ルーアンはイングランド軍駐屯地の石牢における「ジャンヌ・ダルク」からの聞き取り。その草稿。

タナカノッサ

ルーアンはイングランド軍駐屯地の石牢における「ジャンヌ・ダルク」からの聞き取り。その草稿。

いつの話からすればいいの?

生い立ち?っても、別にフツーよ、フツーの農家の長女。

フツーに家の手伝いして、妹と弟の世話して、たまに遊んで。

ちょっと他の子と違うトコがあるとしたら……そうな、目端が利くところかな。


わかっちゃうんだよね。作付けの頻度はどうしたらいいとか、何をどこに蒔いたらいいかとか、

羊を追うにはどうすればいいかとか、弟はなんで泣いてるかとか。

そんときどうしたら良いかがわかっちゃう。


でもさ、子供だったからさ、

「なんでそう思うの?」って言われても困っちゃうんだよね。

今でこそそう思う理由を挙げられるようになったけど、

自分で答えが出てるのにいちいち教えてやるのはまどろっこしいし、

あんま難しいこと考えたくないし。


だからさ、神様のせいにしちゃった。

神様が私に教えてくれた。なぜなら私が神様に選ばれた子だからって。

父さんも母さんも信じてなかったけど、叔父さんとかが本気にしちゃって、

だって私が言ったことがいちいち当たっちゃうんだもん。

そしたら、

十二過ぎたくらいから、私はドン・レミの神の子で通ってた。

あ、ドン・レミ知ってる?いいとこだよ。

東に蛮人が住んでて、川渡って東に行くと殺されちゃうけど。

ウヒヒ。



でさ、神の子パワーでちょっと皆から一目置かれて、相談事とかも受けるようになった十五か十六くらいのときのことかな?なんか貴族様がこの辺で「奇跡集め」をしてるって噂が耳に入ったのよ。うん「奇跡集め」。たとえばヴィッテルの温泉が刀傷をたちまち治す……って話があるんだけど、何頭立ての馬車がいくつもやってきて、泉が枯れんばかりに持ってたとか、百歳超えてもめりっさ元気な爺さんがとんでもない待遇で連れて行かれたとか、喋る馬が幾らで買われてったとか。

私ピンと来たね。今度の戦はどんだけヤバイんだ。と。

傭兵を募って村々を回るならわかるけど、「王家は奇跡に頼ってる」って醜聞が広まるのもお構いなしにご利益がありそうなものをかき集めてる。

負けるわと。

負けたらどうなるかなんて、こちとら蛮族んちの近所に住んでるから分かります。

どうすっかなーと。

ま、その瞬間わかってたんだけどね。

奇跡集めは早晩うちの村にも来る。その時差し出されるのは……多分私だ。いや、差し出せるものが私くらいしかいない。名物も謂れもない村だからね。

でも、それ以上に、奇跡として祀り上げられて、戦場の近くに連れて行かれるのなら、勲功を立てる機会に恵まれると思った。「私が一軍を指揮するのも夢ではないのでは?」とも。


だってみんなバカなんだもん。私が指揮をしたほうが幾分マシよ。

実際マシだったじゃん?

歴戦の兵士たちが女の指揮に従うか?って。

私、神の子だもん。奇跡枠出身の神の子担当。

言うこと聞いてくれない奴は異端のズベってことにならない?

なるよね。

なるんだよ。



ただ運が良かったのは、私が「奇跡枠の神の子でーす。王家を救いに来ましたー」って行った先が、ダンジュー夫人……、ヨランド・ダラゴン様って言ったほうが通りが良いかな。この人だったことだね。

あとから知ったんだけど、この時の王家ってめちゃくちゃで、そもそもこの戦争の始まりが、王家の中の「ブルゴーニュ派」と「アルマニャック派」の争いの助っ人に、イングランドを頼って、助っ人の見返りに「王位を寄越せ」って迫られたことだそうでさあ。いやいや、ネズミに困ってるからって猫を飼い始める魚屋おる?自分の売り物食われることに思い至らないのか、よっぽどネズミが憎いのか、考えがないのか……。てか、あんたらも「ブルゴーニュ派」なんでしょ?ちょっとこの辺、ほんとわけかんなくて困るわー。


まあ、そんなこんなで、貴族たちはみんな利己的で、近視眼的で、思慮が浅くて、もちろんまともな人もいただろうけど、少数派で……。だから、心から王家の救済と、敵の撃退を考えているヨランド・ダラゴン様に巡り会えたのは私にとって幸福で、ヨランド・ダラゴン様も嬉しかったんだと思う。私を見た時、少し微笑んで、二言三言言葉を交わしたあとは、もう、ヨランド様って呼ぶことを許してくれた。計算できるまともなコマが手に入ったって感じだったのかな。まさか同志を見つけたとはお思いにならなかっただろうけど。良くしてもらったな。私をまるで救世主みたいな「見てくれ」にまで仕上げてくれたのはヨランド・ダラゴン様で、人足や便宜まで全部用立ててくれた。そろばんはじいてたってのはわかるよ?失敗すること前提の作戦で、当たったらラッキー、ハズレても懐はそこまでいたまない、みたいな。でも、ランスの戴冠式をヨランド様が喜んでくれてたなら嬉しい。



あー?どうやってお偉方と仲良くなったかって?

