第89話 サモンの条件

         サモンの条件



「そういう訳で、渦の中心に浮かぶ、それぞれの台座に三種の神器を置けばいいのだと思うのだけど、そこに辿り着く方法が分からないんだよ。船もないし、あったとしてもあの激流だ。」


 俺は、ライトに先程見た事を伝える。

 ローズは黙って聞いている。まだライトに用心している様子だ。


「う~ん、僕にも分からないよ。でも、『因幡の白兎』みたいに、さめとかを使えば行けるかもしれないね。」

「ん? 何それ?」


 因幡の白兎、聞いた事はある。このゲームのクエストの一つだ。確かそれなりに高い推奨レベルだったはずだ。

俺はこのVRファントムにサモン達が来るまでは、平均レベル30台のパーティーで遊んでいたので、挑戦しよう等と考えた事も無かった。当然、どんなクエストとかも知らない。


 しかし、ローズは知っているようだ。

 さっきまで黙って聞いていたのに、これに反応した!


「え? それ、使えるかもしれないっす! あの鮫なら、あの大渦の中でも、大丈夫そうっす!」

「ちょ、二人共、ちょっと待ってくれ。その、『因幡の白兎』クエストってのを、俺は知らない。教えてくれないか?」



 そこで、背後で扉が開く音がした。

 振り返ると、カオリンだ。


「シン、ローズちゃん、只今。何の話をしてるの? あたしも混ぜてよ。あ、でも、その前にこっちが先ね。」


 カオリンだけかと思ったら、サモンとクリスさんも続いて入って来た。

 ふむ、3人でライトの件について、打ち合わせでもしていたと見るべきだろう。


「シンさん、ローズちゃん、只今や。ほんで、ライト二ングサークルさん、VRファントムへようこそや。うん、話は聞いとる。わいはあんさんを認めるで。勿論、条件は出せて貰うけどな。」


 ライトが立ち上がって挨拶をしようとすると、サモンはそれを制する。


「あ~、今更挨拶はもうええやろ。落ち着いて話そうやないか。」


 カオリンは俺の隣に。クリスさんは俺達に軽く会釈をしてから、サモンと共に空いているソファーに向かう。

 3人が腰掛けると、すぐにライトが頭を下げた。


「そ、その、す、すみませんでした! PVPの件について、今思い出しました! 本当にごめんなさい! アイテムに関しては、今持っていませんが、あれの上位アイテム、『天叢雲剣』なら、一つだけですが、今あります! よ、良ければ、後二つ、今から取りに行きます!」


 あ~、そういや、そんな事もあったっけ。俺も忘れていたな。


 あの件は既に俺達の中では、俺とローズが、再登録するライトに引き継がせるアイテムを根こそぎ奪った結果、解決済みだったしな~。

 ちなみに、俺達が奪った事は、この様子じゃライトは知らないのだろう。

 かなり良心が痛む。


 俺がどう答えようか迷っていると、サモンが答えてくれる。


「あ~、あの件はもうええねん。あんさんも懲りたやろしな。なんで、わいとクリスに謝る必要は無い。シンさんが許してくれたんやったら、それでええやろ。バットマンさん達かて、シンさんの計らいでもう気にしてはらへんはずや。謝りたいんやったら、止めはせえへんけどな。」

「そ、そうですか。ありがとうございます。ドウプスターの人達にも謝りたいのですが、今の僕ではお会いできません。そ、それで、条件と言うのは?」


 うわ~、これも聞きたくなかったな。

 今のライトは、俺達以外の接触は禁じられているのだろう。しかし、これ以上巻き込んでしまったら、バットマンさん達にも申し訳無いし、これはこれでいいか。


 だが、サモンの条件とは何だろう?

 何かしら提示してくるとは思っていたが、嘘を吐くなとかは、既にカオリンに釘を刺されている。カオリンと一緒に来たサモン達ならそれは知っているだろう。


「いやな、わいもシンさんとカオリンちゃんから色々聞いとる。せやから、わいらの出す条件は一つだけや。今の、わいらの目の前に居るライトニングサークルさんのみ、認める。これだけや。」


 ん? どういう意味だ?

 これじゃ、条件になっていないだろ?

 それに、この言い方だとライトが複数居るかのようだ。


 カオリンを見ると、彼女はちゃんと理解しているようだ。うんうんと頷いている。なんか悔しいな。


「え? サモン、意味が解らないっす! ライトさんを認めるのはいいんすけど、目の前のライトさんだけってなんすか?」


 俺が首を捻っていると、隣のローズが素直に疑問をぶつけてくれた。

 すると、サモンは腕を組んで少し考えているようだ。

 少し沈黙があってから、サモンは答える。


「う~ん、こないな事言うてええんか分らんけど、ライトさん。あんさん、かなり性格が変わったて聞いとる。これは今見たわいも同感や。ほんで、あんさんはNGMLの実験に参加しとる。つまり、その性格がいつ変わるか分からへんっちゅうこっちゃ。なんで、わいとクリスが認めるんは、今の性格のライトさんだけや。」


 なるほど!

