第29話 ローズの告白

         ローズの告白         



 帰ると、サモンとクリスさん、そして、バットマンさんが待ち構えていた。


「流石はシンさんとローズちゃんや! 完璧なようやな! って、ローズちゃん、何やそのアバ!」

「あらあら、ローズちゃん、そういう事ですのね。良かったですわ。」

「え、いや、私はタカピさんに貰っただけなんです~っ!」


 ローズは顔を真っ赤にしている。


「まあ、全部回収できて、お釣りまで来たよ。なので、サモンさん、バットマンさん、あの手配書は撤回してくれ。と言っても、もうフォーリーブスってIDは無いから、既に無効か。」

「そうなのだ。とにかく、良かったのだ! ただ、これで僕達はあいつからアイテムを返して貰う事が出来なくなったのだ。」

「あ~、バットマンさん、そこはこれで勘弁してくれないだろうか?」


 俺は、アイテムボックスから、価値の高そうなアイテム、『聖杯』、『弁財天の羽衣』、『八尺瓊勾玉』を取り出す。あいつが試合の時に着けていたと思われるアクセサリーだ。


「足りなければ、まだ出せるが? どうせ元々はあいつのものだし。俺達は『草薙の剣』をちゃんと三本回収できたしね。」

「え? これは助かるのだ! これなら充分なのだ! 本当にありがとうなのだ!」

「シンさん、それ、気前良過ぎやわ。まあ、シンさんらしいって言えば、それまでやけど。」

「そうですわ! バットマンさん達も、覚悟はしていたはずですわ! 貸した方が悪いのですわ!」


 確かにクリスさんの言う通り、あの時点で彼等は、アイテムの返還は諦めていただろう。


「いや、他にも消費アイテムとか、持ちきれない程回収したし。ローズもいいよな?」

「まあ、シンさんがいいなら、それでいいっす。実際、あたいらには、あっても被る物っすからね。」


 まあ、これで良かろう。バットマンさんには、例のメイガス探しも頼んでいる。いい関係で居るに越した事は無い。


「で、シンさん、あいつの新ID、確認できたんか?」

「ああ、サモンさん。だが、もういいだろう? あいつはもう只のレベル1だ。これで勘弁してやるべきでは?」

「いや、それはええねんけど、一応確認の為や。バットマンさんかて、またあいつが潜り込んで来たら、迷惑やろ?」

「なるほど。確かにそうだな。あいつのIDは、『ラッキークローバー』だ。前のIDと似た意味だな。」

「重ね重ね、ありがとうなのだ。」

「じゃあ、別件の方、宜しくお願いしますね。」

「了解なのだ! ただ、時間がかかりそうなのだ。今の所は何も入って来ていないのだ。」


 これはある程度覚悟はしていたことだから仕方ない。

 しかし、今の俺にとっては最優先事項なんで、かなり残念ではある。



 バットマンさんはこれで帰って行き、サモンとクリスさんも一度ギルドに戻ると出て行った。手配書の撤回作業だろう。

 残ったのは、いつも通り、ローズだけだ。


「うん、ローズのおかげで助かったよ。君の探知スキルがなければ、こうは行かなかった。ありがとう。」

「じゃ、じゃあ、何かご褒美が欲しいです! そ、そうですね。キ・・、キスして下さい!」


 は?

 へ?

 キス~~ッ?


 俺が固まっていると、ローズは俺の隣に座り直す。

 そして、顔を寄せて来た!

 俺のドストライクの顔が目の前に迫る!


「ちょっとシン! 何してるのよ! 誰よ! その女!」


 この言葉で硬直が解けた!

 見ると、カオリンが鬼の形相で立っている!


