第94話 タカピさんの本音

        タカピさんの本音



「先ず最初に。彼等は倫理上、決してやってはいけない事をやってしまいました。」

「え? でも、それは既にライトの実験でやってしまっているのでは?」

「はい、それもなんですが、更にです! 確かに、その方法なら最もリスクが減らせるのは、僕も理解できる! ですが、あれは認めてはいけない!」


 タカピさんは、珍しく語気を荒げる。

 俺が黙っていると、拳を握りしめながら続ける。


「彼らは、ライト君のコピーを取ったんです!」


 え?

 コピーって?


 あ~、そういう事か。

 そう、俺達は今やデータ人間。複製するのは容易いはずだ。

 もっとも、この意識のある状態でコピーを取るのは可能なのだろうか?


 そして、明らかにこれは許されないだろう。

 クローンどころの騒ぎではない。クローンならば、全く同じ遺伝情報と言うだけで、育つ過程において人格は当然変化する。しかし、これは人格そのものの複製だ!

 タカピさんが怒るのも無理はなかろう。


 しかし、確かにこれが成功すれば、リスクはかなり軽減されるはずだ。

 使い捨ての命というところだろうか? 確かにこれならば、いくら失敗しても替えが利くがな。


「そ、それで、それが成功したという事ですか? でも、あれがライトのコピーだとは思えないのですが? あれじゃ、コピーどころか今のライトとは正反対です。」


 タカピさんは、ここで少し落ち着いたのか、足を組み、腕も組む。


「う~ん、まだ続きがあるのですが、あれは成功とは呼べないでしょう。確かに、ライト君の記憶はコピーできたようなのですが、あれは人間とは呼べませんよ。言うなれば、良くできたAIですね。聞かれた事にはちゃんと答える。嘘も吐かない。でも、あれには自我がありませんでした。何かしたい事や、聞きたい事があるかとの問いに、何も無いって。」


 ふむ、どうやら記憶のコピーには成功したが、自我までは無理だったと。


「じゃあ、そのデータだけのライトは今何処に? あ、削除したのか。」


 これは、自分で言っておいて、少し空恐ろしくなった。

 受け答えはするのだから、完全ではなくとも、一応人間と言えるだろう。


「彼等も当初はそのつもりだったようです。ですが、ただ消すだけでは勿体無いと、更なる実験をしました。その結果が、さっきの比良坂君ですよ。」

「え? 具体的には?」


 う~ん、先程から、AIライトと、さっきの比良坂との繋がりがさっぱりだ。


「彼らは、コピーしたライト君の方を強制ログアウトさせたんです。当然、BAをつけた状態でね。」

「え! じゃあ! その結果っていうのは、蘇生に成功したって事ですか?!」

「だから、あれは成功とは呼べない! 確かにあの比良坂君には自我がある。なので、一応人間とは呼べるでしょう! ですが、性格は全くの別人! 単に蘇生しただけです!」


 タカピさんは、再び声を荒げた。


 しかし、何はともあれ生き返ったと。だが、人格までは戻らなかった。

 なので、成功とは呼べない……か。


「じゃあ、こんな事を言っていいのか分かりませんが、今の俺にBAを着けて、強制ログアウトさせれば?」


 そう、不完全なコピーをログアウトさせた結果があれなのだから、性格が変わっていない俺ならば、成功するのではなかろうか?


「はい、彼等も当然それを考えています。勿論、君で試す気は無いようですがね。」


 あ~、そうなるよな~。

 その為のライトであり、比良坂だ。

 かなり後ろめたいが、それを言う権利と言うか、余裕は、今の俺にはなかろう。


「ですが、そもそも生きている人間にBAを着けて、今のライトからって、あれ? これどうなるんだろ?」

「ええ、そこが問題なんです。今のライト君に、比良坂君を強制的にログインさせる事は可能でしょう。でも、そうなった場合、何が起こるかそれこそ分からない。最悪は意識の混濁とか、二重人格とかが想像できる。」


 う~ん、ならば今のライトと比良坂はずっとあのままという事になる。流石にそれは気の毒だ。

 今の素戔嗚内のライトはまだいい。しかし、さっきの比良坂は明らかに異常だ。大切な何かが欠けている気がする。タカピさんの言う通り、あれを人間と呼んでいいのかという疑問が残る。


 ん? 欠けている?

