第66話 カオリンの告白
カオリンの告白
「また何か分かったの?」
いきなり隣で声がする。
「おわ! カオリンか。驚かせるなよ。お、遂に達成したようだな。おめでとう!」
見ると、カオリンがベンチで俺の隣に腰掛けていた。
「ええ、おかげ様でコンプできたわ。それで、どうだったの? 今の会話、NGMLの人でしょ?」
「ああ、姉貴だ。う~ん、直接ではないのだけど、俺に関わる可能性がある件かな? そうだな~。カオリンにも知って貰った方がいいのかな? でも、カオリンに話すのなら、ローズにもだな。」
「そうよね。今のシンにとっては、あたしよりもローズちゃんが重要よね。」
カオリンは肩を落とした。
「いや、そういう意味じゃない。二人共、俺が巻き込んでしまった関係者ってことだ。とにかくここでは何だから、部屋に戻ろう。」
「ならいいわ。そ、それで、二人っきりで話したいのだけれど。い、今の見張りは敦子さんだけよね?」
「ん? 多分そうだと思う。それで、姉貴はローズの授業の準備をするので、暫く離席するとか言っていたけど?」
「そう! 丁度いいわ! じゃあ、シン! 付き合って! ギルドルームに戻るわよ!」
「お、おう。」
何故か急に元気になるカオリン。
ふむ、そういやカオリン、パーティールームでとか言ってなかったっけ?
ギルドルームでいいのかな?
俺達が部屋に戻ると、既にローズが来ていた。
「おはよう、ローズ、今日は早いな。」
「シンさん、カオリン、お早うっす! それでカオリン、話は済んだんすか?」
「ローズちゃん、おはよう。いえ、これからよ。敦子さんが気を利かせてくれているみたい。」
「じゃあ、あたいはお邪魔っすか?」
「いいえ、あたしも対等の条件でやるわ! それに、よく考えるとローズちゃんが居てくれた方がいいわ。だからローズちゃんはここに居て。それで、本当にごめんね!」
「それはいいんです! そして、分かりました! 私も覚悟はしていますから。どうなっても後悔はしません! それに、決めるのはシンさんですし。」
ん? 何だ? この二人は何やら重要な話のようだ。
俺がローズの隣に腰掛けると、カオリンは立ったまま俺を見つめる。
そして、一度大きく息をしてから、腰を低くし、何と俺に抱き着いて来た!
「お、おい! カオリン!」
俺は更に唇を奪われた!
俺は慌ててカオリンを突き離そうとするが、彼女のほうから俺から離れてくれた。
何が何やら分からずに呆然とする俺。
すると、カオリンは俺達の正面に腰掛ける。
「やっぱりでしたね。カオリン。でも、私も予想していたからいいんです。」
隣でローズが落ち着いた口調で言う。
「ローズちゃん、本当にごめんね! それで、シン! これが私の気持ちよ!」
「え? おい! カオリン! 君は俺を振ったんじゃなかったのか?!」
カオリンは真っ直ぐに俺を見つめる。
「ええ、あたしはシンを振ったわ。あの時はそれが最善だったと思ったから。いえ、違うわね。あたしは狡い女なの。あれは振ったんじゃなくて、ローズちゃんにシンを押し付けただけよね。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! とにかく俺は今ローズと付き合っている。そ、その、さっきのは、気持ちは嬉しいけど、君の気持には応えられない!」
すると、今度はローズが俺に顔を寄せて来る。
全く何が何やら分からないが、俺は大人しくローズのキスを受け入れる。
「とにかく説明してくれ! そ、それは俺も悪い気はしないけれど……。」
そら、美人二人にキスされて、悪い気になる訳もなく。
しかし、これは不味い!
なんか修羅場になる予感がする!
いや、そうなって当たり前だろう。
「じゃあ、シンさん、私から説明してあげます。今、カオリンは消えませんでした。つまり、シンさんは嫌じゃなかったって事です!」
「ええ、あたしもぺナを貰う覚悟だったわ。でも、シンはあたしを受け入れてくれた。凄く嬉しいわ!」
あ! そうなる訳か!
俺はカオリンに試されたと。
そして、全く俺はどうしようもない男だな。
口ではローズと付き合っているなんて言っても、まだカオリンに未練があった訳だ!
「済まない、ローズ。だけど、俺はあの時決めた。泉希と付き合うと。なので、こんな結果になって俺も恥ずかしいよ。そしてカオリン、本当に気持ちは嬉しいが、これではローズが可哀想だろ! と、言っても、全てはだらしない俺が悪いのだけれど。なので、カオリン、これ以上は勘弁して欲しい。俺はこれ以上ローズを裏切りたくはない。ローズも、こんな俺に愛想を尽かしてくれて構わない。」
うん、やはり俺は最低だ。
こんな俺がローズを幸せにできる訳が無い。
「シン! ごめんなさい! だから、貴方が私に消えて欲しければ、あたしはもうここには来ないわ。そしてこれは、狡いあたしがローズちゃんにお願いした事なの。だから全て悪いのはあたしなの! シンは全く悪くないわ! 寧ろ、こうなってしまった場合、シンがそう言うのも予想していたわ!」
「そうです! 私もシンさんなら、私を気遣ってくれると信じていました! でも、私はカオリンにも応えてあげて欲しいんです!」
え? さっぱり訳が分からない。
カオリンが俺に告白するのを、ローズは許可していたって事か?
