第1話 商人ギルド

「…………うわぁっ……!」


俺は飛び起きて、辺りを見渡す。


俺がいたのは自分の部屋のベッドではなく、和やかな平原だった。


なんかチュートリアルみたいな夢見たなぁと苦笑いしつつ、立ち上がる。


ちゃんと十七歳になっているみたいで、なんとなく体が軽い。


しかしここで、最初の問題。


ここは、一体どこなんだろう。


メルトナ大陸とかいう場所なのはわかるが、国とか街とか、その辺の情報は何一つ言われていない。


そういえばどこに飛ばすとかも聞いてなかったな…………。


まあきっと、女神様は俺には何も期待していないんだろう。


商人なんて選ぶ小心者だしな。


生き残るために強くならなきゃ!とか考えるのが普通かもしれないが、そんなことしてたら誰にも手に負えない凶悪な魔物退治とかやらされるのが目に見えているし、最悪の場合は魔王に挑めとか言われるだろう。


それなら堅実に商人をして、お金を貯めて老後に備えるのが一番だろうに。


俺は一度、スキルウィンドウを呼び出した。




名前:レオ


種族:人間


年齢:17


ジョブ:商人


Lv:1


HP:45000


MP:500


STR:1 INT:1 VIT:45 AGI:15 DEX:15 LUK:38


SP:0


〘スキル〙


『潜伏』 Lv:MAX 『鑑定』Lv:1 『分析』 Lv:1


〘称号〙


《転生者の烙印》


・魂の消費


・記憶の継承


・SP:100贈呈


《女神メルトナの祝福》


・HP、MPの自然回復速度の増加


・スキルを無条件に三つ選択し、その中の一つをLvMAXにする


・言語の翻訳




「この《転生者の烙印》っていうのが気になるんだよなぁ。もしかしてこれかな?」


そう思って俺は、自分の左手の甲を見た。


そこには、何かの魔法陣のような黒色の紋が刻まれている。擦っても消えないし、違和感も無い。


でもちょっと目立つよな。


色々なチート加護がある割にはバッドステータス扱いだし。


街に行ったら真っ先に手袋でも買おう。


「それにしてもとりあえず、街に向かわないとな………」


何もいない平原とはいえ、いつ何が襲ってきてもおかしくない。


早くこんなところから離れなくては。


「えっと、『潜伏』!」


俺は覚えたてのスキル『潜伏』を発動し、歩き出した。


正直自分では発動してる感が全然ないのだが、まあそこはスキルを信じよう。


「ん?あれっ?」


足を動かした時に違和感を感じ、初期アバターみたいなズボンのポケットを探った。


するとポケットの中から、周辺地域の地図と銀貨五枚が出てきた。


なるほど、女神様が入れてくれたようだ。


俺は女神様に感謝しつつ、地図を広げた。


「ベルネア公国………?」


おそらく今いる場所の国名だろうが、見た感じとても小さい国だ。


首都ベルベットとその周辺に広がる地域しか保有していない。


いわゆる都市国家というやつだろうか。


この地図を参照すると、俺は今首都ベルベットの東部にある平原にいる。


ならばまず、そのベルベットに行ってみた方が良さそうだ。


俺は回れ右して、首都ベルベットに向かって歩き出した。








「おお………!」


あれから体感距離で二キロほど歩くと、大きな門が現れた。


そこには様々な人が並んでおり、長蛇の列となっていた。


俺は潜伏を発動させたまま、そろそろと先頭の様子を見に行った。


どうやら『潜伏』LvMAXは、気配を消すだけでなく姿も人から見えなくしてしまうらしい。


全く便利なスキルだ。


先頭では、衛兵が通行料を取っていた。


見た感じ、みんな銀貨一枚を支払って通っている。


というか銀貨一枚も取るのか。


まあそれくらいなら払えなくもないか。


一応銀貨五枚が手持ちだからな。


俺は最後尾まで戻って、『潜伏』を解いて並ぶ。


「あの、すみません」


「何だ?」


俺は前に並んでいた、たくさんの荷物を抱えた商人らしきおじさんに声をかけた。


「俺、商人になるためにこの街に来たんですけど、どこに行けばいいとかありますか?」


「ん?商人になるなら、アヴェニール王国に行った方がいいんじゃねぇのか坊主?」


不思議そうなおじさん。


でも俺アヴェニール王国ってどこかわかんないよ。


「い、色々事情がありまして………」


「ふうん………」


とにかく誤魔化すことができ、ほっと一息着く。


「まあとりあえず、商人ギルドに行くことだな」


「商人ギルド、ですか?」


「ああ。商人は全員そこに登録してて、商人ギルドへの登録無しに商売をするのは法律で禁止されてんだ」


「へえ!知りませんでした…………」


知らずに商売をしていたらえらい目にあっていたかもしれない。


情報は大事だ。


「色々教えてくださり、ありがとうございました!」


「いいってことよ。同じ職業のよしみだ。いや、まだ見習いか?」


そう言って豪快に笑うおじさん。


前に並んでたおじさんがいい人でよかった。


これはもしかして、適当に振った幸運値のおかげかな?


