第五話 玄関先の死闘

「どうぞ」


 正座して、背筋を伸ばす。扉が開いて、茶髪の派手な女が入ってくるのを確認してから、真っ直ぐに伸ばした背中をそのまま折り曲げる。


「本当に、申し訳ございませんでした!!」

「お邪魔しま......あ?」


 客人を深い深い真のお辞儀で迎える、最高峰のおもてなしだった。


「......私、あんたのそういうところ面白いと思うけど嫌いだわ」

「なんとでも、反省を表す方法がこれしか思いつかない」

「まあ、やってくれたな。本当にどう落し前つける気だ?指でも落とすか?ああ?」


 怖っ!だが、独身を拗らせた女とはたちが悪い冗談を好むものだ。怯むな私、答えは一つだ。


「弟さんを私にください!!」

「舐めてんのか、幸太まだ17だぞ」


 ブーツのまま頭を踏まれる。体重はかけていないようで痛くはないのだが、かなり屈辱的だ。美咲相手に下手に出ると、ろくなことにはならないのは分かっていたことだが、今回ばかりは仕方がない。これで認めて貰うしかない。


「分かってます、悪いのは全て私。だから!だからせめて責任を取らせて下さい!」

「お腹の子どもはどうするわけ?」

「それは......」

「お姉ちゃん......何してるの?」


 声が大きすぎたのか、戻るのが遅すぎたのか。いつの間にか幸太君が玄関まで来ていた。


「幸太、この女はね、やっちゃあいけないことをしたんだよ」


 舌打ちと共に頭から足をのける。こんなところ、幸太君に見られたくなかったから玄関でやってたのに、無駄になってしまった。


「そんな、悪いのは僕だよ」

「いーや、悪いのはこいつ。幸太の純情に付け込んで悪事を働いたこいつはもうあの頃のお姉さんじゃない。単なる犯罪者だ」

「そんな、いくらお姉ちゃんでも言っていいこと悪いことが.....」

「いや、幸太君、美咲が言ってることは正しいよ」

「京子さん......」


 京子お姉ちゃんと、そう呼んでくれなくなったのはいつ頃だっただろう。

 恐らく、私が幸太君を異性として意識し始めた頃、幸太君は、その期待に応えるためにそう呼ぶのを止めたのだ。これはおごりかな。だとしても、今度は、今度こそは、私の方が期待に応える番だ!


「だから、無理を承知でお願いします。私は幸太君を愛している、幸太君も私を愛していると言ってくれる。それじゃあ、それだけじゃ足りませんか?」

「黙れ、愛だ夢だとのたまう奴は、詐欺師かペテン師だと相場が決まっている。そうやってさうちの弟もたぶらかしてくれたわけか、この売女ばいたが」


 再び足が頭に乗る。なんか悪のりしてきてないかこいつ。


「違うよ、京子さんは嘘なんてついてない。結婚しようって僕と約束してくれたんだ!そのために今も......」

「幸太、いい?若い頃は意味もなく年上に憧れちゃうものなの。それは恋とは少し違う。まやかしみたいなものなの。それをこいつは......利用したんだ。大人がそれをしたらお終いなんだよ。そいつはもう人として終わってる。悪いことは言わないから、後のことは大人に任せて今すぐ縁を切りな」


 痛いくらいの正論、返す言葉もない。でも幸太君は尚も言葉を紡ぐ。


「どうして、どうして分かってくれないの?僕の気持ちも聞かないで嘘だまやかしだって、なんでそんな酷いことが言えるの?小さい頃から、ずっと大好きなのに......」


 声が震えている、顔は見えないけど、泣いてる?


「それは家族愛みたいなものだよ。でも、血が繋がってないから誤解してるだけ。いつか分かる日が来るから、今はお姉ちゃんを信じなさい」

「違う、お姉ちゃんやお母さんに抱いてる感情とは絶対に違う!僕はそんな頭でかっちなお姉ちゃんより、幸せにするって言ってくれた京子さんの言葉を信じたい!」


 幸太君......。思わず身体が震える。そうだ、幸せにするんだ、もう二度と、泣かせやしない。勢いで立ち上がろうとするが、今度こそ足に体重をかけられて、グェっという奇妙な声を出すにとどまってしまう。