 これなら納得だ。しかし、人間の性格がころころ変わるような実験、人道的には絶対に許されないだろう。

 もっとも、今の俺達を人間と定義できるかはかなり微妙だが。


 ライトを見ると、彼はまだ理解できていないのか、かなり戸惑っているようだ。

 縋りつくように俺を見る。


「いや、ライト、今の君は何も考えなくていいと思う。そうだよね、サモンさん。」

「せや。回りくどい言い方になってもたけど、そういうこっちゃ。ほな、よろしゅうや。」

「そうですわね。ライトさん、これから宜しくですわ。」


 サモンとクリスさんが軽く頭を下げると、ライトはまたもやこれでもかという程、深く頭を下げる。


 うん、今はこれでいいだろう。

 正直、今のライトの性格が変わるのは勘弁して貰いところだが。

 しかし、もしライトの蘇生に成功すれば、元の傲慢なライトに戻る可能性がある。


 あ~、そういう事か。サモンが出した条件は、元のライトに戻ったら付き合えないと。もっとも、リアルが取り戻せたならば、ライトもここに拘る必要はなかろう。

 しかし、あのサモンの言い方には、更に何かありそうな気がするのは、俺の思い過ごしだろうか?



「じゃあ、これでライトの入会は、全員に承認されたな。それじゃ、さっきの話に戻ろう。あの大渦の台座にどうやって行くかなんだけど、これには、ライトがなんか面白そうな事を言ってくれたんだ。俺は良く分らないんで、あ、カオリンはそれ以前か。とにかく、最初から説明するよ。」

「ええ、さっきサモンから少し聞いているけど、シン、お願いね。」

「ほ~、ライト坊、手土産付きとはええ心掛けやんか。シンさんの感じからも期待できそうや。ほな頼むわ。」


 ぶっ! サモン、確かにライトはサモンよりは年下に見えるが、それでも、ライト『坊』はなかろう。

 まあ、ライトも何も言わないからいいのか?


 俺は今までの経緯を纏めがてら説明する。

 そして、『因幡の白兎』クエストについて聞く。


「せやな。確かにライト坊の考えはありえるかもや。そういや、あのクエスト、まだコンプしてへんかったな。推奨レベルも50やったからな~。クエスト自体は簡単や。まず、鰐っちゅうか、鮫やな。そいつらがようさん出て来るねん。ほんで、わいらは昔話の通りに、数を数えたるから、海に並べって言うたら、対岸まで、綺麗に並びおるねん。後は、そいつの背に乗って、途中、海から湧いて出て来おる魔物を倒しながら向こうに渡って、数を報告して終わりや。他所がコンプしたって話は聞いとるけど、まあ、大したアイテムやないやろって、無視しとったけどな。」


 ふむ、そういうクエストか。確かに、その鰐だか鮫だかならば、大渦に渡してくれる可能性がありそうだ。

 俺が一人で納得していると、隣でいきなりカオリンが叫ぶ!


「サモン! そのやり方じゃ完全に神話を無視している事になるわ! そこは、ちゃんと手痛い目に遭わないと、コンプできないんじゃないかしら?」


 へ? そうなのか?

 俺は当然、因幡の白兎なんて神話は覚えていない。


「え? そうなんか? せやけど、昔話やと、兎が途中で騙した事をばらして、皮を剥がれてまうんやろ? あ、そういう事かいな! 素直にばらして、皮を剥がれな、あかんっちゅう訳か! ばらさすにクリアしてもたら、そらあかんわな!」

「そうなのよ! ところで、サモン、その後の事覚えている?」

「いや、わいらは対岸に渡ってクリアして終わりやったで。昔話もそこまでしか覚えてへんな~。」

「う~ん、昔話というか、神話だと、その後、皮を剥がれた兎は八十神やそがみという、神様の集団に会うのよ。それで、皮を剥がれて痛いから何とかしてくれってその神様達に頼むの。」

「あ~、なんかあったわ~。ほんで、海水で洗えって言われて、酷い目に遭わされるんや!」

「あら、ちゃんと覚えているじゃない。じゃあ、後も分かるはずよ。その後、大国主命おおくにぬしのみことに会って、ちゃんとした治療法を教えて貰えばOKなはずだわ。」


 二人から笑みが零れる。


「ふむ、良く分らないが、後はカオリンに任せておけば大丈夫か? しかし、どうやってその鮫に頼むかが問題だな。取り敢えず行ってみよう。」

「せやな。もし無理やとしても、コンプだけはできそうや。」

「そうね。じゃあ、早速出雲ね!」

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