何だってそんな事を?
もし俺が節操も無くカオリンを選んだら、とは思わなかったのか?
そしてカオリン、『狡い』って何だ?
「とにかく俺はカオリンに未練があったのは認める! だからローズ、こんな女癖の悪い幽霊なんて、すぐに切るべきだ! でないと、俺は君の気持に付け込んで、更に甘えてしまうだろう。そしてカオリンもだ! 俺の本性はこれで証明されただろう! 俺は君なんかには相応しくない! 大体『狡い』って何だ? 君はこんな俺にずっと構ってくれていた。感謝こそすれ、君を狡いだなんて、思った事は無い!」
俺は立ち上がろうとした。
勿論、この場を離れる為だ。
やはりこんな最低な男は消えるべきだ。バニーちゃんに特攻すれば、運が良ければ?消えられるかもしれないな。
すると、ローズは俺の手を握る。
振りほどこうとしたが、思いの外、力が強い。
「逃がしませんよ! 最後までカオリンの話を聞いてあげて下さい! そして、シンさんは悪くないんです! 私はそんなシンさんが大好きなんです!」
「だから、それはローズの勝手な思い込みだ! 頼むから俺を消えさせてくれ!」
「でも、シン! 貴方が消えたらローズちゃんは悲しむわ! 勿論あたしもね。」
「そ、それはそうなのかもしれないけれど、こんな自分に俺が耐えられそうも無い。そして、その言い方は狡いぞ。ローズを人質に取られた気分だ。」
「そう、あたしは狡い女なのよ! だからあたしの話を最後まで聞いて!」
「わ、分かった。でも、何度も言うが、俺はローズをこれ以上裏切りたくは無い。それだけは分かって欲しい。」
ローズは手の力を緩めてはくれたが、依然として握られたままだ。
「あたしもそんなシンが大好きよ。」
ヤバい!
これじゃ振り出しだ!
ちょろい俺は間違いなくカオリンに溺れるだろう。
そうなれば、ローズが可哀想だ。
「あたしは、ここに登録する前から、八咫さんの事が気になっていたわ。でなければ、同じゲームに登録はしないわよ。おまけに同じギルドでずっと同じパーティーよ。そのうち、あたしの気持ちも固まってきたの。そして、あたしは、いつか八咫さんがあたしに告白してくれると信じていたわ。」
「だから、あの時、そうしただろう? そして、君は俺を振った。何故だ? あの時君が受けてくれれば、こうはならなかった。」
「ええ、だからあたしは後悔したわ。あたしがローズちゃんを知る前に、あたしから告白するべきだったと。」
ん? そこでローズが絡むのか?
カオリンは続ける。
「シンがこの状態になってから、狡いあたしは考えたわ。これはチャンス。あたししかシンの事は分かってあげられない。あたしがずっと傍に居てあげれば独り占めできると。でも、シンはそんなあたしの気持ちには気付きもしない。逆に普段の生活通りにして欲しいって。あたしはシンに嫌われたくなかったから、当然その条件を呑んだわ。それでもあたしの有利性は変わらないと、高を括っていいたのもあるわね。ところが、そこにローズちゃんが現れたわ。」
ふむ、確かに俺はカオリンに対して、俺ごときに犠牲を払って欲しくはなかった。あの時のカオリンは、今でもだが、俺にとっては高嶺の花だったからだ。
「薄々気付いてはいたのよ。ローズちゃんはシンに興味があるだろうって。でも、狡いあたしは考えたわ。この廃神さんなら、あたしと違って、ずっとシンの側についてあげられる。シンもローズちゃんと仲良さそうだったし、それならシンが寂しくなる事もないと。そう、狡くて傲慢なあたしは、シンのお守りをローズちゃんに押し付けたのよ!」
げ! 傲慢までプラスされてしまった!
