。今から商人証をお作り致しますね」


そう言ってフィリアさんは奥に消えていく。


「さてレオ。商人ギルドの職員について説明する。立ち話も何だから、お前の宿舎へ案内しながらにしよう」


そう言ってイリアナさんは歩き出す。俺は慌てて後を追う。


「宿舎があるんですか?」


「ああ。商人ギルドの職員は基本的に住み込みで、三食付きだ。昼寝はないがな」


茶目っ気たっぷりにウインクするイリアナさん。


おお、助かった。一番心配していたんだよな、宿問題。


それに三食付きとか。ここは天国か。


天国行けずに戻ってきちゃったしな。


俺はイリアナさんに連れられて、商人ギルドの階段を上る。


「商人ギルドの職員は、フィリアのような受付もいるが、今の時期は基本的に在庫管理や買い付けの対応が主な仕事だな」


「今ってそんなに忙しい時期なんですか?」


「ああ。小麦の仕入れ時期だからな。ここ一ヶ月は続くさ」


説明を受けながら、俺たちは三階へたどり着いた。


廊下の両側にそれぞれ八つほどの部屋があり、職員の宿舎だと思われる。


俺はイリアナさんに、奥から三番目の部屋に案内された。


「ここが君の部屋だ。反対側に倉庫が隣接しているため少々狭いが、ここしか空いてないんだ」


「大丈夫です、住むところがあるだけでも感謝なんで」


狭い、といって六畳ほどあるし、部屋もベッドも清潔だ。不満などあるわけがない。


「そうか。で、これがこの部屋の鍵だ。無くさないようにな。さて、そろそろ商人証ができる頃だ。下に戻ろうか」


「はい」


鍵を受け取り、ポケットに入れる。出来れば紐を付けて首に下げていたいが、それはさすがに子供っぽいか。


イリアナさんの後に続いて俺も階段を下りる。


そしてふと、俺は『分析』のスキルを思い出した。


出会った人間や魔物のステータスを見ることができるようになる、という説明も思い出し、俺は密かに『分析』を発動した。


「わっ………!」


いきなりスキルウィンドウのようなホログラムが目の前に現れ、俺は驚いて声を出してしまった。


「ん?どうした?」


イリアナさんが不思議そうに振り返る。


「あ、いえ、虫がいて…………」


「そうか。この建物も古いからな」


特に気にする様子も見せず、イリアナさんはまた階段を下り始める。


俺も後に続きつつ、表示されたスキルウィンドウを眺める。



名前:イリアナ


種族:人間


年齢:26


ジョブ:盗賊


Lv:20



『分析』Lv:1ではここまでしか見れないようで、体力や魔力、主なステータスやスキル、称号などは表示されなかった。


というかイリアナさん、商人じゃなくて盗賊なんだ。


そして年齢が意外にも若い。失礼だが、もっと年上だと思っていたんだけど。


一人で納得していると、ふとイリアナさんが振り向いた。


「こら、お前私のステータスを覗いているな?」


「え!?」


なんでわかったんだ!?


驚いて硬直していると、俺の顔がそんなに面白かったのか、イリアナさんが吹き出した。


「いや、私もカマをかけてみただけなんだが、図星か」


「う…………すみません。マナー違反ですよね」


年齢まで覗いちゃうわけだし。


「そんなことはない。そもそもこういう風にカマをかけなければわからないことだしな」


よ、よかった……せっかく得た職場と宿を失うかと思った。


俺が心から安心していると、イリアナさんが急に真面目な顔になった。


「ただ、『分析』のスキルを使える者は珍しいからな。あまり喧伝しない方がいいだろう。私も今のことは忘れよう」


「え、そうなんですか?」


普通に選んだだけなんだけど、一応当たりのスキルだったのかな。


「………………」


首を捻る俺を、イリアナさんは難しい顔で見つめていた。


「あの、どうしました?」


「…………まあいいさ。商人として動くにはあまり必要ないスキルだしな。さて、フィリアが待ちくたびれているだろうし、早く行こうか」


「は、はい」


イリアナさんが、階段を二段飛ばしですいすい下りていく。俺はさすがにそんな所業は無理なので、全力ダッシュで階段を駆け下りる。


敏捷値を多少上げといてよかった。


一階に戻ると、フィリアさんが俺に一つのカードを渡してくれた。


横長のカードには、名前と種族、そして登録日と寄付金記録と書かれた空欄があった。


「これが商人証です。身分証代わりにもなって、寄付金記録などもここに記録されます」


「ありがとうございます」


商人証をポケットにしまうと、フィリアさんが慌てて止めた。


「商人証は無くすと大変なので、こちらも一緒に渡しているんです」


そう言って差し出されたのは、斜めがけができる茶色い鞄だっだ。


「これは?」


「これは魔法鞄の一つで、最大二十キロほどを入れて持ち歩けるマジックアイテムです。こちらに入れてくださいね」


おお、すごい便利。俺はさっそくポケットに入っていた銀貨と地図と鍵、そして商人証を入れた。


「さてレオ、仕事は明日からだ。今日は辛うじて小麦の運搬だけだったが、明日からは買い付けが始まるからな。忙しくなるぞ」


一人で拳を上げて燃えているイリアナさん。俺は恐る恐る手を挙げた。


「あの………俺そういう物流とかにそんな詳しくなくて、出来れば詳しく教えていただけませんか?」


生前は商社に勤めていたわけではないからな。


「ん?そうか?わかった、ならば私が説明しよう。まずこのベルベットの北部にはそれなりに大規模な小麦畑が広がっているんだ。それで国内での消費も賄っているんだが、国外への輸出がベルベット支部の財政をほとんど支えていると言っても過言ではない」


