第7話 備えあれば憂い…なし?
ヴィランツ王国のとある地下にて。
黒フードを被り、クマが目立つほどに痩せこけた男が、月明かりに向かって祈りを捧げていた。
「ああ、女神メルトナよ。感謝しております…………」
それはさながら狂信者のような禍々しさを帯びていて、男の不気味さをより際立てていた。
「お前、メルトナ教徒なのか?」
後ろから声がかかり、男は祈りをやめて振り返った。
問いかけたのが同僚だと気づき、男はクマが大きく刻まれた目を歪めた。
これが彼の笑みだ。
「はい。命の恩人ですので」
「…………そうか。暗殺者にしては珍しいな」
同僚はおそらく比喩か何かかと理解したはずだが、男としては、これは本当のことだ。
あの日、死刑が執行されて死んだ我が身を、この世界へ山羊座の名『カプリコルヌス』を与えて転生させてくれたのだから。
まさかまた人殺しができる日が来ようとは、夢にも思わなかった。
女神様には感謝してもし切れない。
「それで、次のターゲットはどなたです?」
そう聞くと、同僚は依頼書を薄汚れたテーブルに広げた。
「ベルネア公国の商人ギルドでギルドマスターをしている女だ。名前はイリアナ・ヴァリッサ」
「ほうほう。依頼主はどちらで?」
「ブラム卿だ。どうやらブラム卿のボンボンが遊び半分で迷宮層に潜り、採取した魔石を商人ギルドに持っていったら、奴に恥をかかされたらしい。それの逆恨みだな」
そんな理由で、とカプリコルヌスは呆れたが、すぐに興味を無くす。
男にしてみれば、人殺しができることが最優先。
他は基本的にどうでもいい。
「やれやれ、この世は金と権力ですねぇ。そんな我儘が通用するとは。しかしねぇ、ヴィランツ王国が同盟国の要人を殺すのは、いささかまずいのでは?」
「だからこそ汚れ仕事は我々の出番だ。ベルネア公国は迷宮層のおかげで相当潤っているらしいからな。これ以上の台頭は厄介だと、他貴族からの賛同もある。失敗は許されないぞ」
「ほう。では商人ギルドの職員を皆殺しにして良いと?」
カプリコルヌスの目が怪しく光る。顔を歪め、愉悦に満ちた表情を浮かべる。
まだ一ヶ月未満の付き合いだが、同僚としてはカプリコルヌスの人間性は好きになれない。
金のためではなく、ただ単純に人を殺したいがために暗殺者をしているのだから当然だ。
その代わり腕は良いので、仕事のみで付き合う限りでは頼もしいのだが。
「…………最優先はギルドマスターだぞ」
「わかっていますとも。くくっ…………」
決して気分の良い笑い声ではない。
歪んだ彼の性質を表しているように、悍ましい。
気味の悪い男だ、と同僚は眉を顰める。
同僚は、もう打ち合わせは終わったと言わんばかりに、静かにその場を後にした。
「それは確かに大変だったな、レオ」
今日起きたことをイリアナさんに話すと、珍しく目を丸くして驚いてくれた。
あれから俺たちはサーペントの空間を脱出し、勢いのまま第十迷宮区を出た。
第五迷宮区に外への転移石があらかじめ設置されていたので、大急ぎでそこまで戻り、無事地上へ帰ってこれたのだ。
俺はランプ係だったが、二人は成人男性をそれぞれ背負って走っていた。
あらためて体力の違いを思い知らされた気分だ。
ちなみに二人は無事目を覚まし、『混乱』も解除されていたらしい。
「俺、商人ギルドの外に出てもろくな目に会いませんね…………やっぱり俺は引きこもりの生活に戻ります……………」
「こら、魔石売買は一段落したし、明日からはまた小麦の買い付けが始まるぞ。自堕落は許さないからな?」
イリアナさんが冗談半分にけらけら笑う。
まあそうだよな。忙しい時期だって言ってたし。
すると突如背後から声がかかる。
「もうマスター、意地悪言わないでください」
振り返ると、フィリアさんがいた。まだ料理は頼んでいないようだ。
「あ、フィリアさん。どういうことですか?」
するとフィリアさんは腰に手を当てて、イリアナさんを諭した。
「マスター、レオさんは明日休みにするって言ってたじゃないですか!」
「え?い、いやいや、レオが商人ギルドの外に出たくないと言っててな」
イリアナさんは焦ったように反言する。
しかしフィリアさんの剣幕に押され気味だ。
「外に出なくとも休めます!そんな大変な目に会ったなら、明日は否応なしに休ませるべきです!」
フィリアさんの一切引かない姿勢に、イリアナさんは狼狽える。
というか俺はそんなことよりも聞きたいことがある。
「商人ギルドの職員って、休みあるんですか?」
するとフィリアさんが、信じられないものを見る目で俺を見つめ、そして何を思ったのかイリアナさんに頭を下げた。
