第68話 ライト

        ライト



「いや~、シンさんも相変わらず暇なようですね~。こんな時間から潜っているとは。それで、彼女はどうされたんですか? 貴方を見張っていた管理部の人がキレてましたけど。しかし、シンさんも物好きですね~。こういうサイトの女性なんて、リアルでは男か女か、ブスか美人かなんて、それこそ分からないのに。あ、これは失礼しましたね。」


 ライトは入って来るなり悪態をつく。

 俺ももう、いちいち怒る気にはなれない。彼の身上を考えると、これくらいは言わせてやろうという気分だ。

 そして、これは恐らくだが、彼なりの挨拶だろう。とても親睦を深める為のものとは思えないが。


「それで、どういった話なんだ? 今のライトさんとなら、クエストとかの話なら、色々交換できる部分があるかもしれない。まあ、立ち話もなんだし、適当に掛けてくれ。」


 ライトが手近なソファーにどっかりと腰を据えたので、俺もその向かいに座る。


「いえね、昨晩も言いましたが、僕はこのNGMLに請われて、今、NGMLからログインしているんですよ。それで……。」


 ライトは自慢気に現状を話す。

 しかし、そこに、モニターだとか、モルモットだとかの単語は一切出現しない。

 純粋に自分が如何に有能であるかという話を並べるだけだ。

 俺はここで理解した。

 ふむ、こいつ、単に自慢したかっただけか。


「という訳で、僕はこれから貴方と同じメイガスになるんです。それで、今度、貴方とまたPVPの再戦をしたいんですよ。前回は対等じゃなかったですからね。でも、次は違いますよ。」


 なるほど、リベンジをしたいと。

 まあ、データ取りに役立ちそうだし、それもいいだろう。


「分かった。それは俺も構わない。ところでライトさん、NGMLに雇われたのはいいけど、危険性とか、そう、リスクをしっかり説明して貰ったか? 貴方の話によると、NGMLもそれなりに出費しているようだ。単にメイガスのデータを取るだけなら、一般のプレーヤーに頼めば、それこそタダで喜んでやってくれるだろう。だが、俺もブルも、データを取られてはいるが、そういう、ギャラの話は聞いていない。」

「ええ。何か、下手すると死ぬかもしれないとは聞いていますね。しかし、それなら、僕は貴方達とは違って、かなり評価されているようですね。何しろ、僕のギャラは月に50万。ここから出られないのは仕方ないとして、衣食住も完備です。まあ、僕に対する相応の評価ですね。」


 やはりか!

 しかし、こいつが自慢するこの額じゃ、とても命に替えられる金額ではない!

 松井の奴、よくぞこれだけ買い叩いたものだ!


「じゃあ、ライトさんも俺と同様、純粋に、ここの医学の進歩とやらに協力するつもりなのか?」

「は? 確かにそういう説明もされましたけど。そんな事は僕には関係ないですね。僕の能力を認めてくれたから協力するだけですよ。」

「じゃあ、ライトさん、これはお節介かもしれないけれど、良く聞いて欲しい。お金を貰うってことは、それに見合った対価をこちらが支払うという事だ。だから、貴方はその仕事をどう思っているか分からないけど、金を出すNGML側は、その対価をきっちりと取り立てるはずだ。なので、契約内容をもう一度熟読して、少しでも分からない事があれば、完全に理解するまで聞いておくことをお勧めするよ。」


「貴方、ごちゃごちゃ煩いですね! 僕はやっとチャンスを掴んだんだ! 今まで僕はどんなに努力をしても、誰にも相手にされない、無視されるだけの存在だったんだ! だけど、このサイトに来てから、特にお前に出会ってからだ! 僕のやりたいようにやったらどうだ?! 皆が僕に注目してくれる! 僕のメールボックスには、既に読み切れない程のメールが入っている! 僕を尊敬する奴まで出来た! そう、僕はやっと気付いたんだ! これが僕の才能だ! 皆が注目する、無視できない才能なんだ! 嫌われてもいい! 無視されるより、僕の存在を認めてくれるだけ、遥かにいいんだ!」 


 ライトは一気にまくし立てた!

 奴の顔は真っ赤になっている。息も少し荒い。


 しかし、これは……。


「わ、分かった。だが、くれぐれも危険性を考慮して欲しい。下手すれば、本当に死ぬ可能性だってあるかもしれない。俺に今言えるのはそれだけだ。」

「あははは! 危険性? 死ぬ? 今の僕にはそんなものどうでもいいんですよ! 僕が死んだところで、誰も悲しまない。寧ろ喜ぶ奴が居ると思いますよ! ええ、本当は僕にだって分かっているんです! でも、NGMLはそんな僕でも評価してくれたんです! そして僕はそれ以上の事はもう望まないね。」