「じゃあ明日からは、国外の商人が買い付けに来るんですか?」


「それもあるが、明日から一週間ほどは国内へがほとんどだ。後半は国外が多くなってくるが」


なるほど、だいたいわかった気がする。


商人ギルドに入った時に見かけた、フロアを占めていた積荷は小麦だったんだな。


「まあ明日になれば否応にも分かるさ。それよりもう夕食の時間だ。食堂に行くぞ」


「あれっ?もうそんな時間ですか?」


転生した時は昼下がりだったのだが、いつの間に時間が過ぎたのか窓から見える空はもう真っ暗だ。


イリアナさんは食堂に向かうが、フィリアさんはまたカウンターに戻ってしまった。


「フィリアさんは食べないんですか?」


「フィリアは受付だからな。後で食べるんだ」


そう言うと、イリアナさんは地下へと向かう階段を下り始めた。


地下に下りると、ちょっとした酒場のようになっていて、もう何人かがテーブルに座って食べていた。


「ここは本来有料の施設だが、商人ギルドの職員は無料で朝昼晩自由に利用できる。エルシラ、激辛カレーを一つ」


イリアナさんはカウンターに行き、紫色の髪の優しげな女性に注文する。


「イリアナ、久しぶり。あら、見かけない顔もいらっしゃいますね。新米さんかな?」


エルシラ、と呼ばれた女性は不思議そうに首を傾げた。


「ああ。今日商人登録したレオだ。これから一ヶ月間、商人ギルドの職員として働く」


「レオです。これから、よろしくお願いします」


「こちらこそ。私は商人ギルドの地下酒場で料理長をしているエルシラです」


軽く頭を下げると、エルシラさんは優しげに微笑んだ。


「じゃあレオ君、あらためて注文をどうぞ」


エルシラさんからメニューを受け取り、目を通す。


よくわからない食べ物が多いな。というかイリアナさんの激辛カレーってメニューにないんだけど。


「激辛カレーはイリアナ用裏メニューね」


「か、辛いのが好きなだけだ。そもそも他のメニューが軟弱過ぎるのだ」


俺の考えなどお見通しなのか、エルシラさんがくすくすと笑うと、イリアナさんは少し照れくさそうに目を逸らした。


「えっとじゃあ、バターライスとハンバーグのプレートで」


「はい、承りましたよ」


エルシラさんが厨房で料理を作り始めたので、イリアナさんと俺は先にテーブルに座っていることにした。


「そういえば、マスターが帰ってきた、みたいな報告とかしないんですか?」


「私は割と支部にいないことが多くてな。みんなもう慣れているんだ」


イリアナさんはそう言って苦笑する。


どこまでも緩くて自由奔放な組織だな、商人ギルドは。


「お待たせ致しました!激辛カレーとバターライスとハンバーグのプレートです!」


しばらく待っていると、ピンク色の髪の女の子が食事を運んできた。


「マスターお久しぶりです!長旅お疲れ様です!」


「ありがとうメグ。こちらは今日から商人ギルドの職員として働くレオだ」


「よろしくお願いします」


「こちらこそです!私はメグといいまして、地下酒場で給仕をさせていただいています!」


メグという少女は、ごゆっくり!と言い残すとそそくさと厨房に戻って行った。今からが忙しくなるのだろう。


「よし、いただきます」


イリアナさんは、赤い何かが大量にかけられたカレーを結構な勢いで食べ始める。


「…………いただきます」


俺も運ばれてきたプレートを食べ始める。


記憶にあるハンバーグと味はあまり変わらない。何の肉かはあえて聞かないのがいいだろう。俺は牛と信じる。


そういえば転生してから何も食べてなかったなぁと思い出し、俺も食べるスピードを上げる。


「ふぅ…………」


二人とも一言も発さずに食べ終え、水を飲み干した。


「お腹空いていたのか?私の食べっぷりについてこれたのはお前だけだぞ」


「そうなんですか?」


まあ多分、激辛カレーは同じスピードでは食べられないかな。


「さて、私はこれから執務室で溜まりに溜まった事務類を片付けるが、レオはどうする?」


「俺は………疲れたのでもう休みますかね」


今日は色々ありすぎて、心労が大きい。


一刻も早く休息を取りたかった。


イリアナさんも、感心したように頷く。


「うむ、賢明な判断だな。明日は九時に一階集合だ。おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


俺はプレートを返却口に返し、食堂を後にした。



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