チートな小心者は商人を目指す

@mamiyan6

第1章 ベルネア公国

第0話 プロローグ

『リソスフェア、こちらにいらっしゃいましたか』


リソスフェア、と呼ばれた少女が振り向いた。


『メルトナ様………!すみません、気づかなくて』


自らを呼んだ者が仲のいい先輩の女神だと気づき、慌てて謝罪する。


『いいのです。それよりも、何をしていたのですか?』


メルトナ、と呼ばれた女神が優しく微笑み、不思議そうにリソスフェアの手元をのぞき込む。


『魂の選別です。私とアトモスフェア姉様が管理している地球では少々人が増えすぎてしまったので、こうして処分する魂を選んでいるのです』


リソスフェアが輝く死滅の泉から魂を取り出し、横に置く。


死滅の泉とは、死して天界に昇った魂が流れ着く最後の場所。


女神が天道を繋ぐことによって誕生の泉へと流れ、そして新たな魂となり下界に向かうのだ。


その流れから外されれば、魂は輪廻転生のループに戻ることはできなくなる。


横に置かれた、すなわち処分が決定している魂は合わせて十二個あった。


『………………』


仕方のないことだとわかっていても、どうしても哀れに思い、メルトナは目を伏せる。


リソスフェアはもう一度泉の中を探り、手を出して蓋を閉めた。


『本日の選別はこれくらいですね。そういえばメルトナ様、私に何か用がおありで____』


『____リソスフェア、この魂たちいただいてもいいかしら?』


メルトナはリソスフェアを遮り、そう告げる。


メルトナの突然の申し出に、リソスフェアは目を丸くした。


『え?あ、はい、もう処分してしまう魂ですので…………』


『ありがとう、リソスフェア。アトモスフェアにはあなたから話をしておいてください』


『メルトナ様!?』


メルトナは十二個の魂を抱え、急いで自らの管理するメルトナ大陸の誕生の泉へと運ぶ。


メルトナ大陸は、危機という危機がここ三百年ほどない平和な世界だ。


しかしリソスフェアとアトモスフェアの姉妹が管理する地球より、いささか文化レベルが低いと思われている。


メルトナはメルトナ大陸で慈愛の女神と崇拝されてはいるものの、基本的に放任主義であった。


そのため地球より歴史は古いのに、文化は地球の中世ほどで止まっている。


リソスフェアやアトモスフェアは干渉を好み、その結果大規模な戦争が起こったり地球温暖化が起こったりもするのだが、それによって一応歴史が進んでいる。


メルトナとて、後輩女神への対抗心がある。


もしこの地球の知識を持った魂たちが、生前の記憶を持ち越しながらメルトナ大陸で生まれ直したら、果たして世界はどう変化するのだろう、と。


メルトナは十二個の魂を誕生の泉の前に置き、祝福を授ける。


転生には相当のエネルギーが必要なため、彼らは実に二十年分ほどの魂を使用する。


しかし記憶を継承させるためには、両親から生まれるような転生にはできない。


メルトナは考え、彼らの魂に十二星座を象った名前を与えた。


十二個の魂が光り、それに呼応する形で誕生の泉が輝く。


メルトナは一つずつ魂を泉に落としていく。


最後の魂を落とし終え、メルトナは祈る。


『……………哀れな魂たちよ、その生に幸があらんことを』


こうして女神の気まぐれに助けられた魂たちは、祝福と共に下界へと降りていった____














「…………ここは……?」


俺が目を覚ましたのは、白昼夢のようなふわふわとした空間だった。


目を覚ます、とはいえ自らの体はなく、意識だけが浮遊しているような状況だった。


「そうだ………俺死んだんだっけ」


最後の記憶を思い出し、軽く身震いする。いや、体はないので身震いするような気分になった。


