第26話 信用と信頼

         信用と信頼



 俺達はバットマンさん達を加えて、ギルドルームに戻る。


 途中、何が起こったのかは、俺が説明したので、皆納得だ。もし奴があれで勝っていても、もめたのは間違いないだろう。ローズとカオリンは激怒しており、バットマンさん達は、うなだれるだけだ。


 結局、バットマンさん達は、もし彼が戻ってきたら、アイテムと一緒にここに連れて来るという事と、彼の回状を、付き合いのあるすべてのギルドに配信することで落ち着いた。



「ねえ、シン、あたしも良く分らないけど、『ドウプスター』さんって、情報ギルドよね。その全ての知り合いのギルドに手配書って、ひょっとして、かなり厳しい事じゃないの?」

「ああ、カオリン、俺もそう思う。PKされた方が遥かにマシだろう。もっとも、ファントムカース付けてれば、PKはできないが。とにかく、そう簡単にパーティーが組めなくなるのは、間違いないだろう。」

「せやな。エンドレスナイトと付き合いのある全てのギルドにも配信されるし、更にその知り合いにもや。もう、まともなギルドには所属できへんやろ。」

「え? これはVRファントムの問題だろ? エンドレスナイトが関わる理由が無い。」

「いや、今回の交渉を請け負ったのはわいや。せやから、これがわいの落とし前や。それと、わいは約束だけは守る。せやから、あいつがシンさんに頭下げに来るまでは、絶対に許さへん。」

「そうなのだ。うちもサモンさんとの取引は、用心は必要だけど、絶対に間違いは無いので、安心だったのだ。とにかく、うちも全力を尽くすのだ。懸賞金もうちが負担するのだ。」


 なるほど、ドウプスター側からすれば、エンドレスナイトはお得意様。なので、今回の件も、誠意を見せてくれている訳だ。

 しかし、あいつじゃないが、虎の威を借っているようで、少し後ろめたい。

 だが、彼等からすれば、情報にありつけなかっただけならまだしも、自分達の信用を落とされ、挙句にアイテムの持ち逃げまでされたのだ。はっきり言って、俺達以上に怒っているはずだ。

 なので、今回の処遇に関しては、俺もそこまで気にしなくていいのかもしれない。


 ところで、ん? 情報屋?

 ふむ、ダメ元だ。頼んでみるか。


「そうだ、バットマンさん、これとは別に依頼を頼めるだろうか?」

「それは喜んで受けるのだ。僕達も、今回の件でダメージは大きいのだ。勿論、内容にもよるのだ。」

「お、シンさん、隅におけへんな。このタイミングで頼むとはな。そうか、気になっていたっちゅうあれか。」

「うん、依頼内容は、俺みたいな奴、『メイガス』の捜索だ。バットマンさん達も、あの試合を見ていたなら、分かるだろう。」

「あれは僕も驚いたのだ。シンさんになら、負けて当たり前なのだ。しかし、僕も話には聞くのだが、実際に会った事はないのだ。それで、その、報酬にもよるのだ。」

「うん、当然だ。ローズ、あのネタ、売っていいかな?」


 俺はローズにお伺いを立てる。


「シンさんの為になるのなら、喜んで使って欲しいっす!」

「報酬は情報だ。そうだな。これは既にサモンさん達にもお願いした事だから、サモンさんとクリスさんに先ず内容を伝えるよ。その上でサモンさんには、VRファントムのメンバーとして、バットマンさんとの交渉を頼む。それでどうだろう? 俺じゃあ、プロのバットマンさん相手に、うまくやれる自信が無い。」

「おっしゃ! 汚名をそそぐチャンスや! わいに任せてくれ!」

「じゃあ、バットマンさん、済まないが、少し待って欲しい。」


 俺はサモンとクリスさんに、あの、金太郎クエストの『金時の鉞』の事を、メールで伝える。


「お~! こいつはわいも知らんかった! これなら売れる! 流石はシンさんとローズちゃんや!」

「私も知りませんでしたわ。ローズちゃん、お手柄ですわ!」


 ついでなので、全く同じ内容のメールをカオリンとタカピさんにも送る。


「え! そんな事があったの? ローズちゃんだけずるいわ! シン! 次はあたしも連れて行ってね!」

「なるほど。確かにこれは価値がありそうですね~。」


 うん、この情報で行けそうだ。皆、色めき立っている。


 その後、サモンとバットマンさんが色々と話をする。

 結果、最低限一人、『メイガス』と呼ばれる人を見つけて、ここに連れて来る。情報はその時に教える。という事で約束された。


 バットマンさん達はこれで帰って行く。

 彼等も、この依頼を達成できれば、少しでも損失を挽回できるはずだから、悪い話ではなかろう。あんな事があった後なのに、結構上機嫌だった。



「ほな、わいとクリスは、あいつの後始末で少し忙しなるんで、一旦落ちるわ。みんなお疲れさんや。」

「そうですね。『メイガス』ですか。うん、僕も一旦落ちましょう。皆さん、お疲れ様。」

「「「「お疲れ様~。」」」」


 全員が立ち上がった。

 カオリンは当然サモンを警戒している。


「今度こそや!」


 カオリンは、軽く避ける!