 あ!


「ところでタカピさん、今思ったのですが、さっきの比良坂と今のライト。あれを足せば元の性格になるんではないでしょうか?」


 そう、きっと、ライトの意識の転移は不完全だったのだ!

 先程のライトは自己顕示欲がまるでなかった。しかしさっきの比良坂はその逆だ。自己顕示欲の塊みたいな感じだ! 横柄な口の利き方もそうだ!


「うん、それは僕達と同じ考えですね。岡田部長もそうだろうと言っていましたよ。ですが、やはりリスクが大きすぎますね。失敗したら最後、二度と比良坂君は元に戻れないかもしれない。」


 う~ん、これでは本当に気の毒だ。

 と言っても、このままでは進まない。

 俺は腕を組んで考え込む。


 とにかく蘇生そのものは成功している。

 問題は、自我と言うか、人格が戻らなかった事だ。

 しかし、これは不完全な、元々自我の無かったクローンライトだったからだと考えれば説明がつく。

 なので、さっきも言った通り俺で試せば成功しそうなものだが、NGMLは俺を使う事に躊躇している。


 でも、俺は一刻も早く生き返りたい。俺の身体に残された寿命もそう長くはないだろう。

 そして、ライトに頼るだけでは時間もかかるし、何よりも申し訳ない。


「では、やはり俺で試して下さい。勿論、強制ログアウトなんてものでは無く、俺とライトが意識転移をした時の方法ならばどうでしょうか? なんか、今のライトは、俺よりも面倒な事になっていそうですし。」


 再びタカピさんも腕を組む。

 そして、顔を上げた。


「はい、僕もシン君の言う通り、今の比良坂君は少々どころか、かなり厄介な状態だとの認識です。なので、君で試す選択肢しか残されてはいないようですね。しかし、こういった、命を弄ぶような事が許されるとは思えないのですがね~。そして、君の許可が取れても、敦子さんがどう言うか、また、NGMLも簡単に君を使うかどうか。」


 ふむ、姉貴の考えは確かに重要だろう。これは俺の読みだが、現在俺が無碍な扱いをされないのには、姉貴の存在がでかいはずだ。おそらく、姉貴が俺のPCを引き渡す時か、NGMLに臨時採用された時に、何らかの契約というか、約束事をさせたと見ている。

 そして、NGMLが俺を使わないという言い方は、単にモルモットしての価値だろう。リスクのある実験は、全てライトか比良坂にさせるつもりだな。

 俺を使う時は、成功する確証が取れてからってところか?


「じゃあ、姉貴は俺が説得します。何よりも、俺に残された時間も長くはないはずです。なので、NGMLも俺を使う事に納得せざるを得ないでしょう。」

「うん、やはりそれしか道は無いようですね。岡田部長には僕の方から言っておきましょう。しかし、今日はもう遅い。やるとしても、明日です。うん、とにかく今日は休もう。時間が無いとは言っても、今のところ、君の身体にさしたる変化は出ていませんから、そこまで焦る必要は無いと思っていいです。」

「はい、本当にありがとうございます。」


 俺はライトばりに深々と頭を下げる。


「いや、まあ、僕は君の主治医ですからね~。と言っても、興味本位なのも否定できないので、君が頭を下げる必要はありませんよ。それよりも明日です! これは面白く、いや、忙しくなりそうですよ~!」


 ぶっ!

 やっとここでタカピさんの本音が聞けた気がする。

 タカピさんも、良心の部分に関しては比較にならないが、根っこはNGMLと大差ないと見ていいかもしれないな。


 タカピさんはここで消えた。

 ふむ、もう11時か。こんな時間まで俺の為に付き合ってくれて、本当に感謝だ。

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