「………………マスター、少し言い過ぎました。なんとなくレオさんにも原因がありそうですし…………」
え?なんかフィリアさんが哀れみの篭った目でこっちをちらちら見てるんだけど…………。
「そうだろう?しかしそんな認識になるまで働かせていたとは…………すまないレオ、この通りだ」
え?世界一頭を下げるのが似合わないイリアナさんが頭下げてるんだけど……………。
「明日一日は休ませてあげましょう。さすがに人間としてこの認識はまずいです……………」
「そうだな……………。ああレオ、明日は休みだから何時まででも寝てていいぞ」
「えっ?えー………?」
何が何だかわからないままフィリアさんに人格否定されつつ、俺は転生後初の休日を手に入れたのだった。
謎のやりとりでめでたく休日を手に入れた俺は、することに少し悩んだ結果、ベルベットを散策してみることにした。
「といっても、どこに行けばいいのやら………」
俺は商人ギルドの外へ五歩程出て、照りつける太陽を眺める。
一応昨日魔術師ギルドから報酬として金貨二枚をもらったから、大抵の物は買えるのだが、今特に必要な物が思いつかない。
生前からゲームのみが趣味だったからなぁ。
俺からゲームを取ったら何も残らない。
この世界にゲームをもたらしたら、もしかしたら歴史に名が残る大商人になれる予感だが、残念だがゲームの仕組みがよくわからないので再現するのは不可能だ。
というかゲームやらなくとも、この世界そのものがRPGみたいなものだしな。
悲しいことに、俺はその冒険は永久にプレイできないけど。
とりあえず俺は、昨日の借りを返すために魔術師ギルドに赴いた。
魔術師ギルドは商人ギルドとはうって変わり、薄暗くて怪しげ雰囲気があった。
壁一面に魔導書が敷き詰められていて、図書館でも十分通用しそうだ。
俺は黒いローブを着ている受付に声をかけた。
「すみません、グロースさんいらっしゃいますか?」
昨日俺を引きずり回した職員の名前だ。
「グロース?今日は休みだ」
本から目を外さずに職員は答える。
ぐ………逃げたな。
怒りが再燃したがぐっと堪えて、魔術師ギルドに来たもう一つの目的を果たす。
「じゃあ、これって加工できませんか?」
俺は魔法鞄から二つの魔石を取り出す。
「これは?」
ここに来て初めて興味を持ったのか、職員が本から目を上げる。
「『麻痺の魔石』と『睡魔の魔石』です。昨日迷宮層で発見された物ですよ」
職員は少し驚いたように俺を見たが、すぐに俺から魔石に視線を移した。
「魔工技師に聞いてみないとなんとも…………何に加工したいんだ?」
「そうですね………注射器にできます?」
「チュウシャキ?」
聞いたことがないのか、首を傾げる職員。やっぱり注射器は通じないか。
「あー………じゃあ液状にしてもらえませんか?」
「それくらいなら俺にもできるな。いつまでに?」
「次の休みがいつになるかわからないので、できれば今日の夕方までに」
「わかった」
魔石を持って、そそくさと奥に戻る職員。
あの人、受付業務ほっといていいのだろうか………?
そう思いつつも、せっかくある休みの時間を無駄にしてはいけないので、俺も魔術師ギルドを後にする。
次に俺は、服屋へと赴いた。
「いらっしゃいませにゃ〜!」
初日に来た猫語語尾でお馴染みの『デリィ・ブティック』に入ると、前とは違い数人のお客さんがいた。
専門店ならたくさんあったのだが、やはりここがリーズナブルで総合的な品揃えもいい。
お金には少し余裕ができたが、贅沢する気はない。
今回は迷宮層での反省を活かし、より頑丈もしくはより逃げ足を早くする装備を探しに来たのだ。
初期アバターは脱却したが、今は商人ギルドの倉庫にあった古着しか持ってないし、少々耐久値が心許ない。
どの世界でも、やっぱり命が一番大事だからな。
悩んだ結果俺は『飛び兎の黒ブーツ』と『牛革のコート』を買った。合計で銀貨六枚と少々痛かったが、それに見合う付与効果を持つ。
『飛び兎の黒ブーツ』は装備しているだけで敏捷値が10上がり、跳躍力も数倍に上がる。
『牛革のコート』は、耐火性を持っているし、軽い攻撃なら防ぐことができる。
やっぱり命を守ることにお金は惜しむべきじゃないよな。
「ありがとうございましたにゃ〜」
相変わらずの猫語語尾に癒されながら、俺は『デリィ ・ブティック』を後にする。
ちなみにこれだけ動いていると、もう昼下がりだ。
多分今、三時くらいかな?時計ないから正確にはわからないが。
そういえばお昼食べていないや、と思い、近くの売店で買ったサンドウィッチを持って噴水公園のベンチに座った。