 警戒されているのに、突っ込む! その根性には脱帽だ!

 もっとも、エロ根性だけなのかもしれんが。


 しかし、カオリンが躱した後ろにはクリスさんが居た!


「あ! クリスさん、ごめん!」

「あらあら、サモンちゃん、久しぶりですわね。」


 何と! クリスさんは、サモンの頭を掴み、その豊潤な谷間に埋め込んだ!


「「「「「………」」」」」


 クリスさんは消えた。


 流石にサモンもばつが悪かったようで、後を追うように消える。



 タカピさんも落ちて、残ったのは、俺とカオリンとローズだ。


「なあ、ローズ。エンドレスナイトって、あんな奴ばかりなのか?」

「わ、私は絶対にしません! あんな事するのは、あの二人だけです!」

「怪しいわね。朱に交われば赤くなると言うわ。」


 ふむ、確かにローズの顔は真っ赤になっている。


「まあ、ローズに限って言えば大丈夫だろ。他の奴は知らんが。」



「それで、シン、これからどうするの?」

「いや、特に決めていない。二人が良ければ、さっきの金太郎にでも行くか? ただ、俺としては、あんな事があったばかりなので、少しゆっくりしたいところだけど?」

「それもそうよね。ところでシン、午前中は何していたの?」

「う~ん、これは言っていいの…」


 俺が答えようとすると、ローズが割り込んだ!


「シンさんは、午前中、私に勉強を教えてくれました!」


 何故か胸を張るローズ。

 カオリンはどう突っ込んでいいか、決めかねている感じだ。


「え? 確かにレベル上げは出来なかったでしょうけど、それにしても勉強って?」

「あ~、カオリン、それは俺の記憶のチェックだ。それにローズが付き合ってくれただけだよ。カオリンには言っていなかったが、俺の記憶は、かなり抜け落ちている。それで、生前俺が得意だった数学で、どういう抜け方をしているのかを確認していた所にローズが来たという訳だ。」

「え? え? シン、そ、それって…。」


 カオリンが思いっきり俺を睨んだ。

 確かに罪悪感はあるが、俺は堂々と答える。


「ああ、ローズには悪いが、思いっきり巻き込んだ。」

「ええ~っ! それでローズちゃん、何ともないの? この人、死人よ? 幽霊よ? データ人間よ?」

「おい、そう事実を並べられると、流石に傷つくぞ。まあ、もう諦めてはいるけど。だけど、元の身体に戻る事は、まだ諦めてはいないからな!」

「それでこそシンさんっす! そして、そういうカオリンこそ、シンさんの事をどう思っているっすか? あたいは、シンさんは死んでいないと思うっす!」

「え? あ、あたしは、シンの力になってあげたいだけよ。そうね、シン、ごめんなさい。心にも無い事を言ってしまったわ。あたしもシンのことを、ちゃんと人間として見ているわ。」

「じゃあ、カオリンは、シンさんの気持ちが理解できるっすか?」


 お、おい、ローズ、一体どうした?

 ローズは興奮しているのか、身を乗り出している。

 カオリンはそれに対して少し身を引く。相当困惑しているようだ。


「ちょ、ちょっと、ローズちゃん? 意味が分からないわ? それは、全部は理解できないけど、それって当たり前じゃない?」


 うん、俺もさっぱり分らん。ここは激しくカオリンに同意だ。


「あたいも100%は無理っす。でも、カオリンよりも、いえ、この世界で、私が一番シンさんの気持ちを理解できるんです!」


 う~ん、何が言いたいのか良く分らないが、確かに、ローズほど俺の立場が理解できる人間は居ないのかもしれない。彼女も、リアルでは俺と似たようなもんだ。

 しかし、これは不味い。俺はいいが、その前提をカオリンは知らない。


「ローズ! ちょっと落ち着け! その話をするのなら、先ずは君の事をカオリンに説明しなければならなくなる!」

「そ、そうっすね。カオリン、ごめんなさいっす。今の事は忘れて欲しいっす。」


 ローズはこれで落ち着いたのか、ソファーで座り直した。


「いーえ! 忘れられないわ! と言うか、説明して貰わなければ、気が済まないわ! ローズちゃんは、どうしてそこまでシンに拘るの? あたしみたいにリアルの頃からの知り合いでも無いし、まだ出会って数日なはずよ?」