「い、いや、カオリン、俺も何が何やらだ! そして、この娘はローズだ! で、お、お帰り。」

「お帰りじゃないわ! え? 確かにIDはローズちゃんね。これは一体どういう事?!」

「あ、カオリン、そ、その、少しでいいです。外して下さい!」

「ふ~ん。全く、心配になって早めに来てみれば、そういう事ね。アバまで変えてシンを誘惑しようと。でも、ローズちゃん、分かっているの? そ、その、シンは……」

「ええ! 分かっています! シンさんはここでしか生きられない人! 私と一緒です! それに、カオリンにとやかく言われる筋合いはありません!」


 そして、ローズは立ち上がってカオリンを睨みつける!


「え? シンと一緒って・・・?」

「そうです! カオリン! 私の身体は、リアルでは全く動けない身体です! だから、このVR空間だけが私の世界です! 検査とか、体の管理をする時と、寝る時以外は、ずっとBAをしています! リアルに私の意思は存在しないんです! そう! ここだけが、私が私の意思で動ける場所なんです! だから、シンさんと一緒なんです!」


 ローズは一気にまくし立てた!

 しかし、こんな形でカオリンに自分の事を打ち明ける事になるとは。

 流石にカオリンも、この言葉には、黙り込んでしまった。


 ローズは更に続ける。


「ですから、シンさん、わ、私と付き合って下さい!」


 ぐは!


「ちょ、ちょっと待て、ローズ。確かに君は綺麗だ。しかしそれは、所詮は只のアバター。俺だってそうだ。そして、俺は人間かどうかも怪しい存在だ。なので、君とは付き合えない!」

「それにはちょっと言いたい事があるけどいいわ。ただ、ローズちゃん、シンはまだ元の身体に戻れる可能性があるの。そうなった時、貴女はどうするつもり? シンをこの世界に拘束し続けるつもり?」

「え・・、そ、それは。じゃあ、その時までだけでいいです! 私と付き合って下さい! 私だって女です。そして、私の命は後数年です。生きている間に一度くらいは恋愛したっていいじゃないですか!」


 う! これは重い!

 しかし、これは何かが違う。


「ローズ。気持ちは嬉しい。だけど、そんなお情け下さいみたいなのは止めて欲しい。今のじゃ一種の弱者詐欺だ。そして、少し落ち着いて欲しい。君の事は嫌いじゃない。いや、むしろ好きだ。なので、俺も真剣に返事をしたい。だから、少し待ってくれ。」

「え! 私の事を好きなんですね! なら問題ないです! 私はシンさんが本当に幽霊だったとしても気にしません! ええ、消えてしまっても構わないです! だから、今だけは、私をシンさんの、貴方だけの女にして下さい!」


 うわ!

 ローズはそう言うが否や、俺に飛び込んで来た!


「だから、待ってくれと・・・」


 ローズは消えた。


 呆然とする俺とカオリン。

 最初に口を開いたのはカオリンだ。


「そ、それでシン、どうするつもり? あそこまで言わせて、いい加減な返事じゃ済まされないわよ? でも、今ので返事は出してしまったようなものだけど。」

「え? それはどういう意味だ?」

「セクハラぺナよ。あれは相手がOKなら発動しないわ。つまり、シンは嫌だった。そういう事になるわね。」

「げ! そうなるのか?! 俺としては、とにかく待って欲しかっただけなのだが? 大体、いきなりすぎるだろ!」

「そうね。でも、返事次第じゃ、あの子、何するか分かったものじゃないわよ? 今だって、あんなに感情的になって。あたしも見ていて辛かったわ。」

「うん、さっきも言った通り、真剣に考える。だが、多分俺の結論は変わらないと思う。」


 俺が考え込んでいると、カオリンも、何か考えているようだ。

 確かにこの状況、狩とかの気分じゃない。

 それに、もう8時過ぎだ。そろそろ、タカピさんや、サモン達も来るだろう。

 横を見ると、カオリンが俺の事を心配そうに見つめる。


 うん、結論は出た! これははっきりさせなくてはならない!