それからも割と長く並んだが、俺は無事に検問を通ることができた。


今の俺の所持金は銀貨四枚。


商人ギルドに真っ直ぐ向かうのもいいが、とりあえず俺は左手の紋を隠すための手袋を買うことにした。


首都ベルベットの街中は、中世ヨーロッパのようなレンガ造りの街並みだった。


しかし鉄道の類は通っておらず、また商人や冒険者問わず人通りが多かった。


俺はまた通りすがりの人に道を聞き、お店が多く立ち並ぶストリートに着いた。


「それで、手袋ってどこに売ってるんだろう…………」


一応女神メルトナの祝福という称号の『言語の翻訳』のおかげで、すべての字が日本語に見えるため店の名前を見ることには困らないのだが、何せ名前が『服屋』ではなく『デリィ・ブティック』などだ。


何が売ってるのかさっぱりわからない。


まあそれは地球でも同じだったような気がするけど。


とりあえず目に止まった、『デリィ・ブティック』に入ってみることにした。


「いらっしゃいませにゃ〜」


金髪の猫耳少女が笑顔でこちらに振り向く。


おお!これが噂の獣人…………!しかも語尾が猫語とか!


天国か。いや異世界だった。


「どうしましたにゃ?」


なんとなく感動していると、猫耳少女が不思議そうに首を傾げた。


「あ、すみません。このお店、手袋って売ってますか?」


「はい、ありますにゃ!その棚にゃ」


猫耳少女が指さした先に、いくつかの手袋が置いてあった。


俺は棚に移動し、まじまじと見る。


札を見てみると、その手袋を装備した時の効果などが書かれていた。


例えば、装備すると器用値が上がるとか。


しかし効果に応じて値段も上がっていくので、俺は耐久値が売りの特に何の効果もない黒い手袋を購入することにした。


「えっと、銅貨三枚いただいますにゃ」


銅貨なんて持ってないぞ。


「銀貨でいいですか?」


「もちろんですにゃ」


猫耳少女は俺から銀貨一枚を受け取ると、お釣りに銅貨七枚を俺に渡した。


なるほど、銅貨十枚で銀貨一枚の価値なんだな。


俺は「ありがとうございましたにゃ〜」という挨拶を聞きながら外に出て、さっそく黒い手袋を付けてみた。


これで左手の紋は隠せるかな。


昔から黒い手袋はかっこいいなぁと思っていたが、まさかこんな時に使うことになるとは思わなかったけど。


俺は当初の目的通り、商人ギルドに向かうことにした。









「ここか…………」


迷いに迷ってやっとたどり着いたのは、三階建ての建物だった。


土地勘をつけるためにあえて人に聞かなかったのが災いし、一時間ほど街を彷徨うことになってしまった。


耐久値に大幅に振っておいてよかった。


俺は『商人ギルド ベルベット支部』という看板を確認して中に入る。


「おお…………!」


中に入って驚いたのは、まずその広さ。


正面からはわかりにくかったが、かなり広々としていて、奥にはカウンターが三つもある。


その手前では、商人らしき人たちが紙を片手に忙しそうに動いている。


というか、一階の三分の一を占めている積荷の山は何なんのだろう。


俺はとりあえず、おじさんに言われた商人登録をするためにカウンターへ向かった。


「すみません、商人登録したいのですが………」


「はい、承りました。私は受付のフィリアと申します。商人ギルドは初めてですか?」


「はい、そうです」


メガネをかけた受付の女性、フィリアさんが笑顔で答えてくれた。


受付が美人なのは、地球でもこっちでも同じようだ。


「では商人ギルドについて説明させていただきますね。まずご存知の通り、この大陸では商人ギルドの登録無しに商行為を行うことは法律で禁止されております。そのため商行為を行うには商人登録が不可欠となるのですが、商人ギルドへ所属すると月に一度の報告と収益が義務化されます」


「報告と収益、ですか?」


「はい。月に一度、その月に買い付けた物、売った物、生じた利益などを商人ギルドに報告していただきます。そして利益の二割を商人ギルドに納めていただきます」


なるほど、税金みたいな感じかな。


「その収益の日は決まっているんですか?」


「商人登録した日のちょうど一ヶ月後になります。もしご都合が悪ければ、事前に行うことも可能です。また遠出して一ヶ月での帰還が不可能であれば、数ヶ月分まとめての収益もできますよ」


「ちなみに最高で何ヶ月帰還していない人がいるんです?」


「そうですね…………最高で三年くらいです」


おおい、めちゃくちゃ緩いな商人ギルド。


「それ大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。遠出して隣国で商行為を行う場合は商人ギルドへの届け出が必要ですが。ただ、そこまでの遠出となるとかなりの信用がある方でないと許可できませんね。手続きをして拠点を隣国に移してもらう可能性があります」


そりゃそうだろう。脱税しようとしてるかもしれないし。


「あと、収益とは別に商人ギルドへの寄付をすると、寄付金に応じて様々なサービスが受けられます。利益に余裕がある場合はご利用くださいね」


詳しくはそちらのボードを見てくださいね、と右横のボードを手で指した。


まあしばらくは余裕なんてないだろうし、関係ないか。


「それでは最後に、届け出無しで半年音沙汰が無ければ、死亡とみなして商人ギルドを除名させていただきます。もう一度登録し直すこともできますが、寄付金記録などはすべてリセットされてしまうので、あらかじめご了承ください。以上で説明は終了ですが、他に何か質問ございますか?」


「えっと、新米商人はどうすればいいですか?まだ色々わからないところが多くて」


俺はコネもお金も何も無いので、商人としてまだ何もできない。


「そうですね、新人の方には____」


「____お前、新米なのか?」


フィリアさんの声を遮り、突如として凛とした女性の声が響いた。



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