俺は、そのカオリンの気持ちだけで嬉しいのに。
「その時点では、あたしはまだ大丈夫だと思っていたわ。だってあたしには、リアルでもシンとの接点があったから。でも、ローズちゃんが全てを話して、シンに告白した瞬間、一気に立場は逆転したの。そう、あたしはそこでやっと理解したの! ローズちゃんには、その境遇と、その必死さで、絶対に勝てないって!」
う~ん、悪い気はしないのだが、こんな俺の何処がいいんだか。
尚もカオリンは続ける。
「そこで、シンに告白されたのだけれど、もうあたしにはそれを受ける資格が無いと悟っていたわ。だから、傲慢なあたしはローズちゃんにシンを譲ったの! でも、狡いあたしはまだ諦めなかったわ。そう、リアルの無いローズちゃんは、もしシンが生き返ったら、付き合えないだろうと。ローズちゃんにそこを確認したら、やっぱりそうだった! そして、ローズちゃんも、あたしの気持ちには気付いていて、あそこで暗黙の協定を結んでくれたわ。そう、シンが生き返ったら、あたしに返してくれるって!」
そこでローズが口を挟む。
「そうです。私もそのつもりだったんです! ところがシンさんは、こんな私の全部を、リアルまでも受け入れてくれると言ってくれたんです! 私は本当に嬉しかったです。でも、私はカオリンの気持ちを知っていたから、同時にカオリンには申し訳なくなりました。そう、カオリンは、このVR世界でだけなら、私がシンさんを独占してもいいというつもりだったはずなんです!」
あ~、それでローズがカオリンに謝っていたのか。
「なるほど、少し理解できたよ。うん、俺は全てをひっくるめて、ローズと付き合いたかった。そもそも、この世界ではローズと、そして、リアルではカオリンとなんて器用な事はできる気がしないし、そんな自分を許せる訳が無い。今のこの状態でも、俺は最低だと思う。」
「でも、そんなシンだからこそ、あたしは好きになったのよ! あたしに言い寄って来る男は、他の見栄えのいい女にも同じ台詞を言っているわ。でも、そんな人には興味は無いわね。あたしが好きなのは、この、誠実なシンよ! 貴方は誰に対してもそう。貴方は絶対に裏切らないわ!」
「そうです! 私もそんなシンさんが大好きです!」
う~ん、これは、改めて二人を選べってことになるのか?
だが、俺にそんな資格がある訳が無い!
「じゃあ、俺が裏切らないのならば、この会話は不毛だろう。俺にローズ以外の選択肢は無いはずだ。俺はローズを悲しませたくは無い。」
「はい、私もシンさんならばそう言うと思ったました! でも、それだと私が嫌なんです! シンさんとカオリンは、元々相思相愛だったんです! そこに私が割り込んでしまったんです! 私はこの世界だけならって甘えたんです! でも、お医者様の話だと、私にも可能性が少しあるみたいです。なので、尚更カオリンには申し訳無いんです!」
「では、俺にどうしろと?! ローズ、俺がカオリンに走ってもいいのか?! って、そんな男、ローズもカオリンも願い下げか。」
俺はうな垂れる。
うん、彼女達が何を言いたいのかさっぱり分からない。
「シン! 無理を承知でお願いするわ! さっきの反応からも、シンはあたしを嫌いじゃないのよね。なら、『あたしとも』付き合って!」
「え? それは俺に二股かけろってことか? それは流石に……」
「私もそうして欲しいんです! 私だけが幸せになりたくはありません! 本当なら、私が退くべきところなんです! でも、シンさんは絶対に私を責めない。だったら、私の結論もこれです! シンさん、私とカオリン、どっちとも付き合って下さい!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…。」
そこで、ふと姉貴の最後の意味不明な言葉が蘇る。
『アラちゃんは、これからの事を真剣に考えなさい! 絶対に自分に嘘を吐いちゃダメよ!』
なるほど、姉貴にはこの展開が読めていたと。
なら、今の所は問題無いはずだ。俺は何一つ自分に嘘を吐いていない。
彼女達の事も真剣に考えている。
そうか!
問題はここからか!
ここで俺は自分に嘘を吐くなと!
「カオリンとはよく話しました! 私もカオリンは好きです。そして、カオリンなら私も構いません!」
「あたしもローズちゃんなら構わないわ! 寧ろそうしてあげて欲しい。でも、あたしは狡いから、やっぱりシンを諦められないの! シンがどういう返事をしても後悔しない! あたしが嫌なら、すぐに消えるわ。」
うん、俺はどうなんだろう?
こんな事が許されてもいいのだろうか?
確かに、嬉しい。
うん、嬉しい!
「うん、嬉しい! だが、二人共、本当にこんな優柔不断な男でいいのか? 何度でも言う。俺は嬉しい! だが、同時にやはり申し訳ない。それと、こう言っては何だけど、俺に残された時間は短いらしい。最低でも10日くらいの間に生き返れないと、無理なようだよ。」
「ええ、あたしもそんな感じだと思っていたわ。だから、今言っておきたかったの。シンが本当に死んでからじゃ、絶対にあたしは後悔したと思うから。そして、シンは絶対に死なせないわ!」
「はい! 私の病気もシンさんに懸かっていると聞いています! そういう意味では、私とシンさん、運命共同体ですね。それで改めて聞きます。私とカオリンと付き合ってくれますか?」
「はい。生田泉希さん、貴船香さん、改めて俺と付き合って下さい!」
「シン! あたし…、嬉しいわ!」
カオリンが再び俺に抱き着く。
俺ももう躊躇わない。俺からカオリンにキスをする。
「私も嬉しいです! では、私にも……」
今度はローズが俺に顔を寄せる。
そこに、タイミングを見計らったかのように、例の三頭身美少女が現れた!
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