 俺がカオリンに目を合わせると、彼女も分かってくれたようだ。


「決まったようね。そろそろローズちゃんも戻ってくるはずよ。あたしは外した方がいいかしら?」

「いや、済まないが居て欲しい。もし、さっきみたいになったら、俺は自分を抑えられるか自信が無い。はっきり言って、ローズのアバは、俺の理想の女性なんだよ。」

「そう、じゃあ、付き合ってあげる。感謝しなさいよ! でも、あのアバそうなんだ。なんか、ちょっと考えてしまうわね。」

「ありがとう。」


 すると、ローズが入ってきた。


 俺はローズを見据える。彼女も俺を見据える。

 しかし、彼女の表情は、今にも目から涙がこぼれそうだ。


「さ、さっきは済みませんでした。確かに私もいきなりすぎたと思います! でも! でも!」


 遂にローズは泣いてしまった!

 彼女も、自分がログアウトさせられた意味を理解しているのだろう。


「ローズ、今の君にこんな事を言うのは俺も嫌だ。だが、これだけははっきりさせておきたい! 聞いてくれ。」


 俺がカオリンの隣に座ると、ローズは反対側のソファーに腰掛けた。


「はい! どんな返事でも、シンさんが真剣に考えて下さったのなら、受け入れられ…、られ……」


 うわ、そのアバで泣かれるのは本当に辛い!

 俺は一度深呼吸をする。


「実は俺には気になっている女性ひとが居る。もし、俺がリアルの身体に戻れたら、その女性に告白するつもりだ。だから君とは付け合えない! それが俺の結論だ!」


 我ながら鬼だと思う。

 しかし、これは絶対に誤魔化してはいけない気がした。

 俺は、彼女がこのまま部屋を出て行ってしまうと思ったが、そうはならなかった。


「はい、気付いてはいました! じゃあ、元の身体に戻れるまでは、私でもいいじゃないですか! 私は、シンさんが身体を取り戻したら引き下がります!」

「いや、そういう問題じゃない! これは、今の俺の気持ちを素直に言っただけだ。俺だって、この後どうなるか分からない。今日にでも、PCが壊れて俺は消えるかもしれない。地震が起きて停電にでもなろうものなら、確実に俺は消えるだろう。元の身体に戻れる保証は全く無い。現状、出来たら奇跡だろう。君にはまだ身体がある。確かに余命は少ないのかもしれない。だが、俺からすれば、今の君だって羨ましい存在なんだ! 以前にも少し考えたが、そもそもこんな俺が、人様と付き合おうと言う時点で無理なんだよ! 種族が、存在の理そのものが違うんだからな!」


 しまった! ローズに八つ当たりしてどうする?

 こんな事を言っても、今はこの問題は解決できない!


「す、済まない。言い過ぎた。これじゃ只の愚痴だな。だが、ローズ、これで分かってくれただろうか?」

「分かりません!」

「あたしも納得できないわ!」


 え? しかも、カオリンまで?


「私が好きなのは、今のシンさんです! 人間かどうかなんて、もはやどうでもいいんです!」

「あたしは少し違うけど、似たようなものね。シン、貴方が人間じゃなかったら、このギルドには、きっと誰も居ないわ。あたしもAIとか、幽霊とかには興味無いもの。だから、そうやって自分を卑下する必要はないわ。サモンもクリスさんもタカピさんも、貴方が人間だから、ここに来るのよ。勿論、あたしもローズちゃんもね。さっきあたしが言いたかったのはこれよ!」


 俺は腕を組んで考える。

 これは想定外だ。彼女達は、こんな俺でも人を好きになっていいと言っている。

 ならば、これは結論を出さなくてならない。

 このまま、ずるずる行くのは絶対にダメだ!

 ええ~い! 当たって砕けろ! どの道俺は死人だ! 何を恐れる事がある!


「じゃあ、これが本当の結論だ! 俺はカオリンが好きだ!」


 ローズの気持ちは本当に嬉しい。

 だが、これは最初から分かっていたことだ。

 当然、元の身体に戻れたら、カオリンに告白するつもりだった。

 彼女は、俺が死人と分かっていても、側に居てくれようとした。

 そして、こんな俺に、ここまで言ってくれる奴が他に居るか?