「私より京子を信じるって、幸太、それ本気で言ってるの?」


 冷たい糾弾、思いっきりガンを飛ばされているのだろう。美咲の目は恐い。美咲は明るい派手な見た目とは裏腹にごく稀ではあるが凍りつくような鋭い目をするときがある。幸太君がそれにさらされていると思うと、胸が痛む。何が悲しくて姉弟で、今度こそ本当に立ち上がろうとするが、踏む力が強くなって返ってくるだけだった。どうなっていやがる、何かの格闘術だろうか。

 大人が頭抑えられてるだけで、本気で立ち上がれないなんて。


「・・・・・・」


 双方、しばしの沈黙。先に口を開いたのは、美咲だった。


「遅すぎるけど......反抗期ってわけ?......ったくしょうがないな」


 そう呆れたように言って、足を上げる。何事だろう、少ない情報から判断するに、幸太君が、勝った?


おもてを上げなよ。実はそんなに怒ってないからさ」


 は?何をいってるんだこいつは......それにしては頭踏んづけたり、私だけならまだしも、幸太君にも結構酷いこと言ってた気がするけど?

 と、まだ少し怖かったので証拠が残らないよう目で抗議する。


「いやね、途中悪ノリしちゃったけどさ。まあ、あんたたちがやったことを考えればこれぐらいは良いでしょ?少しくらい試さてよ」


 圧迫面接かよ。独身を拗らせてる性悪女はこれだから嫌になる。まあ、それぐらいは許さざるを得ないわけだが。

 

「実はさ、こいつらくっついたら面白くね、とか昔から思ってたんだよね。だから私が家出てからも、わざわざ幸太を京子とのお茶とか飲みに誘ったりしてさ~」

「ええっと、僕たちのこと、許してくれるの?」

「許すも何も......私が望んだことでもあるしね。ただ、予定ではコミュ障大学生とピュアな中学生のおもしろコンビになるはずが、ちょっと遅くなって根暗OLとシャイな高校生のお笑いコンビになっちゃったね。あはははは」


 この野郎、人が黙ってるのを良いことに好き勝手言いやがって、とは思わない。

 可愛い弟を傷物にしておいて、子供を孕んだかもしれないから結婚させろと迫ってくる独身女、逆の立場なら殴り殺していてもおかしくはない。

 美咲が変人で助かった。

 そして美咲は相変わらず笑いのツボも謎だった。友人仕様の姉に、幸太君が軽く引いてるのが分かる。


「ごめん、ありがと」


 立ち上がって、改めて礼を言う。首の調子を確かめると、大事なさそうで良かった。

 頭が軽いというのは、それだけで素晴らしいものだ。心の底から感謝を込める。


「そんな顔しないでよ、父さんたちへの挨拶には付き合って上げるからさ」


 頭踏んだのはやりすぎた、なんて呟きながらそんな提案をしてくる。

 どんな顔なのか、なにか誤解しているらしい。

 が、丁度良かった。

 野次馬目的なのは明らかだが、いないよりは全然ましだ。


「いいの?」

「いいよ、いいよ。この件に関しては、私も責任を感じないでもないしね」

「そんな......」


 美咲が責任を感じることなんてないはずなのだが、大した野次馬根性だ。

 私は多くを語らず、ただ感謝を伝えることにする。


「ありがとう」

「いいから乗りなよ。アポはとってあるから」


 そう言って扉のほうを親指で指す。キザな仕草だが、恐いくらいに親切。

 責任を感じているというのもあながち嘘じゃないのかもしれない。

 が、ここまで親切だと何か裏があるんじゃないのかと勘繰ってしまうのは、私が悪いのか、美咲が悪いのか。


「ちょっと準備してくる」


 十五分後、髪を整えてパンツスタイルのスーツをビシッと決めて、適当な和菓子を片手に、玄関で待つ二人と再会する。

 幸太君はここへ来たときの可愛らしい学ラン姿へと戻っていた。あんな服でご両親に挨拶というのは、ありえないが話だが、これはこれで不憫だ。途中で服屋にでも寄って貰った方が良いだろうか。


「うへ、あんたってそういうピシッとした服を着ると本当にエロ漫画の住人みたいになるわよね」


 スマホ片手に、美咲が引いたように呟く。海外のセレブみたいとか、グラビアアイドルみたいとか、他にも言い方はあるだろうに、これだから貧乳は......。

 百歩譲ってセクシー女優だろ。貧乳は心まで貧しくなってしまうらしかった。巨乳は寛大な心で許してやらねばなるまい。

 幸太君だけが綺麗ですと褒めてくれた。

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