出世とか興味ある系?向いてない人には向いてないからやめたほうがいいよ。

そうじゃない?純粋な興味?

じゃ、具体的に誰と仲良くなったときの話が聞きたい?

ヴィニョル将軍?

あー……ラ・イールのことか。

あれは単純に気が合ったというか。私が役に立ったというか。

あいつすぐ怒んのね。だから部下が意見しにくくって。そこで私の出番ってわけ。ラ・イールが出さなそうな作戦を敢えて立案する。ラ・イールは文句をつけるんだけど、そこで初めて自分が何にこだわっているか、どんな作戦を立てようとしているかが明らかになる、と。

私に怒鳴り散らしてるうちにどんどん思考が澄明になっていって、最後にはニヤリと「メル・シー」。周りはポ・カーンだよね。一部のラ・イールの側近以外は、なんで大将は私を重用してたんだろうって今でも思ってるんじゃない?アレよアレ。道化師。フランス王家にもいるでしょ。オーサマの近くで好き勝手言うやつ。知らない?あー、道化師の言うことなんか誰もまともに取り合わないのよ。だから、本当のこと、言われたら痛いことを言っても許される。それがガス抜きになったり、アイデアの突破口になったりする。私の言葉もそう。女で戦素人だから「好き勝手言って良い」の。もちろん神の子だしね。別枠別枠。そして「好き勝手言う」ことが、柔軟な作戦の呼び水になるってこと。だからラ・イールに関していえば、そういうポジションがたまたま空いていて、私がたまたまその役が出来て、上手いことやり切ったというワケ。人生はタイミング、よね。


ん?もうひとり?

ジル・ドレイ?

ああ、ジル。ジルはねえ~……クク。思い出してもおかしいわ。

いやね、なんか結構な手勢を連れたいいとこの坊っちゃんがノコノコ歩いてたのよ。

そこでボゴッよ。とりあえずぶん殴ったの。序列を教えるには殴るのが一番。

貴族様だから、父親からは殴られたことがあるのかもしれないけど、それは序列の確認でしか無いから。序列の更新のためにはボッコボコにすんの。唐突に、徹底的に。農家の娘はめっちゃ力強いかんね。だから旗とかぶんぶん振り回せたんだけど。

で、そろそろ腕が疲れたなぁってところでマウントとったままジルを見下ろしたら、ニッカァ~笑ってたのよ。で、あなたに従います。なんなりとご命令くださいって言ってきたと。こうして私は下僕を手に入れたわけね。それにしても……私の暴力は手段でしかないけど、あれでジルが、唐突で残酷な暴力でしか人と関われないようになったりしたら、私のせいなのかもしれないわね。ま、あいつも大人だから、さすがにわきまえてくれると信じたいけど。

いいの?これで。私の「仲良く」なり方はマトモじゃないよ。

持てるはずのないものを持とうとすると、どうしてもマトモじゃいられなくなる。私は計算ずくでやってるけど、それはあなたに出来ますか?って話。出来てもやらないほうがいいけどね。そのせいで私はこのザマなわけで。

うん。




オルレアンかー。

いや、別に、種も仕掛けもないし、作戦もないから、全然威張れないんだけど、聞くの?


……大前提として私達の仕事は、イングランドの手に落ちたフランスの町々を南から順繰りに解放することなんだけど、交通の要所であるオルレアンの奪還は火急を要していた。オルレアンはイングランド軍に包囲され、人々は虫の息であると。そしてオルレアンが完全に落ちたならば、そこを足がかりにイングランド軍は、シャルル殿下が避難しておられるブルージュに攻め上がろうと。上がるってなんか変だな、地図上はブルージュって南だしね。……それはどうでもよくて。

オルレアンが落ちるのはマズイ。これは私でもわかったし、ラ・イールなんかは痛いほど理解していたと思う。どうオルレアンに忍び込んで、中の人たちに物資を送り込んで、中と外で呼応して包囲を脱しようか……という話を何度もした。で、いつも「厳しい」という結論に落ち着いた。

……だけど、だけどさあ。包囲されてるって言われたら、ネズミ一匹通れない厳しい状況を想定するじゃん。街の中の人は物資が尽きて飢えているって思うじゃん……。結構元気だったよ……。だって、物資が定期的に入ってくるんだもん……。まさかさあ「包囲する側の人数が足らなくて、門がひとつフリーパスになっていた」なんて思わないじゃん。

包囲する側は包囲される側の二倍の人数が必要だってジルが言ってたけど、少ない人数で大勢を捕まえられるのは、羊相手の羊飼いくらいよ。イングランド人、羊の飼いすぎて頭おかしくなってたのかしら。