 しかも、カオリンは今、俺とローズの事だけを考えてくれている。

 この女性ひとに惚れない男が居るだろうか?

 ローズには悪いが、これだけは譲れない!


 俺は隣を見る。

 しかし、カオリンは黙って俯いている。

 頼む! 返事をしてくれ!


「シン、ごめんなさい! あたしは、今はまだ貴方の気持ちに応えられない!」


 カオリンは俯いたまま答えた。


 ぐは!


 まあ、世の中そんなもんさ。

 これだけの女性ひとだ。他に男が居ない訳が無い!

 もし居なかったとしても、俺のような奴にその資格は無いだろう。

 所詮は高嶺の華。

 うん、当然の結果だ! 


 しかし、カオリンは轟沈した俺に続ける。


「シン、でも、これだけは言っておくわ。あたしも貴方の事は好きよ。でなければ、ここには居ないわ。それだけは確かよ。」

「いや、いい。うん、返事をくれてありがとう。俺も、言えてすっきりしたよ。そして、今まで本当にありがとう。」


 カオリンは、俺の横で俯いたままだ。

 ローズは目を丸くしている。


 そらそうだ。

 たった今、自分を振った男が、次の瞬間には玉砕したんだ。

 彼女がどういう気持ちかはとても想像できない。

 俺の事を、いい気味だと嘲笑っているかもしれないな。

 うん、これも自業自得だ。


「カオリン! それはどういう意味ですか!?」


 どうしたローズ? 俺は振られた。それで終わりだろう?


「分からないなら、分かり易く言ってあげるわ! あたしは今、シンを振ったのよ! シンは今、フリーよ!」

「そうですか! 本当にいいんですね?! 私がシンさんにアタックしてもいいんですね?!」

「ええ、そうよ! シンが誰と付き合おうと、シンの勝手よ! 但し、これだけは約束して! もし、シンを口説き落とせても、シンが元の身体に戻れたら、開放してあげるって!」


 へ? こいつら、何を言っている?


「はい! それは約束します! そして、シンさん、シンさんは私の事を嫌いじゃない、むしろ好きだって言ってくれましたよね?」

「あ、ああ、そうだ。しかし、今、俺はローズと付き合う気にはなれないよ。今の話、聞いてただろ? 俺はカオリンが好きだったんだ! 勿論、ローズも好きなのだろう。でも、俺が欲しかったのはカオリンだ。君じゃない。」

「でも、私が側に居ても迷惑じゃないですよね?」

「そ、それは俺みたいな奴の側に居てくれるなら、誰であれ嬉しい。でも、いいのか? 辛くは無いのか? たった今、君を振った男だぞ!」

「確かに辛いです。でも、私は必ずシンさんを振り向かせます! 泉希みずきが好きだって言わせてやります! 覚悟して下さいね。」 

「え? みずき?」

「あ、私の本名です。私は生田泉希いくた みずきって言います。リアルネームを教えたのは、シンさんが初めてですよ。」

「そ、そうなんだ。じゃあ、これからも宜しく。そして、済まなかった!」


 俺は深々とローズに頭を下げた。


「い、いえ、シンさん、頭を上げて下さい! 私が望んでやっていることです! シンさんが謝る必要はありません!」


 すると、今まで俯いていたカオリンがいきなり顔を上げた。

 え? 泣いている?


「そ、そうよ! シン! 貴方は何も悪くないわ! 悪いのはあたし! あたしがもっと早く・・・。ごめん! ちょっと外させて!」


 カオリンは、そう言って、部屋を飛び出して行く!


 な、何だ? 訳が分からない!

 だが、彼女はもうここには来ないだろう。

 自分が振った男が居る場所なんて、近寄りたくはない筈だ。

 なんか、無性に罪悪感がするが、俺にはどうすることも出来ないだろう。

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