第28話 愚者の末路
愚者の末路
完全に独りになったので、俺は考えてみる。
NGMLは、前からかなり本気のようだったので、こっちは問題なかろう。
メイガスもそのうち見つかるはずだ。
もはやどうでもいいが、フォーリーブスの事も考えてみる。
奴だって、エンドレスナイトと、自分の所属ギルドを本気で怒らせてしまった事くらいは分かっているはずだ。あれから、もしログインしていたら、メールの嵐だっただろう。
謝るのなら、早いに越した事は無い。あれから4時間くらい経つ。とっくにここに来ていてもおかしくないはずだ。悠長に俺の悪口なんて書き込んでいる場合ではない。
という事は、徹底抗戦する気か?
そうなった場合、打つ手は無い。もし捕まえても、ログアウトされてしまえば、事実上、拘束手段は無いのだから。
とは言え、そうなれば、彼のここでの行動はかなり制限され、まともには遊べなくなる。
それくらいは、いくら奴でも分かるだろう。
なるほど。これは試してみる価値がありそうだ。
俺は部屋を出て、街の中心、転移装置に向かう。この時間、既にかなりの人通りだ。
もし俺が奴の立場なら、このギルドの街には絶対に近寄らない。
俺は、転移装置に乗って、『鳴門』に飛んだ。
そう、行動を起こすのならば、この街のような、クエストの少ない、人気の無い所を選ぶはずだ! それにこの街は、何故か街を出ても殆ど魔物が出ない。
転移装置を降りると、思った通り、5時だと言うのに誰も居ない。
レベルの上がった案内バニーが、一人寂しく立っているだけだ。
俺は街の門をくぐり、手近にあった木陰に隠れる。
うん、ここからなら、街の転移装置までが見られる。
待っていると、転移装置から一人出て来た。
奴か?!
しかし、長い黒髪、端正な顔立ちの女性だ。
俺も奴がアバターを変更することは考えていたが、一度男性で登録すると、女性のアバは選べない。カオリンのように、服だけなら誰でも装備できるが、顔は無理だ。
すると、その女性は、隠れている俺を目指して、走ってきた!
げ! ばれてる?
「あたいっす! シンさん!」
何だローズか。
良く見ると、ID:ローズバトラーと表示されている。どうやらアバを変えたようだ。
しかし、このアバ、どっかで見たような?
そして、はっきり言って、俺のドストライクだ!
「しかし、俺がここに居ることが良く分ったな? 俺の居場所の街までは、同一ギルドなんで判明するが、細かい場所までは無理だ。ここは、あそこからは見えないはずだが? そして、そのアバ?」
「えへへ。シンさん、気に入ってくれましたか? 場所は私の探知スキルです。」
「なるほど、納得だ。うん、そのアバいいな。最高だ! そうか、あの玉祖命たまおやのみことの奴か!」
「はい、タカピさんに頂きました。そうですか。最高ですか! 嬉しいです!」
まあ、出どころは納得だ。ガチャの景品だろうが、タカピさんには不要のものだし、ローズが欲しいと言えば、喜んであげたのだろう。
「しかし、何故にそのアバ? タカピさんなら、もっと美人のアバも持っていただろうに?」
「はい、私、ちゃんと覚えていたんです! 超絶美人だって。」
彼女はそう言って、少しはにかむ。
うん、綺麗だ! セクハラしてしまう奴の気持ちが分かる気がする。
「そ、そんな事言ったかな? ま、まあいい。それで、ここに俺が居る理由だが。」
「え? もっと褒めて欲しいです! まあ、シンさんじゃ仕方ないですね。あ、理由はあたいも想像つくっす。フォーリーブスの奴っすね。」
彼女はそう言って、俺と同様、木陰に身を潜める。
う~ん、そう身を寄せられると、かなり照れるんですが。
セクハラ無効機能、大丈夫だろうな?
「あ、ああ、そうだ。多分、奴は腹をくくったはずだ。俺の読みだと、奴は今のIDを捨てる。」
「同感っす! そして、IDを捨てる前に、アイテムだけは、新IDに渡しておきたいはずっす!」
「その通りだ! だから、奴は一度、誰かに預かって貰いたいはずだが、あいにく、今の奴にそんなことをしてくれる、酔狂な奴は居ないだろう。一人で2つのIDの所持は不可能だしな。」
「そうっすね。だったら、アイテムを一度何処かに隠してから、新規に登録したIDでそれを取りにくるはずっす!」
うん、ローズの考えも俺と全く一緒だ。
「だな。しかし、少し早かったかもしれない。やるなら、深夜にするかもな~。」
「どうっすかね? あたいなら、さっさと済ましてしまいと思うっすけど?」
「そんなもんかな? まあ、今の所、奴へのメールは可能なようで、ちゃんと宛先も表示される。うん、今から見張っておいて損は無いだろう。」
「そうっすね。あ、サモンからコールっす! ちょっと待って下さいっす。」
ふむ、サモンも気付いたか? それとも、もう見つけたか?
「ここはあたいらに任せて、サモン達は他所を張るって言ってるっす! 後、なんか変な事言われたので、今度バニーちゃん送りにしてやるっす!」
「ふむ、流石はサモンさんだな。その調子じゃ、バットマンさん達も大丈夫だろう。もっとも、彼等は、奴がログインしたらすぐに分かるはずだが。」
「え? 流石にあいつも、すぐにギルドは退会するはずっす。だったら、バットマンさん達にも居場所は分からないはずっす。」
あ、これはしまったか? 管理側の協力があるのを言ってはいけないだろう。
「そ、そうだな。だが、懸賞金目当ての奴が通報するかもしれんぞ?」
「そうっすね。だけど、あたいなら、ログインした瞬間に『隠密玉』を使うっす。当然アバも変えるっすね。」
「うん。だが、逆にそこが俺達にとっては狙い目だろう。隠密玉なんて、こんな辺境で使う奴はまず居ない。」
「そうっすか~? あたいは一人、知っているっすけどね~。」
ぐは! まだ根に持っていたんかい!