噴水公園といえばリア充が勝手に湧いてくるイメージを持っていたがそんなことはなく、子どもたちが元気良く遊んでいる。
そんな姿を見て俺は、あらためて良い国だなぁと思った。
迷宮層などという得体の知れない大迷宮が自分たちの下に広がっているのに、人々の顔は俄然明るい。
幸せそうな子どもたちを見ながらサンドウィッチにかぶりつこうとして…………そこでふと、あまりお腹が空いていないことに気がついた。
「…………………」
嫌な予感がして、俺はスキルウィンドウを開けた。
名前:レオ
種族:人間
年齢:17
ジョブ:商人
Lv:1
HP:50000
MP:500
STR:25 INT:1 VIT:50 AGI:40 DEX:15 LUK:38
SP:0
〘スキル〙
『潜伏』 Lv:MAX 『鑑定』Lv:2 『分析』 Lv:1
『疲労耐性』 Lv:2 『睡魔耐性』 Lv:2
『精神防御』Lv:1 『空腹耐性』Lv:1
〘称号〙
《転生者の烙印》
・魂の消費
・記憶の継承
・SP:100贈呈
《女神メルトナの祝福》
・HP、MPの自然回復速度の増加
・スキルを無条件に三つ選択し、その中の一つをLvMAXにする
・言語の翻訳
「く、『空腹耐性』って…………」
昨日の走りで敏捷値が前より10上がったとか『鑑定』と『疲労耐性』と『睡魔耐性』がLv:2に上がってるとか色々ツッコミどころは多いのだが、新たなスキルもまた社畜スキルで、俺は肩を落とした。
まあ『睡魔耐性』は昨日役に経ったけどさ。
しかも『空腹耐性』と『疲労耐性』は自動発動系のスキルで、カットしなければ永久にかかりっぱなしという有様だった。
いたたまれなくなった俺が『空腹耐性』をカットすると、途端空腹に襲われ、サンドウィッチにかぶりつく。
まあ徹夜とかには便利そうだよな、『疲労耐性』と『睡魔耐性』と『空腹耐性』のコンボは。
働かざる者食うべからず。
なんだかそう言われているような気がして、俺はなんとなく社畜運命から逃れられないことを悟った。
秒速でサンドウィッチを食べ終えると、一応『空腹耐性』を発動しなおして立ち上がる。
俺は忘れかけていた魔術師ギルドの頼み事の調子を見るため、もう一度魔術師ギルドに赴いた。すると。
「あれ?」
さっきの受付の男が、また同じ姿勢で本を読んでいた。
「ああ、さっきの」
受付は俺に気づいたのか本を閉じてカウンターに起き、奥から二つの瓶を持ってきた。
「こっちが睡魔毒。こっちが麻痺毒な」
受付の説明は乱雑だが、薄紫色の液体が睡魔毒、黄緑色の液体が麻痺毒のようだ。
「すごく早いですね…………」
正直夕方までかかるとばかり。
「魔法で溶かして冷やしただけだ。一時間でできる」
いやいや、それを早く言えって。
心の中でそうツッコミつつ、ありがたく受け取る。
「じゃあ、ありがとうございました。あと、いくらですか?」
魔術師ギルドへの依頼にも金がかかる。後払いなのが少々怖いが、金貨五枚とかだったらどうしよう。
「銀貨二枚」
「え?それだけでいいんですか………?」
思いがけないほど安い値段にたじろぐ。
「いい。魔術師ギルドは研究さえできればそれでいいから。金を稼ぐ気はない」
受付は俺から銀貨二枚を受け取ると、何も起きなかったようにまた同じ姿勢で本を読み出した。
ちらっと見たが、何やら魔導書のようだった。
イリアナさんからは魔術師ギルドは変人が多いからまともに関わるとろくな目に会わないと言っていたが、こういう変人は俺は嫌いではない。
彼の胸に下げられた『イグニート』という名前を、俺は覚えておくことにした。
メルトナは傍観の泉で、彼らの様子を見ていた。
『メルトナ様、あの後どうなりました?』
横に座っていたリソスフェアが、心配そうに泉をのぞき込む。
彼らは元は彼女の管轄にいた、いわば子どものような存在。気にするのも無理はない。
『大丈夫よ。みんなそれぞれの道に進み始めています』
『そう、ですよね。あ、でもその、メルトナ様………』
リソスフェアが言葉を詰まらせる。
メルトナには、彼女の言いたいことがわかっていた。
『ええ、わかっていますよ。十二の魂は知る由もないでしょうが、私が送り込んだのは地球で特に価値無しと判断されて処分する予定だった魂。当然、よからぬ気性を持つ者もおります。そのような者が世を乱すのも、また運命の流れ。私はすべてを受け止め、歴史を進めるとしましょう』
メルトナは泉に手を入れて、祝福を追加する。
彼らがこれからどんな行動を取るのか、それはメルトナにもわからない。
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