 そして、カオリンは口調は怒っているが、純粋に聞きたいだけのようだ。俺にも説明を求めるように視線を向けるので、俺も考えを巡らせる。


 ふむ、これは、同類相哀れむという奴だろう。俺もローズの事は放って置けない。

 なので、ローズの事を説明できれば、カオリンも納得できるとは思うのだが、俺からは説明できないし、ローズにもその気はないようだ。だが、いや、待てよ。


「ふむ、ローズ、君はカオリンのことをどう思う?」

「え? あたいは特に。そ、そりゃ、嫌いではないっす! いい人だと思うっす。そして、このギルドの仲間っす!」

「なるほど。出会って数日なのに、期待以上だ。じゃあ、俺の感想だ。カオリンは、この俺の状況を知って且つ、何の利害関係も無く、唯一、俺の事を認めてくれている人だ。なので、非常に感謝している。そして、信頼できる人だと思う。」

「ちょ、ちょっとシン! あたしはしたいようにしているだけよ。そんな、改まって言われると・・・、そ、その、照れるわ。」

「え? そ、それって! カオリンへの告白ですか?!」

「アホ! そういう意味じゃない! 俺が言いたいのは、俺みたいな奴でも、普通に相手してくれる数少ない人間って意味だ。それで、ローズ、これで何か気付かないか?」

「え? え? あたいには、さっぱりっす?」


 ローズは首を傾げている。

 だが、カオリンには、俺が言いたい事が伝わってくれたようだ。


「なるほどね。じゃあ、ローズちゃん、改めて自己紹介させて。あたしの本名は、貴船香。21歳、××大学の三回生よ。趣味は、今はこのVRオンラインゲームね。」

「え?! リアルの話は、ここでは、その…、タブーなはずっす!」

「ええ、そうね。でも、これはローズちゃんだから言える事なの。他の人にはまだ言えないわ。そう、あたしはローズちゃんを信用するわ!」


 うん、流石はカオリンだ。俺が思っていた事を全て言ってくれた気がする。

 どちらかが先に相手を信用しない事には、話は進まない。


「え? その、信用してくれるのは嬉しいんすけど、あたいには、その・・・、意味が分からないっす!」

「あ~、ローズ、簡単な事だ。君はさっきの話で、カオリンに対して、疑問を抱かせた。放っておけば、あらぬ誤解に発展する可能性が高いだろう。ならば、それは早いうちに解消させたほうがいいよな? ローズだって、カオリンに嫌われるのは嫌だろ?」

「そ、それはそうっす。あたいだって、悪気は全く無いっすから。」

「なら、どうやれば、それが出来る? 君にはもう分かっているだろ? ちなみに、カオリンはさっきも言った通り、この俺に普通に接する事ができる人間だ。」

「あ! そういう事なんすね! やっと理解できたっす! でも、まだ・・、ちょっと待って欲しいっす。カオリン、ごめんなさい!」

「ええ、構わないわ。ローズちゃんの気が向いたらいつでも聞かせてね。あたしもその、きつい事言ってごめんなさいね。」


 ローズは俯いてしまったが、今はまだこれでいいだろう。いきなりは彼女にとっても厳しいはずだ。

 そして、俺はそのうちローズからカオリンに、ちゃんと自分の病気の事を話すと信じている。

 とにかく、変な事にならずに済んで良かった。


「それでシン、さっきの『信頼できる人』って、シンはそういう意味じゃないって言ったけど、『信じて用いる』じゃなく、『信じて頼る』。あたしは凄く嬉しかったわ! じゃ、じゃあ、あたしは、一旦落ちるわね。今日はあたしが夕食当番なの。本当は二人っきりにはさせたくないのだけど、仕方ないわ。じゃあ、またね。お疲れ様。」


 カオリンは慌ただしく消えた。ふむ、もう4時か。


 すると、ローズが俺の隣に座り直した。おい、なんか近いぞ。


「ふ~ん、シンさんとカオリンって、やっぱりそういう関係なんすか?」

「いや、カオリンに限ってそれは無いだろう。あいつはリアルじゃモテモテのはずだ。と言うか、俺は幽霊。カオリンは人間だ。そもそも釣り合いが取れない。あれも、恐らくは、俺を元気づけさせようとの気遣いだな。」

「へ~、そうっすか。まあいいっす。それで、あたいも一旦落ちるっす。ちょっと疲れたっす。」

「ああ、お疲れ様。またな。」

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