しかし、うまく誤魔化せたようだ。
「あの時は仕方無かったんだって! ローズにも事情は聞かせたはずだろ?」
「まあ、それはいいっす。あ、一人出て来たっす!」
俺達は、再び木陰で息を潜める。
「ん? すぐに消えたな。転移場所を間違えたのか?」
俺の眼には、茶髪のジャージ姿の男が一瞬映っただけだ。
「いや、居るっす! あたいの探知スキルには反応してるっす!」
ローズが小声で答える。
なるほど。どうやら、透明化の魔法、『ディサピア』を使ったのだろう。
この魔法は、誰からも見えなくさせるが、その間、移動以外の行動は何もできない。
しかも、範囲魔法を喰らったり、ちょっとでも攻撃が掠れば解除されてしまう。
しかし、魔物から逃げる時には重宝するし、戦闘中でも、組み合わせ方次第では化ける魔法だ。
「シンさん! 出ましたよ! いい読みですね! その街です!」
いきなり頭に直接声が響く! 桧山さんだ。
俺は、小声で返す。
「はい、間違いないようです。出ていきなり透明化するなんて、奴しか考えられない。」
「じゃあ、彼等にも知らせますか?」
う~ん、流石に現在、この街に居るのは俺達だけだ。通報者が出るのは明らかに不自然だ。
「いえ、この街から他所に移動したら、お願いします。」
「分かりました。」
更にローズが小声で俺に聞いて来る。
「シンさん! どうするっすか? 捕まえるっすか?」
「いや、奴をつけよう。ここで捕まえても、落ちられたら意味が無い。かえって用心させるだけだ。ローズ、俺には何処に居るか分からないんで、誘導頼む。」
「了解っす!」
俺達がじっとしていると、足音だけが近づいてくる。
かなり近くにいるようだが、俺には分からない。
大丈夫か? ちなみに俺は、『ディサピア』はまだ覚えていない。
足音が遠ざかる。
どうやら、発見されずに済んだようだ。
すると、ローズが立ち上がって俺の手を引く。
そして小声で、
「あっちの茂みっす! あ、止まったっす!」
「よし、隠れよう。」
俺達は再び手近な木の裏に、そろりと移動する。
すると、出やがった!
さっきの茶髪のジャージ姿の男だ!
ローズが指さす茂みで何やらごそごそしている。
「捕まえるっすか?」
「いや、今、奴は隠している最中だ。隠し終わったら一旦落ちるだろう。その時に全部頂く!」
「了解っす!」
なんか、泥棒する気分だが、相手が奴なら話は別だ。
奴が消えた!
「反応も消えたっす!」
「よし、行くぞ!」
茂みを掻き分けると、あるわあるわ。アイテムの山だ!
奴が試合の前に見せた、『草薙の剣』も、ちゃんと三本あった!
フォーリーブスで間違いないだろう。
「ローズ、手分けして回収しよう。俺のアイテムボックスじゃ入りきらない。」
「はいっす!」
二人で、片っ端からアイテムボックスに放り込んでいく!
全部で100個くらいはあったのではなかろうか?
新IDに、持てるだけ待たせようという考えのようだ。
「よし、回収完了だな。じゃあ、帰ろう。」
「はいっす! いや~、これで気分爽快っす!」
「だな。あ! しかし、そろそろ奴も再登録して出て来るはずだ! 新IDも拝んでおきたい!」
「そうっすね! じゃあ、また隠れるっす!」
俺達が最初の木陰に隠れると、また桧山さんだ。
「シンさん! あいつ、IDを削除しました!」
「はい、分かっています。新しく登録しなおすつもりのようです。なので、今回の件はこれで終わりです。どうもありがとうございました。」
「え? いいんですか?」
「はい、アイテムは全部回収しましたので。」
「まあ、シンさんがそれでいいのなら。では、失礼します。」
桧山さんは、今一つ釈然としていないようだが、この現場を見ていないのだから、仕方が無い。おそらく、マップでプレーヤーの位置だけ確認していたのだろう。
「ところで、シンさん、さっきから誰と話してるんすか?」
「あ~、なんだ。少し野暮用だ。」
ローズが聞いて来るが、ここは黙っておこう。管理側が絡んでいる事を出すのは、流石に後ろめたい。
「女っすか?」
「ん~、それよりも、この事をサモンさんに教えてやってくれ。俺はバットマンさんに教えるよ。」
「そ、そうっすね。あいつもフォーリーブスのIDが消えた事は気付いているはずっす。今頃焦っているはずっすから。」
俺達がコールしていると、また、転移装置が点滅する。
見ると、再び茶髪のジャージ姿。
しかし、今度は消えず、IDも表示されたままだ。
そして、思った通り、レベルが1だ!
そして、こっちに走ってくる!
「どうするっすか?!」
「ん? やり過ごすだけだよ。俺も、これ以上奴には関わりたくない。素戔嗚チャンネルに、また悪口書かれるのも嫌だし。」
「え? それなんすか? あ、さっきの質問にもまだ答えて貰えてないっす!」
「う~ん、帰ってから教えるよ。ん? 来た! 静かに!」
俺達が見張っていると、そいつはさっきの茂みを掻き分ける!
そして、立ち上がり、がっくりとうな垂れた。更に辺りをきょろきょろと見渡すが、諦めたのか、転移装置に戻り、消えた。
俺達はそれを見届けてから、ギルドルームに帰る。
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