第93話 タカピさんの決断
タカピさんの決断
俺達は、その足で鳴門に飛ぶ。
普通なら一旦ギルドルームに戻って祝勝会をして、アイテムの分配をしたり、余韻に浸ったりするところなのだが、今回は『新たなる道』とやらへの予備段階である。
そう、あの鮫と友達なったという事は、大渦の上にある台座に行けるかもしれない。
「しかし、ライトのあの一言はでかかったな。これはビンゴで間違いないだろう。」
鳴門の大渦への道すがら、俺はライトを褒めてみる。
そう、ライトのあの一言、『因幡の白兎の鰐とかを使えば行けるかもしれない』が、今回の始まりだからだ。
俺としては、彼にはうちのメンバーになった以上、一刻も早くこのギルドに馴染んで欲しい。
ローズとは時間がかかるだろうが、こういう積み重ねが無ければ、それこそ話にならないはずだ。
ちなみに、サモンとクリスさんには、以前の悪感情はもう無いように見える。信用はまだ得られていないかもしれないが、普通に接してくれているようだ。
「いや、思いついた事を言ってみただけだよ。」
ライトは頭を掻きながら答える。
お、照れてるな。
ローズに目をやると、彼女もライトを見ている。
ふむ、まだ完全に許してはいないのかもしれないが、少なくともライトが入って来たばかりの時の、あの嫌悪感溢れる目線では無さそうだ。
「ライト坊、そないに謙遜する必要はあらへんで。手柄は誇るべきや。そやないと、この厳しい社会じゃ横取りされるだけや。」
「そうね。でも、本当にあなた、あのライトさん? あ、これは言っていいのかしら? でも、いい意味でかなり変わったわね。けど、これで進展が無かったら残念だけど。」
うん、カオリンはもう大丈夫だろう。
「は、はい。ありがとうございます。」
しかし、ライトの方がまだ緊張しているようだ。
「そろそろですわ。あの鮫が居ることを期待しますわ。」
「うん、あの場では頼みようが無かったから、俺も、多分ここに出現すると思う。」
俺達は全員で、大渦を臨む、あの崖の上から辺りを見渡す。
「居たっす! 多分あれっす!」
真っ先にローズが見つけたようだ。
崖の下の海中に、何やら大きな影が蠢いているのを、彼女が指さす!
「うん、大きさは同じくらいだな。じゃあ、ライト、頼むよ。」
「え? 僕が交渉するの?」
「当然だろう。まだパーティーリーダーはライトのままだし。」
ライトは少し躊躇ってから、一歩前へ出る。
そして、大きく深呼吸をしてから、その影に、少し大きめの声で話しかけた。
「わ、鰐さん! ラ、ライトニングサークルです! た、頼みがあって来ました!」
すると、その影は浮上して、上半身を海面に出した!
よし! あの鮫だ!
もっとも、同一の個体なのかどうかは確認のしようがないが、あの口からはみ出た牙からするに、あのクエストの同一種族なのは間違いない。
「うん? ライトニングサークルさんワニ? 僕達は友達ワニ! 遠慮なく言うワニ!」
「じゃ、じゃあ、あの渦の上に浮かんでいる台座に渡して下さい!」
「お安い御用ワニ! 皆、整列するワニ!」
何と、海中に黒い影が無数に表れたかと思うと、一斉に背びれを出した!
荒れ狂う渦の中、微動だにしないのはかなり無理がある気がするが、所詮ゲームだしな。
鮫の背がスマホのアンテナ表示のように、三つの渦の中心を結んだ三角形から、この崖に向かって線を引く。
「おっしゃ! やっぱりビンゴや!」
「うん! でも、ちょっと待てよ? 皆、今日はここまでにしないか? 時間ももう10時半だ。もしこのままクエストに突入したら、今日中に終わらない可能性が高い。それに、タカピさんの事も気になるし。」
そう、カオリンが心配だ。サモン達は大丈夫だろうが、彼女には今までの生活を崩して欲しく無い。俺達は、いつも12時前には必ず落ちていたからだ。なので、あえてタカピさんの名前を出した訳だが。
「そ、そうね。ここでお預けは残念だけど、タカピさんにも報告しないと、また恨まれそうよね。」
「あ~、せやな~。まあ、しゃあないか。うん、今日は諦めや。 鰐はん、済まん! 今日はここまでや。また来るわ。おおきに!」
サモンは大声で鮫に謝る。
「それなら仕方無いワニ! いつでも来るといいワニ!」
鮫達は一斉に海中に消えたが、一匹だけ、崖下で大きな黒い影を残していた。
「うん、問題無いな。呼び出しておいて、とか言われたらどうしようかと思ったけど。じゃあ、一旦戻るか。」
「はいっす! 今度はタカピさんも入れて挑戦っす!」
「うん、終わったようですね。皆さん今晩は。済みません、ちょっとシン君を借りますね。」
俺達がギルドルームに戻ると、何とタカピさんが待っていた。
しかし、俺だけに用件と何だろうか? と、考えるまでも無いか。
蘇生に関する事なのは間違いなかろう。しかも他の人には聞かせられない話というのなら、かなりえぐい内容のはずだ。
「はい、タカピさん、今晩は。では、何処に行きますか?」
「あ、タカピさん今晩はや。ほな、わいらが外しますわ。」
「いえ、それには及びませんよ。シン君、パーティールームを作って下さい。」
ふむ、妥当な判断だ。皆に出て行けと言うと、ライトだけは行き場が無いからだろう。
俺はライトのパーティーを抜け、新しくパーティールームを作る。
すぐにタカピさんから編入申請が来た思うと、何とカオリンとローズからもだ!