フリーパスの門をくぐってオルレアンの人たちと合流したときにその話をしてやったわ。

「あいつらはお前らを羊だと思っている。羊のまま死にたいのか?羊だって柵を破ろうとするぞ。なあ、お前たちは羊か?羊なのか?」

効いたね~。人間、ナメられるのが一番イヤだからね。士気が上がった市民と、私達が連れてきた援軍をあわせて八千。対するイングランド軍は五千。これで形勢逆転……かというとちょっと違う。イングランド軍はオルレアンの周りに十一の砦を建てて、その中に立てこもっていたからね。ラ・イール曰く、砦攻めは三倍、できれば五倍の人数がほしい。とのこと。ジルも頭を抱えちゃった。でもここで私よ。常識に囚われず本質を見抜く神の子たる私のね。言ってやったわよ。

「砦攻めに二万五千の兵士が必要なのは、敵の五千人が全員一つの砦に立てこもっている場合じゃない?」って。私達八千の軍勢が相手にするのは、五千÷十一の兵でしかないのでは!?ってね。


もちろん、机上の空論だって笑われたけど、ラ・イールがとりあえずやってみるかっていってくれて、あとはご存知の通り。


あれ、砦を築いたのがまずかったんだね。砦を築くと、役職が出来る。つまり、砦ごとに砦の代表が出来る。立場ができちゃうんだよ。立場はねえ、言い訳になるんだ。八千の兵が、五百人しかいない砦を包囲して砲や弓で蹂躙してても、どの砦からも援軍は来なかった。だって「自分が任された砦を空にする」ことなんて出来ないから。不合理だよねえ。自分たちが本当はどうすればいいか分かりながら、自分の立場に固執して、一番楽な選択肢を選んでは、死ぬのをじっと待っている。

だから私が言ったこととやったことってのは一言、「突撃」だけ。でも、それで勝てちゃった。ひとつ目の砦に「突撃」、ふたつ目の砦に「突撃」。以下同文。ってね。

こんな話、面白い?無理やり教訓っぽくする?

マウント取られても「あ、死ぬ」なんて諦めないで、そいつがこっちを押さえつける力がどれほどのものかよく考えて、生きることを諦めないで!的な。どう?



ランスの戴冠式、か……。

ああ、殿下は、いや、陛下は……本物だったねえ。

香油を注がれたあとの、殿下から陛下になられたシャルル様は、月並みだけど、輝いていたわ。

私は本物にはなれなかったねえ。

香油が私に注がれなかったからなのか、それはわからないけど。

今のザマを見てほしいわ。本物はこうはならない。神様は間違えないからね。

シャルル様は今なおきっとこの空の下に輝いてあらせられ、

そして私は薄暗い石室に繋がれている。

それが全て。

並べて語るのもおこがましいけどね。



陛下が私の身代金を払わなかったことをどう思うか?

身代金は将軍や貴族の理論だからねえ。私に払ういわれはそもそもないでしょ。

多分陛下はそれくらい割り切ってると思う。

あーでも、ヨランダ様は、少しは捻出しようと働きかけてくれたら嬉しいな。別に、切り捨ててもらっても、こっちとしては織り込み済みだけど。

え?ラ・イール捕まったの?

私の奪還戦に参加して?

あー……それは悪いことしたなあ。

彼はね、負けるときは超負けるの。相方や上役に恵まれないと全然力を発揮できない。

せめて奪還戦に私が参加していたら……なんて。

あー、貧乏くじ引かせちゃった。もうしわけないなあ。

でもちょっと嬉しいな。うん、これは僥倖……というか、

これだけでずいぶん、救われているなあ。



……教義や奇跡以外の聞き取りはこんくらい?

どう転んでも私は死ぬんでしょ?ならせいぜい、皆が納得する火刑台を建てなさいな。

私の中では、私が死ぬ理由ははっきりしてるのよ。

神の名を語った。神の名の下に多くの人間を死地に追いやった。

少なくとも私一人無残に死なないと、釣り合い取れないでしょ。

神が私に責任を取らせている?

違うね、そんな回りくどいことをさせるなら、そもそも私は「生まれていない」。

私が私に勝手にケジメをつけるのさ。

その後は本当に、神のまにまに、ってことで。




・・・・・・・・・



ルーアンからの引っ越しの準備のさなか、ジャンヌ・ダルクからの聞き取りの草案が出てきた。

ほとんど採用されなかったが、かといって葬り去らねばならぬようなものではあるまい。

我々はすでにジャンヌ・ダルクを裁いてしまったわけで、神の名の下の裁判は、無謬性が前提であり、覆されることはない。こんな紙切れ一枚(全然一枚に収まらなかったが)、私が懐かしんだり、面白がったりすること以外に何の価値ももたらさない。

だから、私の日記にそのまま転載しても、まあ問題はあるまい。


尚、ジャンヌ・ダルクを火刑に処した際、なぜか足元の木々に全く火がつかず、仕方なく教会にあった儀式用の油を用いたのだが、あのとき、たしかにジャンヌ・ダルクに香油は注がれたのだ。

彼女は本物になったのか、それとも本物にこれからなれるのか。

儀式は為ったのだと思う。私が生きているうちにその結果が見られれば面白いのだが。



1442年12月20日 ジャン・ボーペル記す。

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ルーアンはイングランド軍駐屯地の石牢における「ジャンヌ・ダルク」からの聞き取り。その草稿。 タナカノッサ @tanakanossa

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