俺は生前、三十七歳の独身サラリーマンだった。


あの日は残業が重なり、会社を出る頃にはふらふらだった。


しかし終電ギリギリだったこともあり、普段は通らない暗い道を通って駅に向かったのだ。


ちょうどその道の隣では、夜遅くまで工事をしていた。


疲れで周りへの注意が出来ておらず、自分の真上で紐が切れるような鈍い音がしたことに、俺は全く気づかなかった。


そして____


ゴンッ


気づいた時には、落下した鉄骨の下敷きとなっていた。


「…………………まじか」


死んだ時は痛みもなく死んだとすらわからなかったが、こうして思い出してみると心にくるものがある。


それにしても、ここは天国なのだろうか。


天国は死んだ人が住んでいるみたいなイメージがあったのだが、ここには誰もいない。


しばらく呆けていると、どこからか綺麗な声が響いてきた。


『目覚めましたか?』


「うわっ………!」


驚いて辺りをきょろきょろ見渡す。


しかし誰もいない。


『あなたの魂に直接語りかけていますよ』


綺麗な声が、笑いを含む。


俺はちょっと恥ずかしくなったので、これ以上動かず正座をした(したような気分になった)。


『あの………あなたは?』


『私はメルトナ。とある世界を管理する女神です』


女神様か。なるほど、やはり天国なのは間違いないようだ。


もしかしてこれから天国に行くにあたっての注意事項を説明します、みたいな感じだろうか?


勝手に納得する俺を差し置いて、女神メルトナは俺の考えをひっくり返す言葉を告げた。


『あなたにはこれから私の管理する世界、メルトナ大陸へと転生していただきます』


「………………え?」


転生?転生って、ファンタジーとかでよくある、あの転生?


『そうです。あなたには、地球での知識を継承しながら剣と魔法の異世界へ転生するのです』


心を読まれた驚きよりも、剣と魔法の異世界という単語にびびる。


俺は鉄骨落下による事故死だ。


その恐怖はもう忘れられない。


日本よりさらに危険な世界で生きるなど、ちょっと自信ないのだが。


『珍しいですね、他の転生者の方は皆さん喜んでいらっしゃったのですが…………』


「俺、結構なビビりなんで………って、他の転生者?」


『はい。あなたを合わせて十二人の方が転生します』


なるほど、よくあるチートというやつではないみたいだ。


なら尚更怖いんですけど。


『ご安心ください。平和な世界ですので、そう簡単には死ぬことはありません』


あのそれ、女神様はフラグって知らないんですかね?


俺が一人不安になっていると、女神は軽く咳払いし、『スキルウィンドウ』と呟いた。すると。


「うおっ………!?」


目の前にゲームのステータスメニューみたいなホログラムが現れた。




名前:レオ


種族:


年齢:17


ジョブ:


Lv:1


HP:1000


MP:500


STR:1 INT:1 VIT:1 AGI:1 DEX:1 LUK:1


SP:100


〘スキル〙



〘称号〙


《転生者の烙印》


・魂の消費


・記憶の継承


・SP:100贈呈


《女神メルトナの祝福》


・HP、MPの自然回復速度の増加


・スキルを無条件に三つ選択し、その中の一つをLvMAXにする


・言語の翻訳




「あの…………これって?」


『あなたの現在のステータスです。この世界独自の制度ですよ』


いやゲームとかによくあるんだけど………。


『それはアトモスフェアが真似して____ごほん、失礼しました。そのSP、ステータスポイントを振り分けてください。ステータスについてご存知なら、筋力値や耐久値についての説明は省かせてもらいますが』