俺は迷ったが、タカピさんのみを承認する。
「カオリン、ローズ、済まない。今の感じだと、タカピさんの用があるのは俺だけみたいだよ。」
「はい。君達は遠慮して下さい。」
なんかタカピさんの目付きが険しい。言い方も少し棘があるように聞こえる。
二人はこのタカピさんに圧されたのか、黙って頷くのみだ。
皆に簡単に挨拶を済ませてから、パーティールームに入る。
俺とタカピさんは、無言で正対してソファーに腰掛ける。
う~ん、なんか気まずいな。
と、思ったら、タカピさんが口を開いた。
「うん、そろそろ来るはずです。シン君、承認してあげて下さい。」
ん? 何の話だ? ローズとカオリンはさっき断ったし、松井とかなら、勝手にここに来るはずでは?
俺がログを確認すると、懐かしい名前があった。
あなたのパーティーに参加希望者が居ます。
ID:フォーリーブス Lv80
承認しますか?
「こ、これは! タカピさん、説明して下さい! 『フォーリーブス』は既に削除されたIDのはずです! 俺達の関係者のIDだとしたら、趣味が悪過ぎる!」
そう、フォーリーブスは、ライトが以前使用していたIDだ!
「う~ん、何処から説明したらいいですかね。とにかく会ってみれば分かるでしょう。説明はその後ですね。そして、これは僕の独断です。君にはこの事実を知らせておくべきだと判断しました。松井さん達は反対しましたが、医者の判断ということで押し切りましたよ。」
これは何やら凄い事になりそうだ。
うん、この感じじゃ、俺しか呼ばれないというのも納得だろう。
俺は意を決して、『承認』を選択した。
部屋に入って来たのは、ライトと全く同じアバの男だ!
装備は全て外しているようでジャージ姿だが、この金髪イケメンのアバは珍しくはないが、流石にこれはわざとだろう!
そして、その男は部屋に入ると、俺とタカピの横の空いていたソファーにどっかりと腰を据え、足を組む。
「おう! シン! まだ生きていやがったのよ! 俺様が会ってやるだけでも光栄に思えよ!」
俺はここで何となく理解できた。
その男は更に続ける。
「おい、住吉! お前が頼んだんだから、仕方無く来てやったんだ。俺様にはこいつに用は無い。協力してやるだけありがたく思え。だからさっさと始めろ!」
うわ! タカピさんを呼び捨てって!
「そうですか。しかし、今の君は明らかに異常です。原因も想像がつきますが、今はそれよりも、君が『生きている』という事が重要だ。そうですね、比良坂君。」
「そうかもな。全く、人を簡単に殺したり生き返らせたり、何様のつもりだよ! お前、それでも医者か?」
うん、こいつはライト、いや、比良坂だ。
しかし、ライトはさっきまで一緒だった。今はギルドルームに居るはずだ。
なので、疑問は残るのだが、この会話の内容からは、こいつは蘇生に成功したのだろう。
だが、この男は全くの別人だ!
以前のライト、いや、フォーリーブスも嫌悪感は剥き出しだったが、ここまでの物言いはしなかったはずだ。言葉遣いだけは丁寧な奴だった。
タカピさんは、毅然として答える。
「簡単にとは思えませんが、今の君には何を言っても無駄でしょう。うん、これでここに呼び出した目的は果たせました。では、比良坂君、落ちていいですよ。」
「そうかい! じゃあ、落ちるぞ! あっと、その前に、もう一人の俺様とやらには会わせてくれないのか?」
「今は無理ですね。それこそ何が起こるか分かったものじゃない。」
「へ~、お前に何が解るんだ? でもまあいい。俺様は今非常に気分がいいからな。なんか、憑きものが落ちたって感じだ。」
比良坂は、捨て台詞のような物を残してあっさりと消えた。
タカピさんは俯いて首を振る。
俺も一気に気が抜けた。
嵐が去り、俺はタカピさんに聞く。
「あれはライトですよね? でも、ライトは、今はギルドルームのはずです。ならば、今の彼は何者ですか? まあ、大体想像はできます。彼は比良坂に残っていた、ライトの別人格なのでしょう? しかし、蘇生に成功したって?」
「そうですね、ただ、最初に断っておきますが、君はああならない。僕達がそれをさせません。あれは蘇生には成功したと言えない。肉体が生き返っただけですね。精神の事を考慮すれば、完全に失敗です。」
「はい、何となく分かりますが、それでも説明がつきません。一体どうやればああなるんです?」
「はい、順を追って話しましょう。」
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