 ライトは少し落ち着いたのか、口調が若干元に戻る。

 うん、これは俺にはどうしようもない。

 姉貴もこいつのことがある程度解っていたのだろう。なので、仕方無いと。


「じゃあ、準備が出来たらメールしてくれ。何時でも相手になるよ。」

「ええ、逃げないで下さいね! そうだ、何を賭けるか考えておくといいね。では、これで。」


 ライトは去って行った。

 まさに台風が通り過ぎた感じだ。

 俺は心配になって、桧山さんにコールする。


「すみません。今の、聞いていましたか?」

「はい、私も何か哀しくなってきました。彼を許す気にはなれませんが、それこそもう手に負えないという感じですね。」

「はい。できればそちらで優秀な精神科医とか、紹介してやれないんですか?」

「松井部長も、ある程度気付いてはいたようです。この一件が終わってから考えると。」


 まあ、そんなところだろう。

 NGMLもせっかく金を払っているんだ。彼を治療するにしても、全てが終わってからだろう。そもそも、あれが病気なのか、そして精神科の範疇なのかも俺には分からない。


「ところで、桧山さん、PVPはいいんですが、あいつ、何か賭けるとか言っていましたよね?」

「はい。ですが、彼が何を要求するかは、それこそ私では分かりません。勿論、法外なものでしたら、遠慮なく拒否すればいいです。こちらの権限でも可能ですし。」

「やはりそうですか。でも、何か、今のあいつだけは、命懸けって印象なんで、できる範囲で応えてやりたいところです。」

「ほんっと~に、シンさんは優しいを通り越して、お人好しですね! でも、私もそういうのは好きです。応援しています。」

「あ、どうも。でも、なんか褒められている気はしないのですが。」

「い、いえ、褒めてるつもりなんですよ? ご、誤解しないで欲しいです! それより、会話のログ見ましたよ! 公認の二股って、女の敵ですね! でも、シンさんなら許せる気がします。」

「そ、その件は勘弁して下さい! 桧山さんの居る時間帯では控えますので。」

「はいはい、ご馳走様でした~。」


 桧山さんは、その後何やらぶつぶつ言ってからコールを切った。

 大方、また愚痴っているのだろう。



 俺がライトとの会話を反芻しながらぼんやりとTVを見ていると、ローズが帰って来た。


「只今っす!」

「お帰り、ローズ。寝癖がついてるぞ。」

「え? え? 何処っすか?!」

「あはは、冗談だよ。アバに寝癖がつく訳無いぞ。」


 ローズは怒る代わりに顔を寄せてくる。

 だが、さっき桧山さんに控えると約束したばかりなので、俺は軽く躱す。


「あ、済まない。今は桧山さんなんで、控えよう。」

「そ、そうですね。それで、これから何しますか? 今の続きとか?」

「アホ! それよりも、さっきライトが来た。何でも、メイガスになれたら再戦して欲しいとのことだ。俺もデータ取りの一環になりそうなので受けたんだけど、大丈夫かな?」


 ローズは、さっきのお色気ムードから一転して、真顔になる。


「そうっすね。あいつの場合は、最早レベルとかでは判断できないと思うっす。マイナスレベル状態でのスキルポイントがどうなっているのかも不明っす。ただ、期間は短いので、クエスト報酬でのスキルPは少ないはずっす。でも、用心に越した事はないっす。」

「うん、俺もそう思う。だが、今回俺は、負けてもいいと思っている。単なるデータ収集だ。勿論、やるからには本気でやらないと意味は無いだろうから、全力ではやるが。もっとも、あいつが何を賭けるとかにもよるけど。」


 本音としては、全力で相手してやらないと、可哀想な気がするだけなのだが。


「それで、昨日のクエストの12000Pはどうしたっすか? あたいはそろそろ物理攻撃と防御関連は取り尽くしたんで、魔法系統に手を出してるっす。」

「うわ~、俺にはかなり先の話だな。うん、俺はまだ使っていない。なので、ローズの意見を聞きたいんだ。」

「う~ん、悩むっすね~。今までの傾向は魔法特化っすよね。なので、攻撃魔法を取るのがセオリーっす。でも、シンさんの弓は少し特殊っすから、そっちも捨て難いっすね~。」

「うん、俺もそれで悩んでいる。やはり中途半端より、何処かに特化させるのがいいのは理解している。ローズだってそうだしな。でも、この前から弓にはかなりお世話になっているからな~。」

「そうっすね。じゃあ、パーティーで考えるといいっす。うちはあたいを含めて前衛3人は確定っす。なので、シンさんは自動的に後衛。あ、ブルちゃんは考慮しないっす。とすると、やはり魔法か弓なんすよね~。」

「やっぱりそうなるよな~。まあ、今晩サモンさんにも聞いてみよう。急ぐものでもないだろう。いや、待てよ。」


 そう、急ぐものでは無いのだ。

 幸い、メイガスである俺は、スキルPの振り分けごとき、どのスキルを取るかさえ決めていれば、一瞬で出来る。

 そして、俺の当面の課題は、ライトとのPVPを本気で相手してやる事だけだ。


「え? また何か閃いたっすか?」

「いや、そんな大層な物じゃないよ。うん、スキルPの振り分けは、今はしない。それよりも、ローズ。君の知っている限りの、まだ俺が取っていないスキルを説明してくれないか? 今はそれだけでいいかな。」

「了解っす! じゃあ、良く聞くっす!」


 ローズは、にこにこしながら俺に説明してくれる。

 うん、午前中の逆だな。


 ローズの説明は分かり易い。二人の真ん中にタブレットを置き、説明してくれる。


「こんなもんっすかね? ただ、魔法関連は、穴がありそうっす。そこはサモンかクリスさんにお願いするといいっすね。」

「魔法に関しては俺も色々と聞いていたから大丈夫だと思う。うん、ありがとう。参考になったよ。」

「えへへ。シンさんが喜んでくれたのなら何よりっす。そ、それでご褒美が……」

「おっと、この時間じゃダメだ。ま、また、後で。」


 俺はローズの口に指を当てる。

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