「あ、はい、それについては大丈夫です」


ゲームしか趣味のない寂しい独り身でしたので。


ん?というかこれ………。


「あの、名前が『レオ』ってなってるんですけど」


俺はそんなにかっこいい名前じゃないぞ。


名前負けしそうだ。


『十二人にはわかりやすく私が十二星座を象った名前を与えました』


なるほど、じゃあ十二星座を象った名前を見つけたら転生者ってことになるのか。


『空欄は自ら設定してください。年齢は、転生の際に莫大な魂エネルギーを使用するため二十年分引かせてもらっております』


「じゃあ、十七歳の俺で転生ってことですか?」


『はい』


おお、それはちょっとありがたい。三十七歳無職とか、剣と魔法の異世界以前にやばいだろう。


俺は女神様の指示通り、空欄を設定し始めた。


まずは種族。


入力するのかと思いきや選択式だった。


人間、エルフ、ドワーフ、獣人…………。


「もしなんですけど、エルフとかに転生したら長生きとかできるんですか?」


『いえ、あなたは人間の魂分しか持っていないので、どの種族でも人間ほどの寿命しか生きられません』


じゃあ選択肢一つしかないじゃん。


俺は人間を設定。


次にジョブ。


これも選択式で、種族とは比べ物にならないくらいの莫大な選択肢があった。


まあ五十音順になってはいるけれど………。


「あの………市民とかありません?」


『ありません。市民はジョブではございませんので』


「……………そうですか」


俺はただ平和に安全に生きたいだけなんだけどさ、弓兵とか剣士とか神官とかさ、戦う前提のジョブばっかり。


そんなに物騒なのだろうか、メルトナ大陸。


『ちなみに他の転生者から人気なのは剣士と魔術師ですよ』


に、人気って………まあ確かに冒険者っぽくて楽しそうだけど、そんな死亡率が高くて時給低そうな仕事は真っ平だ。


しばらくスクロールしていると、あるジョブが目に止まった。


「商人…………!」


冒険者のように危険と隣り合わせではなく、街の安全なところで商品を売ればお金が手に入る。


最高じゃないか。


俺は迷わず商人を設定。


次に主なステータス。


冒険者はやらないから、筋力値と知力値は放置。


やっぱり死にたくないから耐久値はめっちゃ上げよう。


敏捷値は逃げ足を上げるからそれなりに上げて、器用値は商人に必要そうだから上げる。


そこまで設定したものの、SPがなんと38も余ってしまった。


もうめんどくさいから全部幸運値に突っ込んだ。


最後にスキル。


『称号にある《女神メルトナの祝福》により、スキルを無条件で三つ選ぶことができます。また、その中の一つをLvMAXにできますよ』


おお、珍しくチートな機能だ。


しかしその選択肢を見て、げっそり。


ジョブ以上、いやジョブと比べるのすら億劫な数だった。


そりゃそうだろうけど、探すのがすごく大変だ。


とにかく命を守れるようなスキルがあればいいんだけど…………。


「お、『潜伏』か…………」


スキルの説明に、魔物や人から姿や気配を消す、と書いてある。


これならピンチになっても隠れてやり過ごせるな。


俺は『潜伏』を選択し、迷わずLvMAXに設定。


次に商人として、物の価値を見ることができるようになる『鑑定』と、出会った人間や魔物のステータスを見ることができるようになる『分析』を設定。


最終的に、俺のステータスはこのようになった。




名前:レオ


種族:人間


年齢:17


ジョブ:商人


Lv:1


HP:45000


MP:500


STR:1 INT:1 VIT:45 AGI:15 DEX:15 LUK:38


SP:0


〘スキル〙


『潜伏』 Lv:MAX 『鑑定』Lv:1 『分析』 Lv:1


〘称号〙


《転生者の烙印》


・魂の消費


・記憶の継承


・SP:100贈呈


《女神メルトナの祝福》


・HP、MPの自然回復速度の増加


・スキルを無条件に三つ選択し、その中の一つをLvMAXにする


・言語の翻訳




ようやくステータスの設定が終わり、一仕事終わったかのように肩を回した(したような気分になった)。


『終わりましたか?それでは転生の準備に入りますね』


「あ、はい」


女神様の声が消えると、突如目の前が真っ暗になった。


もう声は発せなくなっていた。


その後転がるような衝撃と、水に沈んでいくような感覚が俺を襲う。


『……………哀れな魂たちよ、その生に幸があらんことを』


そして薄れていく意識の中、最